其の九 山神様の客人(前)
本日も閲覧ありがとうございます。
想定以上に長くなってしまったので、前・後に分けました。
後編も、間を置かずに投稿します。
ヴァスコ神官の案内で入った夜の山は、想像以上に不気味だった。
うっそうと茂る木々の合間からは、獣の息づかいや夜鳴鳥の声が聞こえてくる。何かが闇の中から飛び出してくるかもしれないという恐怖に耐えながら、一歩一歩山道を進んで行った。
「おう! この木じゃ! 山神様が実を落としてくれた、山栗の木じゃ! 二年の間に、また大きく育ったのう。どうやら、わしらは、山神様の縄張りの中へ入ったようじゃぞ」
「山神様が、どこかから、おいらたちを見ているかもしれないね」
ヴァスコ神官とわたしは、松明を持ち歩いていたが、山の闇は益々濃くなっていくような気がした。今日は、あいにく薄曇りで月明かりも地上に届かない。
油断があったとは思わない。しかし、山道を歩き慣れ、注意が欠けていたことは確かだった。土とは違う感触のものを踏んだと思った瞬間、何かに包まれ宙に浮かんでいた。罠にかかった――と気づいたときには、三人一まとめにされ木からぶら下がっていた。
わたしとヴァスコ神官が落とした松明は、穴の中でジュッと消えた。そして、暗闇の中から何者かが現れ、わたしたちを下ろすと、じたばたする間も与えず手早く縛り上げた。
わたしたちを縛った縄を持つ男がそれぞれ一人ずつ、行列の前後を挟んで警戒する男が二人。合計五人にがっちり囲まれ、逃げる隙も見つけられないまま、わたしたちは見晴台のような小さな広場に引き出されていた。広場の中央には、小さな篝火が春の夜風に揺らめいていた。
「おっ頭―っ! 獣罠に変なものが引っかかったぁ! 爺さんと女とガキー! 血ぃ抜いて丸焼きでいっかなーっ!」
わたしの隣を歩いていたヴァスコ神官が、「ブォ!」と呻いた。三人とも猿ぐつわを噛まされているので、まともに声も出せない。丸焼き? 一番美味しいのは、わたしかしらねぇ……? いや、ギーか?
「まあ、とりあえずはさぁ、石牢に放り込んでおいて、仕事が終わったらご苦労会のご馳走ってことで、ジュージュー焼いて……」
―― ボゴンッ
「いてっ! 何すんだよ?! 冗談だよ、冗談! 人肉食う趣味はねえよ! もう、コルの石頭! 冗談も通じねぇんだから、やんなっちゃうよ……、おっ! わっ! いてーよっ!! ああもう、ごめんなさーい!」
篝火の光に目が慣れ、周りの様子がよくわかるようになってきた。わたしたちを捉え、先頭に立ってここまで連れてきた男は、代官屋敷の宴で馬齢を鳴らしていた若者だ。
そして、彼をボカスカ殴り黙らせた、冗談の通じないコルと呼ばれる男は、あの太鼓を叩いていた優男だ。やはり、ただの優男ではなかった。若者に繰り出した拳は、かなりの速さだったもの――。
そして、篝火の奥に立つ、お頭と呼ばれた男――。黒装束のほっそりとした姿は、まちがいなくあの夜の踊り子だ。夕暮れの空のような紫色の瞳は、篝火の炎を映し、あの夜よりもより一層怪しく煌めいていた。後ろで一つに結んだ漆黒の髪を、風が緩やかに吹き流している。
あの夜は一部分ベールに隠されていた顔を、今日は存分に眺めることができた。化粧を施していなくても十分に美しい。微笑を浮かべたような整った形の唇から発せられたのは、場違いなぐらい澄んだ落ち着いた声だった。
「セルジオ! その爺さんは、俺の知り合いだ。麓のカモカルディーノ村にある冬の神殿の神官殿だよ。猿ぐつわを解いてやれ。
手荒なことをして申し訳ない、神官殿。どうか、許してやってくれ」
セルジオが、ブツブツ言いながら、ヴァスコ神官の猿ぐつわを外した。ヴァスコ神官は、ゴホゴホとすこしむせた後、涙を流してその場にひれ伏し、頭目に向かって叫んだ。
「ありがたや! これぞ、冬の神殿の老神様のお導きじゃ! 二度と会えぬと思っておった山神様に、再びまみえることができようとは! わしは、もういつ死んでも悔いはないぞい!」
「これこれ、神官殿。俺を拝んだところで、何も御利益はない。それより、こんな時刻に何をしに山へ来たのだ? それも、若い女や子どもを連れて――。ま、まさか、その年で駆け落ちとか?!」
「とんでもない!」と大慌てて否定した後、ヴァスコ神官は、村名主が代官と組んで、山神様を捉えるために、施し蔵の物資を使って罠を仕掛けようとしていることを話した。
頭目やコルは、黙って話を聞いていたが、おしまいの方では、うんうんとうなずきながら口元には笑みを浮かべていた。
「わざわざ、我らのためにこのような山奥まで、知らせを届けてくださり、ありがとうございます。しかし、案ずるには及びません。われらは、すでに、あやつらの企みを掴んでおりますから。
まもなく、見張りのものから、出撃の合図が届きましょう。あやつらの好きにはさせませんよ」
コルが、外見に相応しい穏やかな口調で、ヴァスコ神官に告げた。こちらはこちらで美しい。萌葱色の瞳を、長いまつげが縁取っている。肩に届くつややかな枇杷茶色の髪は、緩く波打っていた。
後ろにいるギーが、肩でグイグイわたしの背中を押してくる。ああ、わかっているわよ、手を縛られ猿ぐつわを噛まされている状況なのに、じぃっと見つめちゃって、また悪い癖が出てますよってことよね! はいはい!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
どうなんだろう、これ? と思いながら書いていて、☆やブクマに励まされるという日々です。
山賊も出てきて、怒濤の展開(?)の予定です。よろしくお願いいたします。




