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22話 初めての依頼



 「……」


 バレンは、重厚な扉が閉まった後の静寂の中で、一人椅子に深く背を預けた。

 あの時抱いていた違和感。それが確信に変わったのは、小僧がこの部屋に入ってきた瞬間だった。

 この小僧のすぐそばには、確実に「何か」がいる。

 一見すれば誰もいないように見える。だが、長年修羅場を潜り抜けてきたワシの勘が、周囲の空気の「揺らぎ」が一致しないと告げていた。少年の背後に、あるいは影の中に、得体の知れない「観測者」が潜んでいるような不自然さ。ドワーフの精緻な歯車が、一箇所だけ噛み合わずに空転しているような、そんな居心地の悪い感覚だ。


 (……やはり、何かを隠しているな、あの小僧)

 

 それが魔人族特有の能力なのかもしれん。だが、残念ながらこのドワーフ国は魔人国との距離が遠すぎ、交流もほとんどない。伝え聞く話では、魔人族には羽の生えた者や異形の者、かと思えば一見してエルフやドワーフと大して変わらぬ者まで、多種多様な形態が存在するという。

 もしこの「違和感」が種族の特性だというのなら、むやみに問い質すわけにもいかない。だが……ポーションを知らないというのは、どうにも気にかかる。辺境の村出身だとしても、戦う者の常識だ。

 何より、先ほど釘を刺した時に感じたあれは何だ?

 小僧に殺気を向けた瞬間、背筋を這い上がった凍てつくような冷気。あれは小僧自身の殺気ではない。もっと機械的で、底の見えない無機質な暴力が、ワシの喉元に突きつけられたような感覚だった。意思のある怒りではなく、ただ「障害を排除する」という冷徹な演算の結果が、殺意として結実したような……。


 (………)

 

 そもそも、我が国がまともに交流を持っているのはエルフと獣人の国だけだ。昨今のナノヘイズ濃度上昇に喘ぐ状況じゃ、若い連中の鬱憤が溜まり、余所者に絡んでいくのも理解できなくはない。

 だが、今回は相手が悪すぎた。

 タイミングがいいのか悪いのか、小僧が寝ている間に王宮から一通の親書が届いた。

 内容を要約すればこうだ。入国時の関税として、金の代わりに『黄金級の蓄電池』を事も無げに差し出した者がいる、と。

 旧人類の遺跡から極稀に発掘されるそれは、この国が喉から手が出るほど欲しているエネルギーの塊だ。それを「手持ちの金がないから」という理由でポンと出すなど、正気の沙汰ではない。


 (――正直、小僧が強くて助かったわ)


 あんな歩く国家予算のようなガキを、もしギルドの連中がボコボコに叩きのめして五体満足で返さなかったら……今頃、ワシの首が飛ぶどころの話では済まなかったはずだ。王宮の連中がどれほど血眼になってあの蓄電池を回収したか、想像するだけで胃が痛む。

 惜しみなく中級ポーションを振る舞ったのも、王宮からの『最大限の便宜を図れ』という命令へのポーズだ。

 ハンターズギルドは国から独立した組織である……というのが建前だが、それも今となっては看板だけの話だ。30年に一度、中央に王、あるいはそれに連なる者が参加し、規約を塗り替えていく。もはや、名ばかりの独立組織。実態は国の下部組織に近い。

 唯一残された共通の決まりごとが、この『ハンターズギルド』のカードを持つ者への身分保証と仕事の斡旋だ。

 結局のところ、ワシらもこのナノヘイズに覆われた閉塞した世界で、王宮の顔色を伺いながら泥を啜って生きているに過ぎん。


 (……さて、あの化け物じみた小僧をどう扱うべきか)

 

 バレンは空になったポーションの瓶を見つめ、深く、重い溜息を吐き出した。

 

 「……これ。経費で落ちるかのう」


 ◇


 一方その頃、ミーヴェルはサリアからギルドのルールを学ぶと、すぐさま依頼を受けることにした。

 理由は単純明快。金がないからだ。

 昼飯こそギルドの厚意でなんとかなったが、今夜の宿代も、これからの食費もスッカラカンである。というわけで、手っ取り早く稼げそうな依頼を探して掲示板とにらめっこを始めたのだが……。


 「(うーん。やっぱり、一文字も読めん。アイ、網膜に翻訳投影してくれ)」

 『(了解。網膜投影システム起動)』

 

