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Chapter.6 メキシカン・スタンドオフ

互いに疑い合うタイラーとエヴァ。この二人がようやくぶつかり合うときが来た。

クリストハルト医師によるアニマルシティ・タイムズの記者ナギサ・ハヤセの強姦殺人未遂事件から一日が経過した。


シバはクリストハルトの射殺後、直ぐにCLAWの応援を呼んで自宅の操作を開始した。


中には約二十名の損壊状態の酷い状態の生存者とクリストハルトが殺害した遺体が発見される地獄絵図と化していた。


調査の過程で本人が所持していたスマートフォンを調べると、中には匿名のSMSから特定の患者を自然死に見せかけて殺害するという案件を請け負っていたことが分かった。


そして警察病院に勤める彼が殺害した人間に共通する点はもちろん警察官であることだった。


彼が自然死を装って殺害した警官は皆、ロス・クルティードの事件に関わっていた警官たちであり、口封じの為に殺害していたのだ。


そして更に驚くべきは最後に指示されていたのはCLAWのリーダーであるエマ・カストロ・マルチネス二等巡査部長であった。


だが幸運なことにその暗殺の指示が入ったのはナギサを家に招き入れて殺害するためにクリストハルトが病院を半休を使用して早退した時間帯と重なっており、正に紙一重のタイミングでエマは殺されずに済んだのである。


クリストハルトを一人の医者として尊敬していたエマはこの事実を知ってショックを受けていた。何故ならスワットでまだ訓練段階だった十年以上前に応急処置の施し方を教えたのは彼だったからだ。そしてその応急処置はその後にまだ名前も知らなかったルフィナを助けるときに使った技術であり、エマは内心物凄く複雑な心境を抱いていた。


更にはそれらの殺害の記録を辿っていくと一人、CLAWの古参メンバーの誰もが知る前任リーダー〝クロウ・S・マーロン〟の名もあった。


映像にも残っている彼女に行われた凄惨な拷問の中で輸血パックや手術用のモルヒネといった医療用物資を提供して、彼女の肉体がどれだけ損壊されても首の皮一枚で繋がっているような状態で無理矢理生かすための生命管理を担当していたのである。


更にはロス・クルティードが殺害した警官の死亡記録の改ざんに関与していた疑いも浮上した。


クルティードとクリストハルトは互いに殺害した人間の隠ぺいや拷問をし合う仲だったようだ。


これらの捜査資料の一部はアニマル市警本部にも提供され、クリストハルトの反吐の出るような残酷な悪行が世間に知れ渡るとアニマル市警察病院は大混乱に包まれた上、最早死んだほうがマシな状態であった〝歌姫〟たちに一カ月は記者による取材やパパラッチの応酬で、更には一般人による野次馬だらけになり営業妨害が後を絶たない状態となる。


これが原因でアニマル市警も交通整理の為に人員を割かなければならず、更にはその妨害によって救急搬送されていた負傷した警官の治療が間に合わずに死亡する事態も起きてしまった。


ナギサ・ハヤセはシバの手によりアニマルシティ・タイムズを一時的に休職。世間の目を避けるためにCLAW本部に身を隠すこととなったがPTSDと心因性の失語症を発症してしまい、薄暗いトレーラーハウスの中で毛布を被りながら虚ろな目をして、ただぼうっとし続けている。


「ねぇ、ナギサ。凄く怖かったと思うけど、心配いらない。絶対ナギサのことは僕たちが守るから。安心していいから、だから、何か言ってほしい…ごめん、自分勝手だよね、本当にごめんね。無理させちゃいけないよね。僕が最初から分かっていればあんなことにならなかったのに。」


「……」


「今日はね、ルフィナに頼んで暖かい紅茶と甘いスコーンを買ってきてもらったんだ。凄く美味しいよ。元気出ると思うから、冷めない内にどう?」


「……」


自分の声を出すとクリストハルトにかけられた言葉がフラッシュバックしてしまい、忘れようとメタルソングを聴けば怒号と殴られた時を思い出し、優しい曲を聴けば〝歌姫〟の一人が殺されるあの悍ましい光景を思い出してしまうのだ。


