13.パニック
品の良い落ち着いた調度品、派手さはないが座り心地抜群のソファ。これは彼――いや、彼を含めた家族の人柄によるものだろう。
ユリアは出された紅茶を飲みながらジョンが書いた手紙を読む目の前に腰掛ける男性を見る。
「事情はわかりました。そしてユリア様がこちらにいらっしゃった理由も。ご安心ください誰にも言いませんので」
ユリアは彼に気づかれないように安堵の息を吐いた。これでジョンも我が家も安心というものだ。先程王にも面会し全てを話し、若い故の過ちという暴論で押し通しお許しを得た。その顔は非常に引きつっていたが良しとしよう。
それにしても……ユリアは話をしながら再び彼を見つめる。
穏やかというか朗らかな男性である。
顔立ちが特別に整っているというわけではないが、心を和ませるような笑顔が素敵である。きっとこの笑顔にころっといく女性も多いことだろう――――――――。
ユリアの動きが数秒止まった。
「ユリア様?どうかされましたか?」
先程まで和やかにありきたりな世間話をしていたというのに何か雰囲気が変わったような。
「お気になさらず」
「…………はい」
でもと言いかけてやめる。明らかなこれ以上触れるなオーラが出ている。
顔が引きつりそうになるのを堪え何事もなかったように再び話し始める。
だが先ほどまでとは違い、ユリアは軽い相槌と素っ気ない受け答えのみ。見た目は同じなのに明らかに何かが違う。
それはある人を思い起こさせるもので――。
聡い彼はユリアが視えたことを悟る。
怒りではないとわかれば、なんということはない。彼はいつもの落ち着きを取り戻す。数十分後談笑というよりも一方的に話す時間は終わりを迎えた。
「失礼致しました」
馬車に乗り込む直前ユリアは頭を下げた。
「いえいえ構いません。貴重なものを見させていただきました」
「そう言っていただけると助かりますわ」
たまにおちょくってんのかと揉めることがあるのだ。
「ただ……私の心はそういうことなのでしょうか?」
不安に揺れる瞳がユリアを見つめる。
「さあ?私は視えた者を演じただけ。そして選択とは心のままにするのかそれとも自分の心を否定するのか、それもまた選択するものですわ」
「…………そうですね」
それ以上の言葉はお互いなかった。
ユリアを乗せた馬車がゆっくりと動き出す。
「ユリア様」
「なあに?」
「彼はどんな選択をするのでしょうね」
「素敵な人ですもの。きっと彼にとっての正解を選ぶと思うわ」
「そうですね。願わくば彼に幸あらんことを」
「あらあなたがそんなことを言うなんて珍しい」
「たまには執事っぽいことを言わないと自分が執事だということを忘れます」
「あ、そう」
馬車の中でユリアとカインがそんな会話をしている一方でアルク伯爵邸の執務室では伯爵夫妻がプチパニックを起こしていた。
「あなた!ユリア様の様子をご覧になりましたか!?」
「ああ見た。あれは明らかに彼女を示していたな」
「ではサランの胸には彼女がいるということ!?なぜ!?なぜあんな……」
「こらよさないか。悪い子ではない」
「それはわかっているわ。優しいししっかりした子よ。でも、でも……」
「気持ちはわかるから落ち着くんだ」
夫婦は先ほどユリアに挨拶だけしようと客間を訪れた。いや正確には訪れようとした。使用人のミスにより僅かに開いた扉から見えた光景に足が止まってしまったのだ。
スーハーと大袈裟なほど息を吸ったり吐いたりを繰り返した後夫人はやっと落ち着く。
「そうね。第一にサランの気持ちを考えるべきよね」
「ああ」
「「…………」」
自分の気持ちを言葉で塗り替えようとしたがうまくいかず呆然と立ち竦む伯爵夫妻。
そしてユリアが帰ったことを知らせようと二人のもとを訪れたサランは自分についての話題が聞こえその様をこっそりと覗き見していた。沈黙が痛々しい室内にこちらは深いため息を吐く。
執務室から離れとぼとぼと歩き出す。
困った。なんとなく察していた自分の心。勘違いだと思おうとした自分の心。それをユリアに暴かれた。ほとんど決めかけていたこの決断に迷いが生じた。
どうするべきか。
「サラン様、お約束されていたお客様がお見えです」
「ああ今行くよ。ありがとう」
落ち着きなく廊下を歩き回っていたサランに使用人が声をかける。それに対しサランは笑みを浮かべてお礼を言ったものの心は少々吹き荒れていた。
先程の歩みとは異なり、姿勢正しく歩くサランが足を向けたのは庭園だった。庭師の手により見事に作り上げられた庭園。その中には真っ白なテーブルがありその上に女性が好みそうな色とりどりの甘そうなお菓子がある。
そしてテーブルと同じく真っ白い椅子に腰掛けていた2人の女性はサランが姿を現すと優雅に立ち上がり、軽く頭を下げ挨拶をする。
「ご機嫌ようヒマリー嬢、レイス嬢」
挨拶を受けたサランも顔に微笑みを浮かべながら挨拶を交わす。彼が座ると2人の女性も椅子に腰掛けた。
サランは顔に気合のこもった笑顔を張り付けた。
さあいざ彼女たちとの3度目のお見合いの開始である。




