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23話 爆走する白い毛玉

 

 無垢なる黎明と、静寂なる永夜。両肩に宿したその異色の翼を、豪奢な背もたれに預けるようにして彼女は座っていた。


 肩まで流れる艶やかな黒髪と、冷徹なまでに整った顔立ち。そして、見る者を射抜くような銀と金のオッドアイ。その瞳に見つめられれば、意識ごと吸い込まれるような錯覚に陥るだろう。


 そこは天空の城塞においてもとりわけ高い位置に配された、静謐な威容を誇る迎賓の間。床一面に敷き詰められた深紅の絨毯と、水晶のシャンデリアが放つ光彩。贅を尽くした空間において、彼女の肌の白さは何よりも鮮烈だった。


 纏っているのは、滑らかな絹が身体のラインに沿って流れる薄衣。細い腰元だけは硬質な帯で強く引き締められ、その対比が彼女のしなやかな曲線を残酷なまでに強調している。


 膝まで露わになった陶器のような生足を組み替え、彼女は静かに、音一つ立てることなく真っ白なカップを口に運んだ。


 その一挙手一投足に、世の男たちなら生唾を飲み込み、視線を逸らすことすら忘れるに違いない。

 静寂を裂くように、一人の侍女が歩み寄る。至高の存在である主の機嫌を損ねぬよう、細心の注意を払いながら。

 

 「失礼いたします、ラーミア様。参られました」

 「……そう」

 

 ラーミアの短く、無機質な拒絶に近い返答。

 侍女が合図を送ると、重厚な扉がその重みを感じさせる音を立てて開かれた。

 

 「やあ、ラーミア。元気してた? 相変わらず美しいね。……どうだい、今夜あたり俺と一緒にベッドで遊ばない? きっと楽しいよ」

 

 開口一番、投げつけられたのはド直球のセクハラ。

 その瞬間、背後に控えていた侍女から皮膚を裂くような殺意が放たれる。だが、男はそれを柳に風と受け流し、甘く不敵な笑みを浮かべたままだ。

 

 男の名はファルガート。

 首の付け根で遊ぶセミロングの黄金の髪をさらりと流した、息を呑むほどの美少年だ。あどけなさを残した彫刻のような顔立ちとは裏腹に、その双眸は血のように深い真紅に染まっている。


 纏っているのは、上質でゆとりのある黒のセーター。そして下半身は、足の長さを際立たせる細身の漆黒のスラックスと、銀の装飾が鈍く光るレザーブーツでスタイリッシュにまとめ上げられている。ラフな抜け感と洗練された隙のなさが同居したその出立ちは、彼の持つ危険な色香をより一層引き立てていた。

 

 「――嫌よ。あなた、私のタイプじゃないもの。……そんなくだらないことを言いに来たのなら、今すぐ帰るわよ? 私は忙しいの」

 

 ラーミアはカップを戻し、冷ややかな視線で男を射抜いた。

 

 「冗談だよ、そんな真に受けないでよラーミアちゃん。ねえ? 特にそこの可愛い子ちゃんも」

 

 足のつま先を「トントン」と叩き、無邪気のように赤い目を細め、スッと見つめる。掛け合わせているのだ。「君の殺意など今の俺の行動と同じ」

 

 ――意味なんて無い


 「――カハッ……!?」


 その瞬間、侍女は心臓を直接握り潰されたかのような猛烈な圧に襲われた。魂が深淵に引きずり込まれるような、抗いようのない恐怖。膝が、屈辱に震える。

 

 「……へえ。やるじゃん」

 

 ファルガートは鼻を鳴らすと、ふっとその「圧」を霧散させた。

 

 「――私の侍女を虐めないでもらえる?ファルガート。それで、用件は何?」

 

 ラーミアは片肘を突き、不愉快そうに視線を外して、ナノヘイズが渦巻く窓の下界を眺めた。

 

 「ははっ、相変わらずせっかちだなあ。でも悪いんだけどさ、もう一人呼んでいるから。もう少しだけ待ってよ、ごめんね?」

 

 ファルガートは悪びれる様子もなく笑うと、恐怖で顔を青白くさせたばかりの侍女に向かって、傲岸不遜に指を鳴らした。

  

 「おい、そこの君。俺に深煎りのエスプレッソを。……ああ、それと砂糖はたっぷりと頼むよ」


 彼は悪戯を企む子供のように、蠱惑的な笑みを深めた。


 「極限まで苦くした黒に、真っ白な甘さをドロドロになるまで沈めるんだ。……ねえ、最高に背徳的だと思わない?」

 

 ◇

 

 街を出てから三十分。サリアの言う通り、目的地は意外なほど近い場所にあった。

 

 「ここっぽいな。あー、あれかな?」

 

 深い森へと差し掛かる手前。そこには、一帯が銀色に輝く草地が広がっていた。風に揺れる銀晶草が、まるで波のようにきらめいている。

 

 「アイ、生体反応は?」

 

 ミーヴェルの頭上からアイがふわりと浮かび上がり、周囲を360度高速スキャンする。

 