 網膜走査ディスプレイ:(RSD)。

 これはミーヴェルの眼球表面に付着したナノヘイズをアイが操作し、生成した情報に合わせて特定の光量子を反射・投影させる技術だ。ナノヘイズが当たり前に存在するこの時代、そしてアイという超高度AIを相棒に持つミーヴェルだからこそ可能な、世界で唯一の不可視の視界である。

 周囲からは、ただミーヴェルが掲示板をぼんやり眺めているようにしか見えない。だが彼の網膜には、ドワーフ特有の歯車を組み合わせたような複雑な文字が、鮮明な共通語へと変換されて映し出されていた。

 なお、ギルドカードは世界規格のため、ミーヴェルでもかろうじて読める旧人類の文字に近い書体で刻まれていたのが唯一の救いだった。


 「(おっ、これなんてどうだ? 金貨100枚……金貨なら銀貨より価値があるんだろ? 豪華なメシが食えそうだ!)」


 【カバルガ山に居つくクリスタルドラゴンの討伐。報酬:金貨100枚 / ランク:A(複数)もしくはS】


 『(……対象ランクガ見エナイノカ? ミーヴェルノ現在ノ等級デハ、受託不可能ダ)』

 「(冗談だって。……じゃあ、これは? 現実的なラインで)」


 【銀晶草採取エリアの安全確保。対象:ブレードウルフの排除。報酬:銀貨50枚 / ランク:C】


 「(これならさっきのよりはマシだろ。銀貨50枚あれば、数日は食い繋げるよな?)」

 『(肯定。後、受付ニ聞イテ距離ガ近イナラ、効率面デモ推奨。宿代確保ハ最優先事項ダ)』

 「……よし!」


 ミーヴェルは掲示板から剥ぎ取った依頼書を手に、受付へと向かった。

 そこには先ほどバレンの部屋へ案内してくれたサリアが、手際よく他の冒険者の処理をこなしていた。


 「これ、行けるか? BランクでもCのやつは受けられるんだろ?」

 

 サリアは差し出された依頼書と、ミーヴェルのカードを交互に見て、少し意外そうに目を丸くした。


 「えっ……。あ、はい。もちろん、上のランクの方が下のランクの依頼を受けるのは、ギルドの規約上何の問題もありません。ですが……」

 「ですが?」

 「Bランクの方なら、もっとこう、効率よく稼げる依頼もたくさんありますよ? このブレードウルフの排除は、主に新人のCランクパーティが実力試しに受けるようなものでして。ミーヴェルさんの実力なら、少し物足りないのでは……?」

 

 サリアの言い分はもっともだった。だが、今のミーヴェルにはまず目先の金という切迫した理由がある。ちょっと行って、サクッと狩って、帰って来る。

 そしてミーヴェルは宿屋の主人にこう言いたいのだ。

 

 ドヤ顔で、「とりあえず3泊。あと、一番いいメシを頼む」と。


 「いいんだ。ちょっと、この辺りの魔物に慣れておきたくてさ。……これ、場所は近いのか?」

 「はい。西の平原、街道沿いですのでここから歩いてすぐですよ。……分かりました。それでは、受託の手続きをいたしますね」

 サリアが慣れた手つきでカードを専用の装置に差し込み、機械的な駆動音が響くと、手続きは完了した。


 「はい、完了しました。お気をつけて行ってらっしゃいませ、ミーヴェルさん」

 

 サリアが笑顔でカードを返してくれる。


 「ブレードウルフは集団で狩りをする習性があります。いくらBランクといえど、囲まれないように注意してくださいね。それと、彼らの甲殻は非常に硬いので、打撃よりは隙間を突く攻撃が有効ですよ」

 「おう、分かってる。アドバイスありがとな。……行ってくるよ!」

 

 ミーヴェルは軽く手を挙げ、活気に満ちたギルドのロビーを通り抜け、外へと足を踏み出した。

 

 『(ミーヴェル。ツイデニ「銀晶草」ノ採取モ並行シテ行ウコトヲ提案)』

 「(おおっ、それもいいな! ……いいのか、そんな欲張って? ……まあいいか!)」


 青白く差し込む太陽の光が、ドワーフ国の石造りの街並みを幻想的に照らしている。

 それを背に、ミーヴェルとアイは街の外へと勢いよく駆け出した。




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