シバはそんな状態のナギサにただ寄り添うしかなく、食事や身の回りの世話をするしかなかった。


一歩その頃タイラーは凄惨な事件に心を痛めながらも、エマに言われたエヴァの違和感について最優先に考えていた。そして本人にバレない様に彼女とかかわり合いがあった他の仲間に世間話をする体で色々な情報を聞き出して考えを整理した。




・警部がエマにエヴァの詳細を伝えずにCLAWに引き入れたのは何故か。


・誤射を行って左遷されたような人間にアンパサンド・2に任命する正式な文書が何故存在するのか。


・カジノで回収したラップトップの行方についての言及がない上に、情報解析技術が警察の範疇を超えている。


・そして誤射を行うように見えない正確な射撃技術。


・スパイ・エージェントの一部にしか教練されないディスアッセンブリー・ディザームや殺人用のクラヴ・マガを何故体得しているのか。


・同い年の割は話していてジェネレーションギャップを感じる。




といった点がタイラーの持った違和感として大きなものであった。


そして違和感を持っているのはエヴァも同じで、タイラーについて自分を消すために裏で内通している裏切り者であるという疑惑を感じていた。


あれだけブラックな作戦を遂行して平気でいられる人間性、リジー・リーの事件で何故かビソンテスに正確に特定された自分の位置は不自然だ。


もしかすると自分がCLAW潰しの為に潜入していることをもう既に嗅ぎ付けていて、件の警視とやらに命じられて自分を消すつもりなのではないか、と。


CLAWの不正の証拠はボディカメラを使ってハッキリと捉えてある。後はなんとかして追放されるか殺される前に最終目的であるUSBを奪取して逃げおおせるしかない。


二人は無言で平静を装いながら水面下で最大限の緊張状態となっていた。


今最もエヴァが重要視しているのは殉職したクロウ・S・マーロンだ。彼女の死亡時刻とUSBが紛失したタイミングが一致していて、最も不正に近づいた女であったため、一番可能性が高い。蜘蛛の糸に縋るようではあるが何とかして彼女に関連する物に近づかなくてはならない。


その為にはまず前任者を知っているブルーやアンジーを頼るしかないと考えた。


「ブルー先輩、アンジー先輩、そういえば前シバ先輩のゼットをいじってる時にズィー・カーがどうとか言ってましたよね。前任者のクロウさんってどんな方だったんスか?」


「クロウのこと…?そうだね、クロウは犯罪者に容赦がなくて…いろんなやり方で殺してた。歳が二十六歳でリーダーなのにメンバーの中で一番若かったけど、舐められないようにするために荒くれ物の巣窟でアクセル全開だった。確かに狂ってて歪んでるところはあったけど、打ち解けていくにつれて凄く皆の面倒を見るようになった。メンバーみんなの顔色が悪いって言ってわざわざ栄養バランスを考えた手料理を振舞ってくれたり、皆が気持ちよく仕事ができるように長所を鼓舞したり、私にもすごい優しくしてくれた。寂しくて悪夢にうなされて眠れなかったときに一緒にいてくれた。そしたらその日は人生で一番安眠できた日になった。今では私の悪夢に出てきて私を魘しにくるけれど、今でも一番頼れる人だったと思う。皆のお母さんみたいな存在だった。」


「そうだったな。最初はCIA顔負けの仕事をやらせるわ、拷問をやらせるわでめちゃくちゃひやひやした記憶があった。あの仕事をしている最中のクロウはなんというか…凄く気持ちよさそうな顔をしてたのを覚えてる。世間は皆あいつのことを狂人とかサイコとか言って非難するだろうがそれも無理はないと思うし、案の定酷いなんてレベルじゃない死に方をした。あれは人間の殺され方でもなければ家畜の殺され方でもない。形容しがたい悍ましい死に方をした。犯され生きたままバラされて加工されて…今でもトラウマだ。けど、そんな生き方しかできなかった彼女が私たちに残してくれたものは凄く大きかった。今でも会いたいと思ってるし、会いたいと思うからこそ、この組織の名前は彼女の名前をもじって付けたんだ。もちろん相棒やボスがダメってわけじゃない。ボスが来てから私も狙撃手としての考えを改めるようになったし、相棒がいるから今の人生が楽しいと感じる。けど、クロウとの思い出は私にとって一番大切な物の一つさ。」


