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Chapter.3 ミラーリング・ドッグファイト

カジノで大金を得たシバは新車の日産・ゼットを購入したが、謎の370Zとの勝負で敗北した上、エンジンを破壊されクラッシュしてしまう。堪忍袋の緒が切れたシバはクラッシュしたゼットを最強のマシンへと組み上げる計画を開始する。

カジノ作戦から一週間後、エヴァはFBIの上層部に解析させたラップトップの情報を皆に共有していた。

「セキュリティが硬くてまだ一部ッスが、その中に入っていた写真からフルで捜索しまくって、ビソンテスの中核にあたる人物たちの情報が見つかったッス。」

エヴァが纏めた情報のスライドをクリックすると、ルフィナたちが見覚えのある人物の証明写真が並べられている。

「まず、リディア・デュラン。アルジェリア人でオッドホーンの腹心である人物ッス。第三外人歩兵連隊を数年前に辞め、そのあと民間軍事会社を転々としてビソンテスに辿り着いたみたいッス。それ以外で経歴に特に怪しいところはないッスね。」

「コイツが一番先にオッドホーンを守ろうとしてたな。おそらく何か忠誠心のようなものがあるんだと思う。」

「次に〝ヒトキリ〟と呼ばれている謎の日本人。シバサン通してニッポンの警視庁に問い合わせしてみましたが、情報は一切出てきませんでした。映ってる画像も全て顔が隠れていて特定できてないッス。もしかしたら戸籍自体が無いのかも。」

「日本人の僕からしてみれば、ヒトキリなんて変な名前だなあと思うよ。まあ、アメリカ人がつけるような名前って全部そんな感じだよね。」

「次はジュリア・ロドリゲス。ブラジル出身で元ボープの隊員。中流階級の過程で育っていて途中までの経歴は警察官として真っ当な物でしたが、途中で辞めて犯罪組織の首都第一コマンドに入ってますね。殺人未遂で逮捕歴もあるみたいだ。」

「犯罪者にしては目付きが真面目そうだったな。まるでジョン・ウィックみたいだった。」

「この隻眼の少女はマヌエラ・パス・エスピノ。ボリビア出身で麻薬王の娘だったみたいッス。ですが、警察の強制捜査の後に家族を皆殺しにされた上で片目の視力まで失い、警官を恨んでいるようです。その後は狙撃ゲリラとしていくつか目撃例があるッス。」

「この女の子が狙撃手…?マジで言ってるのか。子供を撃つ趣味はねーぞ。」

「このゴツイドイツ系はアレクサンテリ・トゥルヴァイネン。元ドイツ特殊戦団所属のティアワン・オペレーター。エリート中のエリートッスね。ですが、部隊がネオナチ問題で解体されて以降はフリーの傭兵をやって各地を転々としてたみたいッス。」

「この人が…?この人は私にこの上着をかけてくれた人だよ…?何かの間違いじゃないの?」

「そして最後にカレン・パッカード。ビソンテスの親玉ッスね。経歴としては元麻薬取締局出身でメキシコの麻薬ビジネスと戦っていたようです。異名の〝オッドホーン〟はこの時に付けられたあだ名みたいッス。他にもラ・ディアブラ、つまりは悪魔の女とも呼ばれていた。この時期の経歴は凄いッス。様々な麻薬の流通ルートを摘発し、カルテルのリーダーを逮捕したり組織ごと潰したこともあるようッス。ですが、今から十年ほど前にカルテルの売上金を着服して懲戒免職になってます。そのあとは現コンステリス…つまりはあの悪名高きブラック・ウォーターUSAの契約社員として数年間戦っていたようッス。その後にビソンテスを設立した…と。」

「何故そんな尊敬できる人物がここまで堕落してしまったのか…残念でなりませんわね。」

「以上。解析の進展があったらまた報告させてもらうッス。」

そういうとエヴァはプロジェクターを切って報告を収容する。

そして本日の職務が終了したタイミングで、シバが嬉しそうにニヤけた顔で足早に外へと走った。

「なんだ?シバサン、今日ちょっと様子おかしくなかったか?」

そんなことを話しているとプレハブ小屋の外からエンジンをふかす音が聞こえてくる。その音は聞き覚えのあるV8エンジンやRB26、VTECの物とは違うものであった。

皆が外に出るとシバはワンガンブルーの塗装が飴のように輝いているRZ34型の日産・ゼットに乗っている。

「おい、このズィー・カーはなんだ!?」

そうアンジーが聞くと嬉しそうにシバは叫ぶ。

「この前のカジノで大勝ちしたから初めて新車を買ったんだよ!今までバイクしか乗ってなかったけど、ようやく借り物のダッジから卒業さ!」

「マジかよ!ステージアといい最近は日産ばっかりだな!」

「ステージアとダッジは仕事用の車さ。これはディーラーから納車したてほやほやの僕の完全なニュー・プライベートカー!これでハイウェイを爆走するって考えるとウキウキするなあ!明日は休みだし今からハイウェイを走るけど、助手席に乗りたい人いるー?先着一名様限定だよ!」


