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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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母たちの鎮魂歌

黄昏から夜へ。

東京の空は、深い藍色から紺碧へと移り変わり、最初の星々がちらほらと瞬き始めていた。しかし、スカイツリーの頂上ステージとその周囲は、もんろの顔から放たれる無数の光、そして、観客席から立ち上る情感の波によって、昼間のような明るさに包まれていた。

母たちの面影が集まった左頬は、温かいオレンジ色の光の海のようにゆったりと脈打っている。もんろは、目を閉じたまま、深く息を吸い込む。そして、口を開く。

歌声が、再び流れ出した。

今度の旋律は、どこかで聞いたことのある、古い子守唄の調べだった。が、それは日本のものだけでなく、世界各地の、母親が子どもに囁くようなメロディの断片が織り交ぜられている。優しく、揺らぎ、どこか切ない。

そして、歌詞。もんろ自身の、即興の言葉が、その旋律に乗って紡がれていく。一つ一つのフレーズが、彼女の左頬に浮かぶ、特定の母親の顔と、その記憶にしっかりと結びついている。

「——あの子の髪は……春の綿毛のように……柔らかかった——」

彼女の左頬の一部、若い母親の、赤ん坊の産毛に頬をすり寄せて涙する表情が、強く輝く。その表情が、光の粒へと変わり、観客席の一角——五十代の女性のもとへ、ゆらゆらと舞い降りる。

女性は、息をのんだ。光の粒が胸に触れた瞬間、長年閉ざしていた記憶の扉が開かれた。三十年以上前、生後まもなく先天性心疾患で亡くなった息子。彼の、ほんの数か月の短い人生で、彼女が何度も梳かした、あの柔らかすぎる産毛の感触。忘れたふりをしていた。あまりに痛すぎて。

「あ……ああ……!」

彼女は、自分の手のひらを見つめ、そこにあったはずの、消えかけた感触を確かめるようにこすり合わせる。涙が、とめどなく流れる。

もんろの歌は続く。

「——あの子の手のひらは……小さな星の形を……していた——」

今度は、別の母親の、幼い子どもの手のひらをじっと見つめる表情が光る。光の粒が飛び立つ。受け取ったのは、四十代の女性。彼女は、十年前、交通事故で失った六歳の娘の、右手の親指の付け根にある、小さな星形のあざを、突然、鮮明に思い出した。いつも「ママ、ここ、星だよ」と誇らしげに見せてくれた、あの子だけの目印。

「……星……星形の……!」

彼女は、うつむき、自分の手のひらを握りしめる。あの子の手の温もりが、ほんの一瞬、蘇る。

歌は、深く、深く、核心へと迫っていく。

「——もし……もう一度……抱きしめられるなら——」

もんろの声が、かすかに震える。左頬の光の海が、激しくうねる。無数の母親たちの、もう二度と叶わぬ願いが、そこに込められている。

「——今度は……絶対に……離さない——」

そのフレーズと共に、左頬から、無数の光の粒が一斉に飛び立った。それらは、まるで意思を持つかのように、観客席の、広場の、そして、遠く離れた世界中の、それぞれの「持ち主」へと、迷うことなく向かっていく。107の神社の能面ネットワークが、精緻な魂のGPSのように、それぞれの情感を、たった一人の正しい受け手へと導く。


観客席の中心で、白髪の老女が、突然、立ち上がり、そして、崩れるようにひざまずいた。

彼女の前に、ひとつの光の粒がとどまり、静かに胸に吸い込まれていった。彼女は、顔を上げ、虚空を見つめる。目に、長年の苦渇と悲しみの膜が、ぱたりとはがれ落ちる。

「わ……かった……わかった……!」

彼女の声は、泣き声と笑い声が入り混じっている。

「あの子……苦しくなかった……苦しくなかったんだ……!」

周囲の人々が、彼女を見つめる。彼女は、三十年以上前、五歳で白血病で亡くした息子のことを語り始める。最期の日、ベッドの上で、痛みに顔を歪めながらも、彼は必死に笑顔を作り、こう言った。

『ママ、痛くないよ。大丈夫』

彼女は、あの笑顔を、息子の「強がり」だと信じ、それ以来、自分が見せた心配顔が、息子を苦しめたのではないかと、ずっと自分を責め続けていた。

だが、もんろが還してくれた光の粒——あの瞬間の息子の本当の情感——は、違った。確かに痛みはあった。が、それ以上に、母親を安心させたいという、純粋な愛情で満ちていた。『痛くない』という言葉の裏には、『だから、ママ、泣かないで』という、幼いながらの気遣いがあった。

「『痛くないよ』……って……言って……た……本気で……!」

老婆は、顔を覆い、声を上げて泣いた。三十年分の罪悪感の重石が、溶けていく。息子の笑顔が、初めて、嘘偽りのない、愛そのものとして、彼女の心に染み渡る。


別の場所。四十代の女性が、うずくまるようにして地面に手をついていた。

彼女が受け取った光の粒は、生後三か月の赤ちゃんの、深い眠りに落ちる瞬間の、完全に安心しきった表情だった。それは、彼女の娘が、彼女の腕の中で、初めてぐっすりと眠った時の記憶だ。

