47話 看破
大樹の里の学び舎。その窓の外の空中に青白い六角形の足場を形成し、間一髪でドラゴンの極太のブレスを霧散させたミーヴェル。
「――だから、ヘイズ撒き散らすなって」
眼下の窓から見上げるラキたちに向けて、ひどく落ち着き払った、呆れたような声をかけてみせる。
外から見れば、絶望の淵に颯爽と空から舞い降りた「完璧な救世主」そのものである。
だが、その実――ミーヴェルの内心は激しくテンパっていた。
『グルウゥゥ……』
眼前に浮かぶ巨大なドラゴンが、突如現れた空中の闖入者に警戒の唸り声を上げたのだ。
「(アイ、何このデカいトカゲ!? 」)
心の中で相棒に叫ぶ。
無理もない。ミーヴェルもお年頃の少年である。背後の窓からは、今まさに命を救われたエルフの美少女たちからの、キラキラとした憧憬と驚愕の視線が突き刺さっているのだ。ここでダサい姿は見せられない。「余裕のある強者」の感じでいかなければならない。
だが、目の前にいるのは規格外に巨大なバケモノだ。怖いものは怖い。
『(ワカラナイ。正直ニ言エバ、アイモビックリシテイル)』
「(お前……最近ちょっと人間っぽくなって、本心吐露すんなよ! もっとこう、俺を安心させる感じの――)」
『――何故、ニンゲンガココニイル』
「――ふぁ!?」
突如響いた重低音に、ミーヴェルは思わず素っ頓狂な声を漏らした。
この「ふぁ!?」には、二つの重大な意味が込められている。
一つは、(コイツ、言葉を喋るのか!?)という純粋な驚き。
そしてもう一つは、(なんで一発で俺が『人間』だってバレてんだ!?)という強烈な焦りである。
「あっ、あ? いや、俺は魔じ……じゃなくて、ドワーフだ!」
ミーヴェルは慌てて取り繕う。
とっさに適当な偽装身分を名乗りそうになったが、背後にいるラキには以前、地下鉄跡で『ドワーフ』だと名乗っていたことを思い出し、強引に訂正したのだった。
『バカナ……ニン――』
「おいトカゲ!! もはや語り合いなど不要!!」
これ以上喋らせてたまるかと、ミーヴェルはドラゴンの重低音を掻き消すほどの特大ボリュームで声を張り上げた。
「戦うのか!? 戦わないのか!? 帰るか!? 帰れ!! 本当に!!」
なりふり構わぬ怒涛のまくし立て。
ハッタリと勢いだけで押し切ろうとするその必死すぎる姿は、背後のエルフたちからは「圧倒的な強者のプレッシャーでドラゴンを威圧している」ように見えている……と思いたいミーヴェル。
『………ナゼダ、ナゼ亜人ノ味方ヲスル』
何か真意を伺うような感じで、ドラゴンはミーヴェルを見つめる。その瞳は、完全にミーヴェルが『人間』だと確信しているようだった。
(どうしよう……)とミーヴェルは思う。出来ればバレたくない。というか絶対にバレたくない。
『(ミーヴェル、奴ハミーヴェルニ対シテ敵意反応ガ現状ナイ。コノトカゲニ関シテハアイノデータベースニノッテイナイガ、戦闘トナレバ、カナリ厳しい戦イニナルト予想サレル、出来れば戦イニモチコマズ交渉スルコトヲ勧メル。知能ガアルナラナノヘイズヲモチイテ、アノトカゲノミニ会話ヲスル手段ガアル)』
「(おっ、おけやってみてくれ)」
『(了解。思念リンク展開)』
脳内に直接響いたアイの合理的な提案に活路を見出し、ミーヴェルは内心で大きく頷く。
そして、コホンと小さく咳払いをして態度を作ると、背後のエルフたちに「強者の余裕」を見せつけるように、巨大なドラゴンへとビシッと指を突きつけた。
