12.手紙
元暗殺者4人は門のところで仁王立ちしてユリアを待ち構えていた伯爵にも許可を得て、それぞれの得意分野で働くこととなった。
それから1ヶ月後の給金の受け渡しの日、ジョンは執務室で仕事していたユリアとテーブル越しに対峙していた。
「これはどういうことでしょうか?話が違います」
「こちらも色々と事情があるのよ」
真剣な顔で腰掛けるユリアを見下ろすジョンと気不味そうに視線を逸らすユリア。
「これは駄目です」
「駄目じゃないわ」
いつもぽやんとしているくせに、芯が通っているというのか融通が利かないというのか。困ったものである。
ユリアは出そうになるため息を堪えた。
「これはお返しします。こんなに頂けません」
そう言いながらす……と執務机に置かれたのは本日配った給料袋だ。
「いいから受け取りなさい」
ユリアは逸らしていた視線をジョンに向け強く言うが、ジョンの手は伸びない。
「僕は給料はいりません。ユリア様のことを始末しようとした僕が伯爵家からお金をもらうなんておかしいです。そもそも契約する時に住まい、食事のみで給料はなしと約束したではありませんか」
住まいは部屋が有り余る伯爵邸、食事は3食しかもおやつ付き。服も支給されるので無給だろうと生活に困ることはない。
「……………」
自分だって最初はそのつもりだった。命を狙われたわけであるし償いは必要だ、と。でも仕方ないではないか。だって契約する時彼はこう言ったのだから。
『私の命の値段は高いのよ。慰謝料として暫くは無給よ』
『給金?ああ食事の量を減らされるのでしょうか?それとも野宿とかですか?全然大丈夫です。慣れてますから』
にこりと朗らかに笑いながら言われた言葉にユリアは返す言葉がなかった。3人にも話を聞いたがあの村では暗殺に成功しようが給金は無かったそう。強いて言うなら食事が豪勢になるくらいだったと。
彼らはそれに対し不満を感じていたようだがジョンはそれを当たり前なこととして受け入れてしまっている。そもそもお給金という言葉なんて存在しないかのように。
「我が家の使用人にしてはこれでも少ない額よ。受け取っておきなさい。これで好きなものでも買うといいわ」
「でも……」
「市場で美味しそうなものを買うのも良し、ネラの為にかっこいい服を買うも良し、アクセサリーを貢ぐも良し、よ」
「あ、ネラの為に……」
ジョンの瞳に迷いが生じた。ユリアは密かに笑った。自分のことよりも人のこととは。以前市場に出かけたときに目を輝かせていたジョン。あれらの一つでも買おうとは頭によぎらなかったのだろうか。
「じゃ、じゃあアクセサリーを買って余ったお金は返します」
「いや、いらないから。お釣りは返しますってお使いじゃないんだから」
オロオロと困った様子のジョンに今度こそユリアはため息を吐く。致し方なし。受け取れるように助け舟を出して差し上げましょう。
「ネラといつか結婚するんでしょう?式のお金は?生活費は?まさかネラに全て出してもらうつもりなの?」
は!と目を見開いたジョンは慌てて給料袋を机から持ち上げ胸に押し当てる。
「ふふ、それでいいのよ」
「あ、でも慰謝料……」
「ええい!いいから持っていきなさい!」
苛立ちマックスの様子のユリアを見て慌てて体の方向を変えようとしたジョンの足が止まる。
「あ、あのぉ……」
「あ?じゃなくてなあに?」
いけないいけない。私は令嬢。つり目になりつつあった目を弧の形にする。だが机に隠れて見えない足は苛立ちを表すが如くガタガタと揺れていた。
「お願いがあるんです」
「お願い?」
足の振動がピタリと止まる。予想外の言葉だ。また給金が多い給金が多いと騒ぐのかと思ったのに。そもそもそんなに大した額でもない。というか普通少ない給料に文句をつけるのはわかるが、多い分には文句なんてつけないもので……
「あの、聞いていますか?」
「ごめんあそばせ。聞いていなかったわ。もう一度お願い」
「あ、はい」
あまりにもあっけらかんと言い切ったユリアに呆気に取られるジョン。だが呆けている場合ではない。
「図々しいとは思うんですが、ある方に手紙を送りたくて」
「手紙?」
「そうです。ユリア様は覚えていらっしゃいますか?僕が夜会で絵描きの立候補をしたとき側にいた男性のことを」
ユリアの頭がフル回転し、彼の言うあの方の映像が浮かび上がる。
「ああ。あのお金持ちの伯爵家のご子息ね」
「そうです。良くしていただいたのに僕嘘ついちゃって……謝りたいんです」
「実は僕はユリア様を狙った暗殺者で、男爵ではないですって?ちなみに本物の男爵は使用人も雇えないほど貧乏で大好きな女性に振られて引きこもってますって?だからそこに届いていた招待状を失敬して王宮に入っちゃったって?ちなみに僕の名前は本当にジョンですって?」
ユリアの問いかけにコクコクと頷くジョン。
普通に身分偽装とか犯罪だし、彼が密告したら捕まると思うのだが。ちゃんとわかっているのだろうか?
目の前でいい考えでしょ?と目を輝かせているジョン。
わかっているわけないわね。
「そんなこと言ったら雇ってる私も何やら言われちゃうわ」
ガーン……と音が聞こえそうなほどショックを受けている様子のジャック。涙を浮かべながら下を向き呟く。
「聞かなかったことにしてください」
今度こそとぼとぼと部屋の外へ向かうジョン。
「ちょっとお待ちなさい」
「?」
振り返りユリアに視線を向ける。
「権力やお金とは様々な罪を覆い隠すもの」
「はあ?」
一体何を言っているのか。というかそんなことを言っていいのか。
「即ち私が伯爵邸に赴けば、王に適当に説明しておけばあなたの犯した罪は帳消しになる」
「……まじすか」
王相手になんて無茶苦茶なことをしようとしているのだろうかこの人は。
「ん?ということはユリア様が手紙を持って行ってくださるということですか?」
手紙を出す許可さえいただければ自分で行こうと思っていたのだが。
「ええそうよ。内容は一緒に考えさせてもらうけれどね」
「!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
何度も何度も頭を下げるジョンは嬉しさのあまり気づいていなかった。
ユリアは机に片肘をつきその手で頬を支える。
なんらいつもと変わらぬ美しいその顔。
だがその目にはワクワクと期待を隠しきれぬ怪しい煌めきが潜んでいた。




