24.バケモノ
カイルはちらりと母親が持つトレーを見る。その上にはお茶のセットとケーキが乗っている。
はっ!鼻で笑いそうになったがなんとか堪え微笑む。
「母上、ユリア嬢はもう部屋に戻られましたよ。部屋の方に持っていったらきっと喜んでくれると思いますよ」
あの子はそういう子だ。なんてユリアの名前を出してみたがただただ早く目の前から去ってほしい。
いや、自分からさっさと消えよう。自室へ戻ろうと足を動かしかけたがカインと呼び止められる。
「ユリア様と仲良くしているそうね。よくあなたたちが一緒にいると聞いてね!私とっても嬉しくて……それで……」
早口で話す母親だったがその声は途切れた。
息子からの冷たい視線に気づいたから。
「母上無理して話しかけてこなくて大丈夫ですよ」
「無理なんてしていないわ!あなたも私の大切な息子だと思っているわ!」
大切な息子。その言葉に嘘がないことはわかっている。
嘘はないが……
ゆっくりと足を動かし母親の前で足を止めて手を伸ばす。
「ヒッ……!」
ガシャーーーーン!!!
喉の奥から聞こえる小さな悲鳴と無残にも床に叩きつけられ盛大に割れる茶器の音。カインは口角を上げる。
母親に向けて伸ばした手を引っ込め母親の隣を無言で通り過ぎるカイン。引き留める声は今度はなかった。
自室に戻ったカインはベッドに仰向けに寝転がる。
「くっ……くくっ……」
堪えきれない笑いが漏れる。
相変わらずだあの人は。息子のことが怖くて不気味で仕方ないのだ。
「気持ちはわからなくもないが……」
カインの誕生後公爵家は更に栄えた。父も母も家臣たちも喜んだ。だがカインが成長するにつれ母親は変わっていった。
カインには10歳年上の兄がおり、後継者として決まっていた。だが一部の家臣たちが神に愛された子が継ぐのがいいに決まっている。そう決めつけ始めた。その声はカインが成長するにつれ高まっていった。
愚かな兄だったら良かった。だが兄は優秀だった。努力家だった。それを間近で見ていた両親は家臣の言いなりになることはなかった。
だが愛する息子にギフトさえなければそう思うのに時間はかからなかった。
更にカインのギフトの発動が母親を苦しめる事態となった。彼の予知は彼が深く思う相手についてや思う相手の役立つことだけに発動するものだった。
父は多忙でそこまでの情はなかったし、兄にも母の愛情を二分しているかのようで深い情はなかった。純粋な思い。その思いを抱けたのは母だけだった。
兄が事故に遭い母が嘆き悲しむ顔。
父の愛人が屋敷に乗り込んできて掴み合いになる母。
後継者問題で深夜泣く母の姿。
嬉しいことも見えたはずなのに今覚えているのは悲しいことのみ。自分なりに防げるものは防いだ。兄を助けたときなど母は泣いて喜んだ。
自分の力は母を笑顔にする。幼い自分は母の苦しみに気づかなかった。
母上母上と自分が視たことを話す息子。人外の力を持つ子ども。ギフトなんてものがあるから苦しんでいるのに……母の心の不安定さに憎悪に残念ながらカインは気づかなかった。
いや、母の笑顔が忘れられず見ないふりをした。
そしてあの日がやってきた。
うまく寝付けず寝返りをうったときあるものが見えた。ベッドから転がり落ちるように降り慌てて両親の寝室に走った。
ノックもせずに駆け込んできた息子の姿に両親は驚いた様子だったが構わず叫んでいた。
『母上行っちゃやだー!あの男の人は誰なの!?どうして僕を置いて行っちゃうの!?僕よりあの男の人の方が大切なの!?』
その言葉に父親は呆然としながら妻を見た。そこには青褪める妻の姿があった。
『な、なんで……』
母はブルブルと震えていた。
『ち、ちがっ!彼とはなんでもないの!ただ、ただ……悩みを聞いてもらっているだけで……彼といると心が落ち着くから……』
混乱していたは母は言い訳と本音が入り混じる言葉を吐いていた。聡い公爵は悟った。カインが見たのはすぐの未来ではない。何ヶ月も先のことなのだろう。
ここで気づかず何も手を打たなかったら起きた未来。
悩みを話すうちに逢瀬を重ねるうちに妻は他の男と……そんな未来に公爵はカッとなった。
その後すぐに使用人の男は追い出され、母は窓からその姿を涙を流しながら見送った。
泣き止んでほしくてカインは母に手を伸ばすが払い除けられた。母はカインを睨みつけた後叫んだ。
『触らないで!あなた気持ち悪いのよ!なんで……なんで私の子がギフト持ちなのよ!あの子の邪魔をしないで!人の人生を覗かないで!どうしてあなたは普通に生まれなかったのよ!このバケモノぉ!!!』
溜まっていた鬱憤が母の口から溢れてきた。
慌てて父が母を取り押さえ使用人はカインの耳を塞いだが残念ながらはっきりと聞こえてしまった。
バケモノ。
神に愛されし子?
誰が言い出したのかふざけたことを。
『はは、ははははははは』
急に笑い出したカインを周囲にいた者たちは痛ましげにそして不気味そうに見る。
あー……そうか。自分はバケモノだったのか。
ではせいぜい大人しくしていよう。
どいつもこいつもいらない。
心に留めてはダメだ。心を消せ。
カインはゆっくりと立ち上がると両親の寝室を出て廊下を静かに歩く。ふと窓の外を見ると
『ああ、今日はとても美しい月が出ていたんだな』
そこには大きな大きな満月。
自然の美しさに涙が出る。
そう決してこれは悲しい涙などではない。
これ以降カインは未来を視ることがなかった。
皇帝も父親も家臣も焦っていたが、どうでも良かった。
父が愛するものを見つけられたらと女の子を連れてくるようになったが、心は冷えていく一方だった。




