エピローグ
目を覚ます。
目を覚ましたのも何日ぶりだろうか?
いや、何回目ぶり?
繰り返していると、意識だけが常に覚醒しているので寝るも起きるもなかったから。
目を覚ます?
思い切り体を跳ね上げる。
知らぬ間に体に埋め込まれていた管が引っ張られてちくりと痛む。
病室だ。
ここは、病室なのだ。
時間、時間は?
午前9時28分。
遅刻だ、とか授業が、とか、呑気な要素が一瞬脳裏にチラついたが、そんなことはどうでもいい。
いや、そんなことを考えていられることが幸せということか。
終わった!
ループが終わったんだ!
さようなら8時11分18秒!!
何が決め手だったのだろう?
記憶に残る最後のループを思い出す。
踏み石となる覚悟を決めた俺。
最後の言葉を残すために声を上げる。
人生最大の勇気を振り絞ってだした言葉は、朝の挨拶。
足を止めた大崎。
振り向く大崎。
その先を暴走車は「通り過ぎ」ていく。
バランスを崩し倒れ込む大崎。
倒れ込んだが、生きている。
生きている。
やはり、条件は大崎の生存か。うん。
・・・いや、そんなことで良かったのか?
声をかけるだけで?
あんまりじゃないか、それは。
こちとら最大限、手を尽くして、救う方法を考えて、自分が犠牲になる覚悟まで決めたというのに、一声かければ終わりだと?
あんまりだ。
どうみても、事態が複雑化したのは俺がヘタレなだけと思い知らされるじゃないか。
これが例えば神様のやることなら、性格が悪すぎる。
好きな子に堂々声かけられるやつら前提で運命をセッティングしないでほしい。
控えめな野郎もいるんですよ!
うなだれる。
もうだめだ、あんまりだ。
情けなくていっそ死んでしまいたい。
そんな俺の、傍らに、両親がいた。
目に涙を浮かべていた。
情けなさでうなだれる情けない息子にこう言うのだ、
本当に良かった、生きていて良かった!
ありがとう、神様!
安堵、感謝、労り、愛情の全ての言葉を頂戴した。
疲弊した体では圧倒され、なされるがままもみくちゃにされた。
しかしながら、そのおかげで心が温度を取り戻すのを感じていた。
流しすぎた血も、涙も、ループで全部戻ったけれど。
心の温度だけはどうしようもなかったから。
本当に良かった。
反抗期も確執も終わっていて、この人たちの想いをまっすぐに受け止めることができて。
自分が死んだりしなくて、本当によかった。
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
午前8時11分18秒。
ワンボックスカーが時速100kmを超す速度で暴走し、学生の使う通学路に突っ込むという事故が発生した。
被害は軽傷の学生二名。重症の運転手一名。
奇跡的に、死亡者はいない。
運転手は障害等の持病はなかったがその日、意識障害が発生し車輌を暴走させたと思われる。
警察は落ち着き次第、話を聞く予定だそうだ。
それが、あの五秒間の世間に向けた説明であった。
▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼
俺のその後については現実感を取り戻すことが大変だった。
目まぐるしく巡る凄惨なシーン、五秒スパンで訪れる緊張。
病室にいても不安は消えなかった。
次はいつ、どこにもどる?
今この時間はループ中の夢ではないだろうか?
事実、夢の中でループに戻っていた。
ただの夢だが、そんな悪夢の現実を繰り返したのだ。
どちらがどちらかよくわからない。
看護師に、ここはどこですか?と目覚めるたびに問い掛けては自分がどちらにいるのかを確認していた。
現実を完全に喪失してしまっていたのだ。
そのため、体は軽傷にもかかわらず入院が長引いてしまった。
そりゃそうだ。
あんな目にあって平気なものかよ。
むしろこんなもので済んで良かった。
でも、そんな中でも、ずっと気がかりで。
どうなったのだろう。彼女は。
どうしているのだろう、彼女は。
それとなく聞いたところ「もう一人の軽傷者」はその日の内に退院済みらしい。
元気そうで、本当に良かった。
しかし、おかげで俺は世間的にはすこぶる繊細な男子生徒ということなってしまった。
仕方がないが、理解はされまい。
繊細な宮藤進一。殺人事件に疲れたので引退です。
今後、事件は毛利小五郎にまかせてください。
そんな自虐的な気分に浸っている午前中、看護師がやってきた。
「宮藤さんお見舞いの方きてますよ。」
「毛利小五郎さんだそうです。」
クスクスと笑っている。バーロー。
どうやら後任者があちらから来てくれたらしい。
クラスの連中だろう、ふざけやがって。
サッカーボールだすぞ。
「元気ですか?」
大崎楓。
え、うそ。
サッカーボールはひっこんだ。
「ひゃい元気でし。」噛んだ。
「良かった。あ、名前はね?田中くんがそうしたほうが喜ぶっていうから。びっくりした?」
「謎はすべて解けた。」
「それ違うやつ。」
びしっとツッコミをうけた。
うわあ!スキンシップだ!
こちらが心臓張り裂けて死にそうなところ、彼女はニコニコと笑っている。
すごくかわいい。
「その、お礼を言いに来ました。」
「え?」
「あの日、呼び止めてくれなかったら危なかったから。」
なんということでしょう。
かわいいのにこんなに賢いなんて。
しかし、そうか。
わかってもらえるんだ。
本当に、頑張ってよかった。
生きてて、良かった。
「ありがとうございます。」
深々とおじぎをする。
そんな。
俺は、俺の気持ちを伝えたかっただけでそんな。
「何かできることがあれば言ってください。」
はにかむ笑顔が振り返る。
綺麗な髪が流れて揺れる。
「うん、かわいい。」
「え?」
え?
しまった。口に出てた。
まだ現実感がないもので本当に。
「あ、いやそうじゃなく違います。」
「かわいいのが?」
「それはちがくないです。あ、いや、その。ちがくないけど。ああ、まって。」
本気でやばい、やばい。
「・・・はい。」
どうしよう、収集がつかない。
「それじゃあ」
「はい」
「これからも、挨拶してもいいですか?」
挨拶が、俺の精一杯。
それ以上は無理!死んでしまう!
「はい、喜んで。」
でもそんな小さな言葉が進めてくれた。
彼女の命も、俺たちの未来も。
勢いで完結しました。
最後まで読んでくださった方
ありがとうございました!