46話 生存戦術、新たなる死地へ
「ん? いや『遅くなった』って……そもそも俺は来るとも言ってないんだから、言う必要も無かったな。というかお前。勝手にこんな毛玉を押し付けやがって」
ミーヴェルが呆れたように上着の懐を小突くと、そこから真っ白な毛玉——ルナがひょっこりと顔を出し、間の抜けた声を上げた。
「ぴい?」
エルフたちの魔法すら餌にしてしまう、知能を持ったヘイズ生命体との死闘。その絶望的な状況下でのあまりに能天気なやり取りに、ロキやファランの里の面々は完全にあっけにとられていた。
(一体誰なんだ、この男は?)と。
「あっ、ああ、すまない……! だが、今は状況が——」
「わかってる。積もる話は後にしようぜ」
我に返り、切羽詰まった声を上げるロキを制し、ミーヴェルは前方にひしめく黒い群れへと視線を向ける。
「こりゃまた、随分といっぱい集まったもんだなー」
呆れたように呟くや否や。
頭上にいる不可視の相棒——アイから送られる演算データと同期し、ミーヴェルの身体が爆発的な挙動を見せた。
——ドンッ!
強烈な踏み込みで風を置き去りにし、ミーヴェルの姿が目の前から掻き消える。
次の瞬間にはすでに敵陣の真っ只中へと到達し、一切の魔力を帯びていない純粋な『物理』の刃が閃いた。
ズバァァァッ!!
魔法を喰らうはずの半魔たちが、その理外の速度と剣撃の前になす術もなく切り刻まれていく。
「すげぇ……」
「なんだあの人は……!」
圧倒的な蹂躙劇を前に、誰かの震えるような声が戦場に響いた。だが、当のミーヴェルは刃を振るいながら、呆けたように立ち尽くすエルフたちへ厳しい声を張り上げた。
「おい! 見物してないで、お前らもやれよ!!」
「えっ……!?」
「こいつらは不死身じゃない! 弱点は『核』だ! 接近戦が怖いなら、弓矢でそこをピンポイントで狙え!!」
ミーヴェルは群がる触手を躱しながら、刃の切っ先で黒い異形の一部を指し示した。
「よく見ろ! うごめく黒い部分の中でも、若干青みがかって光ってるところがあるだろ! あれが核だ!!」
その言葉に、絶望に沈んでいたエルフの狩人たちの目にハッと光が宿る。
「おお、そうだ……!」
「的が分かればこっちのモンだ! やってやるぞ!!」
ミーヴェルの的確な指示が、折れかけていた戦士たちの闘志に火をつけた。
エルフたちが一斉に弓を構え、弦を引き絞る。ヒュンッ、と空気を裂いて放たれた無数の矢が、迷うことなく半魔たちの『青みがかった核』へと突き刺さった。
ピキィィンッ! と硬質なものが砕ける音と共に、矢を受けた半魔たちが次々とドロドロの泥に変わって崩れ落ちていく。
「いける! これなら倒せるぞ!!」
「押し返せ!!」
反撃の雄叫びが上がり、里の防衛戦が一気に活気づく。ミーヴェルが前衛をかき乱し、後方からエルフたちが弓矢で正確に核を射抜く。完璧な連携によって、勝利の希望が見え始めた――その時だった。
パァァァァンッ……!!
次の瞬間、頭上からガラスが弾け飛ぶような、けたたましい破砕音が鳴り響いた。
「なっ……!?」
「割れた!! 結界が割れたぞ!!」
「上から落ちてくるッ!!!」
太陽の光を遮るほどに防壁ドームの表面に群がり、魔力を貪り食い続けていた無数のヘイズコレクターたち。
限界を迎えた防壁が上部から砕け散り、空を覆っていた真っ黒なバケモノの塊が、防ぎようのない『絶望の雨』となって里の内側へと雪崩れ込んできたのだ。
「ちっ……!」
空を埋め尽くすほどの異形の群れを見上げ、ミーヴェルが鋭く舌打ちをする。いくら剣で斬り伏せようと、この圧倒的な物量相手では物理的に手が足りない。
『(シカタナイ。ミーヴェル)』
「(分かってるよ!)」
脳内に響いたアイの冷静な演算結果を受け、ミーヴェルは即座に戦術を切り替えた。パニックに陥りかけたエルフたちに向かって叫ぶ。
「おい! 攻撃魔法は絶対に使うなよ! 奴らの餌になるだけだ!!」
「じゃ、じゃあどうすれば……!」
「代わりに、純粋な魔力だけを限界まで練り上げて、皆で一箇所にぶつけろ!!」
ミーヴェルは戦場にできた空白地帯――広場の中心の空中を剣先で鋭く指し示した。
「あそこだ! 奴らをそこにおびき寄せる!! あいつらは魔力に対して優先的に反応する!」
その意図を察し、エルフたちは一切の迷いを捨てて自身の魔力を練り上げる。そして、指示された空間へと一斉にそれを放った。
放たれた無数の魔力が、空中のただ一点で交わり、限界まで凝縮されていく。
それは次第に神秘的な青みを帯びて眩く輝き、真っ暗な絶望の檻と化していたファランの里を明るく照らし出した。まるで夜空に浮かぶ巨大な青い星のような、あまりにも幻想的で美しい光景。
――ギギギギギッ!!
