4.由来
サッサッ
シュッシュッ
キャンバスに鉛筆が擦れる音が聞こえる。
そして
「ユリア様の目はもう少し小さいですよ。おやおや鼻はもうちょっと低くても宜しいような」
ジョンが描き出す絵を覗き込みながら傍迷惑なアドバイスをするカインの声も部屋に響く。
「大丈夫ですよ。これは下書きですからね」
「左様ですか。ですがそんなに美化しなくても宜しいのですよ?実物より美しく描いたからといってボーナスは出ないのですから」
「お黙りなさいカイン」
「はい、ユリア様」
その後は鉛筆の音だけが部屋に響く
わけもなく。
「ジョン様ユリア様のお胸の膨らみは忖度するべきかと」
「私のナイスバディに文句があるの?」
「いえ、ですがやはり女性というのはボインに憧れ、男性は恋焦がれるものですので」
「私だって十分な谷間があるでしょうよ」
そう言ってムギュッと自らの腕で胸を寄せる。ボインではないが谷間ができる程の膨らみはある。
「いえいえ、欲しいのはボインの谷間で……」
「あ、あの……!一つ質問しても宜しいでしょうか?」
少々会話の内容が刺激的だったのか真っ赤な顔をしたジョンが鉛筆を持った手を膝の上に下ろしながら叫ぶ。
なにかしらとジョンを真っ直ぐ見据えるユリア。
「先日夜会で『カメレオン令嬢』と呼ばれていたと思うんですが、どういう意味なんでしょうか?あ……と……もしかして嫌な意味とかだったら言わなくてもいいんですけど……。でもなんかユリア様とカメレオンが結びつかなくて」
聞いてから後悔でもしているのかどんどん声は小さくなり視線は下に向けられる。
「私はその呼び名を気に入っているから構わなくてよ。でもそうね、意味はまだ内緒。きっとすぐにその意味はわかるようになるわ。ちなみにその名を蔑みながら呼ぶ人もいれば敬意を込めて呼ぶ人もいる。そんな感じの意味合いをもったあだ名よ」
「はあ」
全然予想もつきませんと言いたげなジョンの顔が面白くてユリアは声を上げて笑う。
「ねえ、できた?」
「下書きはできました。ここまでにしましょうか。ユリア様長い時間お疲れさまでした」
椅子から立ち上がり頭をペコリと下げるジョンにユリアは近づく。ジョンの背後に立つと絵をじっと見つめる。
言葉もなくじっと見つめられどんな評価が下されるのかとジョンの額にプツプツと汗が現れる。
「あ、あの………これからが本番ですので」
クビにしないでね、と言いたげな縋るような視線がユリアに注がれるが彼女は絵を見つめたまま動かない。
「あ……の……やり直しでしょうか?」
か細い声が静まり返った部屋にぽつりと響く。
「……………大丈夫よ!自信を持って!明日も続きをお願いね!」
数秒の沈黙の後、急にユリアから明るいハイテンションな声が飛び出してきてジョンは身体をビクつかせた。
「あ、は、はい!お任せください」
良かった。気に入ってくれたようだ。
もしかして感動して言葉を失っていたとか?ジョンはそんなことを思い口を綻ばせた。
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翌日
「おはよう!今日もよろしくね!」
「ユリア様おはようございます。よろしくお願い致します」
昨日終わったときと同じくペコリと頭を下げた後、椅子に腰掛けるジョン。ちらとユリアを見ると彼女もふわりと軽やかに腰を掛けていた。
サッサッ
シュッシュッ
昨日と同じく鉛筆の音がする。
だが今日は昨日とは少し違った。
「ジョン、今日のドレスもよく似合っていると思わない?」
「?とてもよくお似合いですよ」
昨日と同じドレスだが非常によく似合っている。
「ジョン、今日は良い天気ね。こんな日はピクニックがしたくなると思わない?」
「そうですね。とても良い天気です」
晴天で心地よい風が吹きとても過ごしやすい陽気だ。洗濯物がよく乾くだろう。
「ジョン、今日のランチはお肉よ!私お肉って大好きなの!元気が出ると思わない?」
「うわあ僕も好きなんですよ。楽しみです」
そうかそうか。ここのお肉は昨夜も食べたのだが歯がすっと通り、本当に柔らかくて味も今まで食べたものの中で一番お美味しい。ほっぺがとろけそうなほどに。
ヨダレをこぼしそうなジョンを見てユリアは満足そうに微笑んでいる。その後も絵を描く作業は続く。
「ジョン~~~~」
「ジョン~~~~」
「ジョン~~~~」
ジョンはあることに気づく。
今日のユリアはやたらと話しかけてくるというのか……テンションが高い。声も大きく、言い方は悪いが品というものがあまり感じられない。
見た目は間違いなくユリアなのだが、
なんだか懐かしい――――ん?なんだ懐かしいって。
ユリアとはそんな懐かしむような関係ではないはず。
ユリアは混乱しながらも筆を止めない彼を見つめる。とても優しい目で。まるで仲の良い幼馴染をみつめているかのような目だ。
訝しむジョンの目とジョンを見る優しい目が合う。
あ――――
ジョンの目が見開かれ、微かに揺れる。その目に思い浮かぶのは……
いつも明るく声をかけてくれた彼女
感情豊かな彼女
笑顔のよく似合う彼女
……だ。
開かれる唇。
「……ネラ」
聞き取れるか聞き取れないかという声量だったが、ユリアの耳にはしっかりと風に乗り聞こえてきた。
「ねえねえ気づいた?」
「………………」
にこにこと人好きそうな笑みを浮かべなぎらユリアはジョンに声をかけるが、彼は反応できない。
「私がカメレオン令嬢って呼ばれるり・ゆ・う」
わかった。
わかってしまった。
だが
「な……んで……………」
「それは――――私が神様に愛されてるからかな!あははは!」
あははは!って。
そう言って口を大きく開き笑う彼女は、
いつも楽しそうに笑う自分の幼馴染にそっくりだった。