「吐きたくないからヤダ。」

「遠慮するッス。」

「あの事件の後にブルーさんのシェルビーを飛ばしてた時、助手席に嘔吐してしまったので遠慮いたしますわ…」

「早く帰って寝たい。」


「私は酒も車も酔うのになれてるから、じゃあ私が一緒に行こうかな。」

そういうとアンジーはゼットの助手席へと座った。

「え~バカアンジーかあ。ま、いいや。いつものグルカのぬるい走りは僕の本質じゃない。このニューモデルのゼットは純正でも時速三百キロは出るからね。目ん玉飛び出るかもよ!VR30DDTTエンジン、弄るのが楽しみだなあ。」




「イヤーーーーッホォゥ!」

真夜中のあたりをビルの光が照らすハイウェイで二人はゼットの窓を全開にした状態で走り続けていた。

シバは後輪駆動車を飛ばした場合に見られるの少しでも誤ればスピンしかねない不安定さにゾクゾクとしたスリルを感じ、脳内でドーパミンが分泌されてハイになっている。

肌に当たる風は最早涼しいどころか寒いとすら感じるが、それ以上の熱気がエンジンからハンドルに伝わってくる。

アンジーは様々な酒や薬物をやっていたこともあり、車酔い程度は平気でハイウェイに入る前にバーガーキングのスパイシー・ガーリックバーガーのダブルワッパーを頬張りながら、ドクターペッパーで胃に流し込んでいる。

それどころか、VR30DDTTエンジンの爆音がより一層食欲を引き立てている。

「やっぱ夜中のドライブは最高だな!バーガーも最高に美味い。」

「でしょでしょ!あ、だけど買ったばかりの新車だから中にソースとか散らさないでよ!今後後生大事に乗ってくつもりなんだから。」

「後生大事に乗るつもりなら公道で時速二百キロで減速もせずに爆走しないだろ?」

「あはは、違いない!でも、純正ゼットの本気はこんなもんじゃないよ。」

「…っておい!あれ見ろよ!」

アンジーが指を差すとそこには速度違反自動取締装置であたりを監視しているハイウェイパトロールがおり、運悪くゼットはその前を通ってしまった。

「お、おいハイウェイを二百キロオーバーで走ってる車がいたぞ。青のニッサン・ゼット!バイクじゃとても追いつけないし死んじまう!ランエボ隊に追跡を要請する!」

「こちら、ランエボ隊のラン・アサカ巡査だ!車両の追跡を開始する!待ってろよ暴走車!」

暴走車専門追跡交通隊、愛称:ランエボ隊はアニマルシティ・ハイウェイパトロールに存在している部署の一つで、スポーツカーやスーパーカーといった凄まじいスピードを出せるマシーンの検挙を専門とする部署だ。

約三十年前からランエボを使用し続けており、新しいモデルが発表されるたびに納入して使用してきた実績がある。

現在は配備されている三菱・ランサーエボリューション ファイナルエディションを駆使して追跡を行っており、多数の走り屋や暴走族に恐れられている。

代々ランエボしか使ってこなかったことから、それを象徴としてランエボ隊と呼ばれるようになったのだ。

「おい、ヤバいぞ。私ら警察官なのにランエボ隊に追いかけられる羽目になっちまう!この前もダッジで遊んでた時に切符切られたし!」

「大丈夫大丈夫、平気平気。あいつらノロいからすぐに撒けるよ。」

シバが軽口を叩いていると、早速背後からフルスピードでサイレンを点灯したランエボのインターセプターが追いかけてくる。

「そこの青のゼット!早く止まりなさい!」

シバはウインカーを出して通常射線へと移るとそのままランエボと並走する。アンジーはあまりにもバカな行動に唖然として「やめろバカ」と連呼している。

「おーい、見てよこの新車。新しいゼット買ったんだ。お前らの十年落ちのオンボロセダンじゃ勝てっこないよーだ!」

そうシバが中指を立てて挑発すると向こうのランエボがパワーウインドウを開く。

「お前、今日はCBRじゃないのか!車なんて買いやがって…今日こそはお前に勝つ。というかよそ見運転をするな!」

「型落ちセダンでバイクすら捕まえられないお前らじゃ無理だよ~」

「なんだと!?ランボやフェラーリを抜いた本官のランエボを舐めるな!」

「お、おい、シバなんでハイウェイパトロールを煽ってるんだ。もし捕まったらとんでもないぐらい絞られるぞ。」

「だってコイツ、何度も僕のケツを追っかけるけどその度に抜かれるもんだから、ムキになって検挙そっちのけでレースしだすんだもん。真面目なのか変な奴だかわかんないよ。それにランボやフェラーリを抜いたって多分、運転手がビビりで最後まで踏んでないだけだと思うし。」

