23.遊ぼう
「お兄さん。あーそーぼー」
「は?」
本人の希望により学園には通わず自宅で家庭教師に勉強を教えてもらっているカイン。本日の勉強も終わり教師が部屋を出ていくのと入れ違いに部屋に駆け込んできたのはユリアだった。
「遊ぶって何するんだよ?」
今までの女の子たちのように色仕掛け的なものだったら……少々戸惑うカイン。そんなことされたらトラウマものだ。
「じゃあ紙があるからお絵描き。お題は動物で」
「まじか」
この年でお絵描き遊び。
使用人に持ってきてもらった椅子に腰掛けカインの勉強机で絵を描き始めるユリア。無視しても良かったのだがカリカリと既に描き始めた女の子を放置してどこかにいくのも良心が咎める。
渡された紙に渋々絵を描き始める。
「じゃーん!ライオン!」
自信満々に見せられた絵を前にカイン始め部屋にいた使用人たちの間にはごくりと息を呑む妙な空気が漂う。
下手だからではない。
ユリアが持つ紙には立派な鬣に口を大きく開け咆哮を上げるリアルミニライオンが描かれていた。
いや、うますぎでしょ。8歳が描いたとは思えぬお絵描きがそこにはあった。
「お兄さんは描けた?」
ユリアがカインの手元から紙を奪い掲げる。
「…………………………上手だねー」
ユリアは暫く沈黙した後、幼子を褒めるような言い方をすると使用人たちはそっと目を背けた。部屋はユリアの時の比にならないほどの妙な空気に満たされた。
気まずい。非常に気まずい。
カインの絵も下手ではない。非常に上手だ。
なぜ彼がそういう絵を描いたのかも理解できる。だが気まずい。
カインの描いた絵はユリアと同じくライオン。
が、リアルとは程遠い可愛らしい子供向けのライオンだった。
「…………もう一度だ。次のお題は花だ」
「はーい」
このままでは終われない。
「お兄さん遊んでくれてありがとう。じゃーねー」
ユリアが勉強部屋から出て行きはっとするカイン。
自分は何を……。
手元には数枚の絵描きもびっくりのリアルな絵。あんな子どもみたいな絵しか描けないと思われたくなくて何枚も描いてしまった。
どことなく自分を見る使用人たちの目が微笑ましいような気がするのは気のせいだろうか。
なんか恥ずかしい。
カインは机に己の顔を隠すように突っ伏した。
「お兄さん。あーそーぼー」
その翌日もユリアはカインの勉強が終わる時間を見計らいやって来た。
「……今日は何をするんだ?」
「カードゲームをしーまーしょー」
十数分後
「ユリア様の勝ちです」
勝ち誇るユリアにカインはムッとする。
更に十数分後
「カイン様の勝ちです」
は、と大人気なく笑うカインにユリアはムッとする。
「引き分けです」
「引き分けです」
「ユリア様の勝ちです」
「カイン様の勝ちです」
「引き分けです」
どれだけの時が経っただろうか。
「お兄さん遊んでくれてありがとう。じゃーねー」
気づけばユリアが部屋に戻る時間になっていた。
何をやっているんだ。自分は。あんな8歳相手にマジになって頭がおかしくなってしまったのだろうか。あー!と頭をガシガシと両手でかく。
息を吐く。
いや自分がおかしいわけではない。ユリアは自分と同じで特別なのだ。ギフトを与えられた神に愛されし子ども。それだけではない。歴代のギフト持ちを見ても皆一様に最高の美貌が与えられ、頭脳も武術もその他あらゆることがほんのちょっとの努力で天才と呼ばれるほど上達する。
今まで自分のようなあらゆることをこなせる天才はいなかった。教師だって各分野の天才を呼んでなんとか成り立っているのだ。
素直に言おう。
ちょっと楽しい。
ちょっと……本当にちょこっと明日も来るかな、なんて思ってしまう自分がいることを認めよう。
「お兄さん。あーそーぼー」
カインの期待通りユリアは翌日も来た。更にその翌日も。毎日毎日勉強が終わる時間を見計らってやってきた。
そして時間になると
「遊んでくれてありがとう。じゃーねー」
と言って帰っていく。律儀にいつまでもありがとうをつけるあたりに伯爵家の教育が伺える。皇帝の信頼厚い伯爵は政治もさることながら商売がとても上手い。
人との交渉術はもちろんのこと、その人柄が優れていることも大きな要因だ。誰であろうと礼儀を尽くす。それは娘のユリアにも受け継がれているようだ。
今日も今日とて頭を下げ帰っていったユリア。
彼女の気配が消えたのを確認しカインも部屋を出る。
「あ……」
部屋を出た瞬間に聞こえたその声に舌打ちしそうになるのを必死に堪える。人の良さそうな笑みを顔に張り付け声を出した人に向ける。
「ご機嫌ようお母様」
扉のすぐ近くを通ろうとしていたのは公爵夫人であるカインの母親だった。




