29.直球
小鳥のさえずりの音で目を覚ますユリア。ゆっくりと一度瞬きをした後ベッドから身を起こす。ベッドサイドに置かれているベルを手に取りチリリンと鳴らせば身支度を手伝うために侍女が入室してくる。
「おはようございますユリア様」
着替えを終えた頃合いを見計らってカインが部屋に足を踏み入れる。
「おはようカイン」
侍女に化粧を施してもらいながらユリアが挨拶を返す。
数分後化粧を終えたユリアとカインは深刻な顔つきで向き合う。
「ヤバい。時間がないわ」
「いけると思ったんですけどね」
「やっておいてなんだけどあの作戦のどこに自信があったのよ」
「やる前に言ってくださいよ」
「できることはしようと思ったのよ」
王妃と皇太子は明日帰国する予定だ。結局彼にギフトが発動することはなかった。
「どうにかならないんですか?」
「誰にでも反応してくれるわけじゃないからね」
稀に素敵だと思ってもギフトが発動しないことがあるのだ。ああいうちょっと暗めの無口系とは相性が悪いのだ。それに正直彼は平凡すぎる。何かが劣っているわけでもないが特筆するべきところがない。良いところがないわけではないのだが……。
なんとかしろと言われるとやる気だけが空回りするというのか、ギフトは全然反応する様子はない。
「あなたはどうなのよ?」
「うんともすんともですね」
「「…………………………」」
役立たずがと言いたいところだったが自身にもブーメランが返ってくるので、2人は口をつぐむ。
「もうこれは覚悟するしかないかしらね」
真剣な顔つきで呟くユリア。
コクリとカインは頷いた。
1時間後少々分厚い化粧を施し気合いを入れたユリアは皇太子の前にどどんと座っていた。皇太子は事前に何の知らせもなく部屋に押し入ってソファに当たり前のように座るユリアに顔が引きつる。
「皇太子様腹を割って話しましょう」
「……………………」
口を開こうとしては閉じる動作を繰り返した後結局声を上げることなくコクリと頷く。その様子を見たカインがそっと紙とペンを差し出す。
皇太子はそれに手を伸ばしかけたがそっと手を引き、フルフルと頭を振る。
「私は…少し話すのが遅いから…苛立たせるかもしれないが…大丈夫か?」
初めて彼の口から出る言葉。
ユリアは優しく微笑む。
「王になるものはドンと構えゆったりと話せば良いのです」
皇太子の緊張で強張っていた顔が解れてゆく。
その表情はまだやや緊張が残っているがいつものように暗い印象ではなく穏やかで品の良さを感じさせる。
もともと勤勉で穏やかで優しい……いや優しすぎる方だと聞いている。王妃はその優しさを心配していた。そしてその心配は苛立ちとなりある日息子にそのおっとりとした話し方をやめろと罵声を浴びせた。
その日から皇太子は人前でほとんど声を出すことがなくなった。だから王妃はたまにキレることもあるがなるべく見守る姿勢でいる。当時王妃とて叱咤激励のつもりだったのだ。だが苛立ちをぶつけたということも自覚している。
「迷惑をかけて…すまない。君たちに…汚名がかからないと…いいのだが」
「ほほほほほほ。汚名も何も元から蔑むやつはおりましたからお気遣いなく……と言いたいところではございますが、できれば余計な悪評は避けたいのが人の性というもの」
もちろんだと頷く皇太子。
「ギフトで視ることができぬのであれば、本心を引き出してみせましょう。ということで誰か好ましいと思っている女性はいらっしゃいますか?」
「……直球だな…………?」
苦い笑みを零す皇太子だったが何やらコソコソと話し始めるユリアとカインに不思議顔に変わっていく。
「ずばりいらっしゃいますね?」
「………………」
「隠しても無駄です。そんな感じの目をしていました。というかそうであって欲しい」
「………………」
カマをかけたわけでもなく当てずっぽうでもなく願望とは……なんと素直な。思わず口をぽかんと開いてしまった。
「…………たぶん優しい感じの人?」
「ユリア様。皇太子様が告白をためらう方であれば既婚者や婚約者がいる方では?」
「それか子どもが望めないくらいすっごい年上とか?あるいはその逆とか?」
幼女趣味?と恐る恐る視線を向けてくる二人に慌てて違うと首を振る。あからさまにホッとする二人。もしかして自分がそういった趣味だったらかなり失礼な反応だと思うのは自分だけだろうか。
その後も2人はこうじゃない?ああじゃない?と好き勝手に推測を続ける。きっと無礼な態度というものなのだろうが。
「……くくっ」
思わず笑っていた。保身のためなのかもしれないが、なんとかしようとするその姿はなんだか面白い。口を噤んでいるのが馬鹿らしくなってきた。




