其の八 山神様は何処に
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神殿の荘園の整備もだいぶ進んだ。昨日、手に入れてきた苗や種芋を畑に植え付け、馬屋の裏に捨てられていた古い木箱を洗って土を入れ、種まきもした。
昼時になると、今日もコロンバがやってきた。今日は、できたての柔らかな山羊のチーズを持ってきてくれた。
食堂でゆったりと薬草茶を飲んでいたジリオラ神官を捕まえて、早速、お見廻り様のその後についての報告が始まった。
「お代官様のお屋敷に運ばれたものの、お見廻り様のお怒りは収まらず、結局、領都の筆頭代官様のお屋敷へ移ることになったそうだよ。まあ、このあたりじゃ、碌な医者もいないから、怪我をしたご家来衆のためにはその方が良かったんだけどね」
「ケッ! あいつ、筆頭代官様に泣きついたのかい? そいつは、面倒なことになるよ! まだまだ新参者代官のモントロン男爵と違って、あっちは百戦錬磨の古狐だ。何を企むか、わかったもんじゃないよ! 難癖付けて、村から搾れるだけ搾り取ろうとするかもしれないね。やだやだ」
毎度の事ながら、ジリオラ神官には驚かされる。どうやら、代官たちの事情にも通じているらしい。まさか、わたしの同業者? そんなことはないわよね? いやいや、陛下のことだ、どんな手駒を持っていてもおかしくない。コロンバは、報告がすむと、満足そうに牧場へ帰っていった。
今日は、ネレアとエステラが、朝から村の一人暮らしのお年寄りの家々を回っている。
ここには、尊老院がないので、代わりにこうした訪問活動をして、お年寄りの世話をしているそうだ。
昼食の支度はわたしとギーの二人だけですることになった。
「筆頭代官様は、どういう方なのですか?」
食堂に料理を運ぶついでに、ジリオラ神官にさりげなく聞いてみた。
ジリオラ神官は、早速チーズの蜂蜜がけを頬張り、指をなめながら話し始めた。
「筆頭代官のロンバールド伯爵様は、ロンバールド伯爵家の三男でね、若い頃から各地の代官を務め、のし上がってきた人だよ。十年ほど前までは、この地域の代官だったんだ。まあ、ちょっとした事件があって、ここを去ったが、事件の代償として王領の金山の代官を拝命し、大いに私腹を肥やしたらしい。
今じゃ、ご実家をしのぐ資産と人脈を手にしたって噂だよ。クフフフフフ……。」
「ロンバールド様は、いつから筆頭代官を務めておられるのですか?」
「二年前――かね。山神様が、次第に代官たちの手に負えなくなってきて、この王領にくわしいロンバールド伯爵様が呼ばれたらしい。でもさ、山神様の討伐なんてお金にならないから、領都のお屋敷からめったにお出ましにならないんだ。まあ、今回はお見廻り役様が絡んでいるから、そうはいかないだろうね」
「古狐も、とうとう居心地のいい巣穴から出てくるということですか?」
「おや、おまえさん、なかなか上手いことを言うじゃないか! ヌフフフフフ……」
その後、ジリオラ神官は、近隣の村々で起きた、山神様が関わったと思われる騒動について話してくれた。
例えば、見廻りに来た代官所の役人をもてなそうと、村名主が、忙しい村人たちを集めてきのこ狩りをさせたときは、集めたきのこに、何者かがこっそりワライタケを混ぜ、役人や村名主を一晩中笑わせ続けたそうだ。ワライタケを入れたのは、山神様だと誰もが信じているようだ。
村名主の屋敷で行われた夏祭りのもてなしでは、突然、たくさんの猿が乱入して、酔っ払った代官をひっかいたり、村名主が用意した土産の箱に隠されていた金貨を盗んだりして、大混乱になったこともあったという。不思議な笛の音が聞こえると、猿は一斉にいなくなったので、この事件は、山神様の仕業ということになっている。
一方で、一人暮らしの老人の畑に、夜中にこっそり肥やしをまいて耕しておいてくれたり、産婆の家に投げ文をして、夫の留守に産気づいた妊婦の元へ走らせたり、村人の困りごとをそっと解決してくれることもあるらしい。確かに「神様」のような、働きぶりだ。
それらの騒動を通じ、近隣の村人たちは、山神様を、無理難題を並べ、厳しく税を取り立てる村名主や代官から、自分たちを守り助けてくれる義賊と思うようになっていったらしい。
筆頭代官が、いよいよ本格的に山神様の討伐に動き出したら、山神様はどうするつもりだろう?
