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38話 急転直下


 「『カツカレー』? えっ、なにそれ食べてみたい」

 「ぴぃー!」


  バイクでただ荒野を走り続けるというのは、意外と暇なものである。最初は変わっていく景色を眺めていたミーヴェルだったが、割とすぐに飽きてしまった。

 ということで、ミーヴェルの頭の上に偉そうに鎮座するアイと、暇潰しに『しりとり』をしていた結果が、冒頭のやり取りである。 


 『「カレー」トイウノハ、様々ナ香辛料ヲ組ミ合ワセテ作ラレル旧文明ノ料理ダ。複雑ナ香リガ混ジリアイ、絶妙ナ味ヲ生ミ出ス。子供カラ大人マデ、嫌イナ人間ハホボ存在シナイ。健康ニモ良ク、過去ニアークポッドデモ再現ヲ試ミタコトガアルガ、既ニコノ世界ニハ該当スル香辛料ガ存在セズ、作成ヲ諦メタ経緯ガアル』

 「くっ……食えないのかよ! そんな美味そうな説明されたら、余計に腹減ってきたじゃないか」

 「ぴぃ……」


 ルナも同調するように、しょんぼりと耳を垂れ下げた。


 『先程食ベタバカリダロウ。食ベ過ギハ良クナイ。「腹八分目」トイウ言葉ガ旧文明ニハアル』


 そんなくだらない会話を繰り広げながらバイクを走らせていると、やがて地平線の先に、ドワーフの国『鉄嶺』を囲む切り立った岩山が見えてきた。

 不思議なもので、ほんの少しの期間しか滞在していなかったというのに、見慣れたその無骨な景色を目にすると、なぜか「帰ってきた」という安堵感がある。


 「よし、とりあえずまずはギルドへ報告だ……な!? あっ!!」

 「ぴ!?」

 『ドウシタ、ミーヴェル』


 突如として大声を上げたミーヴェルは、バイクのハンドルを握ったまま激しく挙動不審になり、滝のような冷や汗を掻きはじめた。


 「お、俺……今回何も『遺物』を回収してない……! あれ!? ってことは俺、この数日間、一銭もお金稼げてなくない!?」

 『…………ソウダナ』


 まさかの完全なタダ働き、否。旅であったという事実。

 そんな絶望的な現実に打ちひしがれながら、ミーヴェルはふらふらと鉄嶺の正門へと到着した。


 『(街ニ入ル。ステルスモードへ移行)』


 頭の上に鎮座していたアイの姿が、揺らぎ、空気の中に溶けるように消える。これで見えるのは新たなお気に入りの場所。ミーヴェルの首元と胸の間に収まった白い毛玉――ルナだけになった。


 「と、止まれーーっ!!」


 正門の前で、大仰に両手を広げて立ち塞がるドワーフの兵士。

 キキーッ、とブレーキをかけ、ミーヴェルは兵士の目の前で素直にバイクを停止させた。


 「……あっ、あんた」


 見覚えがあった。以前、初めてこの鉄嶺を訪れた際、やたらと威圧的な態度だったあの偉そうな門番の兵士だ。


 「お前……! この前、そのバイクで、猛スピードでこの門から飛び出していっただろう!」

 

 兵士が顔を真っ赤にし、武器を握りしめながら怒鳴りつけてくる。

 「だめなの?」

 「いいわけあるかーーっ!! 街の中は走行禁止だと、ギルドでも説明されただろう!?」

 「あっ、そうなんだ」

 

 ギルドからの説明を完全に聞き流していた挙句、収穫ナシというショックを引きずっているミーヴェルは、門番の剣幕に対しても、ひどく気の抜けた生返事を返した。

 

 ◇

 

 バイクを降り裏手に返却した後、重い足取りで冒険者ギルドの扉を押し開ける。

 

 「おかえりなさい! ミーヴェルさん!」

 

