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『誰も覚えていない三年二組』  作者: asnt2026


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第6話 三年生の思い出

同窓会は、悠人が想像していたより普通に始まった。


もっと気まずいものだと思っていた。


三十年以上会っていない人間が集まって、昔話など本当にできるのか。名前すらまともに思い出せない自分が参加して、二時間も三時間も間が持つのか。


そんな心配をしていたのだが、始まってみれば何とかなるものだった。


料理が運ばれ、酒が入る。


野崎が用意したという昔の写真がスクリーンに映されるたび、


「いたいた、こんな先生」


「この遊具、もうないよね」


「給食室ってここだったっけ?」


と、誰かしらが声を上げる。


記憶というのは不思議なものだ、と悠人は思った。


一人では思い出せない。


けれど誰かが、


「図書室の前に大きい水槽があった」


と言えば、


「あった」


と思う。


校庭の隅に百葉箱があった。


体育館の裏でドッジボールをした。


給食のカレーには干しぶどうが入っていて、嫌いな子が多かった。


確かなのか、他人の話に自分の記憶が引っ張られているだけなのか、途中から分からなくなった。


「久住君、昔から静かな子だったよね」


向かいに座った女性に言われた。


名札を見る。


高橋。


名前を見ても分からない。


「そうだった?」


「そうだったと思う」


「思う、なんだ」


「だって三年生だよ」


高橋が笑う。


それで済んでしまう。


三年生。


その言葉には便利なところがあった。


覚えていなくても仕方がない。


間違っていても仕方がない。


誰かが何かを覚えていると言えば、そんなこともあったかもしれないと思える。


悠人はグラスを口に運びながら、少し離れた席に座る野崎を見た。


幹事は忙しそうだった。


先生の飲み物を気にし、遅れて到着した参加者を迎え、ホテルスタッフに料理の確認をしている。


あれだけ連絡先を探して、この人数を集めたのだから大したものだ。


自分なら途中で面倒になっている。


「野崎君は本当に大変だったみたいよ」


声をかけてきたのは、副担任だった小宮山紀子だった。


悠人が顔を向ける。


間近で見ても、やはり昔の姿はほとんど思い出せない。


「そうみたいですね。連絡先、全然分からなかったって」


「私のところにも何回か電話があったもの」


「先生に?」


「昔の連絡網なんて残ってないかって。さすがに三十年以上前でしょう。私も持ってなくて」


小宮山は苦笑した。


「先生も野崎のこと覚えてました?」


聞いてから失礼だったかと思った。


だが小宮山は気にした様子もなく首を傾げた。


「名前はね。でも、子どもの頃の顔はもう曖昧。みんなそうよ」


「ですよね」


「あなたも最初分からなかったでしょう?」


「完全にバレてますね」


「受付で自転車の話してたじゃない」


聞かれていたらしい。


悠人は恥ずかしくなった。


「作文集で予習しました」


「真面目ねえ」


「昔から真面目だったんですかね」


「どうだったかしら」


小宮山が笑う。


教師ですら、この程度なのだ。


三十年以上前の一クラス。


三十人。


その中の一人一人を覚えていろと言われる方が無理なのだろう。


少し離れたところでは、宮本が担任の梶原と話していた。


「先生、俺のこと覚えてます?」


「宮本か?」


「おお、即答!」


「名札見た」


梶原が言い、周囲が笑った。


「先生、それ反則ですよ」


「四十になった教え子を顔だけで当てろって方が無茶だ」


宮本の笑い声は大きかった。


酒もかなり進んでいる。


それでも乱れる感じはなく、周囲を楽しませるタイプなのだろうと思った。


瀬川も近くにいる。


彩乃と理沙は真帆と昔話に花を咲かせていた。


三田村はその少し外側で酒を飲んでいる。


