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21話 Bランク


 「ギルド長、サリアです。ミーヴェルさんをお連れしました」

 「……入れ」

 

 扉を叩くと、奥から地響きのような野太い声が返ってきた。

 サリアに続いて入室すると、そこには巨大な執務机に向かい、眉間に深い皺を刻んで何やら書類を睨みつけているバレンの姿があった。

 彼はちらりとこちらを一瞥したが、すぐに手元の羊皮紙に視線を戻す。


 「すぐ終わる。そこに座って待ってろ。……サリア、お前は業務に戻れ。ご苦労だったな」

 「はい、失礼いたします」

 

 丁寧な会釈を残して、サリアは扉の向こうへと消えていった。

 残されたミーヴェルは、促されるままにふかふかの革張りソファに腰を下ろし、手持ち無沙汰に周囲を見回した。

 『ギルド長』といういかにも偉そうな肩書きに違わず、部屋には由来の知れない高価そうな調度品が並んでいる。だが、何よりミーヴェルの目を引いたのは、壁一面に配置された精密な機械仕掛けの数々だった。

 規則正しく時を刻む時計らしきもの。複雑な歯車が噛み合い、微かな駆動音を立てる真鍮製の装置。それらはドワーフの熟練技師が丹精込めて作り上げたものなのだろう、整然と、それでいて不快な圧迫感を与えない絶妙なバランスで配置されていた。

 ただ、この空間には決定的な違和感が一つだけある。

 どう見ても戦場や酒場がお似合いの、あのゴリゴリに野性味溢れる巨漢が、小さなペンを握って細かな書類と格闘している姿だ。その光景だけが、洗練された部屋の中で猛烈に浮いている。


 (……あの腕、絶対にペンより槌の方がしっくりくるだろ)

 

 そんな失礼なことを考えながら、きょろきょろと辺りを観察し続けていると、ようやく「待たせたな」という声と共に、バレンがペンを置いて対面のソファへとドッカリと腰掛けた。


 『(言イ忘レテイタガ、ミーヴェル。念話デ私ニ話シカケルトキ、無意識ニアイノ方ヘ顔ヲ向ケル癖ガアル。バレンハ先ノ戦イデソノ違和感ニ気付イテイル節ガアル。決シテ、コチラヲ見ルナ)』

 「(……それ、起きた時に言ってくんない!? 今このおっさんと対面してる時じゃなくてさ!)」

 「……ん? どうした小僧、挙動不審だぞ」

 「あっ、いや、なんでもない。ちょっと首を回しただけだ」

 

 バレンが不審そうに目を細める。慌てて視線を正面に固定するミーヴェル。


 「(後で覚えてろよ、アイ)」

 『(親切デオシエタノダ。ホラ、前ヲ向ケ)』

 「(……くっ)」

 

 バレンはしばらく値踏みするようにミーヴェルを見つめていたが、やがて太い腕を組んだ。


 「それで、身体の具合はどうだ?」

 「あ、ああ。全身筋肉痛だが、まあ、しばらく放っておけば治る。……あんたこそ、膝は大丈夫なのか?」

 

 そう尋ねると、バレンは一瞬意表を突かれたような顔をした後、ニヤリと笑った。


 「カッカッカ! 若いもんに心配されるとはな。安心せえ、あの程度の怪我、ポーションを飲めば一発よ」

 「……ポーション?」

 「……なんじゃ小僧、ポーションを知らんのか?」

 「ああ。いや、あるのかもしれないけどさ。俺、魔人国でもかなりのど田舎出身で……そういうの、見たことないんだ」


 バレンが驚きながら教えてくれたところによれば、それは『銀晶草ギンショウソウ』――他国では気取って『エリアス草』と呼ばれる、葉裏が銀色の結晶のように輝く薬草を加工した回復薬だという。

 「……ふむ。では小僧、お前は怪我をした時どうするのだ?」

 「……気合?」


 一瞬の沈黙の後、部屋に爆鳴のような笑い声が響き渡った。


 「はっはっはっは! そうか、気合か! なんともバーサーカーらしい。ガハハ、気が合いそうじゃわい!」

 「ばーさーかー……?」

 「なんじゃ、違うのか? 小僧、お前、戦っている最中に笑っていたぞ」

 「えっ、マジで?」


 無意識の指摘に、ミーヴェルは自分の頬を触った。自覚はなかったが、あの極限の加速の中で、自分はそんな顔をしていたのか。

 バレンはふと立ち上がると、壁際の戸棚を開け、小さな瓶を手に取って戻ってきた。


 「飲んでみるか?」

 「ん? これがポーションってやつか」

 「ああ、そうだ。ドワーフ製だ、効能で言ったら『中級品』に当たる。筋肉痛ごときなら低級品で事足りるが……まあ、そもそも筋肉痛ごときでこれを飲む贅沢者はおらんがな」

 

 渡された透明な小瓶には、青白い液体が満たされていた。銀晶草という名前から、単純に銀色かと思いきや、精製されるとこのような色になるらしい。


 ((……アイ、これ大丈夫か?))

