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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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18/74

襲撃

停職処分は、自宅謹慎という形で実行された。

玄関には監視カメラが追加で取り付けられ、インターネット通信は全て記録・監視対象となった。私用端末(早織のタブレット)での裏接続も、おそらくは検知されているだろう。私は、自宅の四畳半の書斎に閉じこもり、純心会からのUSBメモリに残されたデータを、時間をかけて解読していった。

データの深層には、さらに衝撃的な情報が隠されていた。

まず、全国七か所の「秘密神社」 の詳細な位置情報。それらは、北海道から九州まで、人里離れた山中や、都市部の中のごく普通の民家を偽装して存在していた。それぞれの神社には、十数枚から二十数枚の能面が分割して保管されている。107枚全ての居場所だ。

そして、それらの能面が、単なる「保管」ではなく、「維持」されているという事実。

《能面維持管理記録(抜粋)》

No.17 (1348年製)

場所:関東第3神社

状態:情感エネルギー残留率 42%

前回奉納日:14日前

次回奉納予定:3日後

奉納内容:軽度CPDS患者5名より採取した「郷愁の情感」3単位

No.33 (1573年製)

場所:中部第1神社

状態:情感エネルギー残留率 18% (警告域)

前回奉納日:21日前 (遅延)

次回奉納予定:遅延中

注記:奉納遅延により、管内で小規模CPDS症状悪化報告 (3件)

「奉納」とは、生きた人間から、特定の感情エネルギーを「抽出」し、能面に「供給」する儀式だった。能面は、単なる記憶のアーカイブではない。情感エネルギーを消費し続ける、一種の「装置」なのだ。奉納が滞ると、能面内に封じられた情感が不安定化し、周囲に「漏出」する。それが、地域的なCPDSの突発的悪化として現れる。

能面化とは、永遠の封印ではなく、永遠のメンテナンスの始まりに過ぎなかった。巫女を能面に閉じ込めることで、情感の暴走を一時的に止められるが、今度は、その能面自体が、絶え間ない情感エネルギーの供給を要求する。まるで、毒性廃棄物をコンクリート固化しても、その後、管理施設で半永久的に監視し続けなければならないのと同じだ。

そして、もんろが能面化された後——第108番目「赫映の面」 が完成した後の計画が、最も冷酷だった。

《「赫映の面」管理計画(草案)》

位置:国立中央博物館・特別奉安殿

維持方法:常時公開展示。観覧者より自然発生する「憧憬」「癒やし」「感謝」等のポジティブ情感エネルギーを吸収。

補助:重症CPDS患者より、計画的に情感エネルギーを転写。

目的:恒久的CPDS緩和周波数発信装置として機能維持。

もんろは、生ける能面として、博物館のガラスケースの中に、永遠に展示される。人々は、彼女の美しい能面と、そこから流れ出る「癒やしの歌」に、感謝と憧れの「情感」を捧げる。その情感が、彼女を「生かし続ける燃料」となる。そして、彼女は、燃料と引き換えに、人々に「癒やし」を与え続ける。

完全な、閉じた循環。永遠に続く、生贄の儀式。

彼女は、意識があるまま、動けず、歌うことしかできない状態で、人々の情感の「摂取装置」として、未来永劫、機能し続けるのだ。

私は、その文章を読み、吐き気を覚えた。これが、国が用意した「救済」なのか? 呪いの連鎖を、より美麗に、より効率的に、永久機関へと仕立て上げることなのか?

その時、私の(監視下にある)スマートフォンが鳴った。着信は、伊達課長だ。

躊躇したが、出る。

「尚。謹慎生活、どうだ?」 課長の声には、嘲笑が込められている。

「…何の用です?」

「用件は一つだ。お前を、一時的に職務復帰させる」

私は、息をのんだ。

「…なぜ?」

「『純心会』の過激派が、動き始めた。対象・もんろの奪還を目論んでいるようだ。情報によれば、48時間以内に、現在の施設を襲撃する計画がある」

純心会…。結衣たちの、穏健派とは別の、武力行使も辞さない分派か。

「我々は、対象を、より強固な施設へ緊急移送する。しかし、対象は、お前に対する…『執着』のようなものを見せている。移送中の安定性を考慮し、お前が同乗するのが最善と判断した」

「それは、単に彼女を監視し続けたいだけでしょう」 私は冷たく言い放った。「それとも、能面化のプロセスを、前倒しにするつもりですか? 移送先の『より強固な施設』で?」

