表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の娘  作者: 星空りん
43/45

42 影に潜む者 9

 女が手先へ向き直る。


 「星灯りの宿で少し躓いたからって、もう動きが鈍いのは困るのよ」


 手先はびくっと肩を揺らした。


 女は続ける。


 「一人捕まったくらいで動きが鈍るなんて、笑えないわ。おまえたちの失敗なんだから、おまえたちで片付けなさい」


 その言葉に、りんの胸の奥がぞわっとした。


 仲間が捕まっても、それはただの失敗。

 切り捨てるだけ。


 ネネが小さく息を吐く。


 「……本当に、そういう女ですね」


 蓮の目が細くなる。


 「十分だ」


 その瞬間、合図は一度だった。


 ライラの矢が、女の足元へ走る。


 石畳を打ち、火花が散る。


 女が即座に下がるより早く、ガルドが表へ回り込んで退路を塞いだ。


 「おっと、そっちは通れねぇぞ!」


 フィオの術が路地の床を走る。


 「動かないで」


 淡い鎖が、手先の男の足首へ絡みついた。


 ネネが一歩で距離を詰める。


 蓮は女の前へ、まっすぐ出た。



 女はほんの少しだけ目を細めた。


 驚いた、というより――面倒が増えた、という顔。


 「またなの」


 その一言が、やけに癇に障る。


 ライラの二射目が飛ぶ。


 今度は外套を裂いた。


 女が舌打ちする。


 「鬱陶しいわね」


 それでも慌てない。

 真正面からぶつからず、角度を変えて抜けようとする。


 蓮がそれを読むように動き、道を潰す。


 「逃がす気はない」


 「別に、逃げるほどでもないのだけれど」


 そう言いながら、女は細い刃を抜いた。


 鋭い。

 でも、重い武器じゃない。


 殺し合うためより、削って乱すための刃。


 その嫌な感じが、またはっきりした。



 一方で、拘束された手先の男は、フィオの鎖を無理に切ろうとしていた。


 ネネが腕を払う。

 男がよろめく。


 ガルドが盾で押し返す。

 壁にぶつかり、息が詰まる。


 ライラの矢が手元を打ち、刃が落ちる。


 「はい、そっちは終わり」


 淡々とした声。


 男は歯を剥いたが、もう動けない。


◇ ◇ ◇


 女は、自分の手先が押さえられたのを見ても、顔色ひとつ変えなかった。


 むしろ、少しだけ冷たく笑った。


 「使えないわね」


 その軽さが、りんには嫌だった。


 自分の側の人が倒れても、困った顔すらしない。


 蓮が一気に踏み込む。

 女は刃を返し、受ける。


 甲高い音。


 ライラの矢がもう一本飛ぶ。

 女は避けるが、その分だけ位置がずれる。


 そこへフィオの術が重なった。


 床から伸びた鎖が、女の足元へ絡みつく。


 「――っ」


 初めて、ほんの少しだけ女の余裕が崩れる。


 ネネがその隙を詰めようとした、次の瞬間。


 女は腰の小袋から粉を投げた。


 灰色の粉が、空気に散る。


 フィオが鋭く声を上げた。


 「吸わないで!」


 蓮が反射で身を引き、ガルドが盾で風を切る。


 その一瞬の空白。


 女は石壁を蹴って、裏路地の細い抜け道へ滑り込んだ。


 ライラの矢が飛ぶ。

 今度は肩口を浅くかすめる。


 「ちっ……!」


 女が舌打ちした。


 痛みではなく、予想より迫られたことへの苛立ちみたいな声だった。



 そのとき、近くの荷運び人が騒ぎに巻き込まれ、足をもつれさせて倒れた。


 「わっ――!」


 りんの身体が先に動く。


 倒れた人を支える。

 腕が擦りむけて、血が滲む。


 「だいじょうぶですか?」


 相手が頷くより先に、りんの手が触れていた。


 傷が消える。


 荷運び人が目を丸くする。


 「え……」


 りんは、それどころじゃない。

 その人を後ろへ押しやって、路地の先を見た。


 女は振り返っていた。


 その目が、りんをちゃんと捉える。


 初めて、少しだけ認識したような目。


 「……面倒な回復役ね」


 低い声。


 それだけを残して、女は姿を消した。


 りんの胸が、どくんと鳴る。


 今のは、はっきり“敵”の声だった。


◇ ◇ ◇


 残ったのは、拘束された手先の男と、落とされた荷だった。


 フィオが荷を確認する。


 「見取り図……それと、印の更新板」


 蓮が視線を落とす。


 板には、倉庫群の裏手だけじゃなく、その先の細い通路まで記されていた。


 「こっち側の流れも見てる」


 ライラが低く言う。


 「本当に、嫌な見方するね」


 ネネが静かに続ける。


 「生活を支える場所から順に、少しずつ崩すつもりなのでしょう」


 ガルドが、拘束した手先を見下ろした。


 「で? まだ“様子見”か?」


 男は青い顔で黙っていた。


 さっきまで女の後ろにいたくせに、今は完全に見捨てられた顔だ。


 りんは、それを見て少しだけ苦くなる。


 助ける気にはなれない。

 でも、捨てられるのは嫌だと思ってしまう。



 蓮が板を地図と重ねる。


 「次は、ここだな」


 フィオが頷いた。


 「倉庫群の外れ。その奥にある古い荷捌き場」


 ネネが目を細める。


 「女は、まだそこを使うつもりです」


 ライラが、女の消えた抜け道を見ながら言う。


 「逃がしたけど、余裕じゃなかったね」


 「ええ」


 フィオの声は静かだった。


 「少なくとも、予定は崩せた」


 ガルドが笑う。


 「それなら上出来だろ」


◇ ◇ ◇


 帰り道、王都の外壁が夕陽を受けていた。


 守りたい色だ、とりんは思う。


 ネネが隣で、そっと聞く。


 「お嬢、大丈夫ですか」


 りんは少し考えた。


 それから、正直に言う。


 「……あの女、嫌」


 ネネがわずかに目を細めた。


 「はい。お嬢の感覚は正しいです」


 蓮が前を向いたまま言う。


 「次は、あの女を基準に動く」


 ライラが小さく笑う。


 「やっと“追う相手”が決まった感じね」


 フィオが板を布に包みながら言った。


 「顔が見えたなら、次は癖を読む」


 ガルドが盾を軽く叩く。


 「ぶん殴りがいのある相手ってのは助かるな」


 りんは指先を握った。


 助けたい。

 止めたい。

 増やしたくない。


 その気持ちは、もう迷いじゃなくて、ちゃんと向いているものになっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
話の文書はなかなか良かった(≧∇≦)bよぉ❢ これらも頑張ってくださいね体調にはきよつけてくださいね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