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24話 煽りウサギの驚愕


 『(煩イ。プレッシャー、発動)』

 「「「キャインッ!?」」」

 

 凄まじい衝撃音が草原に響く。

 なんということだろう。あんなに見事な体躯を誇り、日光を弾いて鋭く光っていたはずのブレードウルフたちが、アイの放った不可視の重圧によって、文字通り地面へと叩きつけられていた。

 銀晶草を深々と押し潰し、身動き一つ取れずに、ただブルブルと震えている。


 「……お前、目の前に集中しろだの、包囲されてるだの、散々煽っておいて……結局お前がやるのかよ!」

 『一匹ズツ相手ニスルノハ時間ノ無駄ダ。ソレト――』

 

 宙に浮くアイは、周囲に展開する三体の個体を確認すると、その中の一匹にスキャンラインを固定した。


 『ミーヴェル、アノブレードウルフガ恐ラクボスダ。トドメヲ刺セ。群レノ統制ヲ崩セバ、残リノ個体ハ戦意ヲ喪失シテ散ルノガ世ノ常』

 「……お前が世の中を語るんか。まあ、いいけどさ」

 

 ミーヴェルは呆れ顔を隠しもせず、しかし手慣れた動作で獲物の柄を握り直す。

 アイの指し示した先――重圧に耐えかねて地面に伏しながらも、なおその紅蓮の瞳でこちらを呪うように睨みつける、一際巨大な個体がそこにはいた。

 ゆっくりと歩み寄り、冷たく光る刃を振り上げる。


 「悪いな、正直お前に恨みなんかないんだけど。俺の生きるためというか。通貨のため――いっだ!?」

 

 ゴツッ! と背中に硬い衝撃が走った。アイの容赦ない頭突きだ。


 『ナニヲ感傷的ニナッテイル。早クシロ』

 「……いやいや、少しくらいなるだろ」

 『ハヤク』

 「わかったよ」


 ミーヴェルはこれまで幾度となく生き物を仕留めてきた。だが、それは自らの血肉とするための「狩り」か、向かってくる脅威を排除する「防衛」だった。

 もちろん、過去にシリカアントやクロウラーのような魔物を倒したこともあるが、あれはあちらからの明確な敵意があってのことだ。しかし今回は違う。ギルドの依頼、つまり金のために、自分から彼らの縄張りに足を踏み入れて命を奪う。その事実が、彼の刃にわずかな躊躇いを生ませていた。

 だが、ここで立ち止まるほど甘くはない。

 小さく息を吐き出し、迷いを断ち切るように刃を振り下ろす。抵抗すら許されない重圧の中、巨大な銀の首が、ゴトンと重い音を立てて地に落ちた。

 ボスの死を悟ったのか、残された二匹のブレードウルフは悲痛な鳴き声を漏らし、さらに体を縮こまらせて震え上がった。その瞳には、すでに先ほどの殺気はない。


 「アイ、この二匹は解放してやれ」

 『イイノカ? 依頼ハ、銀晶草周辺ニスミツクブレードウルフノ排除ダロウ』

 「ボスがいなけりゃ、もう襲ってこないだろ」

 『……了解』

 

 アイが不可視の重圧を解く。

 急に身体が動くようになったブレードウルフたちは、信じられないといった様子で、戸惑ったような表情を浮かべた。


 「お前ら、悪いけど他へ行ってくれ。ここに来なきゃ安全だろ。……まっ、言葉が通じるかは分からないけどな」

 

 狼たちはどうすればいいのか分からない様子だったが、ミーヴェルに追撃の意志がないと判断すると、しばらく逡巡し、ミーヴェルをじっと見つめたのちに身を翻し、逃げるように草原の奥へと走り去って行った。


 「ぴー!!」

 「……うん?」

 

 いつの間にかミーヴェルの足元には、さっき弾丸のように逃げ去ったはずの白い毛玉がちゃっかりと戻ってきていた。

 去っていく二匹のブレードウルフの背中に向かって、ウサギのような長い耳をピンと立て、器用にパタパタと揺らしながらしきりに鳴き声を上げている。

 その態度は、どう見ても敗者を煽っていた。

 ミーヴェルの目には、その小さな毛玉がまるで――。

 

 (……っは、ざまぁwww! 回れ右乙www……お疲れしたー!www)

 

 と、勝ち誇っているようにしか見えなかった。


 「っおま……。こいつなんだ、アイ?」

 『不明。恐ラク、兎ガ進化、モシクハ変異シタ個体ノ可能性ガアルガ、該当スルデータハ存在シナイ。戦闘能力ハ皆無。危険性ハ極メテ低イト推測』

 「なら、いいか……。おいウサギ、お前が追われてたのって、そうやって余計な煽りを入れたからじゃねーだろうな?」

 「――ぴ!」

 

 否定しているのか、それとも開き直っているのか。

 ミーヴェルの手のひらに収まるほどのサイズ。まだ子供なのだろうか、よく分からないが――。


 「……にしてもちっちぇえなあ。それに耳が少し透けてる? 銀色というか、変な奴だなお前」

 「ぴー?」 

 

 顔を傾けながらミーヴェルを見つめる白い毛玉。日光を透かすその耳は、まるで草原に咲く銀晶草をそのまま形にしたような、不思議な光沢を放っていた。


 「ま、お前も気をつけろよ。……さて、これ、持っていかないといけないのか……」

 