電話の向こうで、課長が舌打ちする音がした。

「お前は、何もわかっていないな。お前の妻、早織がどうなったか、もう忘れたのか? 彼女の顔が融け、自分が誰だかわからなくなり、あの塔から飛び降りるまでを、この目で見ただろう?」

その言葉が、私の胸を、鋭い刃でえぐる。

「今、もんろの中では、同じことが起きている。いや、それ以上だ。彼女は、早織さんの何十倍、何百倍もの『借り』を背負い、崩壊しつつある。能面化は、彼女をその崩壊から救い、同時に、彼女の力で、早織さんのような犠牲者を二度と出さないための、唯一の手段だ」

「…手段? 彼女を、生ける標本にすることが?」

「それが、彼女の望みだ」 課長の声が、低く、重くなる。「彼女自身が、『役目』として受け入れている。お前が屋上で見せた『優しさ』が、彼女の決意を鈍らせているだけだ。お前の感情的な行動が、彼女を苦しめ、計画を危うくしている」

それは、巧妙な心理操作だった。私の罪悪感に訴え、かつ、もんろの「本心」を利用する。

「選択は二つだ、尚。我々に協力し、対象を安全に移送する。それが、結果的に、彼女を救い、この国の未来を守ることになる。さもなければ——」

課長は、間を置いた。

「お前のせいで、彼女が過激派に攫われ、制御不能に陥る。あるいは、移送中に暴走し、もう一人の『早織』を生み出す。どちらがいい?」

私は、電話を握りしめていた。指の関節が白くなる。課長の言うことは、理屈では正しい。能面化こそが、計画され、確実な「解決策」だ。純心会過激派の行動は、予測不能な混乱を招くだけだろう。

しかし、あの屋上でもんろが見せた、あの天青色の涙。あれは、借り物ではない。彼女自身の内から滲み出た、ほんのわずかな「生」の証だった。

その「生」を、永遠のガラスケースに閉じ込めていいのか?

「…わかった」 私は、歯を食いしばって言った。「協力する。しかし、条件がある。移送中、彼女に危害を加えないこと。能面化のプロセスは、予定通り、ライブの後まで延期すること」

「了解した」 課長の声に、ほんのわずか、安堵の色が混じる。「では、一時間後に、お前のアパート前に車が迎えに行く。準備をしておけ」

電話が切れる。

私は、ゆっくりと受話器を置いた。裏切りの予感が、胸を締め付ける。課長が約束を守るとは思えない。しかし、今、もんろの側にいなければ、何もできない。

純心会過激派の襲撃が本当なら、彼女は危険に晒されている。少なくとも、その場にいて、彼女を守りたい。いや、守れるかどうかもわからないが。

一時間後、黒いセダンが到着した。私は、最小限の装備だけを持って乗り込む。車内には、伊達課長はいない。運転手と、もう一人の護衛官が同乗しているだけだ。

「尚さん、ご協力感謝します」 護衛官は、無愛想にうなずく。「移送は一時間後です。まずは施設へ向かい、対象と合流します」

車は、深夜の道路を静かに走る。私は、窓の外の、闇に沈む灰色の街並みを見つめた。あと少しで、彼女に会える。そして、おそらくは、彼女を、より深い檻へと運ぶ手助けをすることになる。


施設に到着すると、異様な緊張感が張り詰めていた。

警備員の数が明らかに増えている。全員、防弾チョッキと自動小銃を装備している。中庭には、三台の装甲車両が待機していた。うち一台は、もんろ専用の「移送モジュール」だ。小さな部屋のような構造で、内側は完全に遮音・遮光され、外部からのあらゆる攻撃に耐える設計となっている。

私は、監視センターへと通された。伊達課長が、モニターの前で指揮を執っていた。

「ああ、尚か。ちょうどいい。対象は、移送準備を完了している。お前の役割は簡単だ。対象と共に移送モジュールに同乗し、移送中、彼女の精神状態を安定させろ。何かあれば、この鎮静剤を使え」

課長は、小型の注射器キットを私に渡す。中身は、先日の暴走時と同じ鎮静剤だ。

「過激派の襲撃の可能性は?」 私は尋ねた。

「高い。我々の情報では、彼らは、対象の『歌声』を逆利用した『対抗周波数発生装置』を開発したようだ。対象の能力を無力化し、その隙に奪還するつもりらしい」

対抗周波数…。もんろの癒やしの歌と、正反対の波長。それは、彼女にとって、どれほどの苦痛なのか。

「では、行くぞ」

私は、警備員に囲まれ、もんろの部屋へ向かった。ドアが開く。中でもんろは、移送用のシンプルな白衣を着て、椅子に座って待っていた。能面も、シリコンもつけていない。素顔だ。彼女の顔は、相変わらず微かに揺らいでいるが、表情は驚くほど落ち着いていた。私を見ると、かすかに目を見開いた。

