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39話 エルフの里の、いつもの朝


 緑豊かな森林。そこへ青く淡い淀みが交じり合う幻想的な景色を、彼らは好む。


 はるか昔、一つの場所に集まっていた種族たちが、己の性質に合った場所を見つけて散り散りになったという。


 彼ら『エルフ』にとっては、やはり木々に囲まれた自然の中こそが、最も住みやすい場所なのだろう。


 自然の巨大な木々が生い茂り、木漏れ日が温かく差し込む。彼らの住処は、太い丸太を温かみのある形に組み上げたログハウス風の建築や、生きた巨木の中をそのままくり抜いて作られた家々だ。


 室内には常に爽やかな木の香りが漂い、窓から差し込む朝の柔らかい日差しは、心地よい微睡みへと容赦なく誘ってくる。


 だから、これはもう仕方のない事なのだ。


 「二度寝、最高……」

 「いいわけないでしょ! 起きなさい!」

 「あだっ!?」

 

 ぺちんっ、と容赦なく足を引っぱたかれ、金髪のエルフの少女――ラキは情けない声を上げた。


 「むぅー」

 「唸ってもダメ。ほーら」

 

 引っぱたかれた足を擦りながら、ラキは朝特有の『重力1・5倍』になった重い上半身を起こす。

 

 なぜ寝起きというものは、こうも起き上がるのが大変なのだろうか。そんな意味の分からない疑問が脳裏をよぎるが、母の「さっさと起きろ」という無言の圧を目の当たりにして、渋々ベッドから這い出た。


 「ほら、顔洗ってきなさい。ご飯できてるから」

 「はーーーーーーい」

 「……今日はいつもより長いわね」

 

 間延びした返事をしつつ、木の温もりを感じる家屋から外へと出る。


 裏手にある、丸太をくり抜いて作られた水受け。そこにこんこんと溜まった冷たい湧き水を両手ですくい、思い切り顔を洗った。

「っあー、目が覚める!」

 

 冷たい水の感触に、まどろんでいた意識が一気に覚醒する。


 顔を上げて見上げる空は、今日も穏やかな、いつもの空だった。


 「おはよー、ラキ……」

 

 すると、聞き覚えのある声がした。声のする方へ視線を向けると、そこにはまだ半分寝ぼけ眼のまま、ふらふらと歩いてくる少女の姿があった。


 「おはよー、ティナ」

 

 彼女の名前はティナ。ラキの幼馴染であり、小さい頃からいつも一緒にいる親友だ。


 頭頂部でピコンとアホ毛を揺らしている彼女のふくらはぎもまた、例に漏れず赤くなっていた。理由は十中八九、ラキと同じだろう。


 あえて尋ねる必要はない。ティナもラキの赤いふくらはぎへと一瞬だけ視線を落とすと、静かに一つ頷いた。


 何も言わなくても通じ合う。これが阿吽の呼吸というやつなのだろう。お互い、その痛ましい痕跡には触れないでおく。


 「ティナ、今日はいつにも増して死んだ顔してるね」

 「うん。ありがとう。お水、貰うね」

 「うん……完全に、寝ぼけてるね」

 

 ラキが生暖かい視線を送る中、ティナはそのまま両手で水をすくい、自らの顔へと豪快にぶちまけた。


 「あぁ、目が覚めるぅ。覚めたくないのに。微睡んでいたいのに。お水を顔に浴びると、強制的に目が覚めるー」

 「わかるー。お母さんたちって、ホント無駄に子供を起こしたがるよね」

 

 同年代ならではの、よく分からない共感。

 親たちからすれば、「お前らがいつまで経っても起きないからだろ!」と至極当然のツッコミが飛んでくるところだが……残念ながら、未だ彼女たちにその親心を理解できそうになかった。


 「はぁ。起きちゃった、完全に。不可逆的に……」

 

 そう言いながら、ティナはどこか遠い目をして空を見上げる。


 「あんたさ、その……ちょくちょく難しいっぽい言葉呟くの、何なの?」

 「ふふんっ、カッコいいでしょ?」

 

 くるりと振り返り、得意げで少し鼻につくドヤ顔でラキを見つめてくる親友。


 「うーん……そうかな?」

 

 ラキが首を傾げていると――。


 「ちょっとラキ! いつまで外にいるの! 早く戻ってきなさい!」

 「ティナもよ! 早く戻ってきなさい!」

 

 それぞれの家から、母親たちの大きな怒声が響き渡った。


 これも阿吽の呼吸だろうか。見事に重なった親たちの声に、二人は顔を見合わせて苦笑いする。


 「じゃあ、あとでね」

 「うん、あとで」

 

 そう言い残し、二人はそれぞれの家へと駆け足で戻っていった。

 

