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Chapter.5 イービル・スクリプチャー

エマの主治医であったクリストハルト・シェーンコプフ医師にアニマルシティ・タイムズの記者であるナギサはインタビューを行う。聖歌隊の話を経て二人は親しくなるがクリストハルトには裏の顔があり…

タイラーは入院から二カ月半が経過したエマへの見舞いへと赴いていた。

「お久しぶりです巡査部長!元気ですか?最近忙しくって全く来れてなくてすいません!」とタイラーが言うと、エマはベッドから起き上がって元気そうに手を振った。

前に見舞いに来た時と比べて随分と顔色が良くなっており、足の骨も繋がったのか吊り具も取り外されていた。

「久しぶりだなナイトウッド!流石に二カ月ベッドに寝っぱなしじゃ暇で暇でしょうがなくてな。テレビを付けて事件のニュースを見ると動きたくてたまらなくなるんだ。もう腕立て伏せができるぐらいには回復したぞ。ここ数カ月全く動いてないから筋力が落ち気味でな。早く運動がしたくて仕方ないさ。なんなら今ここでやってやろうか?」とエマが冗談を飛ばすと、タイラーは微笑んだ。

「それで…CLAWはどんな調子だ?ちゃんとやれてるか?」

「ええ。みんな頑張ってます。今はクルティードに関連する民間軍事会社の足取りを掴んでいるところです。それに新人が入ってきたんですよ。四等巡査で代わりに副リーダーのアンパサンド2をやってます。」

「新人…?」とエマは首を傾げた。

「え、巡査部長知らないんですか?エイヴァ・バットリー・キャンベル四等巡査。スネークビーチ市警出身で民間人を誤射してしまって、バッシングを避けるためにこっちに総監命令で配属になった警官です。警視から聞かされてなかったんですか?」

「ああ、何も聞いちゃいない。スネークビーチ市警…?外部の警官をわざわざCLAWに?それに新しい人員が来たならまず警視は私に話すはずだ。そして何よりも私だったら誤射をしでかした人間をそう簡単にはチームに入れない。」

それを聞いて今まで仲間を疑おうなんてしたことも無かったタイラーは大いに困惑した。

「で、ですが、ちゃんとした書類もありました。CLAWの副リーダーを務めよと。警視総監のお墨付きで。」

「妙だな…私の方でも知り合いに聞いてみよう。スネークビーチ市警には合同訓練で何度も行ったことがあるし、それなりに人脈も多いつもりだ。体を動かせない今だからこそ、そういう仕事は任せてほしい。そして何よりも警視に聞いてみないと。」

「わかりました。でも、いい奴そうでしたよ。他のメンバーとは仲が良いようですし、この前だって休みの日に私に丸一日マニュアル車の乗り方を教えてくれた。半クラから坂道発進まで丁寧に。あとヒールアンドトゥも。まだ公道を走るには不安がありますけど。」

「ふむ…まあ、用心に越したことはないだろう。一度調べてみる。何かあったらお前に知らせるさ。」

「このことは仲間には?」

「言わない方がいい。混乱を招いて全員が疑心暗鬼になるとマズい。まだそのエイヴァという警官にあるのは違和感だけだ。もしかしたら本当に何も関係ない可能性もある。慎重に行け。狙いを見定めて確信を持ってから皆に話すんだ。」

「…わかりました。」

「じゃあ私はクリストハルト医師の経過観察を受けるからこの辺でな。」




アニマルシティ・タイムズの記者であるナギサ・ハヤセはアニマル市警の警察病院で働く名医であるクリストハルト・シェーンコプフ医師への取材に赴いていた。

ナギサが受付でクリストハルト医師がどこにいるのかを問い合わせると、現在入院患者の経過観察を行っているとのことだったので、階層を教えてもらって待とうと思ったが、思った以上に時間がかかりそうだったので部屋を探し回って見つけ出そうと考えた。

ナギサがいくつかの部屋を確認するとそこには身長は170センチ代後半から180センチ代前半でほっそりとした四十代のドイツ系であるクリストハルト医師がそこにいた。一目でわかる上品さと気品を兼ね備え、声は低く落ち着いた口調である。

そしてクリストハルト医師が診ている患者もまた見覚えがある人だった。エマ・カストロ・マルチネス二等巡査部長だ。

「ああ、こら。今は診察中だ。部屋に入っちゃいけない。」

「ん…?あぁ、君はシバサンとあの時一緒にいた…確かナギサくんだったかな?何しにここへ?」

「すいません。アニマルシティ・タイムズの記者として名医と名高いクリストハルト医師の取材をしたいと思いまして…アポは取ってたんですけど…早とちりしちゃいました。」

「すまないな。僕も毎日運ばれてくる患者を診ているものだから、なるべく余計な時間をそぎ落とそうと考えていた。ひとまずそこで待っててくれないかな?」

「わかりました。すいません、大変な時に。」

そういうとナギサは近くに座り、エマの定期検査が終わるまでの間待っていた。

クリストハルト医師の診断は素人目に見ても素早く、触診も不快にならないように即座に判断して終わらせていた。

彼の家系をココに来る前に調べたが、シェーンコプフ家は先祖代々続く医師の家系で、起源を遡れば第一次世界大戦よりも遥かに前から医療に従事してきた家系のようだ。

ナチスの台頭でユダヤ系が迫害されて情勢が大きく変化し、再度世界大戦が起こることを危惧した彼の先祖はそれまで貯めてきた財産を使ってアメリカへと移住した。

第二次世界大戦中は「敵と同族」として差別や誤解に苦しめられたが、その医者としての高い技量と高潔な精神で医療従事を続け、アメリカ国内においても現在の地位まで上り詰めたそうだ。