エヴァは二人の話を聞いて分析する限り、彼女は自分と同じ性質を持っている人間に対してすこぶる優しかったと推察した。


だが二人とも口をそろえて彼女が狂っていることを否定しなかった。


「今、そのクロウさんって人が乗ってたズィー・カーってどこにあるんスか?」


「えぇっと、クロウが死んでからはトラウマになって家には行ってないんだ。どうしてもあの殺された映像が記録されたスナッフ映像がフラッシュバックしちまってな。だが、ズィー・カーの行方か…そういえば考えたことが無かった。もしかしたらまだ残ってるかもしれない。クルティードの幹部を抹殺して皆で呑みに行ったときは飲酒運転になるからとわざわざバスに乗ってきた。もしかすればあの時ズィー・カーに乗ってれば殺されなかったかもしれないな。ともかく…あの時家に置いたままなら彼女の家に置きっぱなしのはずだ。軽く二年は経ってるからもう埃まみれで不動状態かもしれないがな。」


しめた!と思ったエヴァはそのまま彼女たちにその車を回収して皆でレストアしないか?という話を持ち掛けた。すると、二人は案の定乗り気になった。


シバやルフィナにもいかないかと声をかけたが、シバはナギサの面倒を見る時間が欲しいと断り、ルフィナもシバ一人で看病するのは大変だろうと、手伝いとしてその場に残ることを選んだ。


「えーと、車はどうします?」


「じゃあ私と一緒にシビックで行こう。他の車は全部ツードアなせいで道中狭いぞ。なんせCLAWは体格がデカい奴が多いからな。私も前任者の銃を使う重みを知っている人間として、彼女の足跡を辿ってみたいのさ。」


話を陰で聴いていたタイラーは途中から話に割り込むと、そのままタイラーもエヴァの狙いを確かめる目的で無理矢理同行することになり、全員はシビックに乗り込むとそのままエンジンを始動させて車を動かし始めた。






クロウの家は驚くことにエヴァが宿泊しているモーテルからCLAW本部に移動する際に通る道中で毎回見かける一軒家だった。クロウの住所の情報をFBIに特定させた時とは全く異なる住所に存在していたことに驚くしかなかった。


ごく普通の白いガレージ付きの二階建て一軒家だった。建造されて数十年が経ってるようで、少し外観の塗装が変色してはいるが今でも誰かが住んでそうな程に綺麗な一軒家だった。


タイラーが車を停めると、ブルーとアンジーの二人は感慨深い表情をしながら持っていた合鍵でクロウの家のガレージを開けた。


するとそこには驚くほどきれいな状態の白いダットサン・ズィー・カーが鎮座していた。


「これ!クロウのダットサン・240Zだ…!懐かしい!凄く綺麗…!でも埃一つもないなんて…もしかして天国のクロウが舞い降りて整備してたのかな?」


「あいつはズィー・カーに傷を絶対に付けるなって言ってたもんな。もしかしたら今でも時折整備するために舞い降りてるのかも。あぁそうだ。エヴァ、鍵を取ってきてくれないか?コイツが動くか確かめたいんだ。」


「わかったッス。」


エヴァは二人から合鍵を受け取ると、扉を開けて玄関へと入った。


中も不自然なほど綺麗で埃一つない状態だった。エヴァは玄関にかけられていた古めかしいズィー・カーの鍵を取ると、二人の元へ急いだ。そして扉についている鍵を開けると、年季の入った内装が姿を現す。