「本官を侮辱するな!」

そんな口喧嘩をしている後、涼しい顔をしながらシバがアクセルを奥へと踏み込んでいくと徐々に徐々にランエボとの距離が離れていく。

「悔しかったら僕たちが収めた税金使ってタイプRのシビックかGT-Rでも買って出直してこーい!」

そうシバは吐き捨てると段々とランエボは見えなくなっていった。

「クソ…またしてもランエボをコケにされた…!」

アサカ巡査が独り言を言っているとランエボの後部にいつの間にか一台の車が張り付いて、ハイビームで後ろを照らす。

「なんだ…?わざわざハイウェイを無点灯で走った上に煽り運転まで噛ましてくるなんて…許せん…腹いせに逮捕してやる…」

そういってサイドミラーで姿を確認しようとした一瞬の隙に煽ってきた車は姿を消していた。

少なくとも薄暗い緑色の車であることは理解できたがそれ以外は何一つ確認できなかった。

「なんだ…あの速さは…」

その車はやがてシバの元まで追いつくと再度煽り運転を始める。

「な、なんだ?後ろから一台車が煽ってきてるぞ?」

「今度はなんだよもう。気持ちよく走らせてほしいのにさ。」

そして徐々に徐々にシバのゼットと並走し始める。

「おい、ありゃあ370ゼットじゃないか!?」

「へぇ、ゼット対決ってわけか…面白いじゃん!」

アンジーが目を慣らしながら隣を見ると、ボディの下に赤いラインが見える。

この瞬間にあの車が上位グレードのニスモモデルと確信し、運転に夢中になっているシバに「ありゃあ、ニスモだ!それに絶対に弄られてる…純正のゼットじゃ勝てっこない!」と忠告するが、熱くなっているシバは聞く耳を持たない。

アクセル全開でハイウェイを飛ばすが、370ゼットの方がどんどんと距離を引き剥がしていく。

そしてパワーウィンドウを開くと日本人と思しき顔が姿を現し、その顔にシバとアンジーは見覚えがあった。

それはエヴァが調べたビソンテスの情報に載っていた〝ヒトキリ〟と呼ばれる人物であった。

ヒトキリはシバを抜いたと同時に懐からエージェンシー・アームズのローニンP320をシバのゼットのエンジンに向かって何十発も撃ち込むと、エンジンはそのまま破壊されて煙をだし、シバのゼットの挙動がどんどんと不安定になっていく。

シバはサイドブレーキを上げ、ゼットの運転席側をガードレールにぶつけながらブレーキ全開で数十秒かけてなんとか停止することに成功するが、止まった時の衝撃で頭をハンドルにぶつけてしまい、そのまま気絶してしまった。

「おい、シバ!シバ!クソ、あのゼット…!まさかシバを闇討ちに来たってのか。」

そうぼやきながらアンジーはシバの額からだらだら流れる血を見て唖然とすると、ゼットのハザードランプを押して車からシバを引きずり出した。

数分立った後、先ほどのランエボが事故ったゼットのもとへと到着した。

「お、おい!大丈夫か!」

アサカ巡査はそういった後、ランエボから三角表示板を取り出すと無線で指示してあたりの通行を止め、消防救急ユニットを呼び出した。

「さっきのゼット…お前見たか?」

「あれはゼットだったのか…早すぎて見えなかった。」

「あのゼットがシバのゼットのエンジンをぶっ壊しやがった。おかげでこのザマさ。」

「だが…ヤバいな。これで暴走行為がバレたらこいつは十中八九グルカのドライバーライセンスを取り上げられることになる。ランエボでのリベンジも叶わないか…」

「クソ、しょうがないか…」

アンジーはシバの額から出た血を拭って助手席側に塗りたくると、ゼットの運転席に座り、折れたハンドルに思い切り頭をぶつける自傷行為を行って自分の血を運転席側に付着させた。

「な、何やってるんだお前!?」

「いいか、このゼットは私が運転してたことにしろ。コイツがいないと私のいるところが困っちまうんだ。」

「なんでそんなことする必要がある!?」

「コイツが世界で一番優秀なドライバーで私たちは警察官だ。コイツがいなければ追えない敵が山ほどいる。だから、グルカのライセンスを取り上げるわけにはいかない。それに、シバのゼットを撃ったのは俺たちが追ってる連中だった。捜査協力のためにも頼む…名前は知らないが良い警官だってことはわかるからよ…」

「っ…そうか…」

「これで板金代はチャラにしてくれよ。」と小さな声で呟くと、アドレナリンで痛みを感じていなかったアンジーは体に強い打撲の感覚を覚えると、そのままその場で倒れて気絶した。




一日後、アンジーは病院のベッドの上で目覚めると、他のCLAWのメンバーに囲まれていた。

「おい、相棒。良かったな。深めだが打撲と切創で済んだみたいだ。シバサンも出血は多かったが頭を切って少し脳震盪を起こしただけで済んだ。明日には退院できる。シバサンのゼットで派手に事故ったって聞いたが…」

「あぁ…あの警官はちゃんと私の意志を伝えてくれたか。相棒、実際には違う。やったのはヒトキリだ。ヒトキリがシバのゼットを銃で撃ってエンジンを破壊した。その時に停めようとしてこうなったってわけさ。」

「だが、運転してたのはお前だってことになってたぞ。」

「シバのライセンスを取り上げない為だよ…アイツからスピードを奪ったら死んじまうかもしれねえしよ?いちいち言わせんな恥ずかしいし…」

「…別に頼んでないのに。」と隣からシバの声が聞こえてくる。

「いいだろ。お前がいないと犯人の追跡が退屈になっちまうし。私の免許が消えるぐらい安いもんだ。それに、また間を空けて取り直しに行けばいい。それにな…もう私は大切な仲間が傷ついてるとこを見たくないんだ…また調子に乗ってブルーにしたみたいにひどいことしたら、死んじまうかもしんねーからさ…そんなことになったら私、寂しくてたまんないんだよ。だから、お前は笑顔で笑ってていいんだよ…その代わり、あのゼットだけはぶっ倒してくれ。そして私の免許の仇を取ってくれ。」