いや、王領御見廻り役を巡る騒動を見る限り、むしろ、山神様が筆頭代官を表舞台に引きずり出したように思える。ならば、山神様の狙いは何なのか――?
午後は、神官たちは、領都などの信心深い有力者に、喜捨を依頼する手紙を書いたり、山へ薬草取りに行ったりして、聖職者らしく真面目に(?)過ごしていた。
ギーと二人で、堆肥置き場作りを終わらせ、夕食をどうしようかと厨房で悩んでいると、ネレアとエステラが帰ってきた。帰ってくるなり、マントを脱ぐ間も待ちきれない様子で、ネレアが話し始めた。
「レオンさん、大変なことになりました! 村名主様のところの番頭さんが、村の施し蔵を開けに来たそうです! 村の道で馬車の事故が起きたのだから、村の財産を使ってお詫びをするって。今夜のうちに、お代官様のお屋敷に運ぶそうです!」
施し蔵というのは、災害や飢饉に備えて、食料などを蓄えておく共有倉庫である。地方の小さな村ではよく見かけるものだ。領主が名主を通じて準備金を与え、村々に設置させている。
確かに施し蔵の管理は名主の仕事だが、だからといって施し蔵を私物化していいわけがない。
「あそこには、村人の好意で納められた、毛織物や毛皮などもあるんです。何かの時にすぐにお金に換えられる物があるといいだろうって。それまで横取りしようというんだわ。ひどい! 欲張り村名主!」
エステラは、珍しく声を荒げ、可愛らしい唇を尖らせて怒っていた。
エステラの母親は、毛織物の織子だというから、施し蔵には、母親が織った布も納められているのだろう。
干し魚と根菜の葉で作ったスープやきのこと芋の揚げ炒めができ上がり、神殿長や神官たちが、夕食の香りに誘われるように食堂に集まってきた。ギーが、食器を用意し配膳してくれた。
食卓に着くや否や、巫女たちから話を聞かされたジリオラ神官は、「ふ~ん」と言ったきり、黙り込んでしまった。
つられるように、みんなおしゃべりをやめ、祈りを捧げた後は、全員ただ黙々と食事を続けた。
食事が終わり、薬草茶を配っていると、ようやくジリオラ神官が口を開いた。
「あれだね、そりゃあ、山神様一党を捉えるための罠だろうね。夜のうちに運び出すというのが、いかにも怪しいねえ。襲ってくれと言わんばかりじゃないか。おそらく、幌付きの荷台には荷物は積まず、お役人やお代官様の私兵でも乗っけておくのさ。山神様が現れたところで、荷馬車から飛び出して一気に捉えようって作戦だろうね」
「ええっ?! そんなのだめだよ! ねぇ、罠だってことを、山神様に伝えることはできないの?!」
あの踊り子を演じた美しい頭目が余程気に入ったのか、ギーはかなり山神様に肩入れしている。
「そりゃあ、知らせられるものなら知らせたいよ。だけどねえ、山神様はどこに暮らしているのか、どうやったら連絡がつくのか、皆目わからないんだよ。」
「わしのように、偶然、山で出会うということはあってもなあ、会いに行って、会えるものではないのじゃ。神出鬼没、出没自在、それが山神様じゃからな」
ヴァスコ神官の言葉を聞き、ギーは、がっかりした顔でうなだれてしまった。しばらく、そのままじっとしていたが、突然、テーブルをバンッと両手で叩き立ち上がった。
「姐さん! やっぱりほっとけないよ! 山神様を探しに行こう! ねぇ、ヴァスコ神官、姐さんとおいらを山神様に会った場所へ連れて行っておくれよ!」
「もう、あたりも暗くなってくる頃合いじゃ。山へ入るのは危険だぞ」
「お願いだよ! 急がないと間に合わなくなっちゃう! ねっ、頼むから!」
思い切り可愛い顔で、目にはうっすら涙を溜めて、ヴァスコ神官の両手を掴み、ギーは必死で訴えていた。抱きつくようにして、「お願い、お願い」をひたすら繰り返す。
小さなため息と共に、ヴァスコ神官はとうとう陥落した。笑みを浮かべると、ギーの頭を優しく撫でながら言った。
「わかった、わかった。案内してやろう! 会えるかどうかわからんがのう。わしとて、何もせずにいて山神様が捕まるようなことになれば、寝覚めが悪いからのう。松明を用意し、早速出かけるとしよう」
こうして、ギーとわたしとヴァスコ神官は、山神様に会うべく、夜の山へと足を踏み入れたのだった。
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