其の五 美貌の踊り子
こんばんは! 閲覧ありがとうございます。
本日二回目の投稿です。夜向けの場面なので。
お楽しみいただければ幸いです。
やや褐色を帯びた滑らかな肌。刺繍やビーズ飾りを施した豪奢な布で胸元や腰を隠し、その上をきらきらと光る浅黄色の薄絹で足首まで覆っている。
腰から下は、さらに細かな宝石ビーズを散らした金色の薄絹を重ねてある。動きに合わせて、金色の薄絹が足に纏わりつきなまめかしい。肩からも同じ素材のショールを垂らしている。これをひらひらと動かしながら舞うのであろう。
真っ直ぐな鼻梁、くっきりとした眉、顔の下半分は薄布のベールで隠されているが、深い紫色に星を撒いたように煌めく双眸は、目線を合わせるのがためらわれるぐらい美しい。目元にうっすらと引いた紅が、さらに妖しい魅力を醸し出していた。
わたしたちはもちろん、大広間の男たちも、すっかりこの異国の美女の虜になってしまったようだ。
首から胸元、手首、足首、そして、結い上げた黒い髪を飾る繊細なビーズ織りの装飾品が、広間の灯りを照り返し、目映いばかりに輝いていた。そして、その光は踊り子の妖艶な肢体を浮かび上がらせ、男たちの目を釘付けにしていた。
太鼓を演奏する男が、自分の前に置いた香炉で香を焚いていた。異国風の魅惑的な香りが、大広間にゆったりと漂い始めていた。どこか心を落ち着かなくさせる甘く重い香りだ。わたしは、ショールの端でそっと鼻と口元を覆った。
―― トーン、トーン、トン、トン……
太鼓のリズムに合わせ、踊り子が素足でゆっくりとステップを踏む。下には、絨毯が敷かれていて、足音はしない。滑らかに腰を振り、ショールを絡めたしなやかな腕を、組んだり伸ばしたりしながら、次第に全身を使った大きな動きに変えていく。
馬齢や笛が演奏に加わり、体を反らした踊り子が、音楽に合わせてくるくると回り出す。回りながら男たちのテーブルに近づき、ショールの端でその鼻先をかすめていく。ときには、大胆にも男の頬に手を添え、蕩けるような笑みを残して離れていく。
踊りの終盤、激しく太鼓が打ち鳴らされる中、軽く跳ねながら回転し、セスブロン子爵に近づいた踊り子は、踊りながら彼の耳元に何事か囁いたように見えた。すぐに離れたが、セスブロン子爵がだらしなく笑ったので、誘いの言葉を吹き込んだのは間違いないだろう。
ということは、ピアはこの後、セスブロン子爵に呼ばれずにすむということだ。さて、残るはわたしだけだが、どうやってお代官様のお誘いをお断りすればいいだろうか――。
しかし、間もなくその問題は、あっけなく解決した。余興が終わり、踊り子たちが退場すると、不思議なことにセスブロン子爵以外の三人は、すっかり酔いつぶれ、テーブルに突っ伏し眠り始めていたのだ。
オレステが、慌ててセスブロン子爵に、この事態を詫びに行った。もてなす相手を放り出し、先に酔いつぶれてしまうなど、あってはならないことだ。
激怒するかと思われたセスブロン子爵は、この後に楽しみが待っているせいか、「日々の激務でお疲れなのでありましょう」と代官を労い、さっさと自室へと引き上げてしまった。
やがて、酔いつぶれた三人を、屋敷の使用人たちが、それぞれの部屋へ運び出し、宴はいつの間にかお開きとなった。
わたしたちは、はじめに案内された客間に戻り、化粧を落として着替え、代官所の馬車で村へ帰ることになった。オレステが、わたしたちを馬車まで案内し見送ってくれた。
代官所から、僅かだが「お手当」というものをいただいた上、あまり嫌な思いもせずにすんだので、帰りの馬車では、娘たちはみんなはしゃいでいた。
「オレステ様って、本当にいい方よね。最後まで、わたしたちのことを気づかってくれたもの!」
「どうなることかと思っていたけど、無事にお役目を終えられて良かったわ。お手当まで出たし!」