悠人は席を立った。


「圭介」


三田村が顔を上げた。


「ん?」


「飲んでる?」


「そこそこ」


「昔から飲めたっけ」


「小学生の時は飲んでないだろ」


「ああ、そうか」


「もう酔ってんのか」


二人で笑った。


久しぶりに会ったはずなのに、話していると空白の年月が妙に短く感じられた。


「そういやお前、今も小説書いてんの?」


三田村が言った。


「今もって、いつ知ったんだよ」


「さっき聞いた。奥さんから」


悠人は真帆を見る。


真帆は彩乃と話していてこちらには気づいていない。


「趣味だよ」


「ネットに載せてんだろ?」


「一応」


「名前何だっけ?」


悠人は投稿サイトで使っている筆名を教えた。


「今度読むわ」


「やめとけ」


「なんでだよ」


「知り合いに読まれるの、妙に恥ずかしいんだよ」


「じゃあ公開すんなよ」


「知らない人に読まれるのはいいんだ」


「面倒くさい作家だな」


「作家って言うな。そこだけ聞かれると恥ずかしい」


近くをホテルスタッフが何人か通り過ぎた。


料理の皿を下げる人間。


飲み物を運ぶ人間。


誰もこちらを気にしてはいない。


悠人も、それ以上小説の話をする気はなかった。


「お父さん」


結菜がやってくる。


「眠い」


「まだ八時だぞ」


「暇」


「さっきまでホテル探検してただろ」


「一人じゃだめって言ったの、お父さんじゃん」


「そりゃそうだ」


結菜は悠人の隣に座った。


三田村が笑う。


「明日は遊びに行くの?」


「アスレチック」


結菜が即答する。


「いいな」


「三田村さんは?」


「明日帰る」


「みんな帰るの?」


「たぶんね」


結菜は悠人を見る。


少し得意げだった。


「うちだけ二泊」


「そんな勝ち誇ることじゃない」


しばらくして、野崎がマイクを持った。


宴も終盤らしい。


「今日は本当にありがとうございました」


さっきまでの気さくな調子とは違い、少し緊張した声だった。


「正直、こんなに集まってもらえると思ってませんでした。連絡先が分からない人も多くて、実家に電話したり、先生方にも協力してもらったり……」


会場から、


「お疲れ」


と声が飛ぶ。


野崎が笑った。


「本当に疲れました」


また笑いが起きた。


「でも、やってよかったと思います。三十年以上経って、こうやってまた会えるなんて思わなかったので」


拍手。


悠人も手を叩いた。


そして、ふと思い出した。


そうだ。


聞こうと思っていたことがある。


締めの挨拶が終わり、席を立った野崎のところへ向かう。


「野崎」


「ん?」


「一個聞いていい?」


「何?」


「これ、なんで三年二組だったんだ?」


野崎が一瞬だけ目を細めた。


気のせいかもしれない。


すぐに、


「ああ、それ――」


と言ったところで、背後から声がした。


「野崎さん、すみません」


ホテルの男性スタッフだった。


「お支払いの件で確認が」


「あ、はい。今行きます」


野崎は悠人へ片手を上げた。


「ごめん。あとでいい?」


「ああ」


野崎はスタッフと会場の外へ出ていった。


悠人は取り残された。


まあ、あとで聞けばいい。


そう思った。


けれど結局、その夜、野崎に同じ質問をすることはなかった。


帰り際。


エレベーターを待っていた悠人の少し先で、宮本が三田村へ声をかけているのが見えた。


二人とも、さっきまでの宴会とは違って笑っていなかった。


「圭介」


宮本が低い声で言った。


「俺さ……」


そこから先は、エレベーターの到着音に消された。


扉が開き、結菜が悠人の腕を引く。


「来たよ」


「ああ」


乗り込む直前、もう一度振り返った。


宮本が何かを話し、三田村は黙って聞いていた。


一瞬だけ、三田村が険しい顔をしたように見えた。


翌朝には、悠人はその光景をほとんど忘れていた。

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