「…尚さん」

「ああ。一緒に移動する」

彼女は、ゆっくりとうなずいた。何も尋ねない。全てを悟っているように見える。

警備員が、彼女の手に軽い拘束具(外見は普通の手袋)をはめさせる。彼女は抵抗せず、従順に立つ。

私たちは、警備員に囲まれ、廊下を進み、エレベーターで地下駐車場へ降りる。装甲車両が待つ中庭へ出る。夜の空気が冷たい。

もんろを移送モジュールへと導く。内部は、狭いが、ベッドと簡易座席、モニターが備え付けられている。もんろはベッドに腰かけ、私はその横の座席に座る。ドアが分厚く閉まる。内側からロックがかかる音。外部との通信モニターだけが、唯一の接点だ。

エンジンがかかる振動。車列がゆっくりと動き出す。

モニターに、外部のカメラ映像が映る。施設の門を出て、一般道へ。深夜のため、車通りはほとんどない。私たちの車列は、先導車、移送モジュールを載せた車両、後続の護衛車の三台だ。

もんろは、無言でベッドのシートを見つめている。生体モニター(移送モジュール内にも設置されている)によれば、混沌度は70%前後で安定している。

「…大丈夫か?」 私は、声をかけた。

彼女は、ゆっくりと顔を上げ、私を見た。そして、かすかに、ほんのわずかに、口元を緩めた。

「ええ。尚さんが、一緒だから」

その言葉が、私の胸を、鋭く締め付ける。彼女は、私を信用している。この移送が、彼女をより深い檻へ運ぶことに繋がるとも知らずに。

車列が、高速道路の入口に差し掛かる。ここを乗れば、次の施設まで、あと三十分ほどだ。

その時だった。

バンッ! ガラガラガラ——!

先導車の前方で、何かが爆発した。閃光と共に、道路脇の街灯が次々と消える。停電だ。いや、正確には、EMP(電磁パルス)攻撃かもしれない。車両の電子機器が一瞬不安定になる。

モニターの映像が乱れる。通信からノイズが走る。

「襲撃だ! 全車両、防御陣形を取れ!」

無線から、護衛官の叫び声。車列が急停止する。外で、銃声が飛び交う。純心会過激派の襲撃者たちが、道路脇の暗がりから、一斉に飛び出してきた。彼らは、民間人風の服装だが、手には、小銃や、奇妙な装置(対抗周波数発生装置か)を持っている。

襲撃者たちは、まず護衛車両を狙う。銃撃と、閃光弾。護衛の応射。しかし、襲撃者の数は多い。十名以上はいる。

そして、一人の襲撃者が、大きなスピーカーらしき装置を肩に担ぎ、私たちの移送モジュールめがけて駆け寄ってくる。

キィィィィィィーン————!!!!

耳をつんざく、超高周波の音が、スピーカーから炸裂する。それは、もんろの歌声の、全てを逆転させたような、歪で不協和な、軋みのような音だった。

移送モジュール内でも、その音は、遮音を貫いて聞こえてくる。いや、聞こえるというより、骨と内臓に直接響くような感覚だ。

「うっ…!」

もんろが、ベッドの上で体を折り曲げる。両手で耳を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。彼女の生体モニターが、一気に乱れる。

混沌度:70% → 78%!

心拍:急上昇!

脳波:異常乱雑!

対抗周波数が、彼女の中の「借り」を、一気にかき乱し、暴走させている!

「もんろ!」

私は、彼女の傍らに駆け寄る。彼女の体が、痙攣している。目は見開かれ、瞳の中に、無数の顔の影が、狂ったように駆け巡っている。

外では、戦闘が続く。護衛の一人が、スピーカーを持った襲撃者を銃撃し、倒す。不協和音がやむ。

しかし、次の瞬間。移送モジュールのドア(外側ハッチ)の継ぎ目に、小さな爆発物が仕掛けられる。

ドカーン!

衝撃。ドアが歪む。外側のロックが破壊された音だ。

ガシャン! 歪んだドアが、外からこじ開けられる。一人の襲撃者が、覆面をした顔をのぞかせる。手には拳銃。

「赫映もんろ! 我々と共に来い! お前を自由にする!」

その襲撃者が、モジュール内に足を踏み入れようとした瞬間——私は、反射的に、もんろの前に立ちはだかった。

「離せ!」

襲撃者の拳銃が、私を狙う。

パン!

