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35話 天空都市の統治者と、暴かれた嘘


 「もう少し近寄れ」

 

 再び、謁見の間に鋭い緊張が走る。先ほどの爆発的な殺気とは違うが、一瞬にして室内の温度が下がったかのような、刃物のように研ぎ澄まされた威圧感がミーヴェルへと突き刺さった。

 

 「――私が許した」

 

 だが、玉座の女性が静かに告げたその一言だけで、張り詰めていた空気はまたしてもふっと霧散した。

 

 (いや、なんなのまじで?)

 

 できればこのまま右足を半歩下げ、踵を返して全力で逃げ出したい。だが、彼女の言葉には有無を言わせない力があった。

 それは単なる『絶対者の威圧感』というのとも少し違う。どこか逆らえない、不思議な引力のような感覚に、ミーヴェルは若干の困惑を覚えた。

 

 (……行くしかないか)

 

 悟られないように小さくため息を吐き、グッと気合を入れて前へと歩き出す。歩くたびに左右に立つ異形の者達の視線が刺さる。今まで感じた事のない敗北感と言うのだろうか?一対一で戦って何とかなるであろう者達が多くいるが、この場を支配する空気そのものに呑まれそうになる。

 やがて、玉座まであと五メートルほどに迫った時だった。

 傍らに控えていた漆黒の戦闘服の近衛兵――その中の一人の女性騎士が、冷徹な声で告げた。

 

 「そこまで」

 

 鋭い声に、ミーヴェルの足がピタッと止まる。

 すると、玉座の女性が不満そうに眉をひそめた。

 

 「もう少し近くてもいいでしょう?」

 「お許しを、ラーミア様。ここまででございます」

 「……わかったわ」

 

 ラーミアと呼ばれたオッドアイの女性は、やれやれといった様子で呆れたように小さく首を振った。

 やがて、彼女はスッと視線を戻し、真っ直ぐにミーヴェルの顔を見据えてきた。

 

 「さてっ私はラーミア。ここ、エンテリオンの統治者だ」

 

 (エンテリオン……?)

 

 聞き慣れない名前に、ミーヴェルの脳裏に疑問がよぎる。

 

 「……ミーヴェルです」

 「……お前にファミリーネームはないのか?」

 「アイザック……アイザック・ミーヴェルです」

 「――そう。ではミーヴェル。お前は何故ここに来たの?」

 

 (連れて来たのはそっちだろうが!)

 

 そんな野暮なツッコミは、当然ながら喉の奥に飲み込んだ。少ししか行動を共にしなかったが、ラキみたいな奴であれば「うるせえ!」なんて適当に返したであろうが、この状況でそんな真似をするほどミーヴェルは命知らずな馬鹿ではない。ここはとにかく下手に出て、平和的に『帰る』ことだけを目指すべきだ。

 ふと横をちらっと見る。アイは先ほどからステルスを解除しており、宙に浮く奇妙な機械の姿が丸見えの状態だ。それなのに、ラーミアも近衛兵たちも、その存在に一切ツッコミを入れてこない。それが逆にミーヴェルの混乱を加速させていた。

 

 「(えっ、これ素直に『お前のパーツやユニットを探しに来た』って言っていいやつか!? どうすりゃいいんだ!?……っていうかアイ、お前なんか知ってるだろ?)」

 『(モンダイナイ)』

 「(会話のキャッチボールが中途半端!?)」

 

 脳内に直接響くアイの無責任な太鼓判。仕方なく腹を括り、ミーヴェルが口を開いた。

 

 「――そう、そのドローンのセルに、その端末のアップデートになりえる基盤ね。それに、基幹ユニット」

 ミーヴェルの言葉を先回りするように、玉座のラーミアが事もなげに言い放った。

 

 「分かるんですか?」

 「ええ。……それと、勘違いしているかもしれないけれど。ここはもう、あのタワーの内部じゃないわよ?」

 「……え?」

 「タワーを越えた先。既にここは天空都市だもの。あなたと同じね」

 

 予想外すぎる単語の連続に、ミーヴェルの思考は完全に停止した。

 現在ミーヴェルの脳内はというと。


 (えっなになに!?マジでどういう事!?なんでドローンに基幹ユニットとか知ってるの?あいやちょっと待って、天空都市!?俺と同じ?もしかしてアークポッド?えちょまっえ!?)

