其の十七 古い手紙
いつも閲覧ありがとうございます。
今日は、予定が変わりこの時刻に投稿できることになりました。
ベルトルードの話通りなら、ピエールそしてラティエと名乗っていた男は、元近侍のガスパルで間違いないだろう。年頃や雰囲気から考えてもぴったり当てはまる。
半年前、どこかで、バダンテール様と王女様のご婚約の噂を耳にした伯爵は、このままでは、侯爵家をメルヒオール様に継がせるという自身の野望が、果たせないと考えた。そこで、ガスパルに相談し、バダンテール様を貶めるための一連の企みが動き出したのだろう。
まさかとは思うが、ガスパル自身も、幼い頃から一緒に育ったテレーズ様を慕っていたのかもしれない。バダンテール様が侯爵家からいなくなれば、デルフィーネ様の生きた証しもやがて失われる。テレーズ様とメルヒオール様は、なんの憂いもなく幸せに暮らすことができる――。
そう思い込んでしまったのかもしれない。テレーズ様やメルヒオール様のお気持ちを確かめることもなく――。
「旦那様と奥様、そして、ナヌーシュ伯爵様が、明後日には、ゴルチャナにお戻りになります」
「ナヌーシュ伯爵様も、ご一緒なのですか?」
「はい。バダンテール様のご乱行に困っているとお知らせいたしましたので、それならば自分も声をかけたいとお申し出になったそうです」
「そうですか――。皆様がお戻りになったところで、ピエールの素性も含め、全てが明白になることでしょう。今回の騒動に関わった者たちの処分についても、侯爵様のご判断を仰ぐことにいたしましょう」
「よしなにお取りはからいのほどを。では、これにて失礼いたします」
ベルトルードは、丁寧に挨拶し部屋を出て行った。
ベルトルードを見送りに立つと、背後から誰かに呼ばれた気がした。誰もいないのは、わかっている。でも、声が聞こえた。なんだか不思議な感覚だった。
振り向くと目線の先には、あの城の絵があった。何かに導かれるようにして、わたしは絵に近づき、額縁の裏側にそっと手を差し込んだ。
「あっ!」
そこには、古い手紙が一通、貼り付けてあった。それは、侯爵夫人テレーズ様にあてた手紙だった。
その日の午後、バダンテール様が言っていたように、クレペールと自警団長が、わたしの話を聞くために城を訪ねてきた。
事件の概要は、バダンテール様がすでに説明しており、とくにわたしが付け足すこともなかった。彼らが、最も気にしていたのは、例の仮面の男のことだった。バダンテール様は、通りがかった見知らぬ男に助けられたが、騒ぎの最中に男は姿を消してしまったと話したようだ。
バダンテール様は、わたしと仮面の男の関わりには強い関心を抱いているが、事件そのものに、男は直接関係していないと考えてくれたのだろう。
わたし自身は、あの日は、実際に仮面の男を見ていないので、残念ながら何も記憶がないと言っておいた。それは嘘ではない。娘たちも知らない男だったと証言しているようなので、これ以上その正体を追求されることはないだろう。その方が、話はすっきりする。
ピエールは、ようやく少し声を出せるようになったが、事件についてはまだ何も話していないという。侯爵が帰還することがわかったので、正式な裁判の前に、侯爵に事件の全容を伝え、関係者を直接取り調べてもらう時間を設けるという。侯爵家に深く関わる事件であるため、特別な配慮をするということだろう。
その翌日。
わたしが寝ている間に、ネレオと庭師たちがすっかり仕上げてしまった植え込みを眺めながら、ギーと城周りを散歩することにした。
庭師として城に行かせた者の中に、付け火騒ぎを起こした者がいたということで、庭師ギルドのギルド長が、植え込みの手入れの費用は全てギルドに持たせてくれと謝りに来たそうだ。おまけに、ギルドの親方ばかりを連れてきて、あっという間に残りの作業を終わらせたらしい。
植え込みの中に置かれた小ぶりな石のベンチに二人で腰を下ろし、わたしはギーに礼を言った。
「ギー、ありがとうございました。あなたをお城に残しておいて、本当に良かったです。闇の御子神様のお力を借りて、曲者たちを捕まえてくれたのでしょう?」
「そうだよ。おいらに、任せてって言ったじゃないか。ちゃんと役目を果たしたよ!