「ほんの少しだけどクロウの匂いがする…まだ生きてるみたいに…」


ブルーはズィー・カーの運転席を抱き締めると、ヘッドレストの匂いを嗅ぐと涙を流した。


「クロウの匂いは多分この香水だ。ほら、ここに置いてある。あいつはいつもコレを付けてた。」


アンジーが中に置かれていたザ・マーチャント・オブ・ヴェニスのオールドパルファム・マリアカラスを取ると、軽く一振りしてあたりには透き通るようなマンダリンとレモンの香りに満ち溢れた。


「ああ、クロウの匂いがする…うぅ…あの時みたいにまた私の頭を撫でてほしい…」


「会いたい…アイツに会いたい…!クソ、なんでこんなに心が揺さぶられちまうんだ…」


懐かしさに感動している二人をよそにエヴァは運転席へと座ると、あたりを物色してダッシュボードを開けた。


中にはごく一般的な車両用の書類が積まれていたが、その中に一枚手紙が入った封筒のようなものがあった。


エヴァは二人にバレない様にその封筒を懐へと忍ばせると、「少しお花摘みに行ってくるッス。」と小声でいってクロウの家にあるトイレへと移動した。


道中、エヴァは車には目もくれずにいつの間にか室内を散策していたタイラーと鉢合わせ、気まずい空気があたりに漂い始める。


「エヴァ、車はどうだったんだ?」


「なんか不自然なぐらい綺麗だったみたいッスよ。見てきたらどうです?自分、ちょっと催しちゃってお花摘みに行こうかなって。」


「へぇ…不思議なこともあるもんだ。私もちょっと見に行ってみよう。」


軽く会話を済ませると二人はすれ違った。


エヴァはトイレの中で先ほど入っていた封筒を開封した。すると中には一枚の手紙が入ってて非常に綺麗な筆記体で中にはこう書かれていた。




〝拝啓、私の大好きな家族の皆へ。この手紙を読んでるってことはおそらく私は誰かに殺されたはずだ。私はとある重大な情報を手に入れた。USBだ。この情報はとある組織の内情がひっくり返してしまうほど大きなものだ。私はこの情報を確認した瞬間に死の覚悟を決めた。本当は生きたまま皆に伝えたかったが、志半ばで倒れたことをまずは謝罪したい。私は独自にクルティードの情報を探ってた。あの時殺したクルティードの幹部が持っていた取引情報だ。詳細はここには記さない。この家の地下室の中にある。言っておくがこの情報に触れるということは、死のリスクを負うってことになる。覚悟がないならこの手紙はそのまま燃やしてほしい。覚悟があるなら情報が入ったUSBを正しく報道が行える人間に渡してほしい。大好きな家族の皆にこんなことを背負わせてしまって本当に申し訳なかった。でも、正義を行うためにもどうか命を貸してほしい。 クロウ・S・マーロンより愛を込めて〟




組織の内情がひっくり返る情報というのは以前に副長官が言っていた国家機密のことだろうとエヴァは思った。


そのままエヴァはトイレを出て家の中を散策して地下に繋がる階段を発見すると、薄暗く少し埃っぽい地下室の中へと足を踏み入れた。


そして電気をつけると辺りにはコルクボードにアニマルシティ内の地図が貼られており、ロス・クルティードのメンバーと思われるメキシコ系の男たちの写真がプッシュピンであたり一面に貼られて赤い線でつなぎ留められていた。