 『周囲一キロノ範囲内。目標タルブレードウルフノ特徴ヲ持ツ個体ハ、現状確認デキズ、ダガ四足歩行ノ足跡ヲ確認。シバラク待テバ会敵スル可能性アリ』

 

 「そっか、了解。……でも、だとしたら暇だな。サクッと終わらせたかったんだけど」

 

 ミーヴェルは拍子抜けしたように肩をすくめ、銀の波が広がる草原へと足を踏み入れた。

 

 「……にしても銀色だな、この葉っぱ。これがあのポーションって奴になるとは、アイも知らなかったろ?」

 

 しゃがみ込み、葉っぱをひっくり返して裏面を覗き込む。

 

 『肯定。ナノヘイズガ植物ニ付着シ、新タナ変化ヲモタラシタ。人間ヤ亜人ニトッテノ薬効トハ、植物側カラスレバ高濃度ナノヘイズノ無害化・結晶化ノ副産物ニ過ギナイ』

 

 「……というと?」

 『自ラノ体内ニ猛毒ヲ取リ込ミ、ソレヲ安定シタエネルギー源へと変換スル。結果トシテ周囲ノヘイズ濃度ガ下ガリ、他ノ生物ガ棲息シヤスクナル。……ツマリ、コノ植物ハ「自ラヲ守ッテクレル者」ヲ引キ寄セルタメニ、猛毒ヲ薬へと変エテ生存圏ヲ確保シテイルノダ。薬トシテ利用サレルコトスラ、彼ラノ計算ノ内ナノダロウ。タダ、データガ足リナイ。アクマデ推測ノ域ヲ出ナイガ』

 「へぇ……。自分を毒から守るついでに、周りの奴らにも恩を売って守ってもらおうってわけか。なかなかに強かだなこいつら、草って面白いなー」

 

 ミーヴェルは銀色に光る葉の感触を指先で確かめながら、感心したように呟いた。

 便利にされているようで、実は自分たちが植物の手のひらで踊らされている。そんな自然の逞しさに、少しだけ口角が上がる。

 自然は思った以上に逞しく、そして賢い。それはミーヴェルにとって、少しだけ心地よい発見だった。

 

 「よし、アイ。いくらか獲っていこうぜ!」

 

 ミーヴェルはそう言うと、手頃な銀晶草を選び、慣れた手つきで摘み取り始めた。風に揺れる銀の波に逆らうように、ミーヴェルの手が草の根元を捉えていく。

 しばらく収穫を続け、ミーヴェルの袋は銀色に輝く草で溢れそうになっていた。


 「ハハッ、大量大量。これだけあれば、いくらお金もらえるかな?」

 

 ミーヴェルはニヤニヤし、満足したように袋の先を萎め、腰を伸ばして一息つく。その時、肩に浮遊するアイが、警告音と共に高速スキャンを開始した。

 『……ミーヴェル、右前方三〇〇。銀の波ガ不自然ニ揺レタ』

 

 アイの冷静な警告に、ミーヴェルの体が瞬時に戦闘態勢へと切り替わる。収穫の余韻は一瞬で霧散し、草原の空気が張り詰めた。

 

 「ようやく来たか。……だとしたら、サクッと終わらせよう」

 

 ミーヴェルはしゃがんだ姿勢のまま、腰の獲物に手をかけた。銀晶草の銀の波を割って、何かがこちらへ急速接近してくるのが見える。

 

 「(……? ……ん?)」


 草原の向こうから、何かがこちらへ猛烈な勢いで向かって来ている。

 だがそれは、ミーヴェルが警戒していた姿ではなかった。


 「……ウサギ?」

 

 視界に飛び込んできたのは、真っ白で、もこもこな生き物。

 手のひらサイズの「毛玉」が、銀晶草の波を必死に飛び越え、全力でこちらへと転がり込んでくる。


 「ぴー!!」

 

 短い悲鳴のような声を上げ、真っ白な毛玉――は、ミーヴェルたちの足元で止まるどころか、その横を弾丸のようなスピードで通り過ぎて行った。


 「うおっ!? ……」

 

 あまりの速さに呆気にとられるミーヴェル。だが、その背後から迫る「真の脅威」をアイのセンサーが捉えた。

 『(害ハ無イト判断。ソレヨリ今ハ、後ロノブレードウルフニ集中シロ)』

 

 アイの冷徹な警告に、ミーヴェルは弾かれたように我に返った。


 「おっおおそうだな!」


 銀晶草の波を割り、ソレらは姿を現した。

 体長二メートルはゆうに超える巨躯。全身を覆う銀の体毛は、まるで無数の針を束ねたかのように硬質で、陽光を弾いて鋭く光っている。


 特筆すべきは、その異形なまでの武装だ。

 剥き出しになった牙は一本残らず剃刀のごとき鋭利さを持ち、背中から突き出した結晶状の刃が、動くたびに周囲の空気をピリピリと切り裂く。

 そして、獲物を定める紅蓮の瞳。

 感情を廃したその赤い光がミーヴェルを射貫いた瞬間、ブレードウルフの尾――その先端に備わった巨大な鎌が、処刑人の刃のように高く振り上げられた。

 

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