 目の前には、横たわるボスの巨躯。これを街まで運ぶ手間を考え、ミーヴェルは思わず顔を顰めた。

 

 『受付嬢サリアノ話ヲ聞イテイナカッタノカミーヴェル。コウイウ場合ハ、証拠トシテ指定サレタ部位――耳ヲ切リ落トセバ済ム。……ダガ、死骸ヲ丸ゴト持ッテ行ケバ、追加ノ素材代ガ支払ワレル可能性モアリ』

 「……依頼料+追加ボーナスか。いまは目先の金だ。重いのは我慢して、持っていこう」

 

 金がなければ、飯も食えない地上の世界。

 ミーヴェルは腰の獲物を鞘に収めると、重い腰を上げて解体と運搬の準備に取り掛かった。



 ◇


 「おかえりなさい、ミーヴェルさん!」

 

 ギルドの扉を潜ると、受付嬢のサリアが明るい声で迎えてくれた。

 

 「おう、ただいま。大漁だぞ」

 「そうですか、初めての依頼はどうでしたか?」

 「……まあ、簡単だったな」

 「ふふ、頼もしいですね。では、討伐の証拠を提示していただけますか?」

 

 サリアに促され、ミーヴェルは周囲の冒険者たちの注目を浴びながら、担いできたブレードウルフの巨体をドカンと専用の査定デスクへ載せた。

 周囲から「おい、丸ごとかよ……」と驚きの声が漏れる。


 「わあ、すごい……! なかなか、そのまま持ってこられる方はいないのですが、よく運べましたね。これなら牙や毛皮も高く買い取れますよ。ただ――」

 「おー! そうか! ……ただ?」

 「これ、ギルドの規定で『解体手数料』が別途発生しちゃうんですけど、どうされますか?」

 「……そうなの?」

 「はい。解体後に、その費用を差し引いた額が報酬として支給される形になります」

 

 サリアの説明によれば、買取価格は日々変動するものの、基本的には何でも買い取ってくれるらしい。

 だが、手慣れたハンターたちは「売れる部位」と「売れない部位」を熟知しているため、その場で必要な素材だけを剥ぎ取って持ってくるのだという。そうすれば余計な解体費用がかからず、仲介手数料を引かれただけの「純利益」がまるごと受注者の懐に入る。


 「このブレードウルフは肉の臭みが強く、食用には適しませんからね。もし、食用にできる獲物なら、解体費がかからない場合もあるのですが……」

 「そうだったのか。……まあ、いいさ。解体も込みで頼むよ」

 「承知いたしました。では、査定に回しますね。……それと」

 「なんだ、まだあるのか?」

 「はい」

 

 サリアは、ミーヴェルの顔から、わずかに右肩の方へと視線をずらした。


 「そのウサギさんは……? ギルドを出られる時は、いらっしゃいませんでしたよね」

 

 サリアの視線の先――ミーヴェルの肩の上では、いつの間にか白い毛玉が我が物顔で座り込み、器用に前足で顔を洗っていた。


 「……ああ、これか。なんかついて来たんだよ」

 「ついて来た……?」

 「ぴ!」


 ミーヴェルの言葉に、毛玉が自慢げに短く鳴く。

 事の経緯をかいつまんで説明すると、サリアは納得したように、けれどどこか不思議そうに目を細めた。


 「なるほど……。助けてもらった恩を感じてくれたのでしょうか? それにしても、やけに人慣れしているというか、不思議な生き物ですね。耳も銀晶草のように透き通っていて……やはり変異種でしょうか」

 

 サリアはまじまじとその耳を見つめていたが、やがて微笑んで顔を上げた。


 「まあ、害はなさそうですし、いいでしょう。では、手続きをしてまいりますので、あちらの椅子に座って少々お待ちください」

 「おう」

 

 サリアが奥へ下がっていくのを見送り、ミーヴェルは壁際の椅子に腰を下ろした。すると、肩に乗っていた毛玉がトテトテと膝の上まで移動し、そこを定位置にする。


 「……お前、やっぱり人慣れしすぎだろ」

 「ぴー?」

 

 小首を傾げる毛玉に、ミーヴェルは半ば呆れながらアイへ問いかけた。


 「(なあアイ、どう思う? 普通、初めて会ったやつの膝でくつろいだりしないよな)」


 『(肯定。個体サイズガ小サケレバ小サイホド、野生生物ハ慎重、マタハ臆病ニナル傾向ガ強イ。コノ個体ガ見セル無防備サハ、生存本能ニ反シテイル。……飼い主ガ存在スル可能性ハ否定デキナイ)』

 「(だよなー)おいウサギ、お前……実は帰る家があるんじゃねえのか?」

 「―――――ぴ!?」

 

 その瞬間だった。

 毛玉が、これまでに見たこともないような驚愕の表情を浮かべた。

 まるで「あ!? 忘れてた!?!?」とでも言わんばかりに全身を硬直させ、あわあわと動揺し始める。

 あまりに人間臭いその反応に、ミーヴェルが言葉を失いかけた、その時――。


 「……すまない、ちょっといいかな?」

 

 不意に頭上から声をかけられた。

 顔を上げると、そこには一人の若い青年が立っていた。冒険者風の身なりだが、その視線はミーヴェルではなく、膝の上でパニックになっている毛玉に注がれていた。



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