バツ印が書かれているのがおそらく彼女が手にかけたロス・クルティードの構成員と思われ、中には彼女が最後の事件で殺害した幹部の写真もあった。


そしてよく見てみると壁には一見よくわからないアルファベットの羅列が赤いマーカーで施されていた。


エヴァはその暗号に見覚えがあった諜報機関でで用いられている世間には公開されていない〝クリプトス暗号〟だ。


この暗号はCIAやFBIの中でもごく一部の人間しか読み方を知らない独自の法則が使用されていて、一般的には解明不可能とされている暗号である。


だが、エヴァはエージェントとして教練される中でこの暗号を使用するケースを想定して使い方を熟知していた為、運よく解読することができた。


「本棚に…ある…アガサ・クリスティの…そして誰もいなくなった…の中…」


エヴァはすぐさま地下室に置かれていた小説が入った本棚を確認すると、一つ一つタイトルを確かめる。


「カジノ・ロワイヤル…寒い国から帰ってきたスパイ…針の眼…1984…ジャッカルの日…レッド・オクトーバーを追え…そして誰もいなくなった…!」


エヴァはそして誰もいなくなったの小説を取り出すと、本を開く。


すると中に空洞が設けられていて一本のUSBメモリが入っていた。あれだけ苦労したにも関わらず外装はごくありふれた安価なUSBメモリだった。


すぐさまエヴァはそのUSBメモリを回収し、地下室の電気を消してそのままタイラーが停めているシビックの元まで移動すると、躊躇なく窓ガラスをタクティカルライトで破壊して窓を開け、そのままスターターキーを押してアクセル全開でクロウの家から出発した。


「これでCLAWの連中とはおさらばだ!」そう思ったエヴァはすぐさま無線で副長官にUSBの回収に成功したという報告を入れた。


その頃同時期にタイラーは帰りの遅いエヴァを探すためにトイレを開けると、中にはそのまま捨てられていたクロウの手紙が残っており、内容を確認したと同時にシビックの窓ガラスが破壊される音が響き、エヴァが何を探していたかを一瞬で察するが外を確認したことにはシビックはもう見えないような状態だった。


更にはそれと同時にエマから着信が入った。


「ナイトウッド、よく聞いてくれ。スネークビーチ市警の知り合いに問い合わせたがエイヴァ・バットリー・キャンベルなんて警察官はどこにも存在しない!他の警察機関にも問い合わせたがそんな人物はいなかった。つまり、エイヴァ四等巡査なんて警官はこの世界に一人もいないんだ!」


タイラーは想定外の事実に動揺した。エヴァが偽の警察官であるとは考えていなかったのだ。しかし、こうしている間にもエヴァはどんどんと距離を広げていく。


だが、タイラーには秘策があった。以前アンジーの所在を確認するためにシビックにはエアタグを仕掛けていたのだ。


スマートフォンで位置をリアルタイムで確認すると、タイラーはそのままゼットの前で感傷に浸っている二人をどけてズィー・カーの運転席へと座った。


「お、おいなんだいきなりズィー・カーに乗って!」


「悪い、説明してる時間はないんだ!この車を借りるぞ!」


「お前マニュアル車乗れないだろ?それに動くかもわかんないだぞ。」


「〝あいつ〟に習った!」


タイラーはズィー・カーのキーを回すが、エンジンは起動しない。


「クソ、始動しないじゃないか!この車はどう動かせばいい!?」


「コイツはキャブ車だから始動に手間がかかるんだ!」


「ならとっとと教えろ!」とタイラーは叫んだ。


「まずはそこにあるスイッチを押せ。そしたらトクトクって音が聞こえてるだろ?これがエンジンにガソリンを送ってる音だ。そしたら、ちょっと待ってからキーを最後まで回しつつ、アクセルを何度か踏み込んでエンジンを始動させるんだ!エンストさせるんじゃないぞ!今のマニュアル車よりも復帰に時間がかかる!あとこの車は所謂〝重ステ〟だ。古い車だからスピードに乗らないと今の自動車みたいにハンドルが軽くならない。注意して運転しろよ相棒。」


タイラーは言われた通りの手順でエンジンを始動させると、二年間放置されていたにしては不自然なほど快調にズィー・カーのL20型エンジンは生命の息吹かの如きエンジン音を響かせた。


「嘘だろ…動いた。というかガソリンメーターも満タンじゃないか。誰かが整備してたとしか考えられない!明らかに快調そのものだ!」


「運命が私にこの車に乗れって言ってるのさ!」


タイラーは助手席側にスマホを投げ入れ、ギアを一速に入れてそのままアクセル全開でガレージを飛び出し、そのまま二速、三速とギアを上げていった。


「おおい、そんなに飛ばすんじゃねえ!…ったく、何があったっていうんだよ。説明してほしいもんだよなあ全く。しっかし、クロウはもう死んでるってのになんであんなに車がピカピカなんだか。」


