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27話 継ぎ接ぎの正装と、羞恥の芽生え


 ミーヴェルはギルドを後にし、武器屋を探すことにした。

 サリアから教わった店の中でも、特に「中堅どころで品揃えが手堅い」と評判の店を選んだ。自分の乏しい懐具合――昨日の報酬から宿代を引いた残金、銀貨70枚で何が揃えられるのか、まずは相場という名の現実を知る必要があったからだ。

 

大通りから一本入った路地。そこには、剣と盾が交差した無骨な木の看板が掲げられていた。装飾を排し、実用性だけを主張するその佇まいに、ミーヴェルは「いかにも」といった納得感を覚える。


 『(ミーヴェル)』

 「(ん? どうしたアイ?)」

 

 入店しようとしたその時、脳内にアイの静かな警告が響いた。


 『(武器ヤ防具ノ相場ヲ調ベルノハ推奨サレル行為ダ。ダガ、何ヨリ優先サレル事項ガアル。――「リンク・エッジ」ノ研ギ直シダ。刃零レガ酷イ。アークポッドニ帰還不可能ナ現状、換装機能ヲ行使デキルソノ剣ハ、我々ニトッテ代エノ利カナイ生命線ダ)』

 「(ああ、そうだな……確かにボロボロだ。こいつがなきゃ始まらないもんな)」

 

 気を取り直し、一歩店内に足を踏み入れると、焦げた油の匂いと、研がれた鉄の鋭い気配が鼻腔を突いた。壁一面を埋め尽くす武器と防具の数々に、ミーヴェルは圧倒される。


 「(……ドワーフの国っていうのは、どこも油の匂いがするもんなんだな)」

 

 地上の文化を一つ学習しながら、商品を眺める。今の彼の格好は、防護素材の端切れをアイとの接続用コードで縛り上げた継ぎ接ぎだ。自分では気に入っていたが、整った装備のハンターたちを街で見てからというもの、自分だけが浮浪者のように浮いているのではないかという羞恥心が芽生え始めていた。


 『(合理的ナ判断ダ。ソノ「継ギ接ギ」ハ目立チスギル。一般的ナ防具デ「偽装」スルコトヲ推奨スル)』

 「偽装、か。確かにこんなコード剥き出しの奴、他にいないもんな」

 

 だが、並んでいる値札は無情だった。

 『鋼の長剣・銀貨50枚』

 『ウォーハンマー・銀貨65枚』

 『火属性付与剣「赫炎の刃」・金貨10枚(銀貨100枚)』


 「(……たっけぇー……。ん? 赫炎の刃……なんだこれ、剣から火が出るのか?)」

 『(解析完了。柄ノ内部ニナノヘイズノ燃焼チャンバーヲ確認。他種族ガイウトコロノ魔力ヲ注入スルコトデ、炎ヲ噴出サセル仕組ミダ。人間デアルミーヴェルガ直接使用スルコトハ出来ナイ)』

 「(直接?)」

 『(アイガ中継シ、ヘイズヲ制御シテ注入スレバ使用ハ可能。ダガ、無駄ニバッテリーヲ消費スル上、武器ハ換装可能ナリンク・エッジデ十分ダ。買ウナラ、素材ヲ効率ヨク剥ギ取ルタメノ「短剣」ヲ推奨スル)』

 

 そんなやり取りを脳内で繰り広げていると、店の奥からドスン、ドスンと床を揺らす重い足音が響いた。現れたのは、岩のような筋肉を蓄えた小柄なドワーフ。

 

 「お前、見ない顔だな。ワシはここの店主、ガンゾだ。……掘り出し物でも探しに来たか、ひょろっこい兄ちゃん」

 「……ミーヴェルだ。素材剥ぎ用の短剣と、この剣の研ぎを頼みたい。あとは動きやすい防具。……あー、予算は全部で銀貨50枚だ! 金はあんまり無いんだ、頼む!」

 「ハッハッハ! 正直な奴だな。だが、その肩のボロ布……ただの毛布じゃねえか。その下に着てる『端切れ』は妙にいい素材だが、その光る紐のせいで台無しだ。試着するなら、まずはその辺の余計なもんを全部ひっぺがしちまいな」

 