彼の施術を受けた警官を取材しても誰も彼もが「先生がいなければ自分は死んでいた」と口にする。そのぐらい名の知れた有名な名医なのだ。

「回復はとても順調なようだ。常人ならまだ完治してなくてもおかしくないが、君はとても傷の治りが速いみたいだね。大事を取ってあと半月は居てもらわなきゃならないが、これで運動もできると思うよ。」

「ありがとう先生。これでまたスワットに復帰できる。助かったよ。」

「どうってことはない。これが仕事だからね。」

そういってクリストハルト医師は仕事を切り上げると、待機していたナギサに声をかけた。

「君がナギサくんだったかな。改めまして、私はクリストハルト・シェーンコプフ。このアニマル市警病院の外科医だ。よろしく。」

クリストハルト医師はナギサに握手を求めると、ナギサもまたそれに応じた。

「それじゃあ、始めてくれるかな。」とクリストハルトがいうとインタビューを始めるためにナギサはメモ帳を取り出した。

「まずは初歩的に。どうして医者を目指そうと思ったのですか?」

「そうだね。やっぱり両親がやっていたからというのが大きいかな。小さい頃からお前は医者になるんだと言われ続けてきた。我が家はとても厳しい家系だったから、幼い頃から初歩的な切開、切除、縫合、止血の訓練をしてきた。最初は練習用キットから初めて次は店で買ってきた魚、その次は実験用のマウスを使って練習した。そうやって十二歳になる頃には簡単な外科手術ならこなせる腕前があると言われたよ。両親にもそのころにはお前には天性の才能があると言われた。だけど一番確信を持って自信を得たのは中学生の頃にたまたま交通事故に遭った猫を見つけて手術した時だ。虫の息だったが両親の病院にあるキットを勝手に使ってやれる限りのことをやった。その猫は完全に回復して私が正式に医師免許を取る頃まで元気にしていたよ。」

「なるほど、ありがとうございます。次に一番辛かった経験と良かった経験をお願いします。」

「やはりこの街は治安が良くないから、〝どうやっても助からない患者〟が来たときかな。体のあちこちが潰れたり、もう既に焼け焦げていたり、そういった人はどれだけ頑張って延命させても死を免れることはできない。彼らも助けられるような設備が出来上がることを望んでいるよ。良かった経験はやはり感謝かな。色んな警官に感謝されてきたがやはり感謝されることは嬉しい。」

ナギサはメモを取っている中でこのクリストハルトという医師がどれだけ高潔な精神を持っているのかについて深く感じ取った。こんな腐った街の中でもこれだけ素晴らしい人間がいるのだと、世界に対して希望を持てた。

「次に趣味とかってありますか?」

「趣味か。まず一つ目は職業柄意外に思われるかもしれないが狩猟だ。動物を狙って撃ち、命を奪って解体し食する。命を守る側の人間として人間が常に行っている命のサイクルを常に感じることは非常に大切なことだ。もしかすれば人は私のこと動物殺しであると軽蔑するかもしれないが、人は動物を殺さないと生きてはいけない。命の守り手としてその意味を常に感じ続ける必要があると考えているんだ。シカやコヨーテをショットガンやマグナムで撃ってね。もちろん理解の必要はない。人の様々な主義思想はどれだけ過激であっても否定してはならない。その否定はやがて弾圧に繋がっていく。そして二つ目は音楽を聴くことだ。特に偉大な作曲家が手掛けたドイツ語のクラシックは僕がドイツ人だからかはわからないけどとても響くものがある。美しい旋律と美しい歌声、これらが混然一体となって奏でるハーモニーは地球上に存在する何よりも美しい。讃美歌の類も大好きだ。近くにあるプロテスタントの教会の聖歌隊は特に優れていると感じるね。礼拝に行くときはつい聞き惚れてしまって演奏が終わるまでずっとその場にいたこともあるよ。彼、彼女らの歌声はこの世で最も美しいものの一つだろう。それ以外にもポップソングや古い楽曲も好きだ。フレディ・マーキュリーやアクセル・ローズみたいなね。月並みかもしれないがこういった有名なアーティストが手掛ける曲もまた一興さ。」

「なるほど。狩猟と音楽ですか。俺も音楽は好きです。昔聖歌隊をやってたんですけど、思春期になってああいった高い声が出なくなっちゃって。今までの話を聞く限りとてもあなたは知的で魅力に溢れているようだ。皆に尊敬されるのも頷けます。最後に目標について語ってもらってもよろしいですか?」