「わからないけど、必死なタイラーに今のズィー・カーは似合ってた。」


「まあ、そうだな。ズィー・カーが生きてるとこも見れたし、私たちは満足さ。」


「そうだ。ついでだし、部屋の中も見に行こう。懐かしいものとかいっぱいあるかもしれないし。」


「だな。」






タイラーは広い道路をズィー・カーで飛ばして走っていた。旧式で馬力は百二十しか出ず、最大時速も二百十キロしか出ない。今の時代から考えれば非力なエンジンではあるが、リアルタイムで位置がわかるタイラーにとっては距離を取りつつバレないように追跡ができる。


その頃エヴァはタイラーが追跡しているとはつゆ知らず、FBI副長官の出した回収地点へとシビックを走らせていた。


サウス・アニマルシティにある工場地帯につけばこの地獄とはおさらばになる。郊外の雄大な道路を気持ちよく走っていた。


タイラーはそんなシビックから数km離れた地点である程度のスピードでゆっくりと追跡していき、エヴァを止めることができるポイントを絞り込んでいた。


エヴァは郊外を抜け、徐々にアニマルシティの中心地へと到着すると、そのままサウス・アニマルシティのある道路へと渡っていく。


タイラーはマップを観ながら回り道をして通りそうな開けた道のある人気の無い十字路を探すと、先回りしてズィー・カーを移動させた。


そしてその数分後、ベストなタイミングを見極めるとタイラーはアクセル全開で十字路へと突っ込み、エヴァの走らせていたシビックのどてっぱらに突っ込んで車同士を衝突させた。


ズィー・カーの特徴的なカエル顔のフロントは潰れてフロントライトのガラスは飛散し、シビックは助手席側の窓ガラスがぐしゃぐしゃにつぶれた。


エヴァはその衝撃で頭をぶつけ、気が付けばエアバッグに顔を埋めていた。エヴァはタイラーにマニュアル車の運転方法を教えたことをこの時ばかりは酷く後悔した。


タイラーもまたハンドルに頭をぶつけて一瞬意識が朦朧とするが、強靭な意思で立ち上がると、そのままドアを開けてエヴァの元へと向かった。


エヴァが気絶しているように見え、運転席側のドアを開くと、そのままタイラーは腹に蹴りを入れられる。


負けじとタイラーも殴ろうとするが、腕を上手く掴まれそのまま投げ技を食らって一回転中を舞うと、地面に背中を叩きつけられてエヴァに銃を向けられた。


「ハァ…ハァ…私の…勝ちだ…」


「いや、違う。お前は事故で混乱して判断を誤った…」


「…何がだ。」


「オートを抜いたことだ!」


タイラーはエヴァの持っていたシグ・P320のスライドを一瞬の内に外してディスアッセンブリー・ディザームを行うと、そのまま腰からキンバー・TLEⅡを抜き、エヴァも負けじとS&WのR8リボルバーを抜いた。


互いに銃口を向け合って映画のようなメキシカン・スタンドオフの状態になる。


「その技をどこで習ったんだ…?」


「お前が最初にやったことの見様見真似だ…!エヴァ、お前の目的はあの手紙に書かれていたUSBか!?何故身分を偽った!?」


「それもあるが…私の目的はCLAW潰しだ。FBIの作戦だ。最近、アニマルシティで変な動きをしてる連中がいるってな。不正なやり方で証拠を集めて法治国家で平気で人を殺す。お前らみたいな野蛮人を潰すために私はFBIに入ったんだよ。それにお前は私を消そうとしただろう!私の位置をトラッキングして、ビソンテスに殺させようとした!」