鋭い衝撃が、左肩を貫く。熱い。そして、続いて、鈍い痛みが、全身に広がる。私は、その場に崩れ落ちる。床が冷たい。視界が揺らぐ。左肩から、じんわりと熱いものが広がっていく。血だ。

「尚さん!」

もんろの声。彼女が、ベッドから転がり落ちるようにして、私の傍らに来る。彼女の顔は、苦痛に歪んでいるが、私の傷口を見つめる目は、必死に焦点を合わせようとしている。

外では、まだ銃撃戦が続いている。襲撃者の叫び声。「目的は対象の奪還だ! 急げ!」

もんろは、私の傷口——左肩の、血に濡れた部分——に、両手をそっと当てた。彼女の手のひらは、冷たいが、震えている。

その時、移送モジュール内の非常用医療AIが、自動的に診断を開始する。モニターに、処置案が表示される。

《重傷者 (Gunshot wound, left shoulder) 検出》

《推奨処置:高速止血・凝固剤「クイッククロット」投与 (筋注)》

《効果:30秒以内に止血。副作用:激しい疼痛 (持続約3分)。対象の生体負担:中》

小型の注射器を装填したロボットアームが、天井から降りてくる。もんろの目の前で、注射器の準備が整う。

もんろは、その注射器を一瞥し、すぐに目を背けた。そして、私の傷口を押さえている手に、さらに力を込める。彼女の指先が、私の皮膚に食い込む。

「…すぐ終わるから…」 彼女の声が、震えている。苦しそうだ。対抗周波数の影響か、それとも、私の傷を見てか。「我慢して…」

彼女は、ロボットアームの注射器を無視し、代わりに、ベッド脇の簡易医療キットを手に取った。中から、シリンジと、小さなビアル(温和な止血・凝血ゲル)を取り出す。手つきはぎこちないが、確実にシリンジに薬液を吸い上げる。

《警告:推奨処置からの逸脱》

《選択処置:温和止血ゲル「ソフトセル」投与 (局所)》

《効果:止血まで5-10分。疼痛は軽度。但し、持続的な圧迫と接触が必要。対象の生体負担:低》

もんろは、警告を無視し、私の傷口めがけて、シリンジをそっと押し当て、ゲルを注入していく。冷たいゲルが、傷口に入り込む。痛みは、確かに軽い。しかし、止血は遅い。彼女は、注入後も、手のひらで傷口を強く押さえ続ける。血が、彼女の指の間から滲み出る。

「…なぜ…」 私は、かすれた声で言った。「早い方…でいい…」

「ダメ」 もんろの声は、固い。「痛いのは…嫌。尚さんが、もっと痛くなるのは…嫌なの」

彼女の目に、涙がたまっている。今度の涙は、灰色の車内灯に照らされて、透明だ。色はない。しかし、その一滴一滴が、彼女の必死の意志を伝えていた。

外の銃声が、次第に遠のく。護衛隊の援軍が到着したのか、襲撃者が撤退したのか。無線から、「標的確保。襲撃者、撤退中」という声。

もんろは、相変わらず私の傷口を押さえ続けている。彼女の顔は、すぐ目の前だ。苦痛と必死さと、どこか優しさが入り混じった、複雑な表情。それは、AIが提案するどの「モード」でもない。彼女自身の、今この瞬間の感情が、無防備に表れていた。

私の視界が、ゆっくりと暗くなっていく。失血とショックだ。意識が遠のく。

最後に見えたのは、もんろの、私を見つめる目だった。その目の中には、無数の他人の影はなく、ただ、私という一人の男のことが、心配で、必死で映っているように見えた。

ドアの方向から、誰かが駆け込んでくる足音。警備員たちだ。

「対象を確保せよ! 負傷者を搬送しろ!」

もんろの手が、私の傷口から離れる。別人の手が、私の体を支え、担架に乗せる。

担架で運び出される間、私は、かすかに目を開けた。もんろが、警備員に取り囲まれ、移送モジュールから連れ出されていく。彼女は、こちらの方を見ている。目が合う。

彼女の唇が、わずかに動いた。

『…ごめんね』

声は聞こえなかったが、そう読めた。

そして、彼女が、別の車両へと押し込まれる。ドアが閉まる。

私の意識は、その瞬間、完全に闇に落ちた。

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