6.ありがとう
それから月日は過ぎ、一ヶ月程で絵は完成した。
今夜は絵の完成祝いとジョンのお別れ会ということでいつも以上に豪華な食事が食堂のテーブルに並ぶ。向かい合って座るユリアとジョン。そして執事でありながら当然の如くユリアの隣に腰掛けているカイン。
「ジョンお疲れ様。素敵な絵をありがとう」
「本当にお見事な完成度でございます。まさに生き写し。本物が小憎たらしい程美しいのですからちょっとくらい不細工に描けば良かったんですよ」
「それは私が非常に美しいという褒め言葉として捉えて良いのよね?」
はっと鼻で笑うカインの前に置かれた皿に乗ったステーキにグサリとフォークを刺したユリアはそのまま自分の口に放り込む。
私の肉が……と一瞬動きを止めたもののカインはユリアの皿の上のステーキめがけてフォークを繰り出すがユリアは皿を横にずらして躱す。
にこりと微笑みあった2人は静かに互いのステーキを狙い合う。その様をジョンは不思議な主従関係だと思いながらもどこか寂しげに眺める。
この人たちとこうやって共に食事をするのも今夜が最後だ。
「あの!本当にありがとうございました!」
「?絵を描いてもらったのは私の方よ?」
ユリアの言葉にフルフルと首を横に振るジョン。
「とても良くしていただきました。豪華な食事、豪華な部屋、温かい眼差し……ユリア様と僕の地位の違いから考えてもこんな好待遇あり得ません」
「そう?お客様をおもてなしするのは当然のことだわ」
ユリアの当然は当然ではない。同じ人間であろうとも爵位、財産、王の信頼や寵愛、その人が持っているものには差があり、人間関係においても格付けされるものだ。そして底辺の人間の扱いは酷いものとなる。
「あなたと過ごす時間はとても楽しかったしね」
「僕もとっても楽しかったです」
「本当に?」
からかうような、いたずらっぽい目がジョンの目を覗き込む。
「まあ、ちょっと動揺することもありましたけど。ですが彼女とは最近会えていないのでとても懐かしい気持ちになれました」
ジョンにギフト持ちだと明かした日からユリアはジョンの幼馴染のような振る舞いをすることが度々あった。同じ人間なのにあまりにもころころと表情も言動も変わるものだから戸惑った日もあった。
貴族の令嬢らしくお上品に読書をしていたかと思ったら突然立ち上がり駆け寄ってきたかと思うと古い友人のように抱きつかれた時は心臓が飛び出そうだった。
最初は違和感があったが慣れてこればそこに本当に幼馴染がいるようで……。彼女のことを見たこともなければ知るはずもないはずのユリア。ギフトの力で見えた幼馴染の姿がどんなものなのかジョンにはわかるはずもないが、その能力には驚くばかりだった。
もちろん彼女の演技力にも。
「では失礼させていただきます。お休みなさい」
楽しい時間はあっという間に過ぎるものでお開きの時間となった。
伯爵邸に滞在中自由に使って良いと言われた部屋に戻ったジョンはベッドに寝転がる。このふかふかのベッドに寝転がるのもこれで最後だ。
食事もいつも清潔に保たれている部屋もふかふかのベッドも名残惜しい。だが一番名残惜しいのはユリアやカインとの
別れだ。
「別れたくないな……」
ポツリと呟かれたジョンの言葉が部屋にひっそりと響く。
誰に聞かれたわけでもないが、とっさに口を抑える。思わず出た自分の本心。だがそれは叶わぬ願いで。
ぎしり……
ジョンが立ち上がったことでベッドが軋む。構うことなく歩みをクローゼットの前まで進める。開いたクローゼットから真っ黒のシャツとズボンを取り出し着替える。
そしてカチャリと音をさせながらクローゼットの奥にある――を手に取りしっかりと握った後扉に向かう。
先程までたくさんの人達の賑やかな声が届いていた廊下は静まり返り冷たい空気が漂っている。静かに気配を殺し歩き続けるジョン。
一つの扉の前で止まる。
他の扉に比べ緻密な彫り物がされた扉。見るからに中には高貴な方がいるぞと主張している高価な扉。
ノブに手をかけ音を立てずに扉を開け中に入る。
本当に楽しかった。
自分の役目を忘れるほどに。
こんなことをするのが正しいとは思わない。だけど自分には守りたいものがあるのだ。
ユリアもカインも名ばかりの貴族と名乗った自分を見下すこともなく親しい友人のように接してくれた。その温かい心に揺れることもあった。
本当のことを白状しようかと思ったこともあった。
だが皮肉なことにユリアこそが自分が一番守りたい人を思い出させてくれた。
そっとベッドに近寄るジョン。
その手には――短剣が握られている。
気配もなく、殺気もなく、ただただその命を奪うためだけに無心で動く。暗闇を見据えるジョンの瞳はなんの感情もなくガラスのように透き通り冷たい。
灯りは消え部屋を照らすのは厚手のカーテンの隙間から僅かに差し込む月明かりのみ。だが闇夜になれた瞳。暗がりはベッドに辿り着くのになんの支障にもならない。
ベッドに横たわるユリアを見下ろす。
生憎横を向き横たわる彼女の顔は美しい金色の髪の毛で覆われ見えない。ずっと無表情でいたジョンの瞳が僅かに揺れる。
良かった。
顔を見てこれを振り下ろせる自信がなかったのだ。
手に力を込めナイフを振り上げる。
最後まであなたは優しかった。
本当にありがとう。
彼女の細い首めがけてナイフが振り下ろされた。