だが、その息を呑むような美しさは、知能を持つヘイズ生命体たちにとって『極上の晩餐』の合図でしかなかった。
強烈な魔力の匂いに当てられ、空から降り注いでいたヘイズコレクターたちが一斉に狂乱状態となる。
彼らは眼下にいるエルフたちには目もくれず、幻想的な青い光に群がる羽虫のように、空中で奇妙に軌道を変えて一点へと殺到していった。
「よし、食いついた! 今だ!!」
青い魔力球の周囲で密集し、互いに折り重なるようにしてひとつの巨大な黒い塊となったバケモノの群れ。それを見たミーヴェルが号令をかける。
「おのおの、弓矢で一斉にぶち抜け!!」
敵の習性を逆手に取った、完璧な囮作戦。
エルフたちが再び一斉に弓を構え、弦を引き絞る。ヒュンッ、と放たれた無数の矢の雨が、空中で魔力に群がり無防備となった半魔たちの『青みがかった核』へと、容赦なく突き刺さっていった。
ピキピキィィンッ!!
連鎖的に響き渡る破砕音。空中で密集していたバケモノたちは次々と核を砕かれ、文字通り一網打尽にされて泥の雨となって地に落ちていく。
◇
「……終わった……のか?」
誰かの震える呟きが、泥と化した戦場に静かに落ちた。
空から降り注ぎ、里を埋め尽くしていた無数の半魔たちは、ただの泥と化して完全に沈黙している。
その事実をようやく脳が理解した瞬間、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、エルフの狩人たちは次々とその場にへたり込んだ。
「やった……倒したぞ……!」
「生き残ったんだ、俺たち……!」
隣の仲間と抱き合い、無事を確かめ合って歓声を上げる。里は、死地を乗り越えた者たちの熱狂的な安堵に包まれていた。
だが、その歓喜は長くは続かなかった。
興奮が収まるにつれ、視界の端々に映る惨状が、彼らの意識を現実へと引き戻していく。
「ああ……そんな……」
瓦礫の下から力なく突き出た、仲間の手。
化け物の罠に嵌まり、無残に貫かれた若き戦士の亡骸。
切り倒された大樹の下敷きになり、形を失った自分たちの家屋。
先ほどまでの熱狂は、瞬く間に冷や水を浴びせられたように静まり返った。あちこちから、勝利の叫びではなく、失ったものへの嗚咽が漏れ始める。生き残った喜びと、守れなかった悔恨が混ざり合い、里は重苦しい静寂と悲しみに支配されていった。
そんなエルフたちの悲痛な輪から、あえて少し離れた場所で。
ミーヴェルは一人、周囲への警戒を解かずに立ち尽くしていた。
(アイ、周囲の索敵は?)
『(半径二キロ圏内ニ、ヘイズ生命体ノ反応ナシ)』
「……そうか。よし、これで完全に片付いたな」
これ以上、新たな敵が空から降ってくることはない。
安全を最終確認し、ミーヴェルは小さく息を吐くと、青白い光を帯びていた刃を振り下ろして残滓を払い、静かに剣を背に納めた。
自分は所詮、通りすがりの部外者だ。彼らの悲しみに寄り添う気の利いた言葉も、その資格も持っていない。
だからこそ、ミーヴェルは感傷に浸るのをやめ、すぐに『自分がやるべきこと』へと意識を切り替えた。
「なぁ、ロキ。ラキって知ってるか?」
近くで立ち尽くしていたロキに、あえて平坦な声で声を掛ける。すると、横から別の声が応えた。
「あの……ラキを知っているんですか……?」
先ほど助けた、若く美しいエルフの女性だ。エルフ特有の若々しさで年齢は不詳だが、その瞳には強い心配の色が浮かんでいる。
「ああ。一度、地下鉄の遺跡で会ったことがあってな。一人でセル――いや、『雷の石』を探しに来たって言ってたな。無謀な奴だと思ったよ」
「あの子……私の娘です」
「へえ、そうだったのか。あんたが母親で、ってことは……お前が兄貴だったのか」
ミーヴェルはロキを見て、納得したように頷く。
「ラキなら今、大樹の里の学び舎にいます。ここから歩いて一時間ほどの距離ですが……」
「なるほどな。じゃあ、こいつはあいつのペットでもあるのか」
ミーヴェルが懐のルナを指差し、ロキたちが驚いたように目を見開いた、その時だった。
——ズドォォォォォォンッ!!
突如、森の奥深くから大気を激しく震わせるほどの凄まじい轟音が響き渡った。
「なっ……今のは大樹の里の方角!?」
ロキが血相を変えて叫ぶ。
遠くの空に、黒い煙が立ち上るのが見えた。
「……どうやら、そっちも随分と派手にやってるらしいな」
事態を察したミーヴェルは迷うことなく踵を返し、アイドリング状態のまま待たせていたバイクへと跨る。
「ちょっと行ってくるわ。……こっちはお前がまとめろ。妹のことは俺に任せとけ」
ロキに向けて短くそう言い残すと、ミーヴェルはアクセルを一気に回した。
駆動音を轟かせ、少年は疾風のように戦場から走り去っていった。