「何故私がお前を消す必要があるんだ!それに、エアタグのトラッキングはそのシビックにしかつけてない。それに私がお前を殺してなんのメリットがあるっていうんだ!」


「とぼけるな…!」


「それに、そのUSBの中身をちゃんと確認したのか!?私だってそれの存在はついさっき初めて知ったばかりだ。何故そのUSBをFBIが欲してる!?たかだか一警察官が握った情報じゃないか。」


「この中には国家機密が入ってる。私の権限じゃ閲覧する許可は下りない。」


「それにあの覆面パトカーのボス302は何処から入手した?私たちが用意した車じゃなくて自分が持ち込んだ車だろ!その車両に最初から細工していなかったと何故言い切れる!?点と点がつながった。なのにニュースじゃ、FBIスワットの人員はリジー・リーと共に全員死んだと書いてあった。FBIが不正をしているって疑わなかったのか!それに何故かあの現場には空砲弾薬の薬莢が落ちていた。ビソンテスと繋がっているのはそっちの方じゃないのか!?」


「うるさい、うるさい、黙れ黙れ!FBIがそんなことするわけないだろうが!間違ってるのはお前らだ。お前らがやっていることはただの犯罪だ。そんな犯罪者の集団にまくし立てられてFBIの正義が揺らぐと本当に思っているのか!?」


「他の街じゃそれでも大丈夫かもしれない。でもアニマルシティは違う。警官の死傷者は年間二百人。犯罪が跋扈して毎日のように民間人や犯罪者を問わず死人がたくさん出ている。そんな街の秩序を維持するためには私たちのようにあえて灰を被る人間が必要なんだ。」


「そんなこと…FBIに任せればいいだけの話だ。」


「だが、その言葉が本当なら連中はロス・クルティードやビソンテスを真っ先に潰すべきだろう?テロリストに関与した傭兵連中をFBIが放っておくなんてあまりにも不自然すぎる。お前がFBIの内通者だっていうなら上はあいつらの存在を知っていて当然だろうが!私も昔はお前と同じ考えだった。だが、ある人にお前たち警官は目の前にある大きな問題に向き合おうともしなかった言われた。それで気が付いた誰かがやりたくないことをやることこそが、この街の市民、そして世界への奉仕に繋がると。私は警察官だ。警察官として〝この仕事は笑えるほどクソだが、やる価値はある〟と思ったんだ。だからこそ、CLAW潰しを認めるわけにはいかない!」


「ほざくな!」


エヴァはタイラーの1911のスライドを掴むと、そのまま銃口を反らしてタイラーの喉元にリボルバーを近づけてハンマーを起こすが、タイラーはエヴァが自分を撃てないことが目を見て分かった。


「お前も私もこの街で生きていくには甘い人間だ!」


タイラーは左手でエヴァのリボルバーの撃鉄に親指を挟み込んでハンマーがファイアリングピンを叩けないようにすると、互いが持っている銃を力ずくで引き剥がして地面へと投げ捨てた。


そしてタイラーはボクシングの基本構えを行い、エヴァはクラヴ・マガのファイティングスタンスの姿勢を取って構える。


先に仕掛けたのはタイラーでジャブで攻めながら距離を詰めていき、エヴァはそれを受け流していく。


そして丁度よい頃合いになると、エヴァは肘打ちをタイラーに食らわせて頬にクリーンヒットするが、それでもタイラーは止まることを知らずに、ストレートをエヴァのみぞおちへと叩き込んだ。


