其の十六 過去の事件
思ったより早く用が済みましたので投稿します!
楽しんでいただけたら幸いです。
パオラの叫び声に気づいたのだろう。大勢の人間が廊下を走ってきた。そして、押し合いへし合いしながら、わたしのいる部屋へなだれ込んできた。いちおう淑女の寝室なんですけど!
「姐さん!」
「レオン!」
「レオン様!」
「レオン殿!」
「レオンティーヌ様!」
あっ! ベルトルードでしょ? 最後の。それまだ言ってはだめだから! あと、ギーが抱きつくのはいいとして、それを押しのけてバダンテール様が、抱きつこうとするのはいけません!
「姐さん、心配したよ! 1日半も起きなかったんだもの」
「えっ? 1日半?」
ギーによると、廃屋での騒動があったのは、一昨日のことだという。ドアを開けようとして、大暴れしたあげく、眠り草の煙をかなり吸い込んでしまったらしい。昨日は、1日中ギーが側で見ていてくれたが(そして光の御子神様の力を借りて、わたしを癒やし続けてくれたのだろうが)、いっこうに目を覚まさなかったそうだ。医療院から呼んだ医師は、眠り草の煙は吸った量によっては、3日ぐらいは眠っていることもあると言って帰ったそうだ。
「でもね、苦しそうじゃなかったよ。ときどき、ニコニコしていたから、いい夢を見ていたんだね」
そうだ。とても幸せな夢だった。もう二度と取り戻せない時間の――。でも、覚えているのはそれだけ。目を覚ました途端、細かいことは何もかも忘れてしまった。誰かに、何度も「レオン」と呼ばれていた気はするのだが――。
わたしが気を失ってからのことは、バダンテール様が話してくれた。
「レオンが倒れた後、急にドアが開いたのだ。仮面をつけた怪しい男が立っていた。てっきりピエールの仲間かと思ったのだが、さるお方に頼まれて、わたしたちを助けに来たと言った。
男は、レオンの名前を呼んで起こそうとしたが、無理だとわかると、おまえを抱き上げて外に運んでくれた。わたしとオレリーとウラニーは、何とかまだ自力で歩けたので、急いで建物の外に出た。
庭には、足から血を流し、顔を殴られ気を失ったピエールが倒れていた。男は、オレリーとウラニーの縄を解き、それでピエールを縛り上げた。わたしたちの剣も、男が拾ってきてくれた。
わたしたちが外に出た後、一気に火が燃え広がり、寄宿舎全体を炎が包み込む大火事になった」
仮面の男? そうか、やっぱりわたしのことを見張っていたのね! 今回は、ようやく姿を現してくれたわけか! もうちょっと早く来てくれても、良かった気もするのだけれど――。
「火事に気づいて、自警団や消防団が駆けつけてきて、ピエールや娘たちを番所に連れて行った。消火活動も行われたが、寄宿舎はあらかた燃えてしまったそうだ。
番所では娘たちから、大体の話を聞き出したようだが、ピエールは、仮面の男にそうとう酷く殴られたらしく、まだ口がきけないと言っていた。昨日は、クレペールが自警団長と一緒に城を訪ねてきて、わたしの話を聞いていった。もしかすると、今日あたり、レオンにも話を聞きに来るかもしれないな」
バダンテール様はそこまで話すと、急に険しい顔つきになり、わたしを睨むようにしながら、ベッドの上に身を乗り出した。な、何ですか?