 まだ午前中の早い時間ということもあってか、ギルドの中は閑散としていた。受付カウンターの奥からこちらに気づき、花が咲いたようににっこりと笑みを浮かべる受付嬢のサリア。

 だが、その眩しい笑顔を向けられたミーヴェルには、どうしようもない気まずさが浮かんでいた。

 そう。なんたって今回の探索、こちらの収穫は完全にゼロなのだ。

 

 「え、ええと……ただいま」

 「お疲れ様です! 今回の探索はいかがでしたか? 何か珍しい『遺物』は見つかりましたか?」

 

 期待に満ちたキラキラとした目で、身を乗り出してくるサリア。その純粋な視線が、ミーヴェルの胸にグサグサと容赦なく突き刺さる。


 ドワーフと言うのは女だろうが遺物というモノに興味を示す種族なのだろうか?


 「あー……いや、その。今回はちょっと、強めの魔物に絡まれちゃってさ。遺物回収どころじゃなくて、命からがら逃げ帰ってきたっていうか……ハハハ……」


 ミーヴェルは冷や汗を流しながら、いかにも「過酷な冒険をしてきました」という顔で誤魔化した。


 「まあ、そうだったんですか! それはお怪我がなくて本当によかったです」

 

 心底ホッとしたように胸をなでおろすサリア。その優しさが逆に痛い。


 『(……見栄ヲ張ルナ)』

 

 脳内に直接響くアイの冷たいツッコミを必死に無視しながら、ミーヴェルはこれ以上ボロが出ないうちに、そそくさとその場を立ち去ろうとした。


 「あ、そうだ。ミーヴェルさん」

 「な、なんだ?」

 

 急に背中を呼び止められ、やましいことがあるミーヴェルの肩が大きく跳ねた。


 (まさか、さっきのバイク爆走の件がもうバレたのか……!?)


 「ミーヴェルさんが戻られたら、部屋に来るようにと、ギルド長から伝言を預かっています」


 ◇

 

 サリアに続き、重厚な扉の前で立ち止まる。サリアが恭しくノックの音を響かせた。


 「ギルド長、ミーヴェルさんをお連れしました」

 「……入れ」

 

 扉の奥から返ってきたのは、地響きのように低く、有無を言わせぬ野太い声だった。

 重い扉をゆっくりと押し開けると――

 部屋の奥では、ギルド長のバレンが執務机に山積みになった書類と険しい顔でにらめっこをしているところだった。


 「サリア、ご苦労だった。……ミーヴェル、お前はすまんが、そこのソファに座って少し待っててくれ」

 

 バレンの言葉にサリアが一礼して部屋を退出していく。分厚い扉が閉まると、執務室にはミーヴェルとバレンだけが残された。

 カリカリとペンを走らせる音だけが響く、妙に気まずい沈黙。


 ややあって、ようやく書類から顔を上げたバレンは、重い腰を上げてミーヴェルの対面にあるソファへとどっかと腰を下ろした。


 「待たせてすまなかったな」

 「いや、大丈夫だけど……帰って来て早々、一体どうしたんだ?」

 「ああ、いや何。どうだった? 今回の遺跡探索は」

 

 そう言いながら、バレンはどこか探るような、ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを見つめてきた。


 「べ、別になにもなかったよ。魔物がいっぱいいて大変だったし、遺物回収どころじゃなかったんだ」

 「なんだ、じゃあ収穫ナシか?」

 「あ、あぁ……」

 

 サリアにしたのと同じ言い訳を並べ、冷や汗を流しながら頷くミーヴェル。


 「そうか。……ところで」


 ふと、バレンの纏う空気がスッと変わった。


 「この街の中は、バイクの走行が禁止されてるってのは知ってるよな? なのに、思い切り走っただろ?」

 「ギクッ……!?」

 

 図星を突かれ、ミーヴェルは肩を大きく跳ねさせた。


 「おかげで、門番の奴らからこっちにめちゃくちゃ苦情が来てな。俺がこってり怒られたんだが?」

 