 である。フリーズに近い状況だ。

 (まじでどういうことだ、他種族が知ってるの!?まっ?あっそういえば、基幹ユニットもそうだけど、リフトにとりついた黒い結晶、いま浸食再開してないよな!?大丈夫かな)

 

 「そろそろいいかしら?」

 「あっはいっ」

 

 はっと意識を戻すと、呆れ顔のラーミアの姿が目に映った。

 

 「……まあいいわ。ここは旧文明時代に設立された、空中都市。名前はまあ、後から付けたものだけど」

 「……一つ聞いても?」

 「何?一つじゃなくてもいいけど」

 「じゃあ、ここに来る前。残響種……ってわかりますか?ボクはそう呼んでいるんですけど。エコーとかヘイズコレクターとか――」

 「――ええ分かるわ。それが?」

 「急にあいつら、ブルブル震えたり、セキュリティロボット達も稼働停止したんですけど、あれはもしかして」

 「ええ私よ。私が止めた。普段なら殺して終わりなのだけど――」

 

 その次の言葉で、ミーヴェルは更に激しく動揺することになる。鈴を転がすような声で、彼女は言った。

 「――まさか人間がここに来るとは思いもしなかったわ」

 その言葉が耳に届いた瞬間、ミーヴェルの心臓が早鐘のように跳ね上がった。肺の空気が一気に抜け落ちる。

 だが、ここで認めるわけにはいかない。

 

 「い、いや、ボクは魔族ですけど?ほら、人間に近い容姿の魔族だっているって聞くし……」

 

 声が裏返らないよう必死に制御しながら、ミーヴェルは苦し紛れの言い訳を口にした。見た目だけなら、角や羽のない人型の魔族だと言い張れないこともない。今までだってそうやって誤魔化して、地上を生き抜いてきたのだ。

 しかし、玉座のラーミアはふっと優雅な笑みをこぼし、面白がるように目を細めた。

 

 「往生際が悪いわね。なら、隣で浮いている旧文明のサポートAIはどう説明するの?」

 「っ……」

 「あの手の大規模演算をこなす高度なAIロボットが付き従うのは、マスターとして生体認証された『人間』だけよ。彼らのような存在は、人間以外の他種族には絶対に服従しない。どんな魔法を使おうと、どんな力で脅そうと」

 

 ラーミアの指摘は、あまりにも致命的で、完璧だった。

 アイの存在そのものが、ミーヴェルが『旧人類』であるという何よりの証拠として機能してしまっていたのだ。

 

 『肯定。本機ガマスター・ミーヴェル以外ノ命令ヲ受ケ付ケルコトハ、システム上アリ得ナイ』

 (ちょっお前は黙ってろ!!)

 

 これ以上ないほどの最悪なタイミングで入ったアイの補足に、ミーヴェルは内心で盛大に頭を抱えた。

 必死に守り抜いてきた『魔族』という最大の嘘は、いともたやすく、そして完膚なきまでに見破られてしまった。

 

 「安心しなさい。ツインタワーに侵入してきた時点で、亜人共なら殺して終わり。だけどあなたは生かされている。今こうして私と話をしている、という意味を理解してくれると助かるわ」

 

 (――いえ?さっぱりわかりませんが?)

 

 まるでこの女、私と話しているお前はラッキーボーイだと洗脳でもしているのだろうか?

 「そんな訳無いでしょう」

 「えっ?」

 「……あなた、顔に出過ぎているのよ。ここ数百年で、そんな表情を向けられたのは初めてよ」

 「あっ、そうですか。すみません」

 「まあ良いわ。本題に入るわ」


 ラーミアは座り直し、組んでいた足をゆっくりと解いた。彼女は玉座の肘掛けに指を這わせ、遠く、窓の外に広がる果てしない雲海へと視線を向けた。


 「残念だけど、あなたが探している『基幹ユニット』……それはここにはないわ」

 「……っ!」


 ミーヴェルの喉が鳴った。期待が大きかった分、突き放された落胆が肺の奥を冷たく冷やす。

 「けれど、そのAIのアップデートに使えるであろう基盤やセルならある。それを譲る代わりに、私と一つ取引をしないかしら」

 「取引……?」

 「ええ。実は今、この都市の中枢システムが『ヘイズ・コレクター』の侵入を受けてロックされているの」

 「……? でも俺が襲われていた時、沈黙させたんですよね?」

 

 ミーヴェルは思わず、さっきの圧倒的な支配力を思い出して言い返した。

 

 「自分の都市に入り込んだ化け物一匹くらい、どうにかできるんじゃないんですか?」


 ラーミアは窓の外からゆっくりと視線を戻し、ミーヴェルを射抜くように見つめた。


 「ええ、個体自体の動きを抑えることなんて造作もないわ。私はこの空間の『ヘイズの濃度』を完全に掌握しているもの。高濃度のヘイズを餌とするあの子たちにとって、ヘイズの供給源である私の命令は絶対的なものよ」

 彼女が静かに言葉を紡ぐだけで、謁見の間に再び微かな圧力が生じる。


 「でも、問題はそこじゃないの。あの地下の防衛システムは、旧文明が遺した『絶対不可侵の領域』。ヘイズを掌握する私の力そのものを『致死レベルの汚染源』と判定して、エリア一帯を物理ロックしてしまったのよ」


 彼女は細い指を下に向けた。その先は、目も眩むような高さの階層を突き抜け、あの地獄のような地上よりもさらに深い場所を指している。


 「中枢エリアがあるのは、このツインタワーの最深部……地下の、さらにその地下。そこを管理する自衛システムは、魔法という名のヘイズで汚染された者を『異物』として弾くわ。数百年この世界を生きた私の身体は、もうあのシステムを騙せるほど『純粋』ではないの」

