第8話 いけないことですわ
ついに始まりました、ナナとのお家デート!
しかも今回は、幸運の女神のご加護付き。
これなら成功間違いなし!?
いけないことですわ
どうぞ。
四番街の外れに建つ大きな屋敷にて。
『——驚いたなぁ。またここにくるなんて……』
ラキが見下ろす見覚えのある景色。
あの子の最期を看取った——あの屋敷であった。
『マリラさん……』
後から聞いた話によると、家族も跡継ぎもいなかった彼女の死後、この屋敷は国の所有物となったらしい。
そして、たまたま物件を探していたテスカが気に入り、現在は借り受けているのだという。
——腕を組みながら門の前で辺りを見回していると、ラキは一人の人影を見つけた。
『きたきた! あれ? 今日はなんだか……』
まっすぐこちらへ歩いてくるのはルキ。
だが、いつもと雰囲気が違う。
身なりは整えられ、どこかぎこちない足取りで歩いていた。
『ふふ、おめかししちゃって……さて、早速——』
いそいそと屋敷に飛び込むラキ。
やがて、彼の足は門の前へと辿り着いていた。
「——ルキ様ですね。どうぞ」
使用人が門を開く。
広い庭を抜けた先の玄関で待っていたのは、手を振るナナ。
「ルキさまぁ! お待ちしておりましたよ!」
以前のような、硬く緊張した姿はない。
「よう! こんな広い屋敷に住んでるなんて……やっぱりナナって、お嬢様なんだな」
「えっへへ」
自然に笑う彼女だったが、その耳には——不安げな声が響いていた。
(女神様……)
直接脳へと伝わる声。
これこそが、ナナの本当の人格である。
そして今、彼女の体を動かしているのは、幸運の女神を名乗る少女、ラキだった。
(本当に、大丈夫でしょうか……?)
「……大丈夫だから、任せて」
顔を横に背け、ぼそりと呟くナナ。
「ナナ? 何してんだ?」
「な、なんでもありませんわ! おほほ!」
首を傾げるルキに慌てて取り繕い、すぐに胸を張る。
すると。
「それよりルキさま——何か気づきませんか?」
髪をかき上げた彼女は、スカートの裾をつまみながら上目遣いを始めた。
「ん? それか」
ルキの視線の先には、普段とは違う華やかな衣装に身を包んだナナ。
一度は流そうとしたが、彼はふと、あの説教を思い出した。
「おお……今日はなんだか雰囲気が違うんだな。き、きれいだぜ——」
「うふふふ」
その模範解答ぶりに、彼女は満足げな表情を見せながら頷く。
だが、その脳内には、けたたましいほどの言葉が並べられていた。
(夢でも見ているのかしら……! ルキ様のお口から“綺麗”なんて言葉が聞けるなんて——何時間もかけて、選んだ甲斐がありましたわ!)
片耳を抑えながら、顔を顰めていたが、彼女は次なる行動へと出た。
(ひゃう⁉︎)
「さあ、ルキさま! こちらに参りましょう!」
「わっ! 急にどうしたんだよ、ナナ……」
彼の手を握り、踊るような足取りで屋敷内へと招き入れる。
その手からは、ラキにもわかるほどに熱がこみ上がっていた。
しかし。
(ル、ル、ルキ様のお手がぁ⁉︎ わ、私どうしましょう! 体が火照って火照って、もうおかしくなっちゃいそう……もっともっと、ルキ様と触れ合いたい! でも、こんなこと……やっぱりいけないことですわ! あぁ、女神様ぁ!)
恋する乙女の純情が、さらに響き渡る。
——ついに、堪忍袋の尾が切れたラキは、思わずその手をバッと離した。
「もう! 静かにしてよ!」
突然の叫び。
それは程なくして——沈黙となって帰ってきた。
(め、女神様ぁ⁉︎)
しんとした空気を作った彼女に、ルキは恐る恐る口を開く。
「お、おう……悪かったな」
「……はっ!」
腫れ物を見るような瞳を向けられ、焦りを見せるラキ。
だが、すぐに振り返った彼女は、いつも通りの振る舞いを見せる。
「おほほ。なんでもありませんよルキさま! さぁ、こちらへどうぞ——」
「……はぁ」
不可解な空気を何とかもみ消し、彼を部屋へと案内するラキ。
ほっと胸を撫で下ろしていた彼女は、高なる鼓動の響きと、その手に残る確かな温もりを感じ取っていた。
* * *
屋敷の調理場にて。
「さぁて、始めるざますよ!」
季節の野菜、お肉、異国から取り寄せた貴重な香辛料。
高級食材を前に、青色のエプロンに身を包んだナナは、袖を捲った腕を高らかに回す。
だが。
(ルキ様……私のこと、変に思っていないかしら)
本人の方は、別室で待つ彼のことが気になって仕方なかった。
「大丈夫大丈夫! あの子ったら鈍感なところもあるから、うまくごまかせるわよ!」
(そうでしょうか……)
調理場に立つラキは、次々と響く不安の声など気にも留めない。
(それより……私、お料理なんて——)
さらに不安を募らせるナナ。
だが、その心とは裏腹に、彼女の視線は目の前の食材へと吸い寄せられていた。
「うんうん! これだけの食材が揃っていれば、すごいご馳走ができるわ!」
目を輝かせながらラキは胸を張る。
「幸運の女神様は、あの子の好みだって全部お見通しなんだから——私に任せて!」
(痛っ!)
胸を叩かれた衝撃に思わず声を上げるナナ。
けれど、その自信満々な言葉につられるように、彼女の心も少しずつ期待に包まれていくのだった。
——調理場に、ご機嫌な鼻歌が響く。
「ふふふ〜ん」
野菜を切り分けていく慣れた手つきを、ナナは内側から覗き込むように見つめていた。
(こんなに早く包丁を……少し怖いですわ)
あっという間に手ごろな大きさへ切り揃えられていく食材。
それを眺めていると、その視線は石窯へと向けられた。
(わあっ! 熱いですわ)
さらに、焼き上がりを確かめるようにパンへ目を向けたかと思えば、次の瞬間——煮立つ鍋へと意識が移る。
(きゃっ!)
具材が次々と鍋へ放り込まれる。
跳ねたスープの雫に、ナナは思わず声を上げた。
その手際は見事というほかなかった。
(不思議ですわ……)
幸運の女神を名乗る彼女が、なぜこれほど料理に慣れているのだろうか……。
どこか人間臭い手つきに違和感を感じつつも、ナナはただ感心するばかりだった。
「ふ〜。どれどれ」
すると、おたまですくったスープが、口へと運ばれる。
「うんうん! いい感じね!」
(美味しいですわ!)
彼女の舌に広がるのは、ほど良い塩気とほのかな酸味。
そして、満足そうに目を細め、再びスープをかき混ぜていた。
「ふふふ〜ん」
(——女神、様?)
夢中になり、一人料理を進めるラキ。
かやの外にいたナナは、女神様が描く瞼の裏の景色ばかりを、ただ眺めていた。
相変わらずのラキの暴走ですね。
しかし、ナナが気づく違和感とは……?
お家デートはまだまだ続きます。
お次は金曜日!




