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魔王の娘  作者: 星空りん
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41 影に潜む者 8

 捕まえた下位魔族の男は、前よりずっと静かになっていた。


 ふてくされた態度は残っている。

 目つきも悪い。

 口を開けば、ろくでもないことしか言わない。


 それでも、水路で女に置いていかれてから、強がりの質が少し変わった。


 前みたいな“どうせ俺が上手くやってる”って顔じゃない。

 今は、“自分が切り捨てられる側だった”って知ってしまった顔をしている。


 ギルドの奥の小部屋。


 蓮、フィオ、ネネ、りん。

 四人の前で、男は椅子に縛られたまま、面倒そうに顔をそむけていた。


 「……で? 次は何を聞くんだよ」


 フィオが机の上の板を、指先で軽く叩く。


 水門で押さえた、印の板。

 それから、倉庫群の手前を示す簡単な記号。


 「倉庫群の手前で、何をするつもりだったの」


 男は鼻で笑う。


 「見りゃ分かるだろ。様子見だよ」


 「様子見?」


 りんが小さく聞き返すと、男はちらりと視線だけ寄越した。


 その目には、敵意より先に、薄っぺらい見下しがある。


 「いきなり燃やすほど馬鹿じゃねぇって話だ。出入りの数、見張りの癖、荷の集まる時間……そういうのを見とけって言われてたんだよ」


 ネネが、静かに目を細める。


 「段取りを踏んでいるのですね」


 男は舌打ちした。


 「そりゃそうだろ。適当に火ぃつけて終わりじゃ、面白くも何ともねぇ」


 その言い方に、りんの胸の奥がひやっとする。


 面白い、の話じゃない。

 燃えたら困る人がいて、泣く人がいて、戻らないものがある。


 でも、この男にとっては、そこが軽い。



 蓮が短く問う。


 「女の指示か」


 男はすぐに口を噤んだ。


 でも、その沈黙が答えみたいなものだった。


 フィオが淡々と続ける。


 「食料倉庫、水場、積み荷の通り道。そこを先に狙うように言われた」


 男の目が、ほんのわずかだけ揺れた。


 「……あんたら、ほんと気分悪ぃな」


 「否定しないのね」


 「するだけ無駄だろ」


 吐き捨てるようにそう言って、男は苛立った顔で髪をかき上げた。


 「どうせ行くんだろ、倉庫の方。なら勝手に行けよ。あの人、手際が悪いの嫌うからな。今日ならまだ――」


 そこまで言って、舌を打つ。


 しまった、という顔。


 蓮がすぐに拾った。


 「今日ならまだ何だ」


 男は黙る。


 ネネが静かに言う。


 「まだ、配置の途中。あるいは、確認段階」


 男は視線を逸らした。


 フィオが小さく息を吐く。


 「十分ね」


 りんは、男を見た。


 性格は悪い。

 でも、今の顔には別のものも混ざっている。


 あの女に、怯えている。


 そこだけは、少し分かってしまった。


◇ ◇ ◇


 倉庫群は、王都の外周に沿うように並んでいた。


 石壁に囲まれた大きな建物。

 荷馬車の轍。

 干し草と木箱と、油の匂い。


 朝から昼に変わる時間帯で、人の出入りはそこそこ多い。

 けれど、少し外れた裏道に入ると、一気に人気が減る。


 「……ここまで来てるんだね」


 りんがぽつりと漏らす。


 王都のすぐ近く。

 人の暮らしが、もうすぐそこにある。


 ネネが頷いた。


 「はい。だからこそ、早めに押さえたいところです」


 ライラが細い路地の先を見ながら言う。


 「正面から入る気はないみたいね。見てるのは裏の搬入口と、水場寄りの通路」


 フィオが地面にしゃがみ込み、指で轍の脇をなぞる。


 「足跡が混じってる。人間に紛れるつもりはない。……陰から見る配置」


 ガルドが低く唸る。


 「嫌なやつだな」


 蓮は短く指示を飛ばした。


 「昨日と同じだ。ライラは上。フィオは奥の導線。ガルドは正面の逃げ道を切る。ネネはりんの前」


 「りんは?」


 「中へは入れない。裏の通りで待機。何かあれば、すぐ動ける位置に」


 りんは頷いた。


 前に出られないことへの不満は、もうない。

 今どこにいるべきか、少しずつ分かってきた。


 「うん。大丈夫」


 蓮が一瞬だけ、りんを見る。


 「無理はするな」


 「しない……ようにする」


 その答えに、ライラが小さく笑った。


 「今のは半分くらいしか信用できないわね」


 「うぅ……」


◇ ◇ ◇


 張り込みは、思ったより長かった。


 倉庫群の裏手は、人通りが少ないくせに、完全に無人になることもない。

 遠くで荷が積まれ、車輪が鳴り、時々人の声が風に混ざって流れてくる。


 だからこそ、気配は見つけにくい。


 りんは石壁の陰で息を潜めながら、何度も指先を握ったり開いたりした。


 「緊張していますね」


 ネネが小さく言う。


 「……してる」


 「それでいいのです」


 りんは少しだけ顔を上げた。


 「いいの?」


 「ええ。緊張がなくなるより、ずっと良いです」


 その言葉に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。


 自分はまだ平気な顔なんてできない。

 でも、それでいいなら。



 やがて、屋根の上から、ほんの小さな合図が落ちてきた。


 ライラだ。


 蓮の肩がわずかに動く。


 フィオの術式が、空気の底で静かに固まる。


 ネネの耳がぴんと立った。


 「来ました」


 りんも石壁の影から、そっと先を覗く。


 路地の奥。

 倉庫の裏手へ続く狭い通り。


 そこに現れたのは、例の女だった。


 もう一つは、その半歩後ろを歩く、背の低い女。


 ――ではなく、今回は女本人ひとりに加えて、別の手先の男が付き従っている。


 小柄な体。

 背は低い。

 なのに、空気の主導権を全部持っている。


 女は周囲を一瞥しただけで、不機嫌そうに眉を寄せた。


 「遅いわね」


 その後ろの手先が、すぐに頭を下げる。


 「……申し訳ありません」


 「謝ってどうにかなるなら、こんなに楽なことはないのだけれど」


 女は吐き捨てるように言って、倉庫の壁際に積まれた木箱へ視線を向けた。


 「数は?」


 「まだ増えています。昼過ぎが一番――」


 「知ってるわよ。だから見に来たんでしょう」


 口調が、冷たい。

 怒鳴っているわけじゃない。

 でも、その冷たさで相手を縮こまらせるタイプだと、りんにも分かった。


 (この人、本当に嫌だ)



 女は、倉庫の裏手をゆっくり見渡した。


 「悪くないわね」


 唇の端だけで笑う。


 「水場も近い。荷も偏る。火が出れば、慌てて人が集まる」


 その言い方に、りんの背筋が冷える。


 人の流れまで、計算に入れている。


 フィオが低く呟いた。


 「……暮らしを崩す方が先」


 蓮が、ごく小さく頷く。


 ライラの視線が鋭くなる。


 りんは、その会話の意味を完全には追えない。

 でも、“わざと困らせるために考えている”のだけは、はっきり分かった。


◇ ◇ ◇

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