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28話 爆音と悲鳴の荒野行


 この世界において、「ダンジョン」と呼ばれる危険地帯は、大きく分けて二つのパターンが存在する。


 一つは、『自然侵食型』


 本来はただの洞窟や大穴だった場所が、高濃度のナノヘイズの影響で独自の「意志」――あるいは「生存本能」のようなものを獲得してしまったパターンだ。


 これはまるで巨大な腫瘍のように、周囲の土壌や植物を喰らいながら、際限なく増殖・拡大していく。地形そのものが生きて蠢き、迷い込んだ者を消化しようとするかのように、毒の沼や結晶化した茨など、有機的で予測不能な罠を張るのが特徴だ。

 

 そしてもう一つが――『旧文明寄生型』


 旧人類が人工的に造り上げた強固な建造物(シェルターや地下施設に軍事施設、工業地帯等)に、長い年月をかけてナノヘイズが棲み着き、独自の生態系を構築してしまった場所である。


 こちらは自然型とは違い、外へ向かって地形を拡大することは少ない。だが、真に厄介なのは、「旧人類の高度な防衛システム」と「ヘイズ」が最悪の融合を果たしている可能性がある場合だ。


 セキュリティAIが侵入者を「排除すべきバグ」として認識し、ヘイズを取り込んで暴走化した機械群が徘徊する。さらに、かつての堅牢な外壁が仇となり、内部は逃げ場のない高濃度の毒溜まりと化していることが多い。


 いわば、かつての栄華を極めた文明の遺骸が、そのまま無慈悲な「殺戮装置」として稼働し続けている密室空間である。

 


 『(ミーヴェル。我々ノ目的ハ『アークポッドノ基幹ユニット』ノ探索ダ。自然発生型ノダンジョンニハ、旧人類ノ技術的遺産ガ存在スル可能性ハ極メテ低イ)』

 「(わかってる。俺たちに用があるのは人工物の方だな。サクッと基幹ユニットが見つかればいいけど……。あとは、あの黒い浸食を排除するための、アイの基板。それも見つかるといいな)」

 

 真新しいスネーク革の防具に身を包み、腰にはガンゾの手で牙を取り戻したリンク・エッジ。朝一番のギルドに現れたミーヴェルからは、昨日までの「得体の知れない浮浪者」のような危うさは消え、曲がりなりにも駆け出しハンターらしい雰囲気が漂っていた。


 「おはようございます、ミーヴェルさん。……あら! 装備を新調されたんですね。とっても似合ってますよ!」

 

 受付嬢のサリアが、花が咲いたような笑顔で迎える。

 

 「ああ、教えてもらった店で揃えたんだ。……それで、今日は依頼じゃなくて報告に来た。これから、遺跡型のダンジョンに行ってくる」


 「なるほど、遺跡探索ですね。危険ですが……今のミーヴェルさんの装備なら、浅層であれば問題ないかもしれません。遺跡型は『遺物』の宝庫ですから、何か見つけたら持ってきてくださいね。ドワーフの職人さんたちが喜んで高値で買い取ってくれますよ! もちろんギルドでも」

 「あぁ、わかったよ」

 

 基幹ユニットの手がかりを探しつつ、遺物を持ち帰って資金を稼ぐ。一石二鳥の算段に、ミーヴェルは密かにほくそ笑んだ。


 「ただ、その前に一つ相談なんだけど……。ダンジョンは危険だろ? だから、俺が戻ってくるまで、こいつをギルドで預かってもらえないかと思ってさ」

 

 ミーヴェルが肩の上で丸まっている白い毛玉――ルナを指さすと、サリアは目を輝かせた。


 「えっ! 私は全然構いませんよ。受付の裏で大人しくしてくれるなら……。おいで、ルナちゃん」

 

 サリアが優しく両手を差し出す。ミーヴェルも「ほら、行ってこい」とルナの首根っこを軽くつまみ上げようとした。――しかし。


 「ぴいぃっ!?」

 

 ルナは短い悲鳴を上げると、ミーヴェルの指からスルリと抜け出し、彼の首元へダイブした。そして、防具の隙間に小さな爪を引っかけ、絶対に離れないぞという強い意志でギュッと抱きついたのだ。


 「お、おい! 痛い痛い! 爪が食い込んでる!」

 「ぴいいいぃぃーっ!!」

 「いやお前、ダンジョンは暗いし魔物もいるんだぞ!」


  ミーヴェルが力ずくで引き剥がそうとするが、ルナはテコでも動かない。むしろ、引き剥がそうとすればするほど、マントの裏側へ潜り込み、ミーヴェルにべったりとへばりついてしまった。


 「あはは……。ルナちゃん、すっかりミーヴェルさんに懐いちゃってますね」

 「懐いてるっていうか、これじゃただの重りだ……」

 『(ミーヴェル。スキャンノ結果、ルナノストレス値ガ急上昇シテイル。無理ナ分離ハ推奨シナイ)』

 「(……連れて行くしかないってのかよ。……ったく、手のかかるウサギだぜ)」

 

 諦め顔で首を掻くミーヴェルを見て、サリアはクスリと笑って彼を見送った。

 ――だが。彼が背を向けた直後、サリアは思い出したように声を上げた。


 「あれ? ちょっと待ってください!」

 「ん?」

 「あの……ミーヴェルさんの目指す『旧工業地帯跡』は、ここから徒歩だと片道6時間はかかりますよ。……まさか、歩いて行くつもりじゃないですよね?」

 「……え?」

 

 ミーヴェルは固まった。6時間。往復だけで半日。

 

