3.化粧直し
「ふわ~」
なんとも気の抜けた声を出すのはジョンだ。
彼の前にはまたまた立派な建物がそびえ立っていた。王宮ほど大きくはないが、ドドンと存在感溢れるお屋敷にジョンは目を奪われていた。
「建物を見るの好きなの?王宮もじっくり見てたわよね」
ぽーっと見惚れていたジョンに女性の声がかかる。
「観察しなければそのもののことはわかりませんから」
「流石画家志望ね」
「へへ」
「将来有望な画家さんいらっしゃいませ。ようこそヘンネル伯爵邸へ」
「今日からお世話になります」
ジョンに声をかけてきたのはユリアだった。
「……ん?ユリア様今どちらから来ました?」
門の内側ではなく外側に停まっている馬車から降りてきたような。
「ふふ。外出していたのよ」
「お客さんが来るのにですか?」
「ほほほほほ。そのお客さんが約束の時間の3時間前に来るとは思わなかったのよ」
早すぎ
すみません
とアイコンタクトを交わす二人だった。
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邸内に入り案内された部屋に入ったジョンはキョロキョロと忙しなく視線を、いや顔を左右前後上下に動かしている。
「落ち着きなさいよ。これから暫くここに住むのだから。いつでも観察はできるわ」
「そ、そうですね」
金も無ければ王都に家無し知り合い無しの彼は絵が完成するまでヘンネル伯爵邸に滞在することになっていた。
せっかくだからとテーブルの上に出されたお茶に手を伸ばすジョン。
カタカタカタカタ
ユリアはジロリと音の発生源を見る。
「割れても弁償なんて言わないから、震えるのをやめてちょうだい。大丈夫よ。所詮お父様がその辺で一目惚れしたカップなんだから」
「いや、それは割ったらまずいですよね」
「私には害がないから大丈夫よ」
ジョンはそう言われて更に震える手でカタカタカタカタと音を立てながらカップをソーサーに戻した。
ユリアはじーっとジョンを見る。
なんとも不思議な男だ。昨日の様子を見るに肝っ玉が据わっているというのか、思うがままに行動している奔放者かと思ったのだが……度胸があるのかないのかよくわからない。
「では早速絵をお願いしようかしら…………と、忘れていたわ」
結局一口も口をつけることができなかったカップを名残惜しげに見ていたジョンはユリアの言葉に視線を上げる。
「私の専属執事のカインよ。これから顔を合わせる機会がたくさんあると思うから覚えてちょうだいね」
「は、はい……」
……なんてイケメン。ビューティフォー。
ジョンが見つめる先に視線をすーと向けるユリア。
彼女が腰掛けているソファの後ろには長身の男が立っていた。ばちりと合うスカイブルーの瞳とアメジストを思わせる美しい紫色の瞳。
艶のある漆黒の髪の毛は彼の精悍さを引き立てている。主人と目が合っても顔色一つ変えないその傲慢な様は非常に太々しい。
そして彼によく似合う。
「ていうか見惚れ過ぎじゃない?私の方が美しいでしょう!?」
「え、えー!?自分で言います!?」
急に大声を上げるユリアにジョンは困惑の眼差しを向ける。
「そりゃ言うわよ。納得いかないもの!もしかしてそっち系?趣向はあなたの自由だけれど彼はすっごい女好きだからきっと落とせないわよ?」
「ち、違いますよ~。ただこうあまり執事服が似合わない……いや、めちゃくちゃ似合ってますよ!似合ってるんですけど……こんなにかっこいい人が執事服を着てるなんて初めて見たものですから」
「あなた見るもの全て初めてじゃない……」
呆れた様子のユリアと気まずそうに下を向くジョンの様子にカインは喉の奥でひっそりと笑っていた。
「で、どこで描く?」
「えっと……ここでいいですか?今そのソファに腰掛けている姿がとても素敵なので。美人はどこにいても様になるんですね」
紅色のソファはシンプルであるが金色の肘掛けに施されている模様は繊細でなかなかお目にかかれるものではない。そこにゆったりと腰掛けるユリアの美しさと非常にマッチしている。
「当然よ。でもちょっと待って」
「?」
「カイン」
「はい」
不思議そうな顔をするジョンに構うことなく失礼しますとユリアの前に屈むカイン。目を瞑ったユリアの鼻に彼の鼻がぶつかりそうな程近づく。じーっとユリアを見つめるカインの姿にジョンはドキドキする。
は、鼻が……。いや、く、くくくくくく、口が当たりそうなんですけど。
当然の如く彼の唇はユリアに当たることはなく離れていく。さっと懐から化粧道具を取り出し主人の顔に化粧を施していく。
「終わりました」
カインの口からそんな言葉が出てくるとユリアは目を開く。
「更に美人になった?」
「いえ、顔のテカリを抑えただけですので見た目はそれほど変わりません。強いて言うのであれば完成するであろうユリア様のお顔の部分が光を放たないといったところでしょうか」
バサッ。
スパン。
「ひっ……!」
扇子が開いた音の後何かに当たる小気味よい音がしたが反応したのはジョンのみ。カインは自らの頭に与えられた衝撃に気づいているだろうに何もなかったかのように中腰から背中をピンと伸ばし立ち上がり、ユリアの背後に戻る。
え…幻聴?
「全く……下がっていいわよ。とりあえずありがとう」
「お礼を言う出来であれば叩かないでくださいよ。暴力はいけませんよ暴力は」
「……………………ほほほほほ、そうよね暴力は駄目よね。令嬢らしくお裁縫をするべきだったわね」
「どこに布が?」
「あなたの口あたりかしらね」
ミシミシッ
「ひぃっ!」
閉じられた扇子が軋む音と再びジョンの喉から出る悲鳴。
ユリアとカインはそんな音とは無関係と言わんばかりに優雅に微笑みあっていた。
ただ
ユリアの手の甲と
カインのこめかみには
立派な青筋が浮かんでいた。




