27.視えない
ヒンメル伯爵は現在王宮で冷や汗をかいていた。
伯爵の視線の先にいるのは長い脚を組みながらどどんと玉座にお座りになる皇帝。精悍な顔つきに引き締まった身体。優雅ながらも威圧感溢れる様はまさに一国の主にふさわしい。
しかしそんな皇帝も伯爵と同じく冷や汗をかいていた。
「「あ、あのー……」」
皇帝と伯爵の声が重なる。
「し、失礼致しました!」
慌てて頭を下げるが皇帝はよいからと頭を上げるように促す。
「それで……どうだ?やれそうか?」
「ぜ、善処は致しますが、少々難しいかもしれません」
「だよなー。でも頼むわー。友達だろお?」
実はこの2人学生時代からの仲の良いお友達である。伯爵が見事ご友人という座を射止めたのだ。皇帝からの命、友人としての情――
「………………承知いたしました」
伯爵はそう言うしかなかった。
「というわけなんだ」
「いや、お二人が困っているご様子しか伺えませんでしたが」
帰宅して早々伯爵はユリアを執務室に呼び出した。
「ああすまない。絶対にうまくいかないよな、と思ったら口にするのも嫌でな」
「皇帝からの頼みをそんな言い方してはよろしくないのでは?」
「そうなんだがなー」
ヘタリと執務机に突っ伏してしまう。
「……………………い……」
「は?」
なにか聞こえたような気が……。
「だから…………………ほしい」
「は!?」
「だから隣国の王子に会ってそいつの好みを真似して誰かとくっつけてほしいって言ってるんだよ!」
伯爵が大声で叫ぶと部屋は静まり返った。
「えー……」
「そう。えー……なんだ。でもでもでもお前だってわかっているだろう?皇帝だって頼みたくて頼んでるわけじゃない。ただあの人に頼まれて仕方なく……」
「あー……」
ユリアは全てを察した。
隣国は決して大きな国ではないが穀物豊かで人材も豊富な国で友好的な関係だ。そして隣国には皇帝と仲良しの妹が嫁いでいる。彼女は男の子一人女の子一人を産み、2人共既に成人している。
ただこの長男いわゆる皇太子がちょっと難ありだった。 その為結婚はおろか婚約もできず皇帝の妹は焦った。そこで兄である皇帝にユリアの力を貸してほしいと泣き落としで頼んできたわけだ。
ユリアのギフトが発動した男は必ず誰かと結ばれる。
であれば発動させませギフトというわけだ。
わけなのだが……今回ばかりはユリアも自信がなかった。
「とりあえず明日から隣国の王妃様と皇太子様がいらっしゃるからちょっと頑張ってみてくれ」
「……承知いたしました」
流石のユリアも皇帝やその妹の頼みを無理とは言えなかった。
~~~翌日~~~
「いらっしゃいませ」
ズラリと頭を下げお出迎えする伯爵とユリアと使用人たち。
「久しぶりねユリア、と言っても覚えていないわよね。十数年前にここに立ち寄った時以来だものね」
そう言って微笑むのは隣国の王妃にしてこの国の皇帝の妹パレスだ。自信に満ち溢れ凛とした美しい女性だ。軽く挨拶を交わした後彼女はちらりと横にいる息子を見る。
「………………………」
「……?……?……?」
待てども待てどもお言葉がない。だいたいこういうのは挨拶があるものなのだが。聞こえたのははあああというパリスの深いため息のみ。
もうそろそろ頭を上げたいところなのだが……。
「皆頭を上げてちょうだい。伯爵申し訳ないけれど今日から世話になります」
「は!」
こちらですと伯爵が自ら屋敷に案内しようと動き出しやっと動き出す時間。
そして客室に案内した後始まった雑談。何気なく伯爵が皇太子に話を振り再び止まる時間。青褪める伯爵。息を呑む使用人たち。
「いい加減になさい!!!」
なんとも気不味い空気に我慢できなかったのは母であるパレスだった。
「なぜあなたは挨拶くらいできないの!?そんなことで国が背負っていけるとでも思っているの!?なんで……なんで……ああ、カインの優秀さの一欠片でもあなたにあれば……」
母の言葉にビクリと身体を震わせる皇太子。
「カイン久しぶりね」
「お久しぶりにございます」
「どうなることかと思ったけれどいい顔をしているわ」
「お褒めにあずかり光栄にございます」
王妃はカインの母と異母姉妹だ。母は違うものの仲がよく数年に一度公爵邸に足を運ぶのでカインのことはそれなりに知っている。
「それでユリアどうかしら?」
ぐるりんとユリアに視線が向く。その目は期待に満ちていて言葉少ないながらにも何を言いたいのか察してしまう。
「申し訳ございません」
「ああ、あなたのせいじゃないのよ。あなたのギフトがあなたの意思で視えているわけじゃないのはわかっているわ。この子があなたに少しでも何か素敵なところが見せられたら可能性も上がるでしょうに。ねえ?」
「「「………………………」」」
いやそんなこと言われても本人を前に頷けるわけないでしょうよ。再び部屋は沈黙に満ちた。
何を言っても結局沈黙にたどり着く地獄にとりあえず長旅の疲れを癒してくださいと使用人に貴賓室に案内するように言いつけ、目の前から去っていただいた。
部屋から出て気配がなくなったのを確認したユリアたちは喉の奥で溜め込んでいた息を思いっきり吐いた。




