8.ここはどこ?
翌日早朝
「ジョンおはよう」
「ジョン様おはようございます」
「あら嫌だ。目の下酷いクマよ」
「お肌もガサガサですよ」
「…………………………」
どこの世に暗殺者と川の字で寝るご令嬢と執事がいるというのだろうか。あり得ない事態に寝られなくなるのは当然ではないのか。
もしやギフトなんて特殊なものを持っていると頭の中も特殊な構造になるのだろうか。
「カイン」
「は」
何も言葉を発さないジョンを気にする様子もなく何やら指示を出されたカインが部屋の外に出ていく。
数分後戻ってきた彼の腕には3人分のパンとスープとサラダがあった。
「さあ食べたら行くわよ」
「………………………」
どこに?と聞く気力はないが香りにつられ目の前の食事には自然と手が伸びていた。こんな時にも食事がとれるなんて……自分でも呆れるが、やはりここの料理はとても美味しい。
本当にこれで最後だろうし……自分に言い訳をしながら完食する。
ガタゴトガタゴト
朝食後3人は馬車に揺られていた。お金をふんだんに使った最高級の馬車はふわふわの座席に心を落ち着かせるような木の香り、最小限の揺れという最高のものだった。
「……この馬車はどこに行くんですか?」
ジョンの口からポロリと零れ出たのはやっと自分がどこに連れて行かれるのかという質問。
何言ってるんだか。どこになんて決まっているじゃないか。犯罪者が行く所なんて牢屋か拷問所といったところ。
「行ってからのお楽しみー」
ふふふと笑うユリア。何が楽しいのか。犯罪者を突き出すにしても楽しい場所だとは思えないのだが。普通のご令嬢は王都の警備兵を呼ぶなり、使用人に任せるものなのに本当に変わった人だ。
その後は誰も話すことなく(……というよりも睡眠不足の身体には馬車の心地よい揺れは最強だった)15分程で馬車は停まった。
「ご機嫌麗しゅうユリア様。当家と交流のないあなた様が本日はどのようなご用件で来られたのでしょうか?それにしても前触れもなしとは……お金をお持ちの方は礼儀がなくて困りますなあ。私の娘には年長者には敬意を払えと教えていますよ?」
いや、誰?
というかここはどこ?
3人は馬車を降りた後ある邸宅に入った。来客室に案内されソファに腰掛けるとすぐに今目の前に座るおっさんがやってきたというわけなのだが。
「ジョンこちらヤバ男爵よ。地位もなければ金もない権力もなければ才覚もない。やることと言えば上のものに媚びへつらい、言われたことは何でもやる腰巾着よ」
ユリアは男爵の言葉には反応せず、ジョンに彼の紹介を始める。
は、はははははは。ユリア様めちゃくちゃ睨みつけられてますけどぉ。男爵の青筋今にも切れそうですけどお。
「なんと失「で、ジョンあなたの村に私の暗殺を依頼した人よ。まあ男爵も誰かさんに困りごととか言われて忖度しますって感じでしょうけれど」」
「な、ななななななんのことですか!?私はそんなことしておりません!」
吃りながら叫ぶ男爵は吹き出す汗を必死に拭うが、ハンカチは濡れていくばかりだった。
「なんで……」
男爵とは正反対に静かに混乱するのはジョンだった。
頭がぐわんぐわんと揺れて思考が纏まらない。心臓が早鐘をうち痛い。
目の前の男が依頼主?あ、そうなの?
そんなことはどうでも良い。
彼女は確かにこう言った――村――と。
どこまで知っているのかと口を開きかけたジョンはユリアを見て口を閉じた。長い人差し指が彼女の口に押し当てられていたから。
ジョンと目が合ったユリアは微笑んだ後ピーチクパーチク騒ぐ男爵に視線を移す。
「聞いておられるのですか!?何もしていない私を犯罪者呼ばわりなどしてどういうおつもりですか!?ああ!潤沢な財産で私を罪人に仕立てるおつもりですか!?なんて傲慢なんでしょう!ギフト持ちだからと神になったつもりですか!?なんて嘆かわしいのでしょう!さっさと出ていってください!後ほど抗議を……いえ、このような侮辱……慰謝料をいただきに参りますので用意しておいてくださいね」
ユリアが何も言葉を発さないのをいいことに立ち上がり彼女を見下ろしながら大声でまくし立てる男爵。彼は勘違いをしていた。自分の迫力に怯えて声も出せないのだと。
勝ったと鼻を膨らまし、頬を上気させる様は非常に醜い。ユリアは視界に入れるのが不愉快になってきた。
バサリと目の前の男の給料1ヶ月分では到底賄えないであろう宝石が散りばめられた扇子をこれ見よがしに広げ口元を隠す。
「暗殺の証拠などはいりませんわ。そんなものがあったら彼も処罰されてしまいますしね。他にやらかしたヤバいことの証拠があれば十分でしょう?」
「は?」
男爵はユリアが自分に怯えていないことにやっと気づく。
「横領、邪魔なものの排除、婦女への暴行等々、逮捕状が出ましたのよ?もうすぐこちらに王宮の兵士が到着する予定ですわ」
「そんなわけ……」
ないと言う言葉は出なかった。カインが懐から出した紙をペロンと男爵の面前に掲げたから。ちなみにこの逮捕状は皇帝から買ったものだ。別に何枚でも書けるだろうにけちいと思ったが流石に言えなかった。
「ふふふふ。なぜ交流のないあなたのところに来たかですって?もちろん滅びゆくあなたを見たかったから」
そう言って笑う彼女は目元しか見えなかったがその瞳はギラギラと輝いていた。