「最後には、三人が酔いつぶれちゃって、何だか変な具合だったね。そんなに酒を飲ませたかしら?」
てんでに好き勝手なことを話していたが、最後にあの異国の踊り子の話題になると、みんな少し声を潜めながらも、好奇心を隠しもせず熱っぽく語り始めた。
「あんな綺麗な人、初めて見たわ。あの紫色の目、宝石みたいにきらきらしてて、うっとりしちゃった」
「衣装もすごかったね。ビーズや金糸が光って眩しかった。絶対に似合わないけれど、一度ぐらい着てみたいよね」
「今夜は、あのお見廻り様のところに呼ばれるのかしら。あの男、思い切り鼻の下を伸ばしてたわね」
「そうよ、嫌らしい顔しちゃって……。何度も、わたしの腰をなで回したのよ! 気持ち悪い!」
「何だか可哀想よね。いくら仕事とはいえ、あんな表六玉の相手をさせられるなんて」
「後で、たんまりお金をもらえばいいのよ! お代官様の金蔵が空っぽになるぐらい!」
娘たちは、すっかり意気投合し、その後は代官と王領御見廻り役の悪口を並べ立て盛り上がっていた。
わたしは、暗い車窓を見つめながら、あの踊り子の蠱惑的なまなざしを思い出していた。
確かに美しかった。しかし、同時に、何者にも惑わされることのない、強い意志を感じさせる瞳でもあった。
あれは、不用意に近づいてはいけない人物だ。誰であれ、心を取り込まれたなら、破滅への道を真っ直ぐ歩むことになるだろう。あの王領御見廻り役、すっかりのぼせ上がっていたが大丈夫だろうか?
途中の村々で、娘たちが一人ずつ降りていき、最後はわたしだけになった。
冬の神殿の前でわたしを下ろすと、馬車は向きを変え、代官所へ戻っていった。
もう、就寝の鐘が鳴った後だというのに、食堂には灯りが点っている。わたしのことを待って、みんな起きてくれているのだろうか? 扉が開き、手燭を持って現れたのはギーだった。
「姐さん! お帰り! ずいぶん、早く戻ってこられたんだね」
「ええ。皆さん酔いつぶれてしまって、宴は早々にお開きになってしまったのです。あのう、神殿の方々も、起きて待ってくださっているのでしょうか?」
「うん。おいらもさっき戻ったばかりなんだけど、おいらがもらってきた宴会の料理のあまりを、みんな夢中で食べてる。姐さんがいないから、夕食も作れないし、お腹が空き過ぎて眠れなかったんだって」
「お腹が空き過ぎて……、そうですか」
わたしが食堂に入ると、三人の神官と二人の巫女が、満足そうな顔で薬草茶を飲んでいた。
巫女たちは、わたしに気づくと、飛び跳ねるように立ち上がり走ってきた。二人は、わたしの無事な帰還を喜びながら、代わる代わる謝罪と感謝の言葉を述べた。
ヴァスコ神官は、手を組み感謝の祈りを捧げてから、目を細め、わたしに言った。
「ほら、わしが言ったとおりじゃろう? レオン殿は、老神様の御使者じゃもの心配はいらん。愚か者どもをおだて上げ、じゃんじゃん酒を飲ませて潰してきたのだろう?」
「まあ、そんなところです」
「お役目が忙しくて、何も食べられなかったのではないかえ? レオン殿の分は残してあるから、部屋へ持っていって、ゆっくりお上がり!」
ジリオラ神官が、皿に取り分けておいてくれた料理を、少し残念そうな顔で、わたしに差し出した。
もしかして、わたしが今日中に戻って来なかったら、これも食べてしまえたのになあ――、って思っていますかね?
わたしは、にっこり笑って皿を受け取り、ジリオラ神官の気が変わらぬうちに、大急ぎでギーを連れて部屋へ引き上げた。やれやれ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次は、次週月曜日か水曜日に投稿する予定です。
ブクマをありがとうございました。元気が出ました。
では、楽しい休日をお過ごしください。