 ◇


 家に戻ると、食卓にはすでに湯気を立てる木の実のスープと、こんがりと焼けたパンが並べられていた。


 席に着くなり、ラキはそれらをもぐもぐと急ぎ足で口に運んでいく。


 「ちょっと、もっとよく噛んで食べなさい」

 「だって、ティナ食べるのめちゃくちゃ早いんだもん! 急がないとまた外で『遅い』って文句言われちゃう!」

 「まったく……」


 呆れ顔の母が、温かいお茶をラキの前にコトッと置きながら、ふと呆れたように口を開く。


 「そういえば、あんたルナはどうするの? あれからずっと帰ってきてないじゃない」

 「うっ……」


 ラキのパンを齧る手がピタッと止まる。

 いつも自分の後ろを『ぴーっ』と鳴きながら付いてきていた、透き通るような銀の耳を持つ真っ白な毛玉。あの日、あの『鉄の土龍』の近くから逃げ帰ってきて以来、すっかり姿を見せていない。


 「き、きっとまだその辺の森で遊んでるんだよ! 学び舎から帰ってきたら、ちゃんと探すから!」

 「迷子になってなきゃいいけどね。……はいはい、早く行きなさい」


 残りのパンをスープで一気に流し込み、ラキは誤魔化すように勢いよく席を立ち上がった。


 「んじゃ、行ってきまーす!」

 「はーい、気を付けてね」

 

 手早く身支度を済ませて玄関から外へ出ると――。


 「遅い」

 

 そこには、腕を組んで待ち構えているティナの姿があった。


 「……食べるの早くない?」

 「ふふんっ、何事も早さ。ポンポンポンって、スピードが命だからね」

 「何言ってるんだか……」

 

 さっきまで半死半生で頭から水を被っていた姿が思い起こされ、ラキは呆れたようにジト目を向けた。


 二人が身に纏っているのは、森の特別な植物の繊維から紡がれた、淡い若葉色のチュニックドレスだ。動くたびにふわりと揺れるアシンメトリーな裾や、肩口から覗く涼しげな白い素肌。そして腰にきゅっと結ばれた花の刺繍入りの細いリボンが、年頃の少女らしい愛らしさを引き立てている。


 ただのお洒落着に見えるが、実はこの布地、刃物でも容易には裂けないほどの強度を持つ。結界があるとはいえ、森の中には弱い魔物が入り込むこともあるため、可愛い見た目でありながら、軽い引っかき傷程度なら完全に防いでくれる実用的な防具でもあった。


 森を駆け回るエルフの生態に合わせた動きやすい独特の衣装でありながらも、しっかりとお洒落を楽しみたい彼女たちならではのこだわりが詰まっている。

 

 エルフの国『エフィリア』は、無数の小さな里の集合体である。普段、彼らはそれぞれの部族ごとに分かれて森の各所に暮らしていた。


 ラキたちが住むこの場所は、現在の族長の名を取って『ファランの里』と呼ばれている。規模が比較的小さいため、子供たちは十日に一度、少し離れた別の大きな里へと通って勉強をするのだ。


 同年代の子供は他にもいるのだが、ラキとティナはいつもこうして二人で連れ立って、木漏れ日の落ちる森の道を歩いていく。


 「いいなー。ティナも『鉄の土龍』、行ってみたかったのに」

 

 森の道を歩きながら、ティナがふと口を尖らせてぼやいた。


 「まだ言うの? だってティナ、足遅いじゃん。それにメチャクチャ怒られたんだよ?」

 「でもカッコよかったんでしょ? ドワーフなのに。じゃあ、プラマイゼロ。いや、ちょいプラまであるね、うん」

 

 いったい何が『ちょいプラ』なのか。この年頃の少女の計算方法は謎に包まれている。

 うんうんと、足場のおぼつかない森の道で器用に腕を組みながら、ティナはしたり顔でそんな事を言う。


 「いや、めちゃめちゃ口悪かったからね! ドワーフってみんな口悪いんだよ、きっと!」

 

 顔の前でバタバタと腕を交差させ、全力で否定するラキ。しかしティナはさらに口角を釣り上げ、ニヤニヤといやらしい視線を向けてきた。


 「……ほーん? そのミーヴェル? って男は、見事にラキのハートを撃ち抜いたようですなぁ」

 「なんでそうなるの!?」

 「だって顔が、親に引っぱたかれたみたいに真っ赤になってますけど? ハッハッハッハッハ!」

 「ちょっ、ティナ!?」

 

 図星を突かれたのか、ラキが慌てて頬を押さえる。

 そんな親友の反応に高らかな笑い声を上げながら、ティナはからかうように早足で前へと駆け出していった。




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