「目標か…やはりどんな状態の人でも助けることができるほど医療技術を発展させたいね。この街は警官の殉職率が恐ろしく高い。去年だけで殉職した警官が二百人もいる。他の州は全数合わせても百四十人程だった。たった一つの街で他の州全ての殉職率を超えているというのはハッキリ言って異常としか言いようがない。彼らを助けるのが私の役目だからこそ、彼らの命を守れるだけの医療技術が欲しいね。」

「ありがとうございます。インタビューについては以上になります。」

「こちらこそ。今日はありがとう。」そう言ってクリストハルトはナギサに対して握手を返した。

ナギサはインタビューを終えてそのまま病院を去ろうとしたが、クリストハルトはそれを引き留めた。

「…どうしたんです?」

「実を言うと僕は君に少し興味を持っているんだ。音楽が好きで元々聖歌隊に入っていたと言っていたね?僕は君の歌声を聴いてみたいと感じた。君の声には才能があると思うんだ。」

ナギサは少々かすれている所謂ハスキーボイスで男性としては少し高い声質だ。ジュニアスクールに通ってた時期は聖歌隊に入って高音を響かせることができたが、思春期の頃になると中途半端に低くなってしまい、高音とも低音とも言い難いハッキリ言うと自分では少し面白いタイプの声になったと感じていた。故にこういったことを言われるのは初めての経験だった。

「え、ええと…じゃ、じゃあカラオケにでも行き…ます?」

「いや、ああいった大衆向けの店では雑音が多い。良ければ私の家に来ないか?こう見えても設備は山ほど整えているんだ。それに食事だって一級品の物を用意しよう。」

「そんな、悪いですよ!まだ会ったばかりですし。」

「別に今すぐとは言わない。もし興味があったらこの名刺に書いてある電話番号に連絡してほしい。それじゃあ、僕は昼休憩を取るからこの辺で失礼するよ。」

そういうとクリストハルト医師はデスクに置いてあったグレンロイヤルの皮の名刺ケースから一枚名刺を取ってナギサへと手渡すと、そのままその場を後にした。

ナギサが受け取った名刺はボーンホワイトカラーの銅板印刷で文字のフォントはアルマーニ等の高級ブランドで用いられるボドニを使用していて、ただの名前と電話番号が刻まれただけの紙切れであるはずが途轍もない高級感を醸し出しておりとてもじゃないが捨てることができない重みを感じた。自身が作った全てを外部に委託した名刺とは比べ物にならないほど素晴らしいものだった。

ナギサはその名刺を自身の皮財布に入れると、病院の売店でハムとレタスのサンドイッチを買い、食事用のテーブルでサンドイッチを口にすると、先ほどクリストハルト医師が言っていた最寄りの教会の讃美歌が少し気になった為、自身も十五時の礼拝の時間に寄ってみることにした。




ナギサはサンドイッチを食べ終わると最寄りのアニマルシティ教会へと足を運んだ。少し黄色くくすんだ年季の入った建物で内装は映画のセットのように綺麗で、へこみのない美しい木製のチャーチチェアに腰を掛けた。

ナギサは自身の宗教観については特に強く定まってはいなかったが、両親がキリスト教徒であったため、なんとなく自分もキリスト教徒なんだろうなと考えていた。品行方正に育ってほしいという両親の思いから、オキナワで二年過ごしてアメリカに帰国した後、聖歌隊に入って歌っていたのだ。

耳を澄ませていると聖歌隊がシューベルトのアヴェ・マリアを歌う声とオルガンの綺麗な音色があたり一面に響き渡っていた。女性や少年が高い声を綺麗に響かせていて音には全く淀みがない。特に中心になっているブロンドのイギリス系の女性の歌声が一段階大きく目立っているように感じた。教会のステンドガラスに映った太陽光がどこか暖かい雰囲気を醸し出していて、外が寒いにも関わらず目をつぶっていればそのまま眠りに付けてしまうような素晴らしい歌声だった。

すると、隣から聞き覚えのある声が聞こえた。

「やぁ、また会ったね。」と声をかけるとクリストハルト医師はナギサの横に座った。

「インタビューで先生が言っていたのが気になったんです。本当に綺麗な音色だ。先生には審美眼があるようですね。」

「いやいや、褒めるのは私じゃなくあの中央で歌っているシンディだ。」

「シンディ?お知り合いなんですか?」

「あぁ。彼女は元々この教会が引き取った孤児だ。僕はこの教会に定期的に寄付をしていてね。財産だけは山ほどあるからせめて不幸な子供たちに良い思いをさせてあげたいと思ったんだ。その中で一番聖歌隊で頑張っているのがあのシンディだ。個人的にもすごく応援している。」

「そうだったんですか。すごくいい声だ。皆には幸せになってもらいたいですね。」

「ああ、その通りだ。聖歌隊の皆が幸せになれるように努力するのもまた、大人の務めだと僕は思ってる。」

「やっぱり貴方はいい人だ。僕みたいな世間じゃ嫌われ者のブン屋にも優しいし。」

「それは君に才能があるからだよ。昼休みの時に君が書いた文書、読ませてもらったよ。どれもきちんと詳細が記されていて偏りが無い。ちゃんと取材しているね。僕の記事もこれなら安心して任せられる。」