互いに視界がブラックアウトする寸前となるが、なんとか正気を保って戦いを再開する。


やがて殴り合っていくうちに空は曇りはじめ、雨が降り始めた。


最早手段を選んではいられないエヴァは目突きや股間蹴りといったダーティな戦法でタイラーを攻めるが、負けじとタイラーも当たらない様に寸前で回避する。


更にタイラーはエヴァの蹴りを受け止めると、そのまま柔術のアキレス腱硬めを行って関節をぎりぎりと絞めるが、瞬時にエヴァも頭突きを食らわせて互いに鼻から流血する。


息絶え絶えの状態で二人の殴り合いは泥仕合のように三十分間も続いた。


殴っては殴られ、殴っては殴られを永遠に思えるほど繰り返した。頬は腫れ、手足は内出血を起こして紫色に変色し、血だらけになった顔を冷たい雨が洗い流す。


互いの持つ正義のぶつかり合いはとどまるところを知らなかった。


「ハァ…ハァ…タフだな……」


「そっちこそ……」


「次の一撃で終わりにしよう…」


「恨みっこ…なしッスよ…」


「はぁ…喋り方が戻ったじゃないか…?」


「へへ、へへへ…どっちがホントの自分なのかもうわかんなくなってきたッス…けど、私はここで引いちゃいけないと思ってる。間違っててもいいから、今は自分を信じたい。」


「わかった…よし、さあ…来い!」


エヴァとタイラーが放った拳は互いの頬にクリーンヒットし、クロスカウンター状態となった。頬を伝わって激しく脳が揺れると、二人はそのまま雨を浴びながら泥だらけの地面に倒れた。


疲れで眉がぴくぴくと痙攣し、もう雨の寒さもどうでもよくなっていた。


ただ、抑えたものを互いに吐き出した二人の心は何故だか清々しいものがあった。


しばらくの沈黙の後、ボロボロの状態で立ち上がったのはエヴァだった。


エヴァは近くに落ちていたタイラーのキンバーを拾った。満身創痍の状態では遠くまで投げ捨てられたリボルバーを取りに行くだけの気力が無かったのだ。


追跡装置の付いたシビックを放置し、タイラーがぶつけてきたフロントが潰れたズィー・カーに乗り込むと力なくエンジンを掛けようとする。


満身創痍の状態で旧車且つマニュアルでしかもキャブ車でパワーステアリングもついていないという組み合わせの相性の悪さには笑うしかなかったが、何とかコツを掴んでエンジンをかけると、副長官に対して無線を送った。


「こちらエイヴァ捜査官…ちょっと事情があって手間取りましたが、もうすぐ到着します。」


「エイヴァ捜査官、遅いぞ。もう三十分も待機してる。早く来るんだ。」


「はい。申し訳ありません…」


ズィー・カーをバックギアに入れる。エンジンは無事だったようでL20型エンジンが元気な音を立てた。


そしてタイラーが昏倒状態から目覚める前にその場を出発すると、指示されたポイントへと急いだ。


だが、頭がくらくらの状態で道中の減速時や右左折時に操作を誤って何度もエンストを起こした。


サウス・アニマルシティ周辺の道路はほとんど車両が走っておらず、時折大型トラックしか通らないことが一番の幸運だった。


そして十分ほどかけて指定されたビルの建設現場の合間へと車を停めると、そこにはFBI御用達のシボレー・サバーバンが停まっていた。


そして傘を差しジャケットを着た中年の男が一人時計を見ながら待っているようだった。


「エイヴァ捜査官。なんだそのボロボロの状態は顔色が最悪だぞ。わざわざ手配してやったボス302も灰にして持ってきたのは下品な旧式の日本車か?」


「も、申し訳ありません副長官…やはり連中はプロ…舐めてかかるもんじゃなかった…これが指示されたUSBメモリです。」


エヴァはそういって血と雨に塗れたUSBメモリを取り出すと、副長官に手渡す。


副長官はなんだか不機嫌そうにしながら、USBメモリの血を履いているパンツで拭くとサバーバンの中からラップトップを取り出してデータの閲覧を行った。


「ふむ…上出来だエイヴァ捜査官。これで今回の君の潜入任務は終了というわけだ。」


「ありがとうございます。しばらく休暇が欲しいです…こんな仕事しばらくはやりたくないです…」


「そこでなんだが…」そういうとFBIの副長官は懐からシグ・P228を取り出すと、エヴァに突き付けた。


「へ…?」


「君は解任だ。お勤めご苦労様。」


その言葉が聞こえた瞬間、エヴァの胸部はP228から放たれた熱を帯びた九ミリの弾丸によって貫かれた。

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