第5話 家族同伴
宮本大樹は、見た目通りよく喋る男だった。
「久住だろ?」
向こうから名前を呼ばれた時、悠人はまた焦った。
顔は分からない。
だが名前は覚えている。
昨夜覚え直したばかりだ。
「宮本」
「おお。覚えてるじゃん」
「名前見たからな」
今度は最初から白状した。
宮本が豪快に笑う。
「正直でよろしい」
近くで見るとかなり大きい。
学生時代に何かスポーツをしていたのだろうと思った。
「お前、昔からでかかったっけ?」
悠人が聞く。
「高校で一気に伸びたんだよ」
「何かやってた?」
「応援団」
「スポーツじゃないのかよ」
「スポーツよりきついぞ」
宮本が笑った。
横にいた瀬川は、宮本ほど喋らない。
それでも感じが悪いわけではなかった。
「瀬川。久しぶり」
「久しぶり……でいいんだよな」
瀬川が言う。
「俺もほとんど覚えてない」
「助かる」
悠人が答えると、二人とも笑った。
やはり自分だけではないらしい。
九歳の頃の同級生など、そんなものなのだ。
「お父さんより若く見える」
結菜が突然言った。
瀬川が目を丸くする。
宮本は笑い出した。
「娘ちゃん、正直だなあ」
「結菜」
真帆がたしなめる。
「だって本当だもん」
「思ったことを全部言っていいわけじゃないの」
悠人は黙って宮本を見る。
確かに若い。
日頃から体を動かしている人間の体つきだ。
「いや、俺も四十だから」
宮本が結菜へ言った。
「同じ?」
「同じ同じ」
結菜が悠人を見る。
それから宮本を見る。
「全然違う」
「二回言うな」
今度は瀬川まで笑った。
少し離れたところから、
「大樹」
と女性の声がした。
二人の女性がこちらへ歩いてくる。
宮本が手を上げた。
「妻」
隣の女性を紹介する。
「理沙」
もう一人は瀬川の妻だった。
彩乃。
どちらも三年二組ではないらしい。
それでも悠人には、何となく顔を見たことがある気がした。
先に反応したのは真帆だった。
「え?」
彩乃も立ち止まる。
「真帆?」
次の瞬間、二人の表情が明るくなった。
「うそ。久しぶり!」
「彩乃?」
理沙も驚いた顔をする。
「真帆じゃん」
三人が一気に近づいた。
悠人は完全に置いていかれた。
「知り合い?」
真帆が振り返る。
「六年の時、一緒だったの」
「二人とも?」
「そう」
つまり瀬川と宮本の妻たちは三年二組ではないが、真帆とは六年時の同級生だった。
「すごい偶然」
真帆が言う。
彩乃が笑った。
「ほんと。亮介の同窓会についてきたら真帆がいるとは思わなかった」
「私も」
宮本が胸を張る。
「家族同伴にした幹事、大正解だな」
「お前が決めたみたいに言うな」
瀬川が言った。
自然に笑いが起きた。
悠人は、参加してよかったかもしれないと思った。
自分は三田村と再会した。
真帆も昔の友達二人に会えた。
結菜にとっては旅行。
同窓会そのものには正直それほど期待していなかったが、こうして昔のつながりが偶然戻るのは悪くない。
三田村も少し離れたところからこちらを見ていた。
宮本が気づく。
「三田村?」
「覚えてる?」
三田村が言う。
「名前聞いたらな」
宮本が答える。
瀬川も頷く。
その場に五人が揃った。
瀬川。
彩乃。
宮本。
理沙。
三田村。
今思えば、その瞬間だった。
ただ悠人にとっては、昔同じ地域で育った人間がたまたま五人並んだだけにしか見えなかった。
会場前方の大型モニターには、ホテル周辺の観光案内映像が流れていた。
山。
湖。
古い商店街。
夏祭り。
何年も前に撮影された映像らしく、今はなくなった建物も混じっている。
結菜が、
「あそこ行きたい」
と湖畔のアスレチックを指した。
「明日な」
悠人が答える。
映像が切り替わる。
古い野球場。
地方大会らしい。
スタンドには高校生。
グラウンドには白いユニフォーム。
画面の隅に、
『旧・青葉市民球場』
という文字が出た。
悠人は見ていなかった。
結菜が次の観光地を探していたからだ。
だから気づかなかった。
宮本の笑顔が消えたことに。
瀬川が無言になったことに。
彩乃が視線を落としたことに。
理沙が唇を結んだことに。
そして三田村が、モニターから目を逸らしたことにも。
映像は十秒ほどで次へ変わった。
湖畔の花火大会。
宮本がグラスを手に取る。
「いやあ、しかし懐かしいな」
さっきまでと同じ声だった。
少なくとも悠人には、そう聞こえた。
しばらくして会場の準備が始まり、真帆は彩乃と理沙に連れられるように別の席へ向かった。
結菜は暇になったらしく、
「ホテル見てくる」
と言い出した。
「一人で行くなよ」
「ロビーだけ」
「迷子になる」
「十歳だよ」
「十歳が一番迷子になるんだ」
「何その理屈」
結局、悠人がついていくことになった。
ロビーには観光客も多かった。
売店。
カフェ。
外へ続くテラス。
結菜は館内案内を片っ端から見ている。
「明日これやりたい」
指差したのは子ども向けの自然体験プログラムだった。
受付カウンターには若い女性スタッフが立っていた。
三十代半ばくらいだろうか。
胸元の名札。
八神紗月。
「こちら、明日もやってますか?」
結菜が自分で聞く。
女性は笑顔で頷いた。
「やってるよ。朝九時から受付」
「何するんですか?」
「森の中を歩いて、植物を探したり、簡単なクラフトを作ったり」
「やりたい」
結菜が振り返る。
「はいはい」
悠人が言う。
八神が笑った。
「お父さん、大変ですね」
「二泊分使い倒すつもりみたいで」
「せっかくですから」
感じのいいスタッフだった。
それだけだった。
悠人がパンフレットを見ている間に、結菜が少し離れた場所へ歩いていく。
「あんまり行くなよ」
「分かってる」
答えながら、結菜は廊下の先を見ていた。
従業員用らしい扉の近く。
そこに、さっきの幹事――野崎がいた。
八神紗月もいる。
何か話しているようだった。
野崎が笑い、八神も頷く。
ホテルスタッフと宴会の幹事。
話していて不思議なことは何もない。
結菜もすぐに興味を失った。
「お父さん」
「何?」
「幹事さん、さっきのお姉さんと話してたよ」
悠人はパンフレットから目を上げなかった。
「ホテルの人なんだから話すだろ」
「そうだね」
「ほら、戻るぞ。始まるから」
結菜が先に歩く。
悠人もその後を追った。
背後では野崎と八神がまだ話していた。
悠人は一度も振り返らなかった。
だから、その二人がどんな表情で別れたのかも知らない。
そして会場へ戻る途中。
階段を下りていた宮本が、途中で一度だけ足を止めていたことにも気づかなかった。
宮本は手すりを握っていた。
「どうしたの?」
横にいた理沙が聞く。
宮本は数秒、階段の下を見ていた。
やがていつもの調子で笑った。
「膝だよ。最近だめだな」
「運動してるくせに」
「年には勝てないって」
そう言って、また歩き始める。
誰も気にしなかった。
四十歳なら、そんなこともある。
宮本自身も、それ以上何も言わなかった。
ただ階段を下り切るまで、一度も下を見なかった。