「光栄ですよ。それとこんな素晴らしい讃美歌を聴いてやっぱり僕も歌いたくなってきちゃいました。時間、ありますか?」

「ああ。たっぷりあるとも。ついておいで。」

クリストハルト医師が手を差し伸べると、ナギサもそれを掴んで教会の駐車場へと向かった。

スマートキーのボタンを押すと、端に停まっていた白のポルシェ・カイエンEVがハザードランプを光らせた。



快適なポルシェの中でナギサはつい眠ってしまうと、起きた頃にはクリストハルト医師の家についていた。

場所はアニマルシティのパンダモニカにあるハリネズミウッドの看板が掲げられたリス山の麓の高級住宅街から少し離れた位置にある。

白を基調としたカラーリングで大きなガレージがあり、木と大理石が混然一体となったとてもじゃないがアニマルシティ・タイムズの給料では一生かけても住めそうにない非常に大きな豪邸だった。

「ここに一人で住んでいるんですか?」

「ああ。僕はあまり結婚欲求が無い。財産こそあるが家はずっと空けたまま。こんな状態では配偶者との関係が冷え切るのは明確だ。それに僕に対して財産目当てで近づく女性も多くてね。あれは二十歳の時だったかな、いろんな女性に言い寄られてとても怖い思いをした。それで僕は結婚というものに根本的に興味が無くなったんだ。」

「なるほど…なんというか嫌なこと聞いちゃいましたね。ごめんなさい。」

「いや、いいんだ。気にする必要はない。普段から女性関係を避けているから、男性相手じゃないとこういう本音を打ち明けることができないんだ。ところでまだ四時だけどお腹は空いているかい?」

「実を言うと最近お金を貯めるためにサンドイッチ一個で済ませてるもので…正直かなり空いてます。お言葉に甘えてもいいですか?」

「ああ、わかった。あの取材のときに僕は狩りと音楽が好きと言ったが、実を言うと料理も大好きなんだ。腕によりをかけた料理を君に提供するよ。あ、それとこれも記事に書いていいよ。」

「ありがとうございます。」とナギサは微笑んだ。

「ちょっと時間がかかるから、ソファでくつろいでネットフリックスでもHBOでもディズニープラスでも、なんでも見てると良い。そこのリモコンで操作できる。」

「じゃあ、お言葉に甘えてマンダロリアンでも見ようかな…」

ナギサがソニーのブラビア8Kテレビの超高画質とダリのコア・スピーカーの立体音響に感動しながらマンダロリアンを観ている中で、静かにクリストハルトは料理を開始した。

冷蔵庫から肉が入った真空パックを取り、胡桃の木でできたまな板の上に肉を取り出して置く。

そうしてステーキにするのにちょうどよい大きさにカットすると、胡椒や塩と言ったオーソドックスな調味料で予めシーズニングを行っておき、火を通した時に焼き色が均一になる様に二十分ほど常温で放置する。シーズニングは少しやり過ぎぐらいがちょうどよい味付けになる。何故なら調理中に約三十パーセントのシーズニングは失われてしまうからだ。

この間にステーキの付け合わせやサラダ、冷蔵していたスープの準備を済ませる。

スープはフランスのスーパ・ロニョン、つまりはオニオンスープだ。

休日に丸一日掛けて玉ねぎから煮出した圧倒的な旨味と香り高さは冷凍しても消えきることはなく、素晴らしいハーモニーを奏でている。

サラダはサニーレタス、いんげん、きゅうり、じゃがいもやトマトを使うサラダニソワーズという料理。

アンチョビやオリーブの塩気がシンプルな野菜と混然一体となっており、この後に焼く少々重たいステーキを受け止めることができる。

ステーキの付け合わせはアスパラガスのソテー。バターを入れて中火で二分と難しいことは何もしない料理だが、アスパラガスの瑞々しさとバターの旨味が絶妙なのだ。

タークの鉄製フライパンを取り出して頃合いになるまで熱すると、バターを溶かし、肉をフライパンの中へ入れた。

しばらくたった後、半分に切ったニンニクとローズマリーを果肉が露出している部分を下にして一緒に焼く。これによってニンニクの中から飛び出した旨味や香りがバターを通して肉に染み渡る。

片面のキャラメリゼが完璧な頃合いになったらトングで裏返し、一緒に焼いているニンニクを擦りつけて香りや旨味を移すのだ。

全体にカリっとした食感を持たせるために側面もきっちりと焼いていく。

丁度よい頃合いになったら肉をまな板に移し、ダマスカス鋼の包丁でスライスして一枚試食した。

ミディアムレアの完璧なピンク色の質感だ。生でも完全に火が通り切っているわけでもないこの頃合いが一番肉が美味くなるタイミング。

クリストハルトは舌鼓を打ち、我ながらに最高の出来だと思った。今までは自分が食べるために作っていたが、他人の為に作ったのが功を奏したのかもしれない。

それらを冷めない内にイギリス製の陶器で作られた青い器に乗せると、ダイニングテーブルに置いてマンダロリアンを観ている最中のナギサに声をかけた。

「なんか、ドラマを観ている最中でも凄い良い匂いがしてて、正直物凄くお腹が空いてます…!」

「はは、いいよいいよ。腕をよりをかけて僕が作ったからね。一緒にディナーと行こうじゃないか。お酒は飲めるかい?ロマネコンティがあるのだが、あまり飲む時間が無くて持て余していたんだ。この際だし、飲んで語りつくそうじゃないか。」

