1.出会い
迷える子羊ならぬ迷えるダンディな親父様がここに一人いた。
「我が娘よ、なぜお前には婚約者がいないのか!?」
見目麗しく隣に歩けば羨望の眼差し間違いなし!
頭脳明晰で家の役に立つこと間違いなし!
国で一二の財力を誇る我が家!(テレ)
剣も槍も暗殺者並み。なんなら扇子ではっ倒す腕っぷしで最強の門番になること間違いなし!
舞台俳優並みに高らかに声を上げる親父様の隣には恐ろしいほど美しい白い手でそれはそれは見事な大輪の薔薇を刺繍する娘の姿。
お前も早く結婚という人生の花を咲かせてくれ。
「さあ?」
親の心子知らず。いや、知っていてあえて知らないふりをしているのか娘の返事は素っ気ない。
親父様は涙が出そうだった。
心の中で呟く。
今夜の夜会は頼むぞ、と。
~~~~~~~~~~
夜の帳が下りる頃、夜会が開かれた王宮。
その前に一人の小柄な男が立っていた。柔らかそうな栗色の髪の毛が風が吹く度にふわふわと揺れる。
「ここが王宮かぁ……」
濃茶の目をキラキラと輝かせながら感慨深く呟いた後男は一歩足を踏み出そうとしたが
「どこの田舎者だ!邪魔だ!」
そんな声が背後からしたかと思うと振り返る間もなくドンッと肩に何かがぶつかり前に倒れ込む。
ぶつかったものはもちろん人だ。チョビ髭を生やしたぽっちゃりおじさんは彼を振り返ることなく王宮の中に入っていく。いきなりの洗礼に呆然としていた男は気づく。
周囲から不快そうな目で見られていることに。
さっさと立ち上がらなければならないことは理解していたが動揺のあまりうまく足に力が入らない。焦れば焦る程心臓は早鐘をうち、周囲から奇妙なものを見る目で見られる。
帰りたいかもしれない。
そんなことを思った時だった。
「大丈夫ですか?立てますか?」
そんな声と共に俯く男の目の前に差し出されたのは真っ白な手袋をはめた手だった。
驚いた男が慌てて顔を上げるとそこには一人の女性がいた。
王宮の照明に劣らぬ程光り輝く透き通ったスカイブルーの瞳、他のパーツはこれでもかと一つ一つが美しくそれが完璧な配置で並んでいる。キラキラと輝く金髪に高価そうな髪飾りをつけた彼女はまるで
「女神様?……お姫様?」
幼き頃絵本に出てきた美しい女神様やお姫様のようだ。
「まあ!光栄だけれど私は人間から生まれたれっきとした人間よ。偉大なる皇帝陛下の御息女ではなくそこの親父様の遺伝子から誕生した女よ」
そこの親父様……?更に視線を上げると彼女の後ろにはオジサマと呼びたくなるような見目麗しい素敵な親父様が立っていた。
「大丈夫かい?」
おお……声も惚れ惚れする素敵な声だ。
「だ、大丈夫です!ちょっと人とぶつかって倒れてしまっただけですので!」
なんとか足に力を入れて立とうとしたのだが……
「ちょっと待った」
女性に止められた。なんだと彼女を見ていると差し出された手がヒラヒラと動いている。
これは……手を取れという意味だろうか。
確かに差し出された手を取らないのは失礼かもしれない。その手を取ろうと手を動かすが自分の手が汚れていることに気づく。血も出ている。
先程手をついた時にちょっとやらかしたようだ。
「ちゃんと手袋は洗っているからきれいよ」
「え?いや!そういうことじゃなくて!自分の手が……」
「洗ってるから臭くもないわよ」
「いや、少し香水の匂いがするぞ」
「お父様また勝手につけたの?」
「令嬢たるもの香りにも気をつけるべきだろう?」
何やら言い争いを始める父娘を呆然と見つめていると女性がしゃがんだことによりドレスのスカートが地面にふわりとついていることに気づき血の気が引く。
慌てて膝に力を入れ立ち上がる。
「!???」
いや、立ち上がろうとする一歩手前で手を握られ引っ張り上げられた。
「男ならごちゃごちゃ言い訳せずに人の厚意は受け取るものよ」
「す、すみません」
「お礼は?」
「あ、ありがとうございます」
その言葉に満足そうな笑みを浮かべた後、彼女は父親と共に王宮に入っていった。
はあ~~~~~~
外も輝いていたが中は眩しさで目が眩みそうだ。見たこともないような豪華な料理や花、着飾った人々。それだけではない。大理石の床なんか埃一つなく、真っ白な壁にはシミ一つない。自分の家の壁には穴が空いているというのに。
ぽけーと口を開けながら突っ立っているとクスクスという笑い声が聞こえた。馬鹿にしているというより微笑ましいと言いたげな笑い方だ。
「王宮の夜会には初めて参加するのかな?」
声のした方へ視線を向けると優しそうな若い男性がいた。
「王宮どころか夜会自体初めてです」
「そうなんだね。僕も数ヶ月前にデビューしたばかりで親近感があって声をかけてしまったんだけれど迷惑じゃなかったかな?」
少し照れているのか頬を掻く男性。
いやあ貴族でも色々だ。先程のぽっちゃりおじさんより高価な生地の服を着ているように見えるがその態度は低姿勢だ。
「あまり華やかな場所が得意でなくてね。華やかな人たちともお近づきになりたいのだけれど……自信がなくてね」
そう言って彼がちらりと見る先には成る程
――華やかな人集りがいる。本人たちはもちろんのこと見目麗しく、身に付けているものも華美でおしゃれだ。宝石なんてシャンデリアの光を浴びてキラッキラだ。
ん?
「あの美人さんは……」
人集りの中でも際立つ美貌。彼らの中心に立ち様々な男女に争うように声をかけられているのは先程声をかけてくれた女神様だ。
「あの美人さん?ああ……あの方は――――様だね」
何と言った?
美人さんから視線を男性に戻すとぽーっと彼女に見惚れている。
「もしかしてあの美人さんのこと好きなんですか?」
「は!?なん!?違うよ!あれだけの美貌誰でも見惚れるだろう?ていうか初対面の相手にそんな事言うなんて……」
失礼だと言いかけて、邪気のない純粋な目とパチリと視線が合い言葉が出てこなかった。幼い子供に素朴な疑問を投げかけられた気分だ。
「美人さんじゃなくてユリア様だよ。ユリア・ヘンネル伯爵令嬢」
「へ~ところであなたは?あ、人に聞く前に自分の名前を名乗らなきゃいけないですよね!僕はジョンです。ジョン・ソーヤ」
ソーヤ?確か男爵家にそのような名の家があったような。
「よろしくジョン。僕はサラン・アルクだよ」
「アルク家と言えば超お金持ちの伯爵家ですよね!?じゃあ自信を持って行きましょう!」
ん?行きましょう?
どこに?
混乱するサランの腕を掴むとジョンはすみませんすみませんと言いながら人の間を縫っていく。
!?
男に手を掴まれた衝撃。
ジロジロと見られている羞恥。
頭の中は大混乱だ。
だがよくわからないが当然のようにズンズンと歩いていく彼の手を振り払う気にはなれなかった。
というか小柄なのに力強いな。
そんなことを思いながら引き摺られ……んんっ!
彼の後に続いた。