「…わかった。」

「シバ先輩、〝あのゼット〟で敵討ちしたいッスか?」

「そりゃあそうだよ。初めて買ったマイカーだし…でも、あの事故で廃車に…」

「…確かにエンジンは死んでるし、あちこち潰れて滅茶苦茶になってた。でも、純正でロールバーすら溶接してなかったのに不思議なことにフレームが生きてた。〝気持ち悪いぐらい綺麗〟に。」

事故を起こしたゼットの写真を見てぐしゃぐしゃになったマイカーの姿に涙を流したシバだったが、段々と怒りの炎が湧いてくる。あの時ヒトキリにされたことを何千倍にもして返そうと考えた。

「わかった…僕のゼットを世界で一番早くする…」

「でも、パーツはどうするんだ?まさかルフィナに出してもらうとか言わないよな。ここ数週間でステージア買った上にカジノで大金無くしたんだぞ。」

「ステージアのRB26を使うっていうのは?」

「ステージアは前の事件でサイドミラーがぶっ壊れて修理中だ。日本からパーツを買うから届くまで時間がかかるし、そもそも完成されてる車からエンジンを抜き取るべきじゃない。」

「アテはある。ブルー、シェルビー貸してくれる?」




「お前ら、私が武器庫係だからって車関係まで調達できると思ってんのか?…ってのは冗談で実は押収品管理係に知り合いがいるんだ。デブでオタクで運動神経が無さ過ぎて昇進の見込みがないアニマル市警の押収品管理係にされた。そいつと一緒によく押収品の貴重な銃で楽しんだりしてるのさ。あそこは押収品ならなんでも揃ってるからよ。話は着けとく。さあ、存分に捜査って名目でふんだくって利用してくれ。どうせオークションに出すか捨てるかしかない物品たちだ。」

カルラは一昨日の電話でそういっていた。CLAWのクルーは押収品保管所まで来ていた。受付の入り口を見ると誰もおらず、奥を見るとブラックジョークが売りのコメディアンのショーをドーナッツを食べながら見ている如何にも怠惰そうな警察官がいる。

シバは透明な防弾ガラスをノックするがテレビの音が大きすぎて反応しなかった為、大声で叫んで呼び出すと、汗をかいて驚いた様子でデスクまで戻ってきた。

「うわっ、な、なんだ…お偉いさんが来たのかと思ったよ。ここはほとんど誰も来ないからね。」

「お前がファッティー?」

「そのあだ名辞めてくれよ。俺がデブなのはアメリカの食品会社が砂糖と小麦粉とバターを使ったハイカロリーな食品ばかりを低価格で出してコレを買うしかないからだ。それに最近はプラスサイズのモデルだって活躍してるじゃないか。まったく、こんな世の中を作った大統領になんて投票しなきゃ──」

「ストップ!やかましい。ファッティーの一言から広げてどんだけ喋るつもりなんだ。カルラの知り合いだ。押収品の車を捜査のために使わせてもらうぞ。」

「ああ、カルラか。カルラと最近ギャングから押収したルガーP08を眺めながら一緒に吞んだんだ。なんでかって?ただでさえ今じゃレアなルガーなのによく見たら菊ルガーってやつだったんだ。菊ルガーって知ってる?第二次世界大戦時にごく少数だけ日本に配備されたルガーだよ。どんな理由があって今このアメリカ合衆国の中にやってきて、サイテーなギャングに使われるようになったのかバックストーリーに思いを馳せると、心の底からロマンがこみ上げてくるんだ。そうだ、ロマンと言えば最近ロマンチックなことがあってね。同僚のフランソワに告白したんだ。そしたら「あんたみたいなキモイデブと付き合うなんて無理!」って平手打ちされてね、ルッキズムが支配するこの世の中が異常なまでに嫌いになりそうだったけど、なんだかだんだんと気持ちよくなってきたんだ。これがマゾヒズムってやつなのかな?それ以来毎日告白してるんだけど、ある時接近禁止命令が出ちゃって余計興奮し──」

永遠と一人でしゃべり続けるファッティーを無視してCLAWのクルーたちは押収品の車が並べられている

ここには脱税をした人間から取り上げられたピカピカの物から、派手に事故してスクラップ寸前になったものまであらゆるものが所せましと管理されている。

「トヨタ、トヨタ、日産、フォード、ヒョンデ、BMW、プジョー…大衆車も多いけど、中にはスポーツカーも転がってるね。」

「ランボとかフェラーリは押収されても人気が高すぎてそのまま博物館に寄贈されたり、インターセプターに再利用されたり、公営オークションで取引されるから見当たらねえな…」

