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34話 絶望の果てに、ウサギは眠る


 ポォーン――。

 

 静寂が支配するフロアに、場違いなほど澄んだ電子音が響き渡った。

 ミーヴェルは震えるルナを抱きかかえて立ち上がる。辺りを見回すが、先ほどまで自分を追い詰めていたエグゼクティブ・ガードもセキュリティロボットも、まるで時間が凍りついたように静止したままだ。

 魔力を啜ろうと蠢いていたコレクター共までもが、何らかの根源的な恐怖に射すくめられたかのように、ガタガタと無機質な震動を繰り返している。

 

 「……歓迎ムードってわけじゃなさそうだが、今はこれに乗るしかないか」

 

 目の前でゆっくりと開いたエレベーターの扉。多少のビビりを感じつつも、ミーヴェルは意を決してその箱の中へと足を踏み入れた。目的はただ一つ、この狂った戦場からの脱出だ。

 

 「――ぽちっとな」

 

 迷わず、一番下の「1」ボタンを押し込む。

 だが。

 閉じたエレベーターはミーヴェルの願いをあざ笑うかのように、無情な駆動音を立てて「上」へと加速を始めた。

 

 「図ったな!?」

 

 傍からみれば、ミーヴェルの今の発言はコントか何かにしか見えない。普通に考えれば、こんな怪しい状況で自ら乗り込む方が馬鹿なのだ。

 慌ててキャンセルボタンを連打するが、パネルは一切の入力を受け付けない。階層表示の数字は恐ろしい速度でカウントアップしていく。自ら進んで、より巨大な罠の懐へ飛び込んでしまったような感覚。

 

 『……落チ着ケ、ミーヴェル。パニックハエネルギーノ無駄遣イダ』

 「落ち着いてられるか! 1階に行きたいのに! アイ、お前のハッキングでなんとかならないのかよ」

 『否定。現在、本機ノ操作権限ハ一時的ニ凍結サレテイル。ソレニ、考エテモミロ。エグゼクティブ・ガードヤセキュリティロボットヲ一瞬デオサエツケル存在ダ。我々ヲ無下ニハシナイダロウ』

 「……アイ、お前なんか隠し事してないか? この状況でやけに冷静だし……っていうか、一旦ステルスモードになった方が良くない?」

 『アイハイツモ冷静ダ。ソレニ、モウ見ツカッテイル』

 「……は?」

 

 すっとぼけるようなアイの返答に毒づく暇もなく、エレベーターはグングン上へと向かっていく。重力に引かれるような感覚と共に、ミーヴェルはリンク・エッジの柄を強く握り直した。

 だが、表示される数字はミーヴェルの想像を遥かに凌駕していった。

 100、150、200――。

 

 「ちょっと待て、ここ何階建てだよ!? もう雲を突き抜けてるんじゃないか、これ!?」

 『構造的ニハ不明。ダガ、200ヲ越エタ時点デ、我々ノ家・アークポッドト同等ノ高サト推測サレル……。ソレヨリモ、セルノ交換ヲ頼ム、ミーヴェル』

 「あっ、ああ、わかった。今やる」

 

 上昇の衝撃に耐えながら、ミーヴェルは手慣れた動作でアイの予備セルを取り出す。絶句しながらも、ミーヴェルは相棒のエネルギーセルを素早く交換した。

 

 そして、ポォーン――。

 

 『316』という、正気の沙汰とは思えない数字で、エレベーターは滑らかに停止した。

 極度の緊張に喉を鳴らす。

 ゆっくりと扉が開いた。

 そこに広がっていたのは、身構えていたような兵器庫でも、王族が好むような絢爛豪華な部屋でもなかった。

 白と淡い光を基調とした、洗練された曲線美の空間。無機質でありながらもどこか有機的な温かみを感じさせる、不思議な安らぎに満ちた領域だった。

 そして何より、大きな窓の向こうには、ナノヘイズに濁っていない、どこまでも澄み渡った鮮やかな青空が広がっていた。

 

 「ようこそいらっしゃいました」

 

 不意に、鈴を転がすような澄んだ声が降ってきた。

 現れたのは、深い紫色の髪を一つに束ねた女性だった。彼女が纏っているのは、メイド服のようでありながら、装甲や機能的なスリットが施された戦闘服にも見える、独特の衣服だ。ただ、その優し気な雰囲気とは別に、肌をチリチリと刺すような不思議な威圧感を纏っている。

 

 「えーっと……?」

 「ぴい?」

 

 死闘の果てに待ち受けていたあまりにも日常的な挨拶に、ミーヴェルは拍子抜けして間の抜けた声を出してしまう。ルナも腕の中から小首を傾げた。

 

 「そのように驚かれるのも分かりますが、どうか落ち着いてください」

 

 紫の髪の女性は、敵意を微塵も感じさせない、静かで丁寧な微笑みを浮かべて一礼した。

 

 「まずは自己紹介を。私はメルメア、此処の管理を任されている者です」

 「……はぁ。えっと、その管理?って……ここは一体?」

 「まずはご案内いたします」

 

 微笑みを浮かべているが、まるでこれ以上の問答は不要とばかりにメルメアに手で促されるまま、ミーヴェルは大人しく彼女の背中を追う。

 道中、無言で広々とした廊下を歩きながら、ミーヴェルは先程から感じていた違和感の正体に気がついた。

 通常、これほど高い建造物というものは、上層へ行くに従って細くなっていくのが物理的なセオリーだ。だが――

 