それよりさ、おいら、どうしても気になることがあって……」
急にギーがうつむいてしまった。言いにくいことを、何とか心を決めて話そうとしているようだ。わたしは、黙ってギーを見つめ、口を開くのを待った。
「姐さん。あのね……、姐さんがお城に戻って来たとき、姐さんからブルーローズの香りがしたんだけど、それだけじゃなくて……、少しだけ魔の気配もしたんだよ」
「魔の気配?!」
「うん。いつも、もらう国王陛下の手紙からも、ブルーローズの香りと一緒に、魔の気配を感じたんだ。
前は気づかなかったんだけど、ルーデンホフで魔導士の毒の浄化とかしていたから、わかるようになってきたみたい。
姐さんを助けて、お城に連れ帰ったのは、陛下の手紙を届けてくれる、ブルーローズの香りの人なんだよね? その人は、魔導士じゃあないの? 魔の気配がする人を、国王陛下がおそばに置いたりするの?」
仮面の男に魔の気配がある? まさか?! 国王陛下が魔導士を使っているというのか?! それはありえない。王家が魔縁教団に関わるなんて、あってはならないことだ。国を統べる国王が、魔縁の力を借りるなど考えるだけで恐ろしい。
「ごめんなさい。ギーの言葉とはいえ、信じられません。わたしたちに書状を届けている男に、魔の気配があるなんて――。陛下が、そのような者に大事なお役目を任せるわけがないのです。王家が、六神に背くようなことはありえません。
男の正体は、……まだ、わかりません。しかし、彼がわたしの古い知り合いであるらしいことと、この王国と国王陛下のために働いていることは確かなのです。それだけは、信じることができます」
「わかったよ。でも、気をつけていてね。おいらが側にいないときは特にね」
「そうですね。気をつけるようにします……」
わたしだって思い出したい、あの仮面の男が誰なのか――。いつ、どこで、わたしと関わったのか? なぜ、きちんと名乗ってくれないのか? でも、思い出そうとすると、頭の片隅で誰かが囁く。
―― 思い出すな。思い出すな。思い出せば、おまえは不幸になる……。
今はまだ、思い出すときではないのだ。でも、いつかきっと、思い出すべきときはくる。この世直しの旅のどこかで――。そんな予感がする。わたしは、そのときを、静かに待つしかないのだ。
この後のことを考えた結果、ギーとわたしは一度城を離れることにした。
明日は、リオリワーナ侯爵一行の馬車列が、デルフィーネ城に到着する。今のところ、わたしの正体やわたしが王命で動いていることを知っているのはベルトルードだけだ。
城で侯爵夫妻や伯爵に会えば、当然、わたしが誰であるか気づかれ、様々な人々の警戒や忖度を生むことになる。まだ、事件が完全に解決してはいないのに、それは望ましいことではない。
できれば、侯爵による取り調べの場で、ピエールの素性やナヌーシュ伯爵とのつながりがはっきりしたところで明らかにしたい。そして、バダンテール様に家族の愛情を確認させ、跡継ぎとして自信を持たせることができれば、わたしの任務は完了する。それまでは、わたしは、侯爵家の客分の女吟遊詩人で押し通そう。「だまされた!」とか言われて、バダンテール様にへそを曲げられないように。
ベルトルードに相談すると、クレペールに連絡を取り、店の一つに泊めてもらえることになった。明日は、そこから領地裁判所での取り調べに行くことにした。これで、取り調べまで公爵夫妻や伯爵に会わずにすむ。
吟遊詩人の商売をするので出かけると言ったら、わたしたちがそのまま姿を消すのではないかと、バダンテール様が大反対をした。人質(馬質?)としてオドレイを城に残していくことで、ようやく赦してもらえた。
まさかと思うが、この状況は、バダンテール様に囲われてしまったということ? なの?
いやいや、ここでの仕事が片付いたら、何を言われようがされようが必ず旅立つ! 絶対に!
城の馬車で、以前訪ねたカーニング大通りの居酒屋へ送ってもらった。特別に、今夜はここで歌わせてもらえることになっている。宿代代わりというところだ。クレペールから話が通じていて、店主のクリストフは、満面の笑みを浮かべわたしたちを歓迎してくれた。3曲ほど披露した後は、もうお客扱いで、夕食までごちそうになってしまった。
2階の広々とした部屋に案内され、夜は、城のベッドに勝るとも劣らない大きなベッドで、ゆっくりと休むことができた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
いよいよ終盤です。あとひと山です。
明日も必ず投稿します。よろしくお願いいたします。




