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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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無仮面の神

黄昏時、東京スカイツリーの頂上特別ステージ。

太陽が西の地平線に沈みかけ、空を深紅と金糸で染めていた。その輝きを背景に、高さ634メートルの空中ステージは、万人を収容する巨大な円形劇場のように浮かんでいる。実際の観客は十万人——全て重症のCPDS患者とその家族だ。しかし、その周囲の広場、連結するビルの屋上、さらには遠くの街路まで、百万人を超える人々が詰めかけ、巨大スクリーンを見上げている。世界中の放送網がこの瞬間を中継し、推定視聴者数は三十億人に達しようとしていた。

沈黙。重い、張り詰めた沈黙。夕風だけが、人々の髪と衣をそっと揺らす。

ステージ中央の円形開口部から、ゆっくりと、昇降台が現れ始める。

まず、白いシルクのドレスの裾。光を吸い込み、かすかに輝く。次に、細い指、ほっそりとした腕。そして、顔。

顔。

そこには、仮面がない。ベールも、化粧の厚塗りもない。あるのは、光のモザイクだけだ。

夕日の残光を浴びて、その顔は、無数の細かい断片に分割されているように見えた。一つ一つの断片が、異なる色合い、異なる質感、異なる表情を持ち、絶え間なく流動し、混ざり合い、分離する。漁師の妻の小魚の形をした茶褐色のそばかすの隣に、戦場の兵士の深い傷跡の青みがかった影。老画家の描く理想の唇のピンクの隣に、飢えた子供の頬のくすんだイエロー。雪の巫女の青白い涙ぼくろの隣に、隠れ切支丹の青年の祈りの熱を帯びた頬の赤。

それらは、単なる色の集合ではない。顔の地形図だった。いや、情感のトポロジーだ。愛情の領域は柔らかな金色の光沢を放ち、ゆったりと流れる。悔恨の領域は深い藍色に沈み、澱むように動く。希望の断片は鋭い白い輝きを放ち、速く跳ねる。絶望の染みは鈍い黒に近い紫で、ほとんど動かない。

顔全体が、夕日を受けて、巨大な、生きている万華鏡のようだった。

死寂。

十万人の観客が、息を殺す。百万人の場外の群衆が、凍りつく。三十億の画面の前で、世界が静止する。

そして、一人の老婆が、最前列で、よろめくように立ち上がった。手を伸ばす。指先が震える。

「お……おばあ……ちゃん……?」

その声は、かすかで、ひび割れていた。が、完璧な静寂の中、マイクが捉え、増幅器が増幅し、107の神社の能面ネットワークが共鳴させ、世界中に響き渡った。

その声を合図に、堰を切ったように、声が溢れ出した。

「あれは……! 戦死した……兄の顔……!」

中年の男が立ち上がり、もんろの右頬の一角を指さす。そこには、若き兵士の、緊張に引き締まったがどこか幼さの残る面影が、0.2秒だけ浮かび、消えた。

「私の……20歳の時の……私……!」

若い女性が、自分の顔に手を当てながら叫ぶ。もんろの額に、同じ年頃の、希望に満ちた笑顔が一瞬煌めく。

「あの……事故で……亡くなった……!」

別の男性が、うつむき、肩を震わせる。もんろの左こめかみあたりに、優しそうな中年男性の、少し疲れた微笑みがかすむ。

巨大スクリーンには、もんろの顔のクローズアップが映し出される。カメラは、驚くべき解像度で、その変化を捉えていた。一秒間に数十回、いや、百回近く変わる顔。老人、子供、男、女、武士、農民、職人、母親、恋人、子ども——それぞれが、誰かの人生で最も忘れたくない、あるいは逆に、最も忘れたい瞬間の表情を、一瞬だけ、しかし鮮烈に映し出す。

歓喜、絶望、愛憎、諦念、希望。人類の情感のすべてが、その一枚の顔の上で、壮大で痛ましいダンスを繰り広げていた。

もんろは、そのすべての声、すべての視線を、静かに受け止めている。彼女の目——それ自体が無数の色の粒が渦巻く小さな銀河——は、観客席をゆっくりと見渡す。一人一人と、目が合うわけではない。が、彼女を見つめるすべての人に、彼女が「見ている」ことを感じさせる、深い、包み込むような眼差しだ。

彼女は、ゆっくりと、ステージの中央にある、シンプルなマイクスタンドに近づく。足音はない。白いドレスの裾が、かすかに風に揺れるだけだ。

マイクの前で立ち止まる。深く、深く息を吸い込む。その胸の動きに合わせて、彼女の顔の光のモザイクの流れが、ほんの一瞬、穏やかになる。

そして、口を開く。


声は、かすかだった。しかし、それが口から出るやいなや、不思議なことが起こった。

東京から離れた、日本全国107の神社に祀られている能面が、一斉に微かに震え、共鳴し始めた。もんろの声が、物理的な音波としてだけでなく、情感の波動として、この千年のネットワークを伝わり、増幅され、世界中へと拡散していく。