 そう言いながら深くため息を吐き、「……まあいい」と呟いたところで、室内の空気がさらに一段階、重く沈んだ。


 「本題はここからだ。実は近隣で、『大共鳴』の兆候が出た」


 本当に話が変わった。

 怒られずに済んでホッとするべきか迷うところだが、それ以上に聞き慣れない単語にミーヴェルは首を傾げる。

 

 「大共鳴?」

 「ああ、別名グランドエコーだ」

 「???」

 「なんだ、それもわからんか? 半魔の大群が一斉に意思を持ったように動き出し、周りの街や集落を次々と襲い潰していく現象のことだ」

 『(オソラク『スタンピード』ダ。半魔トイウノハ、残響種……エコーヤヘイズ・コレクターノコトヲ指シテイルト推測スル)』

 「(ああ、なるほど)」

 

 脳内に響くアイの的確な翻訳に内心で頷きつつ、ミーヴェルは話を合わせるようにポンと手を打った。


 「あぁ、わかるわかる。俺の故郷じゃ『残響種』って呼び方をしてるからさ。スタンピード……要するに、その残響種が群れを成して集まってるってことか」

 

 バレンはミーヴェルの言葉の端々を値踏みするように、じっと見つめてくる。


 「おそらく、その認識で良いだろう。……問題はここからだ。すでに、お前の肩にいるそのウサギの飼い主……ロキの住んでいる里と音信不通になっているらしい」

 「音信不通?」

 「あぁ。魔導通信の定期連絡が、急にパタリと途絶えちまったんだ」

 

 そう言ってバレンは忌々しげに眉間を揉む。


 「ただの機器の不具合ならいいんだがな……。で、嫌な話を思い出してな。少し前にロキが言ってたよ。妹がパッと出て行ったかと思えば、急にとんでもない質の『雷の石』を持ち帰って来たとな。あぁ、雷の石ってのは、要するに遺物の『セル』のことだ」

 

 ドクンと、ミーヴェルの胸の奥で嫌な音がした。

 少しだけ、いや、はっきりとした胸騒ぎ。


 「あのエルフの里はな、魔物除けの結界として、うちが作った『魔力遮断装置』を使ってる。普通切り替える時は、あの装置は時間をかけて徐々に魔力を遮断していく仕様になってるんだ。その逆もまた然りだ。そうすりゃ周りの環境も馴染むから、何も問題は起きねぇ。……だが、もしその規格外のセルを動力にして、いきなり広範囲の魔力を急激に遮断したとしたらどうなる?」

 

 (とんでもない質のセル……それって間違いなく、俺があの時ラキに渡した『旧型セル』のことだよな……!?)

 

 「……急激な環境の変化にパニックを起こした半魔たちが、一斉に暴走する……?」

 「その通りだ。大共鳴ってのは様々な要因があるが、そういう馬鹿デカいエネルギーの変動で起きることもあるんだよ。……まぁ、ロキの奴は異変を聞いて急いで里に帰ったが……今頃向こうがどうなっていることやらな」

 

 バレンの低く重い声が、静かな執務室に響き渡る。

 ミーヴェルの背中を流れる冷や汗は、いつの間にか「言い訳のための嘘の汗」から、「取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったかもしれない恐怖の汗」へとすり替わっていた。

 

 脳裏に浮かぶのは、嬉しそうにセルを抱えて帰っていった、あの金髪のエルフの少女の笑顔。


 『(……ドウスル、ミーヴェル)』

 

 脳内に、いつもより一段階低く、ひどく冷静なアイの声が響いた。

 それは相棒からの、覚悟を問う静かなる問いかけ。

 タダ働きと見栄から始まった鉄嶺への帰還。しかしミーヴェルに用意されていたのは安堵の休息などではなく――休む間もなく叩きつけられた、次なる死地への招待状だった。


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