「じゃ、じゃあイタダキマス。」

「イタダキマス?なんだいそれは。おまじないかい?」

「近いです。俺は御覧の通りニッポン人の血が流れているのですが、ニッポンでは食べ物を尊く大事に思う教育がなされているんです。僕は二年ほどニッポンに住んでたので、今でも癖でつい言っちゃうんですよ。」

「へぇ。面白い文化だね。確かにその精神は大事だと僕も思う。狩りで仕留めた動物を食する時にいつもどう感謝を伝えればいいだろうと考えていた。僕もそういった方がいいかもしれないね。」

そういうとクリストハルトはワイングラスに透き通った赤色をしたロマネコンティを注ぎ入れた。

「えへへ、じゃ、じゃあ改めてイタダキマス…」

ナギサは慣れない手付きでナイフで肉を切ると、中からはピンク色の綺麗な断面と共に肉汁が溢れ出した。

ここ最近はもっと高い機材を購入しようと給料を貯めていたナギサは、シリアルやオートミールと言ったもので食欲を誤魔化してきたが、この肉の断面の前では食欲を抑えることができず、一口被りついて咀嚼する。

圧倒的な旨味の暴力がナギサの脳から大量のドーパミンを分泌させた。

何度噛んでも旨味が出てくるどころか、むしろその味わいはどんどんと深くなっていく。もはや飲み込みたくないとすら思ったがその肉はまるで飴のように口の中で溶けてなくなっていく。

「お、美味しいです。すごく美味しいです…俺、こんな美味い牛肉初めて食いました…!」

「とても光栄に思うよ。僕も正直今回の料理は凄く上手くできたと思ってるんだ。」

「このスープもすごく美味しいです。俺、玉ねぎのスープなんてインスタントでしか飲んだことないんですけど、それとはまったく鮮烈さが違う。このスープだけを飲んで生きていきたいって思っちゃうぐらいです。」

「実はその料理は君の故郷にもゆかりがあるんだ。マリリン・モンローという昔の大女優がニッポンのレストランでそのスープを飲んで感銘を受けたというエピソードがある。その話を聞いて僕もフランス式のオニオンスープに凝りたくなったのさ。」

「やっぱり先生は凄い…!それと、このサラダも素敵だ。とても瑞々しくて新鮮だ。アメリカでよくこんなに鮮度の良い野菜を見つけられますね?ものすごく甘くてジューシーだ。肉の旨味を受け止めた後の舌をうまく包み込んでくれる。」

「相当お腹が空いてたみたいだね。凄く綺麗な声になっているよ。」とクリストハルトはロマネコンティを飲みながら囁いた。

「実を言うとね、今回肉料理を選んだのは肉の油が声を出すときにとても良い働きをしてくれるからなんだ。喉に潤いを与え柔軟性が上がってより良い歌声を響かせることができる。」

「そんなことまで考えてるなんて凄い…!僕、精一杯歌いますよ。」

「ああ。よろしく頼むよ。」

そういってクリストハルトは立ち上がってナギサの後ろに立ち、耳元で小さく「じゃあ、今後は僕の前で永遠に歌ってもらおうか。」と囁くと、どこから取り出したのか小型のブラックジャックでナギサの後頭部を叩きつけて気絶させた。




数時間経ってナギサが目を覚ますと、先ほどとは全く異なる不気味な空間にいた。

おそらく地下室のようだが周りには高級品のカセットプレーヤーやCDプレーヤーと共に大小様々な瓶が置かれていて、クリストハルトはリラックスしながら椅子で楽曲を聴いているようだった。

ナギサが少し動くと抵抗する感触があり、目視するとロープで縛りつけられているようだった。

「あ、あの、俺は何があって…」

「お、起きたかい?実を言うとココは僕の秘密の部屋でね。他の人には絶対に見せられない秘蔵のコレクションが目白押しなんだ。きっと気に入ると思うよ。今日からの君のお友達になるんだ。」

そういってクリストハルトは立ち上がると、適当な小瓶を取ってナギサの前に見せた。

遠目から見てホルマリン漬けの何かであることには気づいていたが、近づいてみるとナギサは戦慄した。

「これは二十年前にあの教会の聖歌隊で歌っていたクリスという少年の声帯だ。ハスキーだが響きが綺麗でちょうど君みたいな声質をしていた。僕はまずクリスに君を合わせたかったんだ。ほら、挨拶して。」

「あ、挨拶?何を言って…」

「これから君は僕の歌姫<ディーヴァ>になってもらうんだ。この子も昔はディーヴァだったんだ。残念ながら成長期前にこの綺麗な歌声をキープするために〝引退〟しなければならなかったけどね。」