彼女は、出産後、重度の産後うつに悩まされた。娘の泣き声に苛立ち、時には避けたいと思った。娘が一歳になる頃、うつはだいぶ良くなったが、その直後、娘は交通事故に遭い、彼女の目の前で息を引き取った。

それ以来、彼女は、自分が娘に与えられた短い人生の最初の数か月を、愛情不足で台無しにしたと信じ込み、生き地獄のような日々を送っていた。

「ごめん……ごめんね……お母さん……あなたを……」

彼女は、地面に額を押し付け、嗚咽する。だが、その嗚咽の中に、新しい感情が混じり始める。もんろが還してくれた、あの深い安らぎの記憶。娘は、彼女の腕の中で、確かに安心し、幸せに眠っていた。たとえ彼女自身が混乱していても、赤ちゃんは、母親の温もりを、純粋に感じ取っていた。

「……産んで……よかった……本当は……ずっと……そう思って……た……!」

彼女は、顔を上げ、涙に曇った目で、もんろの光り輝く姿を見つめた。胸の奥で、凍りついていた何かが、ゆっくりと、痛みを伴いながら溶け始める。


その瞬間、世界中で、奇跡的な瞬間が同時多発的に起こっていた。

アフリカの干ばつ地域。栄養失調でやせ細った幼い娘を腕に抱き、生きる希望を失いかけた母親が、突然、目の前の虚空に、娘の満面の笑顔を見た。それは、たった一粒の豆をもらった時、母親に「ママ、あーん」と分け与えようとした、最後の日の笑顔だ。母親は、崩れ落ち、砂地に顔を埋めて泣いた。娘は、苦しみの中で、最後まで彼女を愛していた。

戦乱の続く国。戦線に送り出したきり戻らなかった十代の息子。彼女は、彼が徴兵される朝、無愛想に背を向けて見送った。その夜、彼女のもとに飛来した光の粒は、息子がバスに乗り込む直前、振り返り、こっそりと小さく手を振る姿だった。彼は、母親の心配を増やさないよう、強がって見せただけだった。彼女は、その小さな手振りに、息子の無言の「行ってきます」と「愛している」を読み取り、膝を抱えて泣いた。

東北の仮設住宅。津波で娘二人と孫を一度に失った老女は、窓の外の暗闇に、娘たちが幼い頃、彼女の周りを「かごめかごめ」で囲んで笑う、カラフルな春の日の幻影を見た。苦しみの最期の記憶ではなく、幸せの絶頂の一瞬。彼女は、目を細め、かすかに微笑んだ。初めて、亡き者たちのことを、純粋な喜びと共に思い出せた。

もんろは、すべての苦痛と絶望の瞬間を、意図的にフィルタリングしていた。彼女が選び、増幅し、返還するのは、その人生の、愛が最も純粋に輝いた瞬間だけだった。それが、彼女なりの、最後の慈悲だった。


左頬から、最後の母親の面影が光の粒となって飛び立つ。

もんろの左頬が、急に静かになった。オレンジ色の光の海が消え、そこには、柔らかい、月明かりに照らされた白磁のような、滑らかで何も刻まれていない空白が広がった。すべての「借り」が清算され、母たちの記憶が、それぞれの居場所へと帰っていった証だ。

もんろは、ゆっくりと目を開ける。左頬の空白は、深い安らぎに満ちている。彼女の声は、疲れと、どこか満足感を含んで、かすかに震える。

「一つ目……返しました」

彼女は、観客席を見渡す。多くの母親たちが、泣きながらも、顔を上げ、彼女を見つめ返している。彼女たちの目には、癒された悲しみと、新たな静けさが浮かんでいる。

「ありがとう……お母さんたち」

その言葉が、風に乗って広がる。

すると──。

観客席のあちこちで、母親たちが、自然に口ずさみ始めた。もんろが歌ったあの子守唄の旋律を。最初はかすかだったが、すぐに隣へ、そのまた隣へと伝わり、やがて十万人の母親たちの合唱へと膨れ上がっていく。声は、潮の満ち干のように、優しく、力強く、スカイツリーの周囲に満ちた。泣き声も、笑い声も、すべてが調和した、深い祈りの歌。

その歌声に呼応するように、スカイツリーのふもと、広場に植えられた、季節外れで枯れていた桜の木が、一瞬、幻影のように、鮮やかなピンク色の花を咲かせた。それは物理的な開花ではない。すべての母親たちの記憶の中にある「春」のイメージ、「子どもとの幸せな瞬間」の色彩が、集合無意識の力で、一瞬だけ現実に投影されたのだ。花びらは、光でできており、風に揺れるときらめく粒になって散る。

もんろは、その光の桜吹雪を見上げ、かすかに、ほほえんだ。彼女の左頬の空白が、ほんのりとピンク色に染まる。それは、彼女自身の情感ではない。世界中の母たちから返ってきた、感謝の色が、ほんのわずか、彼女に染み込んだのかもしれない。

夜は更けていく。彼女の右頬、「恋人」たちの領域が、今、切なさに満ちて、強く輝き始めている。


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