30話 超高層の塔型プラント
「近づくとこれまた、でっけーな……。これ、本当に俺の先祖たちが建てたのか?」
巨大なゲートの跡と思われる場所から、ミーヴェルは慎重に足を踏み入れた。
一歩進むごとに、周囲の光景が圧倒的な質量で迫ってくる。視界を埋め尽くすのは、幾星霜を経て廃墟と化したビル群だ。
いや、ただのビルではない。外壁から剥き出しになった巨大なパイプや歯車の残骸から察するに、これらはすべて生産ラインが天高く積み上げられた『超高層の塔型プラント』なのだろう。だが、それにしてもあまりにも高すぎた。
ミーヴェルが首が痛くなるほど空を仰いでも、その先端はナノヘイズの霞に溶け込み、終わりが見えない。
「ぴー……」
ミーヴェルの肩の上で、ルナもまた感嘆の声を漏らしているようだった。
驚きのあまりか、肩を足場にして仰向けに寝そべるという、奇妙にアクロバティックな体勢で空を見上げている。理由はないが、またもやミーヴェルはルナに対して「やるな……」という感情を向けてしまった。
『中央ヲ歩ケ、ミーヴェル。当時最先端ノ建造物トイエドモ、数百年ノ歳月ハ非情ダ。劣化シタ外壁ヤ、ガレキガ空カラ降ッテキテモ不思議デハナイ』
現在は周囲に誰もいない。
アイはステルスモードを解除し、電子的な音声合成ではなく、実体としての響きを持ってミーヴェルに忠告した。もはや脳内念話ではなく、相棒としての「声」が廃墟の静寂に響く。
だが、その言葉が合図となった。
――ズドォン!!
凄まじい衝撃音と共に、ミーヴェルの数歩先へ拳大のコンクリート片が叩きつけられた。地面の土埃が舞い、乾いた破片が足元まで転がってくる。
「うぉ!? あぶなっ! ……アイ。お前、フラグ立てんなよ」
「ぴー!」
一人と一匹が、忌々しげな表情でアイを睨みつける。
タイミングが良すぎる。狙い澄ましたかのような『事実』の発生だった。
『……フラグデハナイ。高度ナ演算ニ基ヅイタ確率論ト、現状ノ劣化具合カラ導キ出サレタ事実ヲ言ッタマデダ』
どこまでも冷静なアイの回答に、ミーヴェルは深いため息をついた。
首を振り、ミーヴェルは再び前を向く。
上空からの物理的な奇襲に警戒しつつ、彼は巨大な「工場型ダンジョン」の深部へと歩みを進めた。
◇
工業地帯の密集部へと入って行くと、次第に周囲の景色が青みがかってきた。
これはビル群が風を遮り、局所的に高濃度のナノヘイズが滞留している証拠だ。同時に、ヘイズを好む残響種が現れる可能性が跳ね上がることを意味している。
「どうだアイ? 何かありそうか?」
ミーヴェルはよくよく考えてみた。
いくらランク制限があるとはいえ、浅層なら他のハンターたちも普通に探索や回収ができているということだ。
ということは、粗方掘り返されていて、この目につきやすい場所にはもう価値のある「遺物」なんて残っていないのではないか。
『周辺ヲスキャンシタガ、電子基板ノ反応ハ薄イ』
「薄い? 『無い』じゃなくて?」
予想と違う答えが返ってきた。
『脆弱ダガ、反応ガアル。恐ラク地下深ク……モシクハ、廃墟ビル群ノ高層階』
「なるほど。俺はここから少し離れて待機してるわ。反応ありそうなとこ、見て来てくれ」
『了解』
そう言うと、アイはフワリと空へと浮かび上がり、調査へと飛んでいった。
ミーヴェルはヘイズがこもった密集地帯から離れ、比較的見晴らしの良い安全な場所まで後退すると、ルナと一緒に腰を下ろした。
「ぴー」
肩を見やると、ルナが鼻をひくひくさせながらミーヴェルを見つめている。
「なんだよ。腹減ったのか?」
「ぴ!」
「そうかそうか。よくわかんねえけど、ちょっと待て……あった、ほれ」
ミーヴェルは袋を探り、底の方から例の『しわしわになったキノコ』を取り出してルナの前に差し出した。
――バシィッ!!