 

 自嘲気味に目を伏せたラーミアの言葉に、ミーヴェルは足元の床が急に頼りなくなったような錯覚を覚えた。

 「地下の、さらに地下……」

 

 さっきまで必死に登ってきたあの道のりを、さらに深く、暗闇の底まで降りろというのか。

 

 「そのロックを解除できるのは、ヘイズに一切魂を汚染されていない、純粋な『人間』の生体コードだけ。……わかるかしら? 私があなたを生かし、ここまで招いた理由が」

 

 (なるほど……。要するに、生体鍵として俺を使いたいってことか)

 

 納得した。納得はしたが、同時に嫌な予感しかしない。

 

 「俺が協力すれば……本当に、パーツをくれるんですか?」

 「ええ、約束するわ。……それに、あなたが探している『基幹ユニット』がどこで製造され、今どこに眠っているか。その場所への手がかりも、特別に教えてあげてもいいわよ」

 

 断れるはずがなかった。アイの強化パーツ、そして母が遺した「家」を救うための唯一の希望。

 ラーミアの黄金の瞳に見据えられ、ミーヴェルは逃げ場のない熱に浮かされたように、短く息を吐いた。

 

 「……わかった。その取引、乗るよ」

 

 ミーヴェルの返答を聞くと、ラーミアは満足げに、そしてどこか慈しむような微笑を浮かべて深く頷いた。

 「賢い選択ね……メルメア、彼を客室へ案内してあげて。長旅と先ほどの死闘で、相当疲れているでしょうから。……まずは泥を落とし、ゆっくりと眠りなさい」

 「はっ。承知いたしました」

 

 傍らに控えていた紫の髪の侍女――メルメアが、音もなく一歩前へ出て深々と一礼する。彼女は流れるような動作で扉の方を指し、ミーヴェルへと促した。

 

 「さあ、ミーヴェル様。こちらへ」

 「あ、ああ……」

 「様」付けで呼ばれることに強烈な違和感を覚えながらも、ミーヴェルは重い足取りでメルメアの後に続いた。

 去り際、一度だけ振り返った玉座。そこには、相変わらず優雅に頬杖をつき、窓の外の青空を見つめるラーミアの横顔があった。

 廊下に出ると、そこは先ほどまでの殺伐とした謁見の間とは打って変わり、柔らかい光に満ちた静謐な空間だった。メルメアは一切足音を立てず、ミーヴェルの歩調に合わせてゆっくりと歩を進める。

 

 「ミーヴェル様、何かお体に不調はございませんか? 必要であれば、すぐに医療ドローンを手配いたしますが」

 「それもあるんだ……いや、大丈夫。……それより、さっきの化け物たちは……」

 「ああ、彼らですか。少々血気が盛んな者もおりますが、ラーミア様の御前であらぬ真似をする者はいません。ご安心ください」

 「……いやそれを聞きたかったわけじゃなく……まあいいや」


 メルメアは微塵の揺らぎもない完璧な微笑みを返した。その「完璧すぎる」態度が、逆にミーヴェルの警戒心をジリジリと逆撫でする。

 やがて、彼女は白磁のような美しい装飾の扉の前で立ち止まり、静かにそれを押し開けた。

 

 「こちらがミーヴェル様のお部屋です。着替えと食事もすぐにご用意させますわ。何かあれば、そのコンソールからお呼びください」

 「……どうも」

 

 案内された部屋は、アークポッドの自分の部屋よりも広く、そしてあまりにも清潔だった。

 メルメアが再び深く一礼し、扉が音もなく閉まる。その瞬間、ミーヴェルは崩れ落ちるようにベッドに腰を下ろした。

 

 (……生きた心地がしねえ……。おいアイ、お前どう思うよ)

 『推測。ラーミアノ提案ハ論理的。ダガ、我々ガ感知シテナイ情報ガ多過ギル』

 腕の中では、ルナがようやく目を覚まし、「ふぃ……」と気の抜けた声を漏らした。

 

 ◇

 

 一方その頃、誰もいなくなったはずの謁見の間。

 重厚な扉が閉まり、静寂が訪れたその瞬間だった。

 ラーミアの背後、メルメアの立っていた場所、そして近衛兵たちの背後。

 何もないはずの空間が陽炎のようにゆらりと歪んだ。

 光学迷彩を解除し、四体の影が姿を現す。

 それは当時、本体であったアイと同じ、あるいはそれ以上に洗練されたフォルムを持つ人型の人造機械たちだった。

 

 「……観測データ、転送終了。タイプフロンティア『アイ』ノ反応、良好。マスターヘノ同調率、予測値ヲ維持」

 背後の機械が発した無機質な合成音声が、冷たく反響する。

 ラーミアはふっと表情を緩めた。その瞳には、統治者としての冷徹さではなく、どこか哀切に満ちた色が混じっていた。


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