2.カメレオン令嬢?
歩くにつれジョンがどこに行こうとしているのか察したサラン。
「ちょ、ちょっと!まっ……!?」
「彼女のこと好きなんでしょう?だったら近くに行って顔覚えてもらいましょうよ!僕も彼女に用事があったんですけど、一人で行くの緊張するからちょうど良かったですー」
「いやいやいやいや、ちょ……待って!落ち着けジョン!」
止めようと腕を引っ張るが止まらない。
!?
サランの耳になんだなんだとざわつく声が届く。
「ユリア・ヘンネル伯爵令嬢様!」
元気いっぱいなジョンの声。
ひ、ひぇ~やりおった。
気づいていたけど。
進行方向的にジョンの視線の方向的に彼女のもとに行こうとしていることはわかってはいたけれど。
本当に声をかけるか!?
「なんだお前!?って……さっきの田舎貴族じゃないか!恥をかかないように追っ払ってやったのに何をやってんだ!?ユリア様はお前のような田舎者が話しかけて良い方じゃないんだよ!さっさとあっちに行け!」
ジョンは目を瞬かせる。ユリアの前に自らの手をすりすり、ごまをすりすりしながら低姿勢で話しかけている男はジョンに体当たりを食らわした当たり屋のぽっちゃりおじさんだった。
知り合いなのか?
先程の二人のやりとりを知らないサランには良くない仲ということぐらいにしか察せない。
ぽっちゃりおじさんの剣幕に喧嘩が始まるかとサランは危ぶんだがジョンはぷいっと彼から視線を逸らし、ユリアに視線を移している。
ユリアは話の途中に割り込まれたというのに軽く首を傾げどこか楽しそうな様子だ。
「ユリア・ヘンネル伯爵令嬢様!」
「ユリアで構わないわ」
「顔も天使なら心も天使!」
「ふふふ、女神様、姫様に続いて次は天使?」
「あなたみたいに綺麗な人は初めて見たものですから!」
その言葉にユリアが花が咲き誇らんばかりの可憐な笑みを口元に浮かべたのを見て目を見開くサラン。聞き慣れているであろう言葉。だが彼の言葉は不思議だな力が込められているのだろうか?するりと心に入り込んでくるのだ。
「なんだお前!?今は私がユリア様と話をしているん「それで私に何か用かしら?」……な!?」
ユリアはぽっちゃりおじさんの横を通り抜けるとジョンに向き合う。
「僕立候補します!」
うん?何のことだ?頭に疑問符を浮かべるサランを他所にその場はどっと笑い声に包まれる。
「あら、遠くにいたと思ったのだけれど聞こえていたの?」
「はい!田舎育ちですから耳がいいんです!」
いやいや、どんな理屈だとサランは思ったが周囲は面白そうに彼とユリアのやり取りを見ている。
「お、おい……俺が彼女と……」
ちなみにぽっちゃりおじさまは何か言っているが誰も相手にしていない。
「僕画家志望なんです。どうか僕にあなたの絵を描かせてください」
ああ、どうやらユリアは自分の絵を描いてくれる人を探しているようだ。その話が耳に入り立候補したと。ていうか耳いいな、おい。自分には全く聞こえなかった。
「君なかなかの勇者だね!いいよ!面白い!」
「ほんとね。でもあなたユリア様の姿を絵に描きたいと仰る著名な画家はたくさんいらっしゃるのよ?彼らよりユリア様の美しさを表現する自信はあるのかしら?」
黙って見ていた周囲の者たちからそんな声が飛んでくる。
「未来の著名な画家を発掘するのも貴族の仕事だと思うんですけど……」
その場は再びどっと湧いた。
そうだけど、間違ってないけど、そんなこと言っちゃうのね?ていうか君も貴族だよね?サランはまたまた目を見開いていた。
「その通りね。でもあなたも貴族よ?発掘する側じゃなくて良いの?」
「田舎の名ばかり貧乏貴族家はもはや平民と言っていいと思いませんか?知り合いもいないし、絵を広めてくれるような相手もいないし……一発どどんと当てるのに協力してください!」
なんて素直な男なのだろうか。周囲で笑っていた人たちもあまりにもの素直さに若干引いているではないか。
「じゃああなたにお願いしようかしら?絶世の美女に描いてね」
「はい!承知致しました!」
承知しちゃったよ…………。
「おい!さっきから無視しやがってちょっと金持ちだからって何様だ!話の途中で他のやつと話すなんてマナー違反だろ!?俺が男爵家の息子だからバカにしてるのか!?お前だって伯爵家で一つしか変わらないだろうが!」
突然大きな声がし、その場は白ける。先程から一人でぶるぶる震えていると思ったがぽっちゃりおじさんは怒りに震えていたのか。にしても口が悪い。
ユリアは口汚い罵りに怯えるでもなく、持っていた扇子を開き口元を隠す。その様はうざ……とでも言いたげだ。
それを見て顔を怒りで染め更に言葉を発しようとしていたが周囲の人々がひそひそと何か囁きながら自分を見ているのに気づき口をあをあわと震わせる。
向けられる視線は蔑み、呆れ、不快といった負のものばかりだ。顔を青褪めさせた彼はその場から逃げ出す。
「……っ!カメレオン令嬢のくせにっ……!」
ただ逃げ出せばいいだけなのに小者らしく捨て台詞を吐き捨てて去っていくぽっちゃりおじさん。
「カメレオン令嬢?」
呟くジョンは不思議そうな顔をし、
呟かれたユリアは素知らぬ顔だ。
周囲の者たちはその言葉を聞いた途端、緩やかに口角を上げる者、心酔するような目をする者、蔑むような目をする者……様々だった。




