37話 迫りくる大共鳴
「――申し訳ありません」
翌朝。朝食を運んできたメルメアは、テーブルに食事を並べ終えると同時に、深く頭を下げてそう切り出した。
「ラーミア様に火急の予定が入りまして……。本日の件は、また別日にお願いしたいとのことです」
昨夜のうちに、今日はラーミアと一緒にツインタワー地下へと降りる予定を取り付けていたのだが、どうやら急遽キャンセルとなってしまったらしい。
「あっ……そうですか。まあ、こっちは急いでないんで別にいいですけど」
「約束を違えるのは、ラーミア様も大変心苦しいと。ですので、今回そのお詫びにと、こちらを」
そう言ってメルメアが恭しく差し出してきたのは――鈍い銀色の光沢を放つ、手のひらサイズの精密部品だった。
「……これは?」
『――解析。旧文明第7世代規格、高密度演算拡張基盤ト推測サレル』
隅で待機していたアイが、すぐさま反応して青いレンズを点滅させる。どうやらアイのバージョンアップ用に使える、ロストテクノロジーの基板らしい。
「え? いいんですか? まだ何もしてないっていうか、昨日の今日でそんないい物もらっても……」
「はい。お受け取りください。他の不足している『セル』に関しましては、また次回お渡しすると、ラーミア様はおっしゃっていました」
「はぁ……なるほど」
「では、お食事が終わる頃にまたお伺いいたします。その際、安全に地上までお送りさせていただきますね」
メルメアは深々とお辞儀をすると、静かに部屋を退出していった。
パタン、と扉が閉まる。
静かになった部屋に取り残されたミーヴェルは、目の前に並べられた豪勢な朝食と、手の中の『ニューラル・コア』を交互に見比べた。
道中、多少の戦いはあったとはいえ……。
バイクで地上を駆け抜け、この天空都市に招かれ、昨日はあの無駄に広い大浴場を満喫した。そして今、ふかふかのベッドで目覚めて豪華な朝食をいただき、食後は専用の送迎付きで帰還する予定となっている。
「…………」
ミーヴェルはふと、根本的な疑問に行き着いた。
「これ、完全にただの旅行じゃないか……?」
ヘイズの脅威が蔓延するこの過酷な世界において、あまりにも場違いな至れり尽くせりの待遇に、ミーヴェルは思わず乾いた笑いを漏らした。
◇
朝食を食べ終わる頃、宣言通りにメルメアが再び部屋へと現れた。
帰還の途に就くべく、彼女の背中について歩き出したミーヴェルだったが、ふと違和感を覚える。
「あれ……? 道が違う?」
昨日、謁見の間や浴場へ向かったルートとは明らかに別の区画へと足を踏み入れている。
しばらく不審に思いながらも黙ってついて行くと、やがて広大なドーム状の空間へと出た。
そこにあったのは――。
床から天井へと伸びる何本もの強固な透明チューブと、その中心に鎮座する、流線型の無骨な金属の塊だった。表面には旧文明特有の青いインジケーターが明滅している。
「あぁ、マジか。……そりゃそうだよな」
ミーヴェルは思わず納得の声を漏らす。
自分の家にも地上と地下を繋ぐリフトがあったのだ。これだけの技術を持つ天空都市エンテリオンに、地上へと一気に帰還するための『降下ポッド』が存在していてもなんら不思議ではなかった。
「はい。こちらのポッドを使用すれば、ヘイズの汚染層を抜け、安全に地上まで降りられます。……それと」
ポッドの前でピタリと足を止め、メルメアが振り返った。
先程までの穏やかなメイドの表情は消え去り、その瞳には氷のように冷たく、真剣な光が宿っている。
「ここ『エンテリオン』のことは、地上の者にはくれぐれも内密にお願いいたします。もし、万が一にも情報が漏れた場合は――」
スッ、と周囲の空気が冷えた。
言葉の続きはなかったが、その研ぎ澄まされた視線が「どうなるか分かっていますね」と絶対的な圧力をもって物語っていた。
「……ええ、大丈夫です。誰にも言いませんよ」
ミーヴェルは頬を引きつらせながら、深く頷いた。
◇
無音のまま高速で降下したポッドから降り立ち、ミーヴェルは遥か上空へと伸びる巨大なツインタワーを見上げた。