それと同時に、アイが周囲のナノヘイズを操り、ミーヴェルと目の前のトカゲ(ドラゴン)の間にのみ、不可視の通信網を構築していく。
「おい、トカゲ! もはやお前と語り合う言葉など不要ッ!!」
大声で堂々とそう言い放ち、背後のエルフたちを「おおっ……ドラゴンに対してあんな態度を……」とどよめかせながら――同時に。
ミーヴェルは完成したナノヘイズの通信リンクを通し、ドラゴンの脳内へと直接『本音』を叩き込んだ。
『(……おぃ! 聞こえるか、トカゲ!)』
表向きは「話し合いは不要」と凄んでおきながら、裏ではバリバリ話し合いを申し込むという、背水の陣の二枚舌である。
『ム……? ニンゲ――』
「(ストップ! 頭で考えろ! そうすればこっちに聞こえるから口に出すな!)」
普通に声に出して返事をしようとしたドラゴンに、ミーヴェルは慌てて念話でツッコミを入れる。
『(ム? コウカ?)』
「(ああ! 聞こえる!)」
成功した。周囲の空間に漂うナノヘイズを媒介し、ドラゴンの重低音がミーヴェルの脳内にだけ返ってくる。背後のラキたちには一切聞こえていない。
「(なんで俺が人間だって一発でバレたのかは知らないが……頼む、ちょっと話をしないか!?)」
『(イイダロウ。ナンダ?)』
ヒュゥゥゥゥ……。
表の現実世界では、ただ冷たい風だけが吹き抜けていた。
ピタリと動きを止め、無言で見つめ合うドラゴンとミーヴェル。
周りから見れば、それは極限まで間合いを図り合い、どちらが先に動き出すかを窺っている、息を呑むような『真剣勝負の空気』が立ち込めているように見えているはずだ。
「あれが……ミーヴェル? なんかすごい空気を醸し出してるね」
「うん……あのドラゴンに対して、一歩も引いていない。すごい……」
教室の窓からその光景を見守りながら、ティナがごくりと唾を飲んで呟く。
ラキもまた、圧倒的な強者同士の緊迫した睨み合い(に見えるもの)にすっかり釘付けになっていた。
――が、その裏で。
当のミーヴェルは、そんな外野の勘違いなど知る由もなく、通信越しに単刀直入な質問をぶつけていた。
「(えっ、お前なんで俺が人間だってわかったの!? というか、なんでエルフの里なんて襲ってんだよ!)」
極限の緊張感など微塵もない、あまりにもド直球な問い。
だが、ドラゴンは呆れたような、あるいは当然とでも言うような重低音で返してくる。
『(アタリマエダロウ。ソコノ人工知能ガ付キ従ッテイルノハ、ニンゲンダケダ)』
「(は……?)」
予想外の回答に、ミーヴェルは思わず絶句した。
「(えっ!? お前、アイのこと見えてるのか!? 完璧なステルス迷彩にしてるはずなのに!?)」
『(視エル。我ニハ、光デハナク『ナノヘイズノ揺ラギ』ガ視エテイル。オ前ノ頭上ニハ、アキラカニ不自然ナヘイズノ違和感ガ存在シテイル)』
なるほど。いくら光を曲げて視覚的に透明化しようとも、そこに「物体」が存在している以上、周囲のナノヘイズの流れを押し退けてしまう。
大気中のナノヘイズの揺らぎそのものを視覚として捉えているこの巨大生物の前では、光学迷彩など全くの無意味だったのだ。
自身の完璧なステルスを見破られたという事実に、ミーヴェルの心からの本音に同調して、頭上の不可視の相棒もまた、真顔(?)のカタカナ音声で完全に同意したのだった。
「(……まあいい。それより、二つ目の質問だ。お前、なんでエルフの里なんて襲ってんだよ?)」
『(奴ラ亜人ガ反乱ヲ起コシタセイデ、世界ハ狂イ、人間ハ滅ビタ)』




