10 新居
それから数週間後。
喧騒を離れた王都の端、緑豊かな丘の上に、私たちが選んだ小さな家がありました。
「ホリー、こっちの窓からは聖堂の鐘が見えるよ。君が気に入っていた景色だ」
セイドリックが、まだ荷解きも終わっていない居間で、背後から私を優しく抱き寄せました。
「ええ、本当に素敵。セイドリック、夢みたいだわ。あんなに冷たかった場所から、こんなに温かな場所に辿り着けるなんて」
私が振り返ると、そこにはかつての「鉄の規律に縛られた聖騎士」の姿はありません。
今、目の前にいるのは、一人の愛する男性としての、甘く蕩けるような眼差しを向けてくれる私の夫です。
「夢じゃないよ。これからは毎日、この景色を二人で見よう。……もう、誰にも邪魔はさせない」
セイドリックは私の額にそっと唇を寄せ、さらに腕の力を強めました。
彼の体温と、窓から吹き込む爽やかな風が、ここが私の新しい居場所なのだと教えてくれます。
ドゥシヨモネ王国で冷たい言葉を浴びせられ、絶望の淵にいたあの日。その先に、こんなにも穏やかで、愛に満ちた時間が待っているなんて想像もしていませんでした。
「ねえ、セイドリック。私、今とっても幸せよ」
「私もだ、ホリー。君が隣にいてくれるだけで、他に何もいらない」
私たちは見つめ合い、どちらからともなく微笑みを交わしました。
「夢じゃない。これからは毎日、俺が君の隣でそれを証明し続ける。……まずは、このキッチンで君に美味しい朝食を作ることから始めようか」
私の不安を溶かすように、セイドリックはそう言って優しく微笑みました。
彼は私の手を取り、白い指先に輝く銀の指輪――二人の誓いの証――の上から、何度も、何度も、慈しむように口づけを落としました。
「ふふ、騎士様がお料理? じゃあ、わたしもお手伝いしますね」
私が袖を捲ろうとすると、セイドリックはそれを優しく押しとどめました。
「いいや、今日は座っていて。君は今まで、あの国に尽くしすぎてきた。これからは、俺が君を世界で一番甘やかしたいんだ」
「あ……っ」
驚く間もなく、彼は私を軽々と横抱きにしました。
ドゥシヨモネ王国から脱出したあの時と同じ、逞しくて安心する腕の中。
でも、今の彼の瞳には、戦うための鋭さではなく、私だけに向ける深い情熱が宿っています。
セイドリックは私を抱えたまま、日当たりの良い柔らかなソファへと運び、まるで壊れ物を扱うようにそっと降ろしました。
「セイドリック、恥ずかしいわ! 護衛騎士の皆さんが外で荷物を運んでくれているのに……っ」
顔が火照るのを感じながら私が抗議すると、セイドリックは悪戯っぽく口角を上げました。
「彼らには後でたっぷりと酒を振る舞っておくよ。今は、俺と君だけの時間だ」
そう言って私の頬を優しく撫でる彼の指先からは、隠しきれないほどの独占欲と、それを上回る深い慈しみが伝わってきます。
窓から差し込む柔らかな光の中で、私たちは新しい生活の香りに包まれていました。
「……大好きよ、セイドリック」
私が腕の中で小さく囁くと、彼は「俺もだ、ホリー。命に代えても君を幸せにする」と、誓いのように返してくれました。
聖教国での新居に引っ越して、初めて迎える夜。
窓の外では、穏やかな夜風が庭の木々を優しく揺らし、遠くから聖堂の鐘の音が微かに響いてきます。
新居に灯された魔導ランプの柔らかな光が、まだ荷物の少ない室内を暖かく照らしていました。
「ふう……。やっと、落ち着いたわね」
窓を閉めようと手をかけたその時、背後から逞しい腕が回され、私は温かな体温に包み込まれました。
「……やっと、誰にも邪魔されない夜だね、ホリー」
耳元で囁くセイドリックの低い声。肩に顎を乗せて私を閉じ込めるその仕草には、昼間の凛々しい騎士としての姿はどこにもありません。
今の彼の声には、私を片時も離したくないという、隠しきれない独占欲と熱い情熱が混じっていました。
あまりの密着感に、心臓の音が外まで聞こえてしまいそうになります。
「セイドリック……?」
「この数日間、皆がいて賑やかだったけれど……俺は、早くこうして君を独り占めしたかったんだ」
首筋に触れる彼の吐息が熱くて、私は言葉を失ったまま、ただ彼の腕の中で幸福な鼓動に身を任せていました。