 『(成分確認。毒物検出セズ。飲用ニヨル人体ヘノ悪影響ナシ。バレンノ心拍数、瞳孔等ニ異常ナシ。罠ノ可能性低イト判断)』

 ((わかった))

 

 そのまま蓋を取り、一気に煽ってみた。

 味は、一言で言えば「うーん。THE 草」ちょっと甘いとか、そんな気の利いた味付けは一切ない。青臭さが喉を突き抜ける。


 「ん? ……んんっ!?」

 

 だが、直後に驚きが襲った。

 重く沈んでいた足や、熱を持っていた腕の痛みが、見る間に引いていくのを感じたからだ。


 「何これ!? すげぇ、痛みが消えた!」

 「その反応、知らないというのは本当のようだな。……ちなみにその中級品一本で銀貨20枚はするぞ?」

 「がはっ!?」

 思いっきりむせるミーヴェルに再び笑い声をあげるバレン


 「ガッハッハッハ、安心せえ金はとらん。……さて」 


 バレンが笑い声を収めると、空気が一変した。

 彼は机の引き出しから、一枚の「銀色のカード」を取り出し、テーブルの上でミーヴェルの方へと滑らせた。


 「……これが、お前のカードだ」


 差し出された銀色の輝き。そこに刻まれた文字を確認し、ミーヴェルは思わず声を上げた。


 「……B? ……え、Bランク?」

 「そうだ」


 先程までの豪快な笑みは消え、バレンの瞳には鋭い観察の光が宿っていた。

 その研ぎ澄まされた威圧感に、ミーヴェルは思わず背筋が冷たくなるのを感じる。

 

 「お前が寝ている間に、門番からの情報などを調べさせてもらった。昨日この国に来たそうだな。目的は旅、だったか」

 「ああ、そうだけど……」

 「一人でか。……こんなご時世に」

 

 バレンの言葉に、ミーヴェルは首を傾げた。

 

 「(……こんなご時世、って、どういう意味だ?)」

 『(警告。周辺地域ノナノヘイズ濃度ハ上昇傾向ニアリ。ヘイズ・コレクターノ平地デノ目撃情報モ増加中。一般人ノ単独旅ハ「自殺行為」ト見做サレルノガコノ国ニオイテ通例ノヨウダ)』

 「(……あー、そうなんだ、じゃあ俺らそんなに魔物と出会わなかったのは運が良かっただけか)」

 

 ミーヴェルの脳内での呑気な納得とは裏腹に、部屋の空気はさらに重く張り詰めていく。

 バレンは組んだ腕を解き、深くソファに背を預けた。

 

 「……はぁ。まあいい、お前が何者で、何を目的に旅をしているのか。それを根掘り葉掘り聞く趣味はねえ。だがな、小僧」


 バレンが指先で銀色のカードを叩く。

 そして、ミーヴェルの目を射抜くような鋭い視線とともに、ドロリとした重い殺気を放った。

 

 「この国で問題を起こすことは許さん。もし、ワシの顔に泥を塗るような真似をしてみろ。……ただじゃ済まさんぞ」

 

 その瞬間、部屋の温度が数度下がったかのような錯覚にミーヴェルが陥る。

 だが、それ以上にミーヴェルの背筋を凍らせたのは、脳内に響いた無機質な警告音だった。


 『(警告。対象カラ殺気ヲ感知。迎撃プレッシャー発――)』

 ((ちょっ!? アイ! 待て、やめろストップ!!))

 

 ミーヴェルが内心で叫んだのと同時だった。

 バレンが「おや?」とでも言いたげに、不自然に眉を跳ね上げた。

 歴戦のドワーフである彼が、ミーヴェルの背後に「何か」の気配……自分を上回る、圧倒的に冷徹な「捕食者のプレッシャー」を感じ取ったのだ。


 「……ん? ……なんだ、今の……」

 

 バレンが放っていた殺気が、霧散するように消える。

 ミーヴェルは冷や汗を拭いながら、必死に平静を装った。

 「(……アイ、落ち着け。今のはただの脅しだ、敵意じゃないから多分!)」

 『(了解)』

 

 ミーヴェルは深呼吸を一つし、真っ向からバレンを見据えた。


 「……わかってるよ。問題なんて起こす気はないって」

 「……そうか。ならいい」


 ミーヴェルは手の中の銀色のカードを指先で弄んだ。

 今の自分には活動の拠点と、何より目先の通貨が必要だ。昼飯は奇跡的に食べれたが数時間後の晩飯代を至急稼がなければならない。


 「……サリア!」

 

 バレンが声を張り上げると、まるで待機していたかのように扉が開き、サリアが入室してきた。


 「はい、ギルド長」

 「この『Bランク』の小僧を、ギルドの資料室へ案内してやれ。そこでギルドのルールを叩き込んでやれ。いいな」

 「畏まりました、こちらへどうぞ、ミーヴェルさん」

 

 ミーヴェルはソファから立ち上がると。革の質感を確かめるように一息つき。彼女の背を追って部屋を後にした。


 

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