「これとかどうッスか?トヨタ・86。フレームが抉れてるけど、エンジンは生きてそうッスよ。」

「駄目だね。86のG16Eなんかじゃ僕の求める走りにはならない。それに、新しい86よりもトヨタ・カローラGTSの方が欲しいじゃん。遅くてもさ。」

「2ドアのプジョー・406があったぞ。」

「それは4ドアであるべきだ!2ドアの406なんて冗談じゃない!」

「綺麗なRX-8。」

「RX-8って妥協って言葉をそのまま形にしたような車だよね。FDとかFCを求める人がお金を貯められずに仕方なしに安くて名前が似ててロータリーで後継車種だからって、本当の気持ちを抑えてだましだましで乗る車じゃん。それでロータリーエンジンの整備費に根を上げて手放す。」

「しゅとぅとぅとぅ」

「…?ブルー、おかしくなっちゃったの?」

「しゅとぅとぅとぅ」

シバはブルーが指差した方向を見るとそこには追突でクラッシュしたのか後ろ部分が完全に潰されたトヨタ・スープラのマークⅣがあった。

「ス、スープラじゃないか!?それも伝説の80だって!?」

シバは思い切り食いつくとボンネットを開けて中のエンジンを確認した。

「RZグレードの2JZ…3.0L直列6気筒ツインターボエンジンだ…!それも軽く弄ってある。これなら現行ゼットの純正と同じ四百馬力…いや、それ以上出るかもしれない。決めた。この死んだスープラの心臓をゼットに移植しよう。そうすればゼットは悪魔にも匹敵する無敵のマシーンになるはず。」

「ミス・スープラがほんもんのスープラを見つけやがった!」




シバはアニマルシティ内で公道レースがよく行われている路地まで来ていた

ここでは老若男女問わず、ドラテクに自信のある人間が集まって違法な賭けストリートレースを行っているのだ。

目的はカスタムパーツを購入するための資金集めだ。

ブルーに借りたシェルビーであたりを徐行しながら、金を持ってそうな古いランボルギーニの隣に停めると、V8エンジンをふかしながら挑発した。

「おい、いいトラクターだね。いくらしたの?」

「お前がババアになるまで働いてようやく買える車だ。なんだビッチ。ここはガキと女の来るところじゃねーよ。」

「へぇ、女に負けるのが怖いんだ。見栄っ張りでランボだけ乗り回して実際はテクなしで自信がないんだぁ。」

「言ったなクソビッチ。わかった、お前のその型落ちマスタングとこのランボのどっちが速いか勝負してやる。掛け金は五千ドルだ。」

「上等。」

こうやってシバはランボやフェラーリ、ポルシェといった高級車を使っているストリートレーサーに片っ端から声をかけ、その圧倒的な負け知らずのドラテクでぶっちぎると金をふんだくっていった。

「僕、警察官よりもこうやってストリートレースで食った方が全然金持ちになれるかもしんないなあ。まあ、やり過ぎたら税務署にどやされるだろうけど…」

そんなことを考えながら、各地のレースに赴いて出禁になるまで金をふんだくり、総勢八万ドルの資金を手に入れた。




数日後、カーキャリアを借りたシバはCLAWクルーの手を借りると、本部へ事故後に破壊された外装とエンジンを剥がした日産・ゼットのフレームと押収品の中に紛れていたトヨタ・スープラマークⅣのエンジンをガレージへと運び込み、札束をテーブルの上に置いた。

「これが予算だ。」

「予算?盗みでもやったのかよ。」

「ストリートレース。ブルーのシェルビーを借りて、あたりの違法賭博レースにひたすら入り浸って出禁になるまで荒稼ぎしてきた。八万ドルはある。これを元手にしよう。」

「違法賭博…あんまり関心しないッスけど、これも捜査の為と割り切るしかないッスね。」

「カルラからタンドラを借りてきたから、これから僕が指定するパーツをカーショップから買ってきてほしい。」

シバが求めたカスタムパーツはヴェイルサイド製のボディキット、ヴォルテックス製のウイング、レカロのフルバケットシート、ワタナベのエイトスポークホイール、ミシュラン製のパイロットスポーツ4Sタイヤ、モモのモデル80RSステアリング、ブレンボのGT-Rシステムズにモノのリアブレーキキット、RIKISAKUのマフラー、HKSのサスペンション、ドラッグレース用にシステムを書き換えたECUとアンチラグシステム、そして極めつけはナイトラス・オキサイド・システム…通称NOSであった。

ヴェイルサイド製のキットはシバの希望で元のゼットのカラーリングであったワンガンブルーに再塗装をショップに依頼。

必要な純正部品をかき集められるだけかき集め、内装は助手席以外ドンガラで微々たる差も馬鹿にできないということでアンダーコートも剥がした。

ハンドルはシバたっての希望でゼット納車時の純正の北米仕様の左ハンドルではなく、日本の〝フェアレディ〟仕様の右ハンドルの内装を組んだ。

流石に一日で終わるはずもなく、CLAWクルーはスワットとしての職務をこなす傍ら、夜通しで作業してシバのゼットを組み上げていった。

「はあ、ここが日本じゃなくてよかった。あっちじゃこういうカスタムをすると公道走れなくなっちゃうから。」

「まあ自由の国だからな…ああ、クソ、配線周りはめんどくせえな…」

そんなことを言いながら作業を続け、気が着けば一週間が経過して再度非番の日がやって、談笑しながらシバのゼットの最終調整に入る。

「ブルーパイセン、こうやって車をフルで弄るのは楽しいもんッスね。」

「うん。それにズィー・カーを見てると、思い出す人がいるんだ。」

「思い出す人?」

「前のリーダー。二年前にココにいた人。彼女は古い旧式のズィー・カーに乗ってたんだ。とても愛着があるみたいでアンジーには触るなって警告してた。もう、死んでしまったけれど。」

