30.帰還
「私が好ましいと思う人は…平民の女性なんだ。お忍びで…街に行った時に…入ったレストランで…働いているのを見て…一目惚れ…したんだ」
あ、なんか色々と言ったのに一つも合ってない。
なんか恥ずかしい。
ユリアは扇子で顔を隠す。
カインは手袋をはめた両手で顔を覆っている。
「平民の女性が…王宮にあがることは…大変だし。告白する勇気も…なくて。かといって…他の女性と…結婚するのも…その…好きな人がいるなんて…失礼だし」
あ、真面目だ。
あ、まともだ。
貴族なんて愛人がいて当たり前、政略結婚当たり前とか考えちゃってる自分たちがいかに愛の少ない貴族社会に染まっているのかと虚しくなってくる。
「どうやったって…結ばれない相手だ。本当は自分の気持ちを伝えることだけでも…とは思うんだ。なんとなく…両思いな気もするし…。だけど…勘違いだったら…どうしても怖くて」
熱く切なげに揺れる瞳。その瞳に映っているのは彼の想い人か。
ちょっと浸っている中申し訳ないがカインはちゃっちゃと告白しろと思っていた。王妃の相手は誰でも良いという考えを利用してしまえば良いのだ。ユリアもそう思っているだろうな、と彼女を見る。
……………………………マジか。
「本当に?本当にそれでいいの?」
いつの間に移動したのか皇太子に近づき床に膝をつき彼の目を真っ直ぐに見つめるユリアがいた。ユリアはそっと膝に置かれた彼の右手をそっと包み込む。
「後悔しない?」
「…………え?……え?…え?」
「自分の心をそんなに隠して苦しくない?あなたが苦しいと私も苦しいの」
混乱に陥った皇太子はカインに助けを求めようと視線を移そうとするが、うるうると目を潤ませるユリアから目が離せなかった。
こ、これが…………ギフト。
「憑依……」
「違います」
役になりきっているユリアの代わりにカインが訂正する。
あ、ああそうなの?そうだ、そうだった。少しだけ冷静になったはずだが、目の前で潤む目を見たらまた混乱してきた。
彼女がそこにいる。見た目は違うのに雰囲気、仕草全てが彼女だ。
でもなにかが違う。ユリアには何も感じない。彼女の方が遥かに美しいのに。同じような女性なら美しい彼女にときめくはずなのに。
真っ直ぐに自分を見つめてくる強い眼差し。
優しく包んでくれる手。
自分の不甲斐なさを涙を堪えて励ましてくれる瞳。
ああやっぱり彼女のことが好きだ。
諦めきれない。
「やっぱり想いを伝えたいと思う」
そうはっきりと宣言した皇太子の目には強い意志が見えた。
強く決心した様子の彼に対し不謹慎かもしれないが、口元がニヤつくユリアとカイン。
良かった。
ヤケクソ気味にやった作戦がうまくいくとは。
ギフトが発動した以上彼は結ばれるはず。
「!」
カインの目に皇太子の結婚式に参加するユリアの姿が映る。
「ユリア様」
キラキラとした眼差しでユリアを見つめるカインに彼女は察する。確定だ。二人の顔に満面の笑みが浮かぶ。
「「ふふふふふふ」」
何やら低く笑い出した二人を皇太子は気味悪そうに見ていたが二人はそんなもの全く気にならなかった。
王妃と皇太子が隣国に帰国する日となった。
「ありがとう!本当にありがとう!」
外まで見送りに来たユリアは王妃にぶんぶんと腕を上下に振られる。
そんなに喜んでもらえて自分も嬉しい。嬉しいが関節が外れそうなので速やかにやめていただきたい。喉元まで迫りくる言葉をなんとか堪える。
「この子に好いた子がいたなんて私全く知らなかったわ。それにこの子の好きな娘が視えたってことは……ふふふふふふ」
下卑た笑みというのは貴賤関係なしに不気味である。
皆直視しないように視線を逸らす。
「跡取りさえ生まれたらこちらのものよ」
酷い言いようだ。そんなんだから息子が話さなくなるんだぞ!と言いたいところだがまたもや押しとどめる。
まあ本人もやる気に満ちて気にしていないし、王妃様も歓喜からのポロリだし、そもそも自分たちとほぼ関係のない人だし。
とにかく自国の皇帝からの任務をやり遂げたから結果オーライだ。
隣に立つ父親をちらりと見るユリア。その横顔はホクホクと至極満足そうだ。それはそうだろう。なぜか伯爵家宛に皇帝から様々な贈り物が届き、自分の懐に入れてしまったのだから。
解せぬ。
自分のポケットマネーには何も入っておらぬ。
後で要交渉である。