「だから…何で…」

クリストハルトはナギサの首元に顔を近づけると、そのまま押し倒して舌を出し、喉ぼとけをちろちろを舐め始めた。

「や、やめてくださいっ、僕はゲイじゃないです!」とナギサは言うと、クリストハルトはキョトンとした顔をした。

「ああ、それを言うなら私もゲイではない。というか、恋愛というものに興味が無い。美しい男とか女とかそういう性別にはなんの興味も沸かない。僕が興味があるのは声帯<ココ>だけだ。」と言ってクリストハルトはナギサの喉元を愛おしそうに触ると、そのまま一心不乱にチュパチュパと舐め始めた。

その様子はまるで母親の乳房から栄養を補給しようと必死に吸い続ける赤子のようであった。

アジア系で小柄なナギサは大柄なドイツ系であるクリストハルトに勝てるわけもなく、そのまま喉元を舐められ続けた。

ナギサの足には徐々に勃起し始めたクリストハルトの陰茎が当たり、この行為にどれだけの性的興奮を感じているのか直感で感じ、途轍もない恐怖を感じた。

「こ、こんなレイプまがいのことしたら、警察どころじゃ済まないんですよ!」

「歌って…」

「何を…」

「歌えええええええええええええええええええええええええーっ!」

鬼のような剣幕でクリストハルトは先ほど使っていたステーキナイフをナギサの首元に押し付けると、少しづつ突き刺して流血させた。

「わ、わかりました、歌います!歌います!だから、だから殺さないで!」

「〝聖しこの夜〟を歌え…」

「は、はい…サ、サーイレントナーイト…ホーリィナイト…サーンオブゴーッド…」

ナギサが歌い始めると、クリストハルトはナギサの喉を舐めながら着ていたスーツのベルトを緩めて下半身を脱ぎ、隆起した陰茎を扱き始めた。

「バージン…マーザアンドチャーイルド…スリーピン…へブーンリーピース…」

「はっ、はっ…やっぱり君の声は思った通りだ!素敵なメロディが僕の舌に響いているっ!なんて心地よい感覚なんだっ!」

ナギサは泣きそうで泣きそうでたまらなかった。そんな状態で殺されない為に声を張りながら讃美歌を歌い続けた。

そして歌の果てにクリストハルトは果て、ナギサの着ていたパンツに生暖かく湿った液体が垂れた。

クリストハルトはナギサの喉元に顔を押し当てて匂いを嗅ぎ、子供のように甘えていた。

ナギサは怖かった。この変態的自慰行為もそうだが、完全に喉のみを狙っていてナギサの顔や胸や性器には全くと言っていいほど興味を示していないのだ。

男を襲う男というのは全世界にいくらでも存在しているが、彼は完全に喉にしか興味を抱いていない。その異質性が不気味でナギサはひたすらに恐怖を感じるほかなかった。

「なんで…そんなに声にこだわってるんです…?」

「僕はね、昔から男にも女にも言い寄られてきた。その果てに顔立ちや胸の大きさ性器の大きさ、どれだけ金を持っているかとか、身長とか、そういうことに全く興味を感じなくなってしまった。そんなときに出会ったのが声だった。まだ僕がジュニアハイスクールの時だ。とある教会でとても美しい歌声のナターシャというシスターがいた。どこか独特だが澄んでいて、ほんの少しだけ心地よい擦れがあった。教会全体に響き渡る素晴らしい声質だった。その歌声を聴いた瞬間に私の性器ははち切れんばかりに膨張した。感動なのか興奮なのかは定かではないが、とにかく世界一の芸術に僕は興奮しっぱなしだった。それ以来、その教会に毎日通って親にねだり買ってもらったテープレコーダーで記録してその声を聴きながら毎晩果てた。そんなことを何年も繰り返した後、どうしても〝本物〟を手に入れたくなってしまった。だから、大人になって独り立ちした後にそのシスターには歌姫<ディーヴァ>になってもらったのさ。もう、引退してしまったけれど。」とクリストハルトはナギサの喉に悲しそうに語り掛けると、立ち上がって棚の隅っこにあったホルマリン漬けの声帯を取り出した。

「見てみなよ。とても美しい形をしているだろう?声帯というものは図鑑で見れば似たり寄ったりかもしれないが、よく見てみると細かな違いがある。君も仲間になるんだから、このナターシャさんの歌声を聴いて学ぶと良い。」

クリストハルトは声帯に貼り付けられていたカセットテープを取ると、古めかしい年季の入った青色のウォークマンに入れ、讃美歌を流した。

音質は悪かったが確かに語彙力を失ってしまうほど素晴らしく綺麗な歌声であった。

その歌声を聴きながらクリストハルトはオーケストラの指揮者を真似るような動きをして、小声で一緒に歌っていた。そして曲が終わった後に見せたのは恍惚の笑みであった。

痙攣しながら息遣いを荒くして、まるでオーガズムに達したように白目を剥いている。

「はぁ……やっぱり、彼女の歌声は何度聴いてもたまらないっ…!君も、彼女を超える逸材になれるように頑張ってほしいな。」

そうクリストハルトが話した瞬間だった。ナギサがポケットに入れていたスマートフォンの着信音が聞こえた。あたりにはスリップノットのヘヴィ・メタルソングであるサイコ・ソーシャルが響き渡り、ナギサは必死になって縛られた手でボタンを押して助けを求めようとした。その瞬間、ナギサの頭はブラックジャックで叩かれた。