 「……広すぎない?」

 『――――』

 

 アイは沈黙を保ったままだ。どう考えても広すぎる。外から見た塔の形や面積の概念が、完全に狂っているとしか思えない。

 そんな現実逃避めいたことを考えているうちに、メルメアが巨大な両開きの扉の前で立ち止まった。彼女は一度こちらを振り返り、優雅な動作でその重厚な扉を押し開ける。

 

 ――その瞬間、ミーヴェルの背筋にゾクリと強烈な悪寒が走った。


 扉の先には、王城の謁見の間かと思うような、途方もなく巨大な空間が広がっていた。


 そして何よりミーヴェルを戦慄させたのは、部屋の左右にずらりと並ぶ者たちだ。筋骨隆々で牙を剥き出しにしたオークのような巨漢、全身からどす黒い瘴気を放つ不定形の化け物、鋭い鱗に覆われた半竜の戦士……。

 エルフやドワーフといった見知った種族とは根源から異なる、純粋な『暴力』と『死』を煮詰めたような異形の強者たちが横一列に控え、いっせいにこちらを値踏みするように見下ろしてきたのだ。


 中央の最奥、一段高くなった玉座。

 そこに、深淵のような黒いドレスを纏い、身体の線を艶やかに描く余裕のある佇まいで、一人の女性が深々と座っていた。

 滝のように流れる漆黒の髪。その神秘的な両目は――右が冷ややかな銀、左が燃えるような金という、神秘的なオッドアイだった。

 彼女の玉座の傍らには、案内役のメルメアとは異なる、洗練された漆黒の戦闘服を纏った近衛兵のような者たちが控えている。その腰には、一目で業物と分かる長剣が佩かれていた。

 

 「よく来た」


 唇を僅かに綻ばせ、甘く、どこか危険な香りを孕んだ声を放った。


 (よく来た? 来たかった覚えなんてこれっぽっちもないけど!?)

 

 ミーヴェルは心の中で盛大にツッコミを入れた。自分は迷わず『1F』のボタンを押したのだ。

 正直、今すぐにでも帰りたい。

 本格的に地上に降りてからのたった数日間で、あまりにも色々なことがあり過ぎた。

 地下鉄跡で出会った、所構わず高火力魔法をぶっ放そうとする馬鹿(ラキ)。ドワーフ国へ向かう道中、魔物に襲われているところを助けてやったというのに、礼も言わずに馬車で走り去ったあの女。門前でもギルドでも、ろくな目に遭っていない。


 そして極めつけは、今ミーヴェルの腕の中にいるこのウサギだ。

 ブレードウルフに追いかけ回されていた時は、こっちがイラつくほどの「煽り耐性マックス」な態度だったくせに、今は見る影もなくブルブルと震え上がっている。


 (……お前のキャラどこ行った?)


 思わず現実逃避気味にそんな毒を吐くが、すぐに意識を引き戻す。

 勝手にここまで釣り上げておいて「よく来た」とはこれ如何に?

 文句の一つでも言ってやりたかったが、下の階で凶悪な防衛機構を赤子の手をひねるように沈黙させた不可解な現象を思い出し、ミーヴェルはグッと堪えて下手に出ることにした。

 

 「……どうも―――っ!」

 

 引きつる頬を無理やり動かし、精一杯の愛想笑いを浮かべて絞り出した。

 その、あまりにも場違いで裏返った挨拶が、静まり返った謁見の間に響き渡った――その瞬間。

 

 『『『『『―――――――――!!!』』』』』

 

 左右に控えていた異形たちから、空気が爆ぜるほどの濃密な殺気が一斉に噴き出した。

 物理的な質量を持ったかのような重圧に、ミーヴェルの全身の毛穴から滝のような冷や汗が噴き出す。肺がひしゃげ、息を吸うことすら困難な、文字通りの死域。


 だが、そんな絶望の真っ只中で、腕の中のルナは違った。

 ルナは「ふぃ」と一声鳴き、まるですべてを理解したかのように、ゆっくりと一度だけ深く頷いた。

 そして。

 スッと静かに目を閉じると、抱えられた腕の中でお腹の方に顔を埋め、信じられないことにそのまま完全な睡眠態勢に入ったのだ。

 

 (――おい、おまっ!?)


 思考が白濁するほどの恐怖の中、ミーヴェルの脳内に唯一浮かんだのは、ルナのあまりにも潔すぎる現実逃避へのツッコミだった。

 

 「――やめろ」

 

 奥に座るオッドアイの女性が、短く、だが絶対的な拒絶を込めて言い放った。

 たったそれだけの一言で、空間を埋め尽くしていた極大の殺気が、まるで幻だったかのように一瞬で霧散した。

 

 「ごめんなさいね。うちの子たちが少し、気が立っているみたいで」

 

 鈴を転がすような穏やかな声。だが、その背後に隠された「絶対的な支配」の気配が、ミーヴェルの生存本能を激しく叩く。

 

 「いえ……それで、ここというか、えーっと……?」

 

 穏やかに微笑む底知れぬ黒髪の女性と、一睨みで殺されかねないバケモノたち。その中心に立たされたミーヴェルは、珍しく自覚がないまま、完全にキャパシティを超えてテンパりきっていた。

 

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