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『誰も覚えていない三年二組』  作者: asnt2026


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第3話 幹事の顔

同窓会当日の朝、結菜は新幹線に乗る前から疲れるほどはしゃいでいた。


「まだ?」


「何が」


「ホテル」


「今、駅だろ」


「あと何分?」


「二時間半」


「長い」


「始まってもないのに文句言うな」


悠人が言うと、真帆が笑った。


「誰に似たんだろうね」


「お前だろ」


「私はもっと我慢できるよ」


「旅行前の日、夜中までガイド見てたの誰だ」


「それとこれは別」


新幹線に乗り、結菜は窓際を確保した。


悠人は通路側。


真帆が中央。


発車して十分ほどすると結菜は景色に飽き、三十分後には菓子を食べ、一時間後には寝た。


「何しに窓際座ったんだよ」


悠人が小声で言う。


真帆が結菜の頭を肩へ寄せた。


「子どもなんてそんなものでしょ」


車内は静かだった。


悠人はスマートフォンを取り出し、同窓会参加者一覧を開いた。


幹事から事前に共有されたものだ。


参加予定は十一名。


思ったより少ない。


三十人ほどいたはずだから、三分の一程度だ。


担任と副担任も来る。


家族同伴者を含めれば、もう少し人数は増えるらしい。


「まだ見てるの?」


真帆が言った。


「顔と名前くらい覚えとこうと思って」


「テスト?」


「受付で『久しぶり』って言われて、『誰?』って返すの嫌だろ」


「でも分からないんでしょ?」


「だから勉強してる」


悠人は昨夜もアルバムと作文集を見た。


瀬川亮介。


宮本大樹。


三田村圭介。


何人かは名前に覚えがある。


瀬川と宮本は、たぶん同じクラスだった。


三田村ははっきり覚えている。


昔よく遊んだ。


家も比較的近かった。


放課後に公園へ行ったり、お互いの家でゲームをしたりした。


四年でクラスが別れ、そのあと少しずつ遊ばなくなった。


五年生の途中で転校。


それきり。


参加者一覧で名前を見た時は、正直かなり嬉しかった。


「三田村君って、仲よかったんだ」


真帆が画面を見ながら言った。


「三年くらいまではな」


「へえ」


「何、その反応」


「別に」


真帆は窓の外を見た。


ほんの一瞬だったので、悠人も気に留めなかった。


目的の駅から送迎バスに乗り換え、ホテルへ到着したのは午後三時過ぎだった。


建物を見上げ、悠人は少し後悔した。


思っていたより立派だった。


山と湖に囲まれた大型リゾート。


正面玄関は広く、ガラス張りのロビーの向こうには庭園まで見える。


「ここ本当にあの値段?」


真帆が小声で言った。


「俺も今不安になってきた」


「あとで追加料金とかないよね?」


「同窓会詐欺?」


「小説のネタにしないで」


結菜だけはすでに館内案内を見ていた。


「プールある!」


「今日は行かないぞ」


「なんで?」


「同窓会だから」


「お父さんだけ行けば?」


「何のために家族同伴したんだよ」


受付の近くに、小さな看板が置かれていた。


『北野小学校三年二組同窓会 受付』


その前に一人の男性が立っている。


ネームプレートには、


野崎智也


と書かれていた。


悠人は足を止めた。


四十歳くらい。


当然だ。


同級生なのだから。


中肉中背。


眼鏡。


短く整えた髪。


笑顔の感じがいい。


ただ――


分からない。


まったく覚えていなかった。


向こうが悠人に気づいた。


「あっ、久住?」


迷いなく名前を呼ばれた。


「おお……」


一瞬の間ができた。


まずいと思った悠人は笑った。


「久しぶり」


「久しぶりだなあ。変わったな」


「お前もな」


言ってから、具体的に何が変わったのか自分でも分からなかった。


九歳から四十歳なら変わって当然である。


野崎が笑う。


「分かんなかっただろ?」


「ああ、まあ……最初は」


嘘だった。


今も分かっていない。


「そりゃそうだよな。三十年以上だもんな」


「そうだな」


悠人は昨夜覚えた作文を思い出した。


何か会話の糸口になるかもしれない。


「お前、昔……自転車好きだったよな」


言った瞬間、真帆が横を向いた。


笑いをこらえているのが分かる。


野崎は一拍置いてから、


「ああ。乗ってたなあ」


と答えた。


「青いやつ」


「そうそう」


野崎も笑った。


会話が続いたことに悠人は安心した。


だが結菜が袖を引っ張る。


「お父さん」


「何」


「作文で見たんでしょ」


「黙れ」


小声で言う。


真帆がもう耐えられず吹き出した。


野崎も意味を理解したらしく笑った。


「予習してきたのかよ」


「いや、一応な。全然覚えてなくて」


「俺も似たようなもんだよ」


その言葉に、悠人は少し救われた。


「だよな」


「三年だもんな」


野崎は言いながら、名簿らしい紙にチェックを入れた。


「奥さんと娘さん?」


「ああ。妻の真帆。娘の結菜」


「こんにちは」


真帆が軽く頭を下げる。


結菜も続いた。


野崎は二人へ笑顔を向けた。


「家族で来てくれてありがとう。宿泊、二泊だったよね」


「はい。おかげで旅行になりました」


真帆が答えた。


「楽しんでいってください」


感じのいい幹事だった。


それでも会場へ向かいながら、悠人は一度だけ振り返った。


野崎は次の参加者を迎えている。


明るく手を上げ、


「久しぶり!」


と声をかけていた。


悠人は少し笑った。


みんな同じことをしているのだ。


覚えているふりをして、昔を知っている顔をする。


三十年以上も経てば、そんなものなのかもしれない。


「お父さん」


結菜が言った。


「何」


「すごいぎこちなかった」


「うるさい」


「青い自転車」


「もう忘れろ」


真帆まで横で笑っている。


その時の悠人は、少し恥ずかしかっただけだった。


受付で交わした会話を、後になって何度も思い返すことになるなど、もちろん知るはずもなかった。

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