周囲に漂う、ナノヘイズ特有の澱んだ空気。つい先程まで、あの雲の上の国で豪勢な朝食を食べていたなんて、全てが夢だったのではないか。ふと、そんな錯覚に陥ってしまうほどの現実離れした時間だった。
「帰るか」
「ぴぃ」
ミーヴェルの呟きに、肩に乗ったルナが同意するように短く鳴く。
さて出発だ、と気合を入れたものの――なにぶん初めて来た場所ということもあり、自分がどこにバイクを停めたのか少し戸惑ってしまった。それでも、周辺をしばらくうろついた結果、無事に愛車を発見することに成功する。
帰り道は、拍子抜けするほど順調だった。
魔物に一切遭遇することもなく、荒野を駆けるバイクのエンジン音だけが一定のリズムを刻んでいる。
「結局、聞きたいこと全部は聞けなかったな……」
『次回会ッタ時ニ、聞ケバイイダロウ』
「まあ、そうだな」
ミーヴェルはそんな哀愁を漂わせながら、のんびりと帰途に就いていた。
だが、彼はすっかり忘れていたのだ。
その重大な『忘れ物』に気づくのは、この後、冒険者ギルドに到着してからのことである――。
◇
円卓の中央奥に鎮座するのは、重厚な戦斧を腰に提げた、巌のようにガタイの良い王。
その周りには、国の重鎮たちが険しい顔を突き合わせて着席している。
張り詰めた空気の中、一人の文官が立ち上がり、震える声で発言した。
「ここより南東150キロの地点において、膨大な魔力反応を検知したとの報告が入りました。その波形と規模を計算し推測すると――『大共鳴』と思われます! さらに、その群れの中心には極めて強大な『半魔』が存在し、一直線にこの国へ向かってきております!」
「なにっ!?」
「大共鳴だと!? あの大群が来るというのか!」
ざわめき立つ周囲。その中で、ドワーフ王ミストガルは深く腕を組み、沈黙を貫いていた。
王の隣に立つ宰相が、鋭い声を上げる。
「どのくらいでここへ到達する?」
「このままの進行速度であれば、恐らく最速で三日かと……!」
再び、場に絶望的なドヨメキが走る。
ドワーフたちの居住区は、旧文明の遺物を魔法道具として稼働させるため、日常的に大量のナノヘイズを消費している。その豊かな魔力の光は、他種族の魔力を根こそぎ奪うヘイズ・コレクターと、それに引き寄せられたバグの大群にとって、格好の『巨大な餌場』だった。
「エルフの国には、この話を伝えたのか?」
「はっ。森に点在する各里を統括する『エルフの女王』には、既に急報を送っております。女王は直ちに全里の長を招集し、防衛体制を敷くとのことですが……」
「ですが、なんだ?」
言い淀む文官に、宰相が鋭く先を促す。文官は冷や汗を拭いながら、最悪の報告を口にした。
「エルフたちの防衛網は、あくまで『自分たちの各里と守護の木を守る』ことに特化しており、我が国へ援軍を回す余裕は一切無いとの回答でした。……加えて」
「まだあるのか」
「はっ。大共鳴の進行ルート上にある南東の辺境――確か『雷』の魔法を得意とする一族の里と繋いでいた魔導通信が、先程から完全に途絶しているとのことです」
「……っ!」
その報告に、ミストガル王の太い眉がピクリと動いた。
魔導通信――旧文明の遺物を改造し、ナノヘイズを動力として離れた場所同士で連絡を取り合える貴重な通信機。それからの反応が途絶したということは、つまり、その里がすでに半魔の群れに呑み込まれたか、あるいは孤立して完全に包囲されている可能性が高い。
最悪の事態を悟った重臣たちの間で、動揺とざわめきが波のように広がっていく。
「――静まれ」
ミストガル王の低く重い一喝が響くと、円卓を包んでいたざわめきが水を打ったようにぴたりと止んだ。
王は重い口を開き、静まり返った円卓を鋭い眼光で見渡す。
「……南東の里の生存は絶望的か。ならば我々は、自力でこの鉄嶺を守り抜く他あるまい」
そして玉座から力強く立ち上がると、その声を一段と張り上げた。
「我が国はこれより、非常戦時態勢へと移行する! 各ギルドへ緊急クエストを発令しろ! この国にいる全ての冒険者、傭兵、そして戦える者を総動員し、迎撃準備を急がせろ!!」
「「「ははっ!!」」」
王の咆哮にも似た号令が、会議の間に響き渡った。




