10.村
次こそは牢屋だろうか。兵に引き渡されるのだろうか。
それにしてはガタガタと揺れる馬車はもう数時間走り続けている。窓の外をぼーっと眺めていたジョンはあることに気づく。馬車が走れば走るほどその顔は青褪めていく。
止まる馬車。
「あら、ジョンどうしたの?」
先に降りたユリアが声をかけてくるが足を動かすことも馬車の外に視線を向けることもできなかった。ガタガタと小刻みに震える身体は言うことをきかない。
「カイン」
「失礼致します」
「!?」
ヒョイと膝裏に手を差し込まれ持ち上げられ馬車の外に連れ出される。いわゆる
「まあお姫様抱っこ。ラブラブね」
お姫様抱っこだ。
暴れる間もなくすぐに地面に足が付き思わず前を見てしまう。見開かれるジョンの目。
「これは一体……」
目の前に広がるのは小さな村だった。建物も十数軒しかない。それだけならば稀にあることだが、異様なのはあまりにも静かなことだった。人の気配がないのだ。
そして…………至る所に赤いものが――。
「ネラ?」
そう呟いたジョンはユリアとカインをその場に残し走り出す。一軒一軒扉を開け中を確認する。
「ネラ?」
「ネラ!?」
「ネラ!!?」
徐々に大きくなっていく声は聞いている者が心苦しくなるほど悲痛だった。
全ての建物を調べ終えたジョンはふらふらとユリアに近づく。目には光がなく、ただその目は悲しみ怒り憎しみに彩られている。
「あなたが……あなたがネラを…………?」
堪えきれぬ怒りは言葉を震わせる。
「そう。私が演じていたのはネラという女性なのね」
「白々しい!」
「生憎私には命を狙った報復に大切な人をなんて思考はないの。やるならば徹底してやるけれどそれは狙ってきた者にやるわよ」
ス……
今にもユリアに飛びかかりそうなジョンの首元にカインが剣を突きつける。ジョンはユリアの目をじーっと探るように見つめた後剣に視線を移し、一歩下がる。
「すみません。色々と混乱してしまって」
「構わないわ」
その時近くの森の方から数人の声が近づいてくるのに気づく。こちらもあちらも気配を消す事なくお互いの顔がはっきり見えるほどの距離に近づく。
「ネラ!」
「ジョン!」
現れたのは2人の男と1人の女性。女性――ネラとジョンはお互いの姿を認めると走り出し抱きしめ合った。
「ネラ……無事だったんだね」
「こちらのセリフよ!幾人もの暗殺者を返り討ちにしたヘンネル伯爵家の暗殺任務で無事でいられるなんて奇跡よ!」
一度身体を離しジョンの顔を見て言葉をまくし立てたネラは彼の無事を確かめるかのようにもう一度強く強くジョンを抱き締める。
ジョンもネラを安心させるかのように彼女の背に腕を回し、優しくその背を撫でる。
「ヘンネル伯爵令嬢でしょうか?」
「ええそうよ」
ほんわかした見たいような見たくないような甘々しい空気を裂くような緊張感のある声がユリアにかけられた。ネラと一緒に来た男のうちの一人だ。
「どうしてこちらに?なぜこの場所がおわかりになったのでしょうか?」
「まず前者の質問の答えはジョンを脅して私の暗殺に向かわせた男の始末に来たのだけれど、一足遅かったようね」
ちらともう一人の男の手元を見るユリア。
そこにはがしりと髪の毛を掴まれた図体のでかい男がいた。もう息をしていないようだ。
「後者の質問の答えは莫大な資金と世にも不思議な力のおかげ」
小首を傾げるユリアはとても美しいがどこか胡散臭い。
「そうですか……。俺たちのことはどうするつもりですか?」
ユリアはちらと彼の様子を伺い見る。服の中の至るところに冷たい気配がある。所謂暗器というものだろう。まあカインの方が強いだろうが。
ゆっくりとまばたきをした後男と目を合わせるとニッコリと笑う。
「別にどうもしないわ。私は一流の暗殺者にしか用はないもの」
「そうか……。あんた……どこまで知ってるんだ?」
「ここは暗殺者を育成する暗殺村。そこで育てられたジョンは誰よりも実力はあるのに任務に就くことはなかった。彼が拒否したから。普通であればそんなこと許されないけど、あまりにも強いものだからお頭さんも引くしかなかった」
「え!?」
驚きの声を上げたジョンに視線が集中し彼は慌てて下を向く。
「私を狙う暗殺依頼が来たお頭さんはその金額に目が眩み、引き受けた。けれど難攻不落と言われる私の暗殺が可能なのはジョンのみ。なんとしてでも彼を任務につかせたかった頭領は彼の幼馴染であるネラさんを人質にとった」
そしてネラを救いたいジョンは初めての任務についたというわけだ。
「……ははっ!」
急に男の口から笑いが漏れる。だがその目は怯えている。そしてその目が捉えているのはユリアとカインだ。
「どうかしたの?」
ジョンが心配そうに声をかける。
男はなんでもないと言うとユリアに再び向き直った。
「噂通りだな。全てお見通しってことか」
「お頭さんがやられてるとは思わなかったけれどね」
「ああ。俺らは俺らをこんなふうにしたこの男を許せなかった。だが植え付けられた恐怖っていうのかなかなか手を出せなくてな。でも減っていく仲間……これでも昔は10人以上いたんだぜ?気づけばこの数年で4 人になっちまってたよ」
これ以上は……そう思った矢先にジョンは命を捨てるような任務につかされ、ネラは人質になんてものにされた。そして先程頭はネラの身体を好きにしようとした。しかも自分たちの前で。
我慢の限界だった。
だから先程やった。
優れた暗殺者だったが年老いた男対3 人の若さ溢れる暗殺者。どちらが強いかなど一目瞭然。何度も斬りつけながらも村から逃げ出した頭を仕留め、戻ってきた所だった。