「それって、ココに入る前に情報で見たことあるクロウ…って人のことッスよね?」

「うん。思い出したくもないぐらい酷い死に方だった。彼女は私に凄く優しくしてくれたんだ。だから、コルベットと同じくらいゼットにも思い入れがあるんだ。」

エヴァはブルーと話す中でFBIが求めるデータの入ったUSBが無くなった時期と重なっていることを知り、自分が求めているものはそのクロウという人物を調べていけば見つかるのではないかと思い、ブルーと車友達になったキッカケとなった支給品のマスタングに感謝した。

「自分が思い入れあるのはおじいちゃんが乗ってた車ッスね。見たのが子供のころなんでぼんやりとしか覚えてないんスけど、七十か八十年代ぐらいのセダンだったはずッス。あのドロドロしたエンジン音が子供心にかっこいいって思って。でも、今調べても似てるスタイリングの車が山ほどある上にバージョンが多すぎて見分けがつかなくて…おじいちゃんが亡くなった後はその車も行方不明になっちゃいまして。」

「私が好きなのはシビックだ。」と、急にタイラーが話に割り込んでくる。

「そんなの知ってるッスよパイセン。」

「お前ら、私が乗ってるインターセプターのシビックは知ってるけど、私の私物のシビックは知らないだろ?」

「私物?何型に乗ってるの。」

「オートマでイエローのEK4型だよ。親から警察に入った時にお祝いでおさがりを貰ったんだ。仮免もこの車で練習した。EK9の方が人気があるのは知ってるし、何の変哲もないただの大衆車だけど、昔っから丸っこいビジュアルが好きなんだ。これに乗っていろんなところに連れて行ってもらったし、大人になってからはいろんなところへ行った。そしてそれがシビックに興味を持つきっかけになったんだよ。私は正直車に詳しくないけどさ、シビックって名前だけには愛着があるんだ。ま、マニュアルは運転できないけどね。」

「よければ今度自分が教えましょうか?運が良いことにこの辺は寂れてて誰もいないし、そこら中に練習用の高級車が置いてあるじゃないッスか。」

「いいのか?」

「これが終わった後にでも。」

そんな車談義を終えると、ようやくシバのゼットが形になった。

純正のパーツはほとんど残っていないテセウスの船と化した、ドラッグレース特化の化け物仕様である。

シバは形になったその瞬間、感動のあまり瞳から熱い涙を流し、再誕を祝してこのゼットに飛行隊から名前を肖ってブルーインパルスと名付けた。

始動ボタンを押すと、ゼットは大きな2JZエンジンの唸りを上げる。空ぶかしをするとアンチラグシステムの爆音があたりを包み込み、まるで生きているかのようにも感じた。

「最高じゃん…みんな…ありがとう…手伝ってくれて…」

シバは涙ながらに皆へ感謝する。あれだけぐしゃぐしゃになったゼットがより強くなって蘇ったことに感涙した。

「よし、まずはこのゼットのテストをしよう。ブルー、シェルビーで相手をしてほしい。」

了承したブルーと共にシバはツーリングを開始してハイウェイへと向かった。

「じゃあ、ブルー。あそこにある道路標識を通過したらベタ踏みで走ってね。」そうシバはブルーに無線で送った。

道路標識を超えた瞬間、ブルーのシェルビーGT500の720馬力あるV8エンジンは超加速でスピードを上げていく。

それに続いてシバもゼットのアクセルを少し踏むと、怖いぐらいのスピードが乗り始める。

視界が揺れて感覚が歪んていき、頭がポカンとしてくる。

そして頭の中でひたすらに「これ以上アクセルを踏めば死ぬ」という感覚が巡り巡った。

あまりのスピードにシートに押し付けられっぱなしになった。

だが、悪魔に抵抗するように徐々に徐々にシバはアクセルを踏み込んでいく。

そして次の瞬間にはシェルビーが見えなくなり始めていた。

しかし、目の前にいるトラックに目が行くとシバの目がハッと覚め、避けようとハンドルを切るとそのまま勢いが付きすぎてスピンした。運よくぶつからなかった為、車は無傷であったがここでスピンをうまくかわせなければ恐らくぐしゃぐしゃになって死んでいたということを肌で感じると、途端にこのブルーインパルス・ゼットに恐怖を感じ始めた。

「一瞬TGVを超えるスピードが出てた……クソ、生半可なテクじゃ操れない。この車はイカれてる……くく…ふふ、はは、はははは……」


「すっっっっっっごい、面白い!この感覚、この感覚だよ!」


シバは車に乗って初めて恐怖を感じた、だがその感覚はやがて彼女のスリルを愛する精神と混然一体となると、大量のドーパミンとアドレナリンを噴き出して先ほどのスピンを思い返して意識が飛びそうな程の喜びを感じたのだ。