「あの仮面の男は何者なのだ? わたしが、自警団に事のあらましを説明している間、おまえをオドレイに乗せ、寄宿舎の裏手の方に身を潜めておった。わたしが話を終えて様子を見に行くと、自分がお前を抱えてオドレイに乗り、城まで送っていくから、手伝えと言って……。
おまえもおまえだ! 気を失っているはずなのに、オドレイの上で、あの男の胸に顔をこすりつけ、しがみついていたぞ! どういうことだ?! どういう間柄なのだ?!」
そんな! なんで、あの男にしがみついたりしたのだろう? 仮面の男は、国王陛下がつけた、わたしの監視役兼連絡係で、舞踏会で一度だけ踊ったし、剣を交えたこともあったし、でも、誰なのかはいまだにさっぱりわからないし、……なんて話はできないし……。
返事に困っていると、ベルトルードが助け船を出してくれた。
「バダンテール様、もう良いではないですか。レオン殿も無事に目を覚まされましたし、そのお方のおかげで、お二人とも無事にお城に戻られたのですから。自警団長の話では、娘たちは利用されただけのようで、娘たちの住居で、痛めつけられた父親も見つかったそうです。
実は、城の方でも騒ぎがございました。昼間、庭師としてやってきた男が二人、裏門から忍び込んだのです。見回りをしていた近侍たちともみ合いになったのですが、ギー殿が、そのう、不思議な気合い術のようなもので捉えてくださいました。
男たちは、廃屋での騒ぎに連動して、こちらにも付け火をしようとしていたらしく、リベリオやジュールが顔を確認しましたところ、王都で矢場の店主と金貸しを名乗っていた男らでした。二人とも、自警団に引き渡し済みです。
これで、王都でバダンテール様を悩ませた連中は、すべて捕まえることが出来ました」
やはり、手紙を置くだけの役割ではなかったのか! ギーを残していって良かった。闇の御子神様の力をお借りして、ピエールの仲間を拘束してくれたらしい。それにしても、「気合い術」とは! 確かに、黒い靄が見えない人々からすれば、そんな風に感じられるのだろう。
ひとまず、事件は解決したわけだ。でも、肝心の人物の名前が出てこない。ナヌーシュ伯爵だ。捉えられた連中と伯爵を結びつける証拠はないものだろうか?
ピエールは、廃屋で伯爵との繋がりの深さを示唆するようなことを言っていたように思う。彼の素性を徹底的に調べれば、伯爵との接点を見つけることができるのではないだろうか?
「さあさあ、レオン様。お話はこのぐらいになさって、何か滋養のあるものをお召し上がりになった方がよろしゅうございます。皆様は、いったんお引き取りくださいませ。レオン様は、まだ半病人なのですから、ご無理をさせてはいけません」
パオラが、みんなを集め部屋の外へ連れだした。ギーやバダンテール様は、ブツブツと文句を言っていたが、パオラに腕を掴まれて引っ張られていった。わたしは、最後に部屋を出ようとしたベルトルードを呼び止めた。
「ベルトルード殿、ナヌーシュ伯爵様のためなら、どんなことでも実行しそうな人物をご存じないですか? 例えば、伯爵様に特別な恩義を感じているとか、命を助けられたことがあるとか、そういう深いつながりを持った人物ですが」
ベッドのかたわらへ戻って来たベルトルードは、しばらく過去の記憶を辿っていたが、やがて、何かを思い出したらしく、小さく頷きながら話を始めた。
「そうでございますね。レオンティーヌ様がおっしゃるのとは、少し違う話になるかもしれませんが――、あれは、今の奥様――テレーズ様が嫁いでいらして半年たった頃、まだメルヒオール様がお生まれになる前のことでした。
ナヌーシュ伯爵様が――爵位を継がれる前でしたので、ダミアン様とお呼びしておりましたが、乳母子で近侍を務めていた、ガスパルという者と一緒に、この城にご滞在中だった旦那様とテレーズ様を訪ねてこられたことがありました。お二人とも、今のバダンテール様と同じようなお年頃でした。
お二人でふざけておられて、ギャラリーにあった花瓶を壊してしまったのです。旦那様は、たいそうお怒りになられまして――。それと申しますのも、その花瓶はデルフィーヌ様が嫁いでこられたときに持ってこられた物で、旦那様にとって思い出のお品の一つだったからです。
どちらが壊したのかは、はっきりしませんでしたが、責任をとったのはガスパルでした。その頃、まだ、デルフィーヌ様を失った悲しみを引きずっておられた旦那様に、テレーズ様が、もしそれがダミアン様のしでかしたことであれば、伯爵家へお戻りになるとおっしゃったからです。
ガスパルは近侍を辞め、伯爵家の侍女になっていたガスパルの母親も伯爵家を去りました。
償いの気持ちからか、ダミアン様は、生活が不安定になったガスパル親子を、ナヌーシュ伯爵となられたのちも、ずっと支え続けているらしいという噂を聞きました。
今思えば、デルフィーネ様に執着する旦那様を見て、姉であるテレーズ様を不憫に思ったダミアン様が、わざと花瓶を壊したのかもしれません。それならば、身代わりとなってくれたガスパルに対して、大きな恩義を感じるのは当然のことと思われます」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ということで、会えましたが会えませんでした(?)。
明日も投稿します。よろしくお願いいたします。