「ふざけるな!メタルだと、ふざけやがって!あんな汚い声を私の前で流すなんて!このクソったれ野郎が!死ね!死ね!」


「ごめんなさい!ごめんなさい!」何度も頭を強打したナギサは悲鳴を上げながら額から流血すると、意識がぼうっとして飛びそうになった。

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…いけない。大事な歌姫候補を壊してしまうところだった。私はメタルソングが大嫌いだ。あんなのは人間が聴くべきものではない。無理に出した耳をつんさくような叫び声はあまりにも耳障りで不快だ。僕の歌姫になる以上、君がメタルを聴くのはもう無しだ。」そう言ってクリストハルトはナギサのスマートフォンを踏みつけて破壊した。

そして奥にある扉を開けると、意識が朦朧としているナギサの髪の毛を粗雑に引っ張って部屋に投げるように入れた。

部屋の中は無機質なスタジオのようになっていて、周りには防音材と吸音材が大量に敷き詰められていて、大量のスーツケースサイズの引き出しがあった。

「じゃあ、紹介するよ。今日から君の仲間になる歌姫たちだ。」

クリストハルトはそういうと、引き出しを引いてガラスが置かれた荷物用カートのようなものを取り出すと、ガラスを取ってナギサの前に見せた。

「紹介するよ。マリアだ。」

ナギサは想像を絶する悍ましい光景に思わず嘔吐した。そのマリアと呼ばれる女性は四肢を切断されて断面を焼かれており、眼球を抜かれ、鼻をもがれ、髪の毛を剃られていた。

しかもその女性はずっと「助けて」と叫び続けている。

「あぁ、ダメじゃないか。さっき食べたステーキを吐いてしまうなんて。〝イタダキマス〟の精神はどこへ行ってしまったんだい?君はさっきマリアの足をステーキで食べたというのに。」

「えっ?」

ナギサは動悸と震えが止まらなくって嗚咽が漏れ始めた、崩れ落ちて永遠とえずくのを繰り返した。だが、クリストハルトはそれを許さず、ナギサの髪の毛を引っ張って先ほど吐いた肉に顔面を叩きつける。恐怖からかナギサは失禁して尿を漏らした。

「駄目じゃないか!食べ物を無駄にしちゃいけないって自分で言っていたのに!君はことごとく僕の期待を裏切ってくれるね!食べるんだ、早く床を綺麗にするんだ!この神聖な場所を穢しやがって!」

「ごめんなはい…たべまひゅ…たべまひゅからもうなぐらないで……」

怯えながらナギサは先ほど吐いた胃酸の酸っぱい匂いのする吐しゃ物をぺちゃぺちゃと食べ始めた。心の中で殺されると思うとなりふり構ってはいられなかった。ずっと涙が止まらなくて気持ち悪くて吐きそうで、でも吐けなかった。

「はぁ…それでいいんだ。最初からそうしていれば。いい子だね。僕の家の床を片付けてくれてありがとう。ごめんね、殴ったりして。」クリストハルトはナギサの喉をまるで猫を愛でるかのように優しく愛撫した。

「じゃあ、僕の家の床を綺麗にしてくれたお礼にこのマリアの歌を聴かせてあげよう。」

マリアの喉に触れるとクリストハルトは器楽曲を流してゆっくりと語り掛けた。

「アヴェ・マリアを歌ってほしいんだ。君にぴったりな曲だろう?」

「助けて 助けて」

「リクエストしてるんだ君に…」

「助けて 助けて」

「歌えと言ってるだろう!」

「助けて 助けて」

クリストハルトは何かを察すると、先ほどナギサの喉元に突き付けたステーキ用のナイフを取りに行き、マリアと呼ばれる女性の首に突き付けた。

「どうやらこの歌姫<ディーヴァ>は故障してしまったみたいだ。ごめんね、マリアの生の声を聴かせて君の歌に役立てればと思ったけど、もう壊れてしまった。本当にすまない。彼女は歌えないみたいだ。だから彼女には〝引退〟してもらう。」

アヴェ・マリアの器楽曲が流れる中で切れ味の悪いステーキナイフをマリアの喉の側面に勢いをつけて突き刺して貫通させると、血がだくだくと溢れ始める。そこから粗雑にぎこぎこと下へ切り裂いていき、クリストハルトはその切り口から手のひらを入れてマリアの首の表面にある皮を剥いで声帯を露出させ、掴んでぬくもりを感じながら強引に引きちぎった。

マリアの喉から噴き出した綺麗な鮮血はクリストハルトだけでなく、ナギサの体も暖かく包み込んだ。

「ひっ…狂ってる…先生、貴方は狂ってる!狂ってる!」

「僕は狂ってなんていないよ?ただ声帯に対して特殊な性的興奮を抱いているだけに過ぎないし、人間なんてものは所詮声を運ぶための道具でしかない…じゃあそろそろ話は終わりだ。君も歌姫になってもらうよ。ちょっと待っててね。」