車はバイクと比べて守られているからスリルは薄いだろうと考えていたシバだったが、このゼットによって〝何かのスイッチ〟が入ったようだった。

その感覚はシバを狂気へと駆り立て始めていく。




その日からシバは仕事終わりに狂ったようにゼットでハイウェイをぶっ飛ばした。

完全にこの陸を走る戦闘機を使いこなすまで何度も何度も直線を走り続けた。

最早ハイウェイパトロールのランエボは眼中に入らないほどであった。

そして街中で高級車を乗り回している連中に何度もレースを挑んで勝利した。

やがてシバのゼットの噂はアニマルシティ中に伝わっていったのだった。

だが、そんな中でシバはいつまでたってもあの370ゼットが来ないことに苛立ちを感じ始め、アニマルシティ中の走り屋がたむろしている店を回り始めた。

そして数週間が過ぎ、シバはハイウェイの近くにある日本食店へと足を運んでいた。

「ちぇっ、この街雑魚ばっかりじゃないか。僕のゼットにもう敵はいない。あの370以外は…」

そんなことを話しながら鮮度が悪い寿司を頬張っていると、見覚えのあるロングコートを着た日本人が現れた。

「…お前は!」

それはあの時シバのゼットを破壊したヒトキリであった。

ヒトキリはシバを見るなり銃を抜こうとするが、人目を気にしたのかそのままホルスターに銃を収めると、無言でメニュー表を指差してすき焼きを注文した。

「なんで喋らないんだお前…馬鹿にしてんのか?」とシバが睨みつけると、ヒトキリはそのまま口に付けているバラクラバを取り外すと、喉元を見せて指を差した。

そこには刃物で切られたような傷があり、どうやら話すことができないようだ。

「じゃあ一方的に話させてもらう。お前がロス・ビソンテスの構成員だってことは知ってるし、何か理由があって僕を襲ったことも知ってる。お陰でゼットはぐしゃぐしゃだ。だが、そのゼットは復活した。だから、僕と勝負しろ。」

ヒトキリはそのシバの要望に小さく頷いて答えると、店主が出したすき焼きをつつき始めた。一口食べて少々微妙そうな顔をしたが、腹が減っていたのかそのままがっついていた。

すると外から騒ぐ声が聞こえ始める。シバは外に出るとそこにはカーファンと思しき男たちがフルカスタマイズされたゼットに興奮している姿だった。

「マジですげえ、今アニマルシティのハイウェイで一番早いブルーインパルスにシンデンじゃないか。」

「シンデン?」

「あの370ゼットのことさ!ゴジラ好きのカーファンがあのリッジグリーンの370ゼットのことをそう呼び始めたんだ。最近現れた新生で辻斬りのように抜かしていくんだってさ。なんでも運転手がニッポン人なんだとか。」

「シンデンとブルーインパルス…両方とも戦闘機に因んだ名前…なんの因果なんだか。」とシバは頭の中で思った。

数分外で待っていると、食事を終えたのかヒトキリがシバの前へと現れた。

「いいか、この先のハイウェイでリベンジマッチを申し込む。僕のこの生まれ変わったゼットでお前のことを倒す。スネークビーチがある看板を先に通過した方が勝者だ。」

ヒトキリは頷いたフリをしながら胸元のP320でシバを銃撃しようとしたが、一手先を読んでいたシバがヒトキリの喉元にグロックを突きつける。

「今回はおもちゃは無し。純粋にケリを付けたい。」

そういうとヒトキリは観念したような顔でP320から弾倉を抜いて薬室から弾を抜くと、地面へと放り投げると、気怠そうに370ゼットの運転席へと座ってエンジンをかけてふかした。