 「だと思いました。……ギルドでは、低価格でハンターへの貸し出しも行っていますが?」

 「貸し出し? 何を?」

 「バイクですよ。バイク。この街のハンターの必需品です」

 「……バイク……?」

 

 ミーヴェルの脳裏に、アークポッド内の資料映像で見た「二輪駆動車」の姿が浮かぶ。


 「(……アイ。ここ、ドワーフの国だよな? バイクなんてあるのか?)」

 『(以前ノ記録ヲ参照。ドワーフハ、ナノヘイズヲ燃焼燃料トシテ活用スル技術ニ長ケテイル。旧人類ノ残骸カラ回収シタ部品ヲ、独自ニ再構築(リビルド)シタ移動手段ダト推測サレル)』

 

 ◇

 

 「失礼します」

 

 重厚な扉をノックし、サリアが部屋に入ると、デスクの向こうでギルド長バレンが腕組みをしていた。


 「なんだ、サリアか。……ミーヴェルが行ったか」

 「はい。……それで、例の件、どうでしたか?」

 

 バレンは黙って、引き出しから一枚の用紙を取り出した。先日、ミーヴェルが登録手続きの際に書き殴り、丸めてポイ捨てしたあの紙だ。


 「……うーむ。調べさせたがな。魔人国に、このような文字は存在しなかった」

 

 バレンの指が、紙に記された奇妙な字体の署名をなぞる。


 「王宮も小僧のことが気がかりなようだ。このことは報告せんといかんだろうな」

 「そうですか……。あの独特の筆致、魔人国の無骨な文字とも、私達の公用語とも違います。まるで、別の世界の言葉のような……」

 

 バレンは椅子をギィと鳴らして、窓の外へ目を向けた。

 

 「あの剣の細工もそうだ。ドワーフの技術じゃねえ。……あれは、旧人類の純粋な技術に近い。あいつは一体、どこから湧いてきた……?」

 

 バレンは窓の外を、土埃を上げて走り去る一台のバイクを見送った。


 「………サリア、お前街の中でのバイク走行禁止だってちゃんと伝えたか?」

 

 ◇


 ミーヴェルはギルドの裏手で一台の「鉄塊」を前にしていた。


 「……こ、これがバイクか。想像してたのとだいぶ違うな。だいぶゴツイっていうか、これ、動くのか?」

 

 それは、巨大なブロックタイヤに剥き出しの配管、そして使い込まれた金属の質感が放つ、あまりにも無骨な代物だった。

 

 『(ミーヴェル。出力制御ニハ注意セヨ。コレハ我々ノ知ル精密機械デハナク、制御不能ナ毒ヲ撒キ散ラス移動式ノ爆弾ニ近イ)』

 「……ここを捻るとタイヤが回って……」

 

 アイの忠告を半分聞き流しながら、ミーヴェルは専門スタッフから聞いた手順を反復復習する。そして周囲に人がいないことを確認して、いよいよ火を入れる時がやって来た。


 「いくぞ……せーのっ!」

 

 キックペダルを思い切り踏み抜く。

 ――ドュルルルルルル……ッ! ドゴォォォォォン!!


 「うおっ!? おぉっ! うるせぇな! なんだこの音、鼓膜が震える……! だけど……いい! なんか男心をくすぐるぞ……!」

 

 凄まじい振動と共に、エンジンが咆哮を上げた。剥き出しの排気管からは、ナノヘイズの燃焼による不気味な紫色の煙が勢いよく吹き出す。鉄の塊が、生き物のようにドクンドクンと脈動し、跨っているミーヴェルの股座を激しく揺さぶった。


 「(アイ! これ、大丈夫なんだよな?)」

 『(正常作動範囲内ダ。ドワーフ製燃焼機関ハ、ソノ野蛮サガ出力ノ証トサレル)』

 

 首元にへばりつくルナが、あまりの爆音と振動に「ピギィィィィ!」と悲鳴を上げながら、ミーヴェルの首を絞める勢いでしがみついてくる。


 「わ、わかった! ルナ、しっかり掴まってろよ? ……よし、出発だ!」

 

 気合を入れ、ミーヴェルは右手のスロットルをグイッと――少しばかり強く回しすぎてしまった。

 ――ドォォォォォン!!!


 「うわああああああ!?」

 「ピイイイイイイイイ!?!?!?!」


 次の瞬間、バイクの前輪が勢いよく宙を舞った。意図せぬウィリー走行。

 背中を地面に叩きつけられそうな衝撃に、ミーヴェルは必死にハンドルにかじりつく。


 『(落チ着ケ。アクセルヲ回スノハ少シデイイ、戻セ!)』

 

 アイの冷静な怒声が脳内に響く。ミーヴェルはパニックになりながらも、なんとかハンドルを抑え込み、前輪を地面に叩きつけた。

 ――ガシャンッ! ズドドドドドドド!!

 着地の衝撃で生きた心地がしなかったが、バイクはそのまま猛烈な勢いで街の中を突き進み始める。時速はすでに、ミーヴェルがこれまでに経験したことのない域に達していた。


 「止まんねぇ! 止まんねぇよこれ!! あっ!? ちょっ、すみません! どいてー!!」

 「ピイイィーッ!(助けてー!)」

 

 激しい爆鳴と紫色の煙を置き去りにして、鉄の獣が街を駆ける。周囲にいた住人たちが「なんだなんだ!?」と慌てて道を空けていく。

 目指すは、ナノヘイズに沈む旧人類の残骸。

 未知なるダンジョンへの探索が、爆音と悲鳴、そして制御不能のスピードと共に幕を開けた。


 だが、今はまだミーヴェルは知らない。


 帰ってからギルド長にメチャクチャ怒られることを。




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