次の瞬間、ミーヴェルの右手は、銀晶草のように透き通ったルナの耳で思いっきりシバかれた。
「っってえよ! 冗談じゃんか、冗談! ザ・ミーヴェルジョークってやつだって!」
「ふぃっ」
「……お前、いま鼻で笑っただろ?」
気を取り直し、あらかじめ街で買っておいた干し肉を取り出して分け合い、仲良く腹ごしらえをする。
両手で大事そうに抱えて食べるさまは可愛いが、よくよく考えると「ウサギ(のような生き物)が肉を食っている」という事実に、ミーヴェルは今更ながら奇妙な違和感を覚えていた。
しばらく無言で周辺を眺めていると、ふとミーヴェルは思うことがあった。
「というかお前、なんで俺について来たんだ? 飼い主はあのエルフなんだろう?」
ルナは干し肉を食べる手を止め、ミーヴェルを見上げた。
「ぴぃ……ぴっ! ぴぴぴ! ぴぃ……ふぃっ」
「……なるほどなぁ……」
「ぴ!」
何がなるほどなのか。それはミーヴェルも、これっぽっちも分かっていない。
満足げに食事を再開したルナを眺めながら時間を潰していると、空から微かな駆動音が近づいてきた。
「おかえり。どうだった?」
戻ってきたアイに尋ねると、無機質な声でとんでもない前置きが返ってきた。
『悪イ話ト悪イ話、ドチラカラ聞キタイ、ミーヴェル』
「……いい話から頼む」
ミーヴェルも負けじと謎の要求で返す。
『電子反応ハ、アノツインタワーカラダ。地下カラノ反応ハナイ。恐ラク、工業地帯ノ中デモ一番高位ノモノガ業務ニ従事シテイタ場所ト推測サレル。保管サレテイタ端末群、オヨビソレニ付随スルパーツガ存在スル可能性ガ高イ』
「お、マジか。で? 次にいい話は?」
『魔物、ソレニ、エコー群。及ビ――『ヘイズ・コレクター』ヲ確認』
「…………」
ミーヴェルの顔が引きつる。
ただのエコーとは違う。意図を持って獲物を狩る、知能を持ったヘイズ上位生命体。それが『ヘイズ・コレクター』だ。
一口にヘイズ・コレクターと括ってはいるが、その強さや性質はまさにピンキリである。
武器による物理攻撃がすんなりと効く可能性のある下級の個体もいれば、霧のように実体を持たず、物理攻撃が一切すり抜けてしまう理不尽な個体もいる。
さらには、安全な場所から執拗に遠隔攻撃を撃ってくる狡猾なタイプや、出会い頭に鼓膜を破るような大絶叫を放ち、獲物を精神的な恐慌状態に陥らせてからゆっくりと魔力を啜る悪趣味なタイプなど、その厄介さは千差万別だった。
要するに、遭遇してみるまで「どのタイプのハズレくじ」か分からないのだ。正直、ミーヴェルはどいつもこいつも等しく面倒くさいと思っている。
「……パーティー会場かな?」
ちなみに以前、地下鉄の跡地で出会ったヘイズ・コレクターは、霧のように実体を持たないタイプに分類される。恐らく、あれを単独で駆除できるハンターなど、そうそういないだろう。
「――いや! 待て待て。ビルの上に? 中にいるのか? 高層階なら風が吹き抜けて、ヘイズなんか溜まらないはずだろ!」
『アレヲ見ロ。アノ、一際厳重ナ作リノ建物ダ』
アイが示したのは、群を抜いて巨大で、まるで装甲のような外壁に覆われたツインタワーだった。
『恐ラク、当時ノ保護機能ガ最大ダッタノダロウ。今モ形ヲ維持シテイル……故ニ、一度内部ニ侵入シタナノヘイズガ外ヘ逃ゲズ、高濃度ノ毒溜マリト化シテイルノダ』