その声は、一人の少女の声でありながら、無数の声の重層であり、千年の時を経た祈りの響きでもあった。

「私は──赫映もんろです」

静かな宣告。名前を名乗る。が、それは、単なる自己紹介ではない。存在の宣言だった。

一呼吸。

「今日まで──お借りしていました」

彼女は、そっと自分の胸、心臓のあたりに手を当てる。

「皆さんの──大切な顔を」

その言葉と同時、スクリーンに映る彼女の顔のモザイクが、また激しく動き出す。無数の顔が、挨拶するようにうなずき、微笑み、泣き、そして消えていく。

「でも──」

彼女の声に、ほんのかすかな震えが加わる。

「お借りしたのは──顔だけではありませんでした」

手を胸から離し、虚空にそっと差し出す。その掌の上に、光の粒がいくつか舞い、かすかなイメージを映し出す。言葉の形。約束の輪。涙のしずく。

「その顔が──言えなかった言葉」

光の粒が、無数のセリフの断片を浮かび上がらせる。『愛してる』『ごめんなさい』『ありがとう』『さようなら』──あらゆる言語で、あらゆる時代の言葉遣いで。

「果たせなかった──約束」

今度は、握手の形、指切り、契約書の輪郭が、かすかに浮かぶ。

「忘れたふりをした──本当の気持ち」

最後に、複雑に絡み合った情感の渦──愛憎、羨望、後悔、憧れ──が、一瞬広がり、消える。

もんろは、その掌の中のイメージを、そっと観客席の方へと、そっと流すように押しやる。

「それらも全部──」

彼女の目を、大きく見開く。無数の銀河が、深い悲しみと、確かな決意で輝く。

「──今日、お返しします」


沈黙が、再び訪れる。

が、先ほどの重苦しい沈黙とは違う。深い感動と、計り知れない予感に満ちた、聖なる間だ。

もんろは、マイクから少し離れ、ステージの中央に立つ。目を閉じる。

そして、口を開く。

歌い始める。

伴奏はない。機械による増幅もない。ただ、彼女の清らかな声だけが、自然に、しかし確かに、夕闇迫る空気を震わせる。旋律は、現代の歌というより、神楽や巫女の祝詞に近い、古くから続く祈りのリズムだ。

歌い始めると同時に、彼女の顔の光のモザイクが、激しく、しかし明確な秩序をもって動き始めた。

左頬に集まる。優しいまなざし、細かい笑いじわ、子どもを思う深い愛情に満ちた表情。すべての「母」の面影が、彼女の左頬に、暖かいオレンジ色の光の領域を作り出す。その領域は、ゆったりと、慈愛に満ちて脈打つ。

右頬に集まる。熱い視線、恥じらいを含んだ微笑み、別れの涙。すべての「恋人」の面影が、右頬を深いピンクと赤の、激しくも儚い光で染める。その領域は、速く、切なく鼓動する。

額に集まる。無邪気な瞳、将来への希望に輝く笑顔、小さな悩みに曇る表情。すべての「子」の面影が、額を明るいイエローと水色の、活発に跳ねる光で覆う。

その他、戦士の誇り、職人のこだわり、教師の慈しみ、あらゆる役割、あらゆる人生の表情が、彼女の顔というキャンバス上で、独自の「情感の質感」と「動き」を持って、配置されていく。

もんろは、目を閉じたまま、ほんの少し、口元を緩める。そして、かすかな、しかし確かな声で、つぶやく。

「最初は……お母さんたちへ」

その言葉と同時、左頬の「母」の領域が、強く輝き始める。オレンジ色の光が、彼女の頬から離れ、無数の細い光の糸となって、観客席へ、そして世界中へと伸びていく。それぞれの糸が、一人の「母」の記憶、未練、愛情を、その持ち主へ、あるいはその子どもへと、丁寧に運んでいく。

観客席の一角で、六十歳ほどの女性が、突然、立ち上がった。彼女は、もんろの左頬を見つめている。そこには今、一人の年老いた女性の、優しくもどこか寂しげな笑顔が浮かんでいる。それは、彼女の母親だ。二十年前、彼女が海外に出張中、脳梗塞で倒れ、そのまま意識が戻らないまま亡くなった母。最後の言葉も交わせなかった母。

スクリーンのクローズアップが、もんろの左頬に浮かぶその老女の顔を捉える。そして、もんろの唇が、わずかに動く。彼女自身の声ではない。あの老女の、優しい、しかし力の抜けた声質で、言葉が紡がれる。

声は、かすかだ。が、その女性には、はっきりと聞こえる。いや、聞こえるというより、心に直接響く。

『ごめんね……先に行っちゃって……』

老女の顔が、深く、深く微笑む。目尻に、光の粒の涙が、ひとつ、煌めく。

「お……かあ……さん……!」

女性の声は、引き裂かれるような嗚咽になった。彼女は、その場に崩れ落ち、顔を覆って泣きじゃくる。隣にいた娘(彼女にとっては祖母)が、慌てて抱きしめる。

もんろは、目を閉じたまま、静かにうなずく。左頬の老女の面影が、ゆらめき、優しい光の粒へと解け、その女性の方へ、そっと流れていく。

ステージの上では、夕日が完全に沈み、最初の星が東の空に輝き始めていた。もんろの顔は、無数の情感の光で照らされ、もはやこの世のものとは思えない、仮面なき神のようだった。

彼女は、再び深く息を吸い込み、次の言葉を準備する。右頬の「恋人」の領域が、待ちわびたように、強く脈動し始める。

夜は、まだ深く、長い。彼女の帰還の儀式は、始まったばかりだ。


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