クリストハルトは楽しそうにステップをしながら引き出しからベレッタ製の上下二連散弾銃を取り出す。

「これは私が狩りをするときと歌姫を作るときに使っている父から貰った愛用の猟銃だ。ナターシャもマリアもこの銃で歌姫になったんだよ。だから僕は敬意を込めてこの銃のことを巨匠<マエストロ>と呼んでいるんだ。」と説明しながら、クリストハルトは散弾銃に十二ゲージのショットシェルを挿入すると、縦に振って慣性を付けて装填し、銃身を左手の上に乗せるとナギサの足を狙った。

「こんなの人間のすることじゃない…!」

「僕は人間だよ?医者として命を救い尊敬され、高い税金を納めて社会奉仕活動もしているからね。まあそんなのは当たり前だけど。」

クリストハルトが散弾銃の引き金を絞ろうとした瞬間、ナギサは足で蹴りを入れると散弾銃は明後日の方向を向いて暴発し、その隙に駆け足で部屋を飛び出した。

背後からもう一発の銃声が聞こえたが、間一髪で避けると一回のダイニングテーブルに置いてあったステーキ用ナイフを取って手についているロープにぎこぎこと切れ目を入れるが、中々分厚く切断することができない。

そんな様子をクリストハルトは余裕そうに眺めると、再度散弾銃にショットシェルを装填してナギサに向かって銃撃し、ナギサは物陰に跳躍して隠れるが目の前で散弾が無慈悲に貫通していく。

外に出ようとするがいつのまにか外側から鍵が掛けられているようで逃げることができず、近くにあった階段をつたって二階へと昇った。

「なかなかすばしっこいね。そうじゃないと狩りじゃない。ああ、楽しいなぁっ!」

ナギサは二階に昇ると豪華絢爛な書斎へと入った。中には高そうな本がずらりと並んでいて、クリストハルトが使用していると思われるマックブックが鎮座していた。

ナイフでロープを切断するのを続けながら、足を使って引き出しを引き、何か無いかを必死で探していると、スミスアンドウェッソンの四四マグナムがそこにはあった。どうやらホームディフェンス用に保管されていた物のようだ。

マグナムを何とかナギサは縛られた手で掴むと、手のロープに時間を掛けながら銃口を向け硬い引き金を親指で徐々に絞ると、その瞬間物凄い轟音と共に腕のロープが解けたが、反動で動いた銃が手に激突して鈍い痛みが走った。

しかし、その音を聞きつけたのか足音がコツコツと近づいてくる。その最中、ナギサに妙案が浮かんだ。

「おい、まさか自殺したんじゃないだろうな?お前は私の歌姫になるんだ。そんなことをしてみろ。絶対に許さない。」とクリストハルトは大慌てで部屋に入ってくると、そこには自分の喉に銃を突き付けているナギサの姿があった。

「お前がこれ以上近づくなら、俺は喉を吹っ飛ばす!」

それを聞いた瞬間、クリストハルトは狼狽え始めた。

「バカな…!君のその美しい喉は世界の宝だ!それを自分で吹っ飛ばすっていうのか!?ああ、ありえない!」

「嫌なら…下がって…猟銃を床に置いてください…!」

「ククク…」

「何を笑って…!」

「君、銃に慣れてないだろう?構え方も何かもがなっていない。それにさっき手をぶつけたみたいだね。君のその細い腕で本当にマグナムの重い引き金が引けるのかい?先に僕が足を吹き飛ばしても暴発することはないと言い切れる。」

クリストハルトは徐々に徐々にナギサの元へと歩いて距離を詰めていき、足に銃口を向けようとした次の瞬間だった。

「っ──!」

クリストハルトの顎は44マグナムの銃弾によって砕け散り、まるで涎掛けのように舌がだらんと垂れ下がっていた。そしてただひたすらにギロリとナギサの喉元を睨み続けると、そのまま地面へと倒れ込んだ。虫の息のようだった。

その光景を観たナギサはなんてことをしてしまったのだろうと思い、震えた手からマグナムを落とすと、力なくその場にへたり込んだ。

「ナギサ!ナギサーっ!どうしたの!銃声が聞こえたよ!」と遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。

ほどなくしてドアを銃で撃って強引にこじ開けたシバサンが放心状態のナギサの元へと現れた。

「電話から怒鳴り声が聞こえたから。念のためにエヴァに居場所を特定してもらったんだ。大丈夫?」と優しくシバはナギサに語り掛ける。

「ブッキー…ブッキー!俺、俺…人を殺しちゃった…殺されそうになって顎を吹き飛ばして…人の肉まで食わされて…!」

次の瞬間、シバはクリストハルトにグロックでなん十発も九ミリ弾を撃ち込んだ。虫の息だったクリストハルトはそのままハチの巣にされると、その悍ましい生涯を終えた。

「違う、ナギサは殺してなんかない!今僕がここで殺した!わかる!?君は悪くない!君は殺してない!殺してない!僕が殺したんだ!──」

そう叫びながら、シバはひたすら放心状態のナギサを抱き締める事しかできなかった。

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