其の六 山賊・山神様
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良い一週間になりますように!
次の日――。
朝食の後、ギーとわたしは、荘園に植え付ける野菜の種や苗を分けてもらいに、村へ出かけることにした。昨日の「お手当」で、買えるだけ買ってこようと思っている。
麦の収穫はまだまだ先だが、食料庫の蓄えは僅かしかない。あの薄い麦粥とて、いつまで続けられるか怪しいものだ。芋や豆など、お腹の足しになるものをたくさん育てておく必要がある。
村の入り口には、共用井戸を中心にした小さな広場があるのだが、そこに人だかりができていた。
高札が立てられているようだ。それを見て、みんなクスクス笑っている。何だろう?
人々をかき分け、人だかりの前の方へ出る。高札には、絵が一枚貼ってあった。
絵には男の顔が描かれていた。独特の眉毛の形や鼻の下の黒子から、わたしには、昨日会った王領御見廻り役のセスブロン子爵だとすぐにわかった。
彼の顔を知らない人にもわかるように、絵の下の方には、「お見廻り様、踊り子だけをお見廻り!」と書かれていた。隅には、山をかたどった記号のようなものが添えられている。
目尻を下げにんまり笑った王領御見廻り役の顔は、天辺を丸く残して髪を剃られ、顔には青い線で眼鏡が描かれていた。何なのだ、この絵は?
まさか、王領御見廻り役が、こういう姿にされてしまったとか……。いやいや、夕べは、あの踊り子を部屋へ呼んで……、その後、何があったのだろう?
わたしの隣に立っていた男が、心底嬉しそうな声で言った。
「いい気味だぜ! おれたちから、吸い上げるだけ吸い上げて、贅沢し放題のお代官様やお見廻り様を、またまた、山神様が懲らしめてくださったということだ!」
それをきっかけにして、集まっていた人々が次々と声を上げた。
「あの眼鏡は、藍色草の染料で描かれている。肌に付けたらちょっとやそっとじゃ落ちないぞ! お見廻り様も、皮がむけるほど必死で顔を洗っていることだろうさ!」
「お見廻り様の馬車を止めて、是非とも直接お顔を拝見したいもんだねえ!」
「山神様あ、ばんざーい!」
クスクス笑いは、いつのまにか、いささか意地の悪い哄笑に変じていた。
「山神様」とは、何者だろう? 傲慢な役人たちに悪戯をして、人々の鬱憤を晴らしてくれる存在のようだが――。もしや、その連中が、陛下がおっしゃる山賊の一味なのだろうか?
ギーとわたしは、何軒かの農家を訪ね、種や苗、種芋などを分けてもらった。
神殿へ帰るため、街道に出ようとしたところ、近くを歩いていた村人に止められた。
「今、街道に出ない方がいいよ。まもなく、お見廻り様の馬車が来るらしいからね。行き会うと、路肩でひれ伏さないとならないから、もう少し待ってなよ」
国王陛下の馬車じゃあるまいし、いちいち通行人を路肩でひれ伏させるなんて、何様だ!
やっぱり、夕べ、頭から熱い汁物を掛けておくんだったわ!
ムカムカしながら、街道の手前の小さな居酒屋に入った。ギーにキトゥルスのジュースを頼んでやり、表の縁台に腰掛け、馬車が通り過ぎていくのを待つことにした。
やがて、二頭立ての立派な馬車が、ゆっくりと街道を走ってきた。ちょうど木々の陰に入り、わたしたちがいる居酒屋から見えなくなった辺りで、突然、馬のいななきが聞こえた。続いて、ガタガタガタ……と大きな音がして、悲鳴も聞こえてきた。何?! 何が起きた?!
近くにいた人々が、慌てて街道へ走って行った。わたしたちも縁台にジュースを置いて、後を追った。
馬車はとんでもないことになっていた。路肩で横倒しになり、車輪が一つ外れていた。御者は、御者台から投げ出され、車内からはうめき声がもれていた。積んであったらしい荷物が、街道に転がっていた。
二頭の馬は、何かに怯えて、すでに何処かへ走り去ってしまったようだ。
「た、助けてくれ~い! だ、だれかあ、扉を開けてくれ~!」
馬車の中から声がした。扉が歪み、開かないようだ。最初に駆けつけた男たちが、近くの農家の農具小屋から鍬や鋤を借りてきた。数人で扉を叩き壊し、閉じ込められた人たちを引きずり出した。
初めに助け出された男に見覚えがあった。昨日の宴席にいた王領御見廻り役の執事だ。足を痛めたらしく、肩を借りながら降ろされると、その場に座り込んでしまった。
続いて下ろされた若い男も、同じような服装だったので、おそらく執事だろう。こちらは気を失っているようで、路肩の草の上に寝かされた。
そして、最後に救い出された男は、両目の部分だけがくり抜かれた、袋のような覆面をつけていた。
ほかの二人が必死で庇ったのだろう、この男は無傷のようだった。
王領御見廻り役のセスブロン子爵だと思うのだが、覆面をつけているため確証はない。
男は、助け出してくれた村人たちに、「村名主を呼べ」とか「新しい馬車を用意しろ」とか、勝手なことを言っている。なかなか動かない村人の一人を、男が蹴飛ばしたときだった。
小さな黒い影が、空を横切った。そして、王領御見廻り役と思われる男の頭上にふわりと降りた。
黒い鷹だった。
鷹は、素早く覆面の端をくわえ、バサバサと羽ばたき飛び立った。やがて、少し離れた林の中へそれを落とすと、そのまま遠い山の方へ消えていった。
鷹が去った後には、高札の似顔絵そっくりの男が、街道の真ん中に突っ立って威張っていた。
「ブアッ! アッ、ハッ、ハッ、ハッ……、お、面白い顔!」
男を指さして、最初に大笑いをしたのは、ギーだった。
救助に必死だった人々も、改めて男の顔を眺めると、体をよじって笑い出した。
「わ、笑うな! わ、わたしを、誰だと思っている!」
男は、両手で顔を隠し、何とか威厳を保とうとしたが、頭頂部を残し剃られてしまった頭までは隠せない。執事が、足を引きずりながら歩み寄り、自分の上着を被せるころには、一目、お見廻り様を見ようと集まった村人によって、何重にも取り囲まれてしまっていた。
結局、王領御見廻り役は、誰かの知らせで駆けつけた村名主の馬車で、代官屋敷に逆戻りすることになった。執事が二人とも怪我をしてしまったので、このまま旅を続けることは無理だと判断したのだろう。
大勢の村人たちの嘲笑の中を、王領御見廻り役を乗せた馬車は、もと来た道を静々と戻っていった。
覆面を奪ったあの鷹――。足に金の輪がつけられていた。誰かに飼われている鳥だということだ。おそらく飼い主は、さほど離れていない場所にいたはずだ。
それから、馬車が倒れた辺りに漂っていた刺激的な香り――。わたしが行ったときには、かなり薄まっていたが、おそらく馬車馬に、辛味草の実を煎ったものでも投げつけたのだろう。ただの事故ではない。こちらにも、騒動を仕掛けた犯人がいる。
これも、山神様とやらの仕業なのだろうか? 悪戯だけでは飽き足らず、怪我人が出るような騒ぎまで引き起こすとは、やはり彼らこそ山賊なのかもしれない。
神殿に戻り、早速、山神様のことをたずねてみよう。あの人なら、何を聞いても答えてくれそうだ。
あのジリオラ神官ならば――。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
やっと、山賊が出てきたらしい……回でした。ちょっとやり過ぎ。
今週もよろしくお願いいたします。




