其の二十 願いは時を超えて
本日も閲覧ありがとうございます。
お楽しみいただければ幸いです。
「生前、おそらくは、バダンテール様をお産みになる少し前、ゴルチャナにご滞在中だったデルフィーネ様がお書きになり、自室の絵の裏にお隠しになった手紙です。もし、無事に出産されてお元気になられたなら、この手紙はいずれご自分で処分されるおつもりだったのでしょう。残念ながら、手紙は回収されることなく絵の裏に残されました。
そして、14年の時を経て、わたくしが偶然見つけ出し、皆様にご披露することとなりました。
この手紙の宛先は――、テレーズ・ナヌーシュ様、現リオリワーナ侯爵夫人です!」
「デルフィーネ様からの……、わたく宛ての……お手紙?」
侯爵夫人が立ち上がり、もつれる足でわたしの方に近づいてきた。侯爵がその体を支え、慌てて役人が運んできた椅子に座らせた。顔色は悪かったが、目には力が戻っていた。
「はい。申し訳ありません。封もしてありませんでしたので、わたくしが先に読ませていただきました。テレーズ様だけでなく、皆様にお手紙の内容を伝えるべきと判断し、ここに持参いたしました。
どなたかにご迷惑をかけるような内容ではありません。ここで手紙を読んでもよろしいでしょうか?」
「レオンティーヌ様のお言葉は、陛下のお言葉。異存があるはずございません」
わたしは、侯爵夫人と目礼を交わし、丁寧に手紙を広げた。
「それでは、読ませていただきます。
―― 親愛なるテレーズ・ナヌーシュ様へ
まずは、長きに渡りわたくしと親交を結んでくださったことに、心より感謝いたします。
あなたは、わたくしにとって最良の友でありました。あなたからいただくお手紙に勇気づけられ、辛い病の日々も乗り越えることができました。
侯爵様との結婚を後押ししてくださったのもあなたでした。侯爵様は、愛情深く広いお心をお持ちの方で、わたくしにとっては過ぎたご縁だと思いました。だからこそ、先々のことを考えると嫁ぐ気持ちにはなれませんでした。
でも、あなたはわたくしに、侯爵様を信じて幸せを掴むことをすすめてくださいました。わたくしの結婚が決まったことをお知らせしたとき、あなたは、「困りごとがあったらご相談ください。わたくしがどうにかいたします」とまでおっしゃってくださいました。
わたくしは、あなたのおかげで、想像だにしなかった幸福な時間を、侯爵様と過ごすことができました。愛し愛される喜びを知ることができました。
欲張りになってしまったわたくしは、さらに、大きな望みを抱くようになってしまいました。侯爵様のために、侯爵家のために、子どもを産んでおきたいと――。
わたくしの子どもは無事に生まれたでしょうか。健やかに育っているでしょうか。どうぞ、遠くからでかまいません。わたくしに替わってとは申しません。あなたの心の片隅で、末永く成長を気に掛けていていただけたら幸いです。
この手紙があなたの手に渡ったということは、城の絵が壁から外され、わたくしの部屋が片づけられて、新しい奥様のためにととのえられたということです。この手紙があなたに読まれるとき、わたくしの魂は、闇の御子神様の手にわたり、全ての憂いから解放されていることでしょう。
最後に――
本当にありがとう。あなたに神のご加護があることを願っています。
もし、光の御子神様が、もう一度わたくしの魂をこの世界にお戻しくださるなら、どんな器を与えられても、きっとあなたを探しだし会いに行くと思います。そのときは、気づいてくださいね。
愛を込めて
あなたの友 デルフィーネ・リオリワーナより ――
以上でございます」
わたしは、手紙を再び折りたたみ、テレーズ様にお渡しした。テレーズ様はそれを押し頂きながら、改めて涙を零した。
「テレーズ様とデルフィーネ様は、ご友人だったのですね」
「はい。デルフィーネ様を初めてお見かけしたのは、母に連れられてウィジッド侯爵夫人のサロンをお訪ねしたときでした。社交界へのデビューを間近に控えたデルフィーネ様は、透けるような白い肌と絹糸のような柔らかな髪をおもちで、内から光を放っているかのように耀いておられました。
まだ10歳にもなっていなかったわたくしは、あこがれの気持ちを抑えきれず、『お姉様になってください』とお願いして、お手紙をやりとりするようになったのです。
それから10年あまり、デルフィーネ様がお亡くなりになるまで、わたしたちの交流は続きました」
「そして、あなたは、侯爵様にもそのことを打ち明けられた――」
わたしの言葉に、侯爵夫妻は、顔を見合わせ小さくうなずき合った。
「テレーズ様は、デルフィーネ様が亡くなって、たった半年で嫁いでこられました。普通なら考えられない短期間での再婚です。でも、もともと、デルフィーネ様に万が一のことがあった場合は、自分がその代わりを務めたいと、テレーズ様が以前から考えておられたのならあり得ることです。
テレーズ様は、これまでのお二人の交流を侯爵様にお話し、どうしてもバダンテール様の母親になりたいと、お申し出になったのではないでしょうか?
バダンテール様がおっしゃっていたのですが、侯爵様とテレーズ様は、お二人でよくデルフィーネ様のお話をしていらしたそうですね。バダンテール様にお聞かせしたかったこともあるでしょうが、お二人でお互いが知らないデルフィーヌ様の逸話を語り合っていたのでしょう。
このお城の中には、デルフィーネ様を思い起こさせる品が溢れています。新しい奥様をお迎えになって随分たちますのに、なぜだろうと思いました。しかし、侯爵様だけでなく、テレーズ様もそれを望んでいたのですから、それは当然のことだったのです。
テレーズ様はお幸せだったのです。『大好きなお姉様』の思い出を語り合える方と結婚できました。『大好きなお姉様』の忘れ形見の弟を産むことができました。
姉上様のお気持ちが、おわかりになりましたか、ナヌーシュ伯爵?」
「なぜ? なぜ、話してくださらなかったのですか? わたしやガスパルに。わたしたちはてっきり……」
ナヌーシュ伯爵は立ち上がり、涙に暮れる侯爵夫人の側に歩み寄った。そして、侯爵の反対側に跪くと、姉の膝の上に自分の手をそっと載せた。侯爵夫人は、うっすらと笑みを浮かべて答えた。
「信じてくれなかったではないですか? わたくしは、何度も言いましたよ。『わたくしは幸せだ』『わたくしは喜んで嫁ぐのだ』と――。でも、あなたもガスパルも、『そんなはずはない』『無理をするな』と否定ばかりして、きちんと話を聞いてくれませんでした。
デルフィーネ様の花瓶が割られたときも、旦那様はお怒りにはなりましたが、わたくしを責めたりはされませんでした。わたくしは、あなたがガスパルを巻き込んで、わざと壊したにちがいないと思いました。わたくしが嫁いできたことで、侯爵家から大切な物が失われたように感じて、わたくしは侯爵家を去らなければならないという気持ちになりました。旦那様が引き留めてくださらなかったら、わたくしは――」
公の場で知らしめるのは、この程度で良いだろう。あとは、家族で話し合うことだ。夢で見た前世の物語のように、周囲の思惑などに振り回されず、互いを思いやる幸せな家族になって欲しい。
国王陛下! あなた様も少し反省してくださいませ! リディアーヌ王女様との婚約話を思いついて、余計な波風を立てたのはあなた様ですからね!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
あと2部分で終わります。サブタイトルに苦労しています。
明日もよろしくお願いいたします。