「そうこなくっちゃ!」

シバも負けじとエンジンをふかすとアンチラグシステムのマシンガンのような爆音があたりを包んだ。

二台はそのままアニマルシティのハイウェイに並走しながら出ると、ハイウェイに入ったと同時にストリートレースを開始した。

二つのゼットは同じタイミングでどんどんと加速していくと、周りの車自体も時速百キロ以上出しているにも関わらず、止まっているようにしか見えなくなる。

そうして気が付けばスピードメーターは時速二百キロに到達していた。

まだまだこれは序の口でしかない。シバは徐々に徐々にアクセルを踏む力を強めていく。

スピードメーターが上がっていくごとに死神が頭の中によぎってくる。

だが、死神を怖がっていては神速の域<ゴッドスピード>に達することはできないのだ。

しかし、370ゼットを見てみるとどうだろう。全くと言っていいほどヒトキリは動揺していない。シバは小さく「死ぬのが怖くないのか?」と呟いた。

なんの表情も変えず、ただひたすらに車の間を縫いながらスピードを上げていくその姿に、段々とシバは畏敬の念を感じ始めていた。

二百五十、二百六十、二百七十、死のメーターはどんどんと上がっていき、体がどんどんとシートに押し付けられ、視界が歪んで何も考えられなくなりそうになる。

三百を示した時にはもはや隣を見る余裕がなくなっていた。

ここまでくると少しでもステアリングを誤ればスピンして死ぬ神の領域だ。

先ほどまでミリ単位の点にしか思えなかった前方の車が、二秒までば何百倍のサイズにも大きくなった。もはやフロントガラスは微生物を拡大観察する顕微鏡のそれだ。

三百十、三百二十、ついにはフランス最速の電車であるTGVのスピードをも超えた。

二台のゼットは列車を超えたのだ。今このハイウェイで彼女たちを超えるものなど存在しない。

強張るアクセルを更に踏み込んで三百五十、もはや正常な思考は二人の間の世界には存在しえないものとなっている。

しかし、まだシバには使っていないものがあった。それはナイトラス・オキサイド・システムだ。

このシステムが更にスピードを極限へと高めてくれるはずだったが、実はシバはこれを一度も使ったことが無かった。何故なら、〝必要ない〟からだ。

これだけのスピードが出るモンスター・マシーンであるならば、大抵は素のままでも敵なしでここまでの物を使う必要性が皆無の為である。

これを使わざるを得ない敵がいるということが、シバにとって何よりも幸福であると同時に、これが自分の運命を死に導く行為であるという自覚を持っていた。

なぜならそもそもゼットはこれほどのスピードを出す前提で設計されたハイパーカーではないからだ。

これ以上のスピードを出せばそのまま宙を舞って地面に激突し、ぐしゃぐしゃになってしまう未来が到達するだろう。

考えた途端、シバの頭は冷静になっていった。「これは首を括るのと何も変わりない行為である」と。

そう迷った途端、アクセルが踏む力が弱まるとシバのゼットはヒトキリのゼットに遅れを取り始める。

「このままブレーキを踏んだ方がいい」という考えも巡り、弱気になってくる。

だがその時だった。シバの目には遠くにあるスネークビーチを表す表示看板が見えた。

ここで負ければ皆と組んだこのゼットのすべてが無駄になると考えた瞬間、シバは迷いを振り切ってバルプを緩めると、亜酸化窒素をエンジンで燃焼させて急加速する。

次の瞬間にはヒトキリよりも早くスネークビーチの看板に到達していた。

「勝った。」そう思った瞬間、隣でタイヤがパンクする音が聞こえるとシンデン・ゼットは態勢を崩してそのままガードレールに乗り上げると、真っ逆さまに地面へと落下していった。

そしてシバは今自分に起きたことに気が付いていなかった。

なぜならシバのゼットのスピードメーターは一瞬四百に突入しており、宙を舞っていたからだ。

そして着地してヴェイルサイド製のFRPのボディが一部砕けた次の瞬間、シバはブレーキを全開で踏んで停止まで持ち込もうと努力し、挙動が乱れる車を冴えた頭で必死にコントロールした。

やがて神の領域から離れていくと、徐々に正気に戻っていった。

その時何故だかどっと疲れ、憑き物が落ちたような感覚があった。

ゼットは先ほどのレースで疲れ切ったのか、ボンネットから煙が上がっていたのだ。

通常の法定速度のスピードでハイウェイを離れていき、近くにあるダイナーの駐車場でゼットを停車してボンネットを開けるが、単にオーバーヒートを起こしただけのようでエンジンブローではなかったことに安堵した。足回りはボロボロであれだけの値段がしたパーツにことごとく激しい摩耗の痕があった。シバは力なくゼットの運転席の中で眠った。




シバのゼットが神の領域に達してから数か月後、シバはハイウェイパトロールのアサカ巡査に個人的に呼び出されていた。

「なんだよ。僕を逮捕しようっての?アニマルシティ最速になったから?」

「違う。そうじゃない。本官は…いや、私は実はハイウェイパトロールを辞めようと思っていてな。」

「…いったい何故?」

「実を言うと、ランエボ隊はランエボ隊じゃなくなるんだ。」

「は?どういうこと。」

「ウチは元々三菱車好きの署長が八十年代に登場した初代ランエボから代々追跡車両としてランエボを採用してきた。だが、ここ最近その署長は定年退職になった。」

「…それで?」

「新しい署長は十年間追跡に使用されて老朽化したランエボを更新すると言い出したんだ。ランエボは十年前から新型機種が出ていないだろう?しかも、その更新車種がスバルのWRX S4だっていうんだ。冗談じゃない!ライバル車種でしかもオートマのみだなんて!」

「それは…確かに辛いね。」

「だから私はハイウェイパトロールを辞めることにした。それで最後に職務は関係なくお前のそのブルーインパルス・ゼットに挑みたいと思ってな。お前に十年落ち…いや、二十四年落ちの型落ちセダンで勝負を挑みたい。」

そういうとアサカ巡査は駐車場に停まっている一台のセダンの防水シートを取り外した。

「…エボⅦだって?」

そのランサー・エボリューションは七代目にあたる車種で、現状ランエボシリーズの中では最も不人気なモデルである。性能はハッキリ言って改良後のⅧやⅨの劣化でしかない。

しかし、この第三世代のランサーエボリューションの中で唯一、アメリカで発売されなかった幻のモデルでもある。

アサカが魂を込めて熟成したその黒いボディカラーに黄色いストライプがあしらわれたランエボⅦには何かただならぬ存在感があった。

「エボⅦはアメリカで最後まで販売されなかった最後のランエボだ……!これが私の答えだ。全力でぶつかってやる。」

「…へぇ、面白いじゃん。僕のゼットに勝てるかな?」

二人はそういうとそれぞれの運転席についてシートベルトを締める。


「それじゃあ三カウントでいくよ。三、二、一……」



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