 ガンゾがマントに手を伸ばそうとするが、ミーヴェルは一歩引いて拒絶した。


 「……いや、このマントは外せない。これがあるのが前提だ。だから、マントの邪魔にならなくて、この下に着込めるくらい動きやすい防具を探してるんだ」

 「ほほう?」

 

 ガンゾは、ミーヴェルの譲らない瞳を見て、ニヤリと顎髭を撫でた。


 「いい目だ。自分の芯は持ってるらしい。……まあわかった。先にお前の獲物を見せろ」

 

 ミーヴェルが腰の『リンク・エッジ』を差し出す。それを受け取った瞬間、ガンゾの顔から笑みが消えた。

 「……なんだあ、こりゃあ。ただの鉄じゃねえ。密度が違いすぎる。それに、柄の横にあるこの穴……なんだ、この細工は?」

 ガンゾが指し示したのは、アイの有線コードを差し込むための接続孔。職人の本能が「未知の高度な技術」を検知し、その眼光が鋭くなる。


 「さあな……拾い物だよ。その穴は、ただの飾りだ」

 「ふん、嘘が下手なガキだ。……だが……」

 

 ガンゾは刃の断面を指先でなぞり、苦々しく吐き捨てた。

 「この刃、完全に死んでやがる。よくここまでなまくらにしたな……。職人として見過ごせねえ。いいぜ、ドワーフの研ぎって奴を叩き込んでやる」

 

 ガンゾがリンク・エッジを回転する砥石に当てる。

 ――キィィィィィィン!

 激しい金属音と共に、鮮やかな火花が店内に舞い散る。ガンゾの目はもはや商人のものではなく、完全に熱狂的な職人のそれだった。粗研ぎから仕上げの油研ぎへ。ドワーフの太い指が刃をなぞるたび、死んでいた鉄の表面に、鏡のような輝きと恐ろしいまでの「鋭利な気配」が宿っていく。


 「ほらよ、見違えただろうが。二度とこんななまくらで振り回すんじゃねえぞ」

 

 返されたリンク・エッジは、以前よりも一回り薄く、しかし冷徹な光を放っていた。


 「あとは短剣と防具か。ちょっと待ってろ」


 ガンゾは店の奥から、鈍い光沢を放つ革の防具一式を持ってきた。


 「『パウンドスネーク』の革だ。胸当てと脛当て、急所だけを隠す最低限の作りだ。これならお前さんのマントにも干渉しねえし、動きやすさは折り紙付きだ。短剣はそこの樽にある投げ売りから選べ。全部合わせて、約束通り銀貨50枚で手を打ってやる」

 

 ガンゾはミーヴェルの体格に合わせてベルトを手際よく詰め、バックルを固定していく。その手つきには、先ほどの研ぎと同じく一切の妥協がなかった。

 

 ◇

 

 武器屋を出たミーヴェルは、路地の角でふと、自分の姿を水溜まりに映した。

 継ぎ接ぎの服の上に、身体に馴染んだパウンドスネーク革の黒い防具。左腰には、樽の中から見つけ出した銀貨10枚の丈夫な短剣。そして右腰には、職人の手で牙を取り戻したリンク・エッジ。


 「(なんか……一気にハンターっぽくなったな!)」

 

 胸の奥から込み上げる高揚感に、思わず口元が緩む。ただの「迷い子」だった自分が、ようやくこの世界の「戦う者」として認められたような、不思議な安心感があった。


 『(肯定ダ。外見ノ変化ハ、周囲カラノ侮蔑的評価ヲ低減サセル。……ダガ、目的ヲ忘レルナ、ミーヴェル)』

 「(基幹ユニットだろ? 分かってる。でもあのギルドのおっさんが使ってた槌みたいな奴も使ってみたいなぁ)」

 『(金ニ余裕ガ出来タラソノウチ買エバイイ。今ハ我慢シロ。……最悪ノ事態ニ陥ッタ場合ハ、アイガ全力デ守ル)』

 

 アイの心強い、だがどこか過保護な言葉にミーヴェルは苦笑いした。

 

 「(……ホレちゃうねぇ。明日あたりダンジョンに行ってみるか。何か分かるかもしれない)」

 『(肯定。イカナケレバ始マラナイ)』

 

 ミーヴェルは腰の二振りの重みを確かめるように一歩踏み出した。歩くたびにガシャリと鳴る金属音が、今は何よりも心地よく、彼の背中を力強く押していた。


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