第9話 初めてなんですの
お家デート、パート2です!
幸運の女神様の得意な料理でルキの心を掴む作戦。
さらに彼女は、一気に彼へと迫ります。
そこで……。
初めてなんですの
どうぞ
ナナの父——テスカの屋敷にて。
数々のガラクタを眺めながら、退屈そうに歩を動かすルキ。
「へー……どれも女の絵ばっかりだなぁ」
立ち並ぶ絵画や壺などにはすべて、祈るように手を合わせる——ある女性の姿が描かれていた。
「——テスカ様は、故国アリヴェルを愛しておられます。ですので、女神様にまつわる財宝を今でも大事にされているのです」
使用人の長々とした合いの手が添えられる。
「ふーん」
次々と聞き流していた彼は、ある物の前で足を止めた。
「これは……ルミナ?」
魔導書を抱え、片方の手を高く掲げる白い女性像。
髪型や顔立ちに多少の違いはあれど、彼はその容姿にルミナの面影を重ね合わせていた。
「そちらは、有名な彫刻家が今は亡きアリステラ様を象ったものです。ですがまだ、未完成品なのでございます」
「未完成品ねぇ……」
女神の伝説などに興味はなかったが、ふと気になったのは、中心にある窪みのようなもの。
彼は吸い込まれるように見つめていた。
——すると。
「お待たせいたしました——」
ノックと共に、扉を開けた使用人が声をかける。
「お料理の用意ができました。こちらへ——」
「おお! 待ってたぜ!」
腹を空かせていた少年は、未完成の女神像に背を向け、すぐに使用人の後をついていくのだった。
* * *
屋敷の一室に設けられた食卓。
二、三人ほどが囲める丸テーブルに、純白のクロスが優雅に垂れ下がっている。
そして、その上には、窓から差し込む陽光を受けて輝く純銀の食器が、整然と並んでいた。
「へぇ……」
すると、椅子に腰掛けていたルキが、何となしに後ろの壁へ視線を向ける。
「本物より……ずいぶん男前だなぁ」
壁に飾られた肖像画に描かれているのは、この屋敷の主人であるテスカ。
彼が一度会った、あの丸々とした姿はどこにもなく——まるで別人のようだった。
先ほど案内してくれた使用人も、それに思わず笑みを漏らす。
「お嬢様も、同じことをおっしゃっていましたよ」
「やっぱそう思うよな?」
そんな他愛ない会話を交わしていると——。
「お嬢様! そのようなことは、私どもがやりますから!」
扉の向こうから、慌てた声が響いてくる。
「へーきへーき! このぐらい、いいんですよ!」
続いて聞こえてきたのは、弾むような少女の声だった。
そして。
「確かこっちのお部屋でしたね——ルキさまぁ!」
勢いよく扉が開く。
給仕台を転がす音を響かせながら入ってきたのは——ナナだった。
慌てふためく使用人たちと共に、ついに、鐘蓋をかぶせた料理を並べられていく。
「お待たせしました! さあ、たくさん召し上がってくださいね!」
「はは……ずいぶんご機嫌だな」
どこか違和感を覚えながらも笑みを浮かべるルキ。
やがて、向かいの席へと腰掛けた彼女は、早速鐘蓋を取り払った。
「おお……すげえ!」
そこに現れたのは——。
焼きたての香草パン。
野菜ときのこのシチュー。
そして、香ばしい香りを漂わせるハーブソテーの鶏肉串。
豪勢に飾られる料理の数々に、空腹も相まったルキの期待は、一気に膨れ上がった。
「全部ナナが作ったのか⁉︎ この肉なんか、めちゃくちゃ美味そうだな!」
「うんうん! 三番街のお店で見たものを、私なりに作ってみたのよ!」
気づけば、お嬢様言葉を忘れ、一緒になり料理に目を向ける少女。
幸福のひと時が、今にも流れようとしていた。
——だが。
(女神様、なんだか様子が——)
彼女の中には——密かに、一抹の不安が宿るのだった。
* * *
——ナイフとフォークが休むことなく動き、次々と姿を消していく料理たち。
「この味付け……うんめぇ!」
どこか懐かしさを覚えながらも、ルキは一口一口を噛み締める。
夢中になる彼の横顔は、何よりも無邪気に弾んでいた。
すると、それを満足げな様子で見守っていたナナの内側に——本人の声が響いた。
(女神様っ! 女神様ったら!)
「むぐっ!」
パンを齧っていた手がピタリと止まる。
(そんなに勢いよく食べてたら、私食いしん坊だと思われますわ!)
「むむ……」
起こされるような声色に、今一度本来の目的を思い出すラキ。
名残惜しそうにお腹を擦っていたが、頬張っていたパンを一気に飲み込み——ようやく次なる作戦へと移った。
「——うふふ、ルキさまぁ」
ルキの隣へと椅子を進めたナナが、わざとらしく顔を背ける。
「な、なんだ……近いなぁ」
そして、優しくつまんだパンのかけらを差し出し、色っぽい半目を彼へと向けた。
「お次は、私の焼いたパンはいかがですか? よかったら——私の指ごとペロリと舐め回してくださいねぇ」
(んなっ⁉︎)
突然の過激発言に、ルキとナナは同時に声をあげてしまう。
「そ、そんなことできるわけねーだろ!」
(なんて破廉恥な言い方をするんですの⁉︎)
思わぬ急接近を試みるラキ。
さらに彼女は、赤面する彼にわざとらしく涙を拭う仕草を見せた。
「あぁ、ひどいわ。ルキさまは私のことが嫌いなんですね……わかりました。今度——ルミナさんに言いつけちゃいます」
「ルミナぁ⁉︎」
それは、ルキにとって最も恐れる存在。
「待て待て! わかったよ……」
恥ずかしながらも、彼女の要望を聞くことにした彼は、差し出すように顔を向けた。
「言っとくけど……ただ食べるだけだからな」
「わかってますよ! はい、あ〜ん」
(ルキ様のお顔が……!)
だんだんと近づく彼の顔に、ナナの胸がどんどん高鳴っていく。
しかし彼女は——ふと思い出した。
(あのパンは……さっきまで私が——)
差し出していたのは、食べかけだったパン。
このままでは、自分が口にしたものに、愛しの彼の口が触れてしまう。
それはつまり——。
(まさか、このような形で⁉︎ 私まだ——初めてなんですのよ!)
迫る唇に、彼女の興奮は絶頂を迎えていく。
たかだか間接的な接吻だが、汚れを知らない生娘にとっては一大行事。
そして、ついに彼女は、大人の階段に足をかけた。
しかし——その瞬間。
(やっぱりだめぇぇぇ‼︎)
「うがっ!」
「むぐっ……⁉︎」
テーブルに添えていたはずのナナの手が、ルキの口を押さえた。
さらに、差し出していたパンを自らの口へと戻っていく。
(な、何とか守りましたわ)
「んぐぐ……なんで邪魔するのよ……!」
振り返り、小声で呟くラキ。
一瞬だけ——強まったナナの意識が、体の主導権を奪っていたのだ。
「もう……私までドキドキして来ちゃったじゃないの」
高鳴る胸の鼓動は、彼女の意識にまで影響を及ぼす。
すると。
「——ナナ!」
「はいっ!」
背中からの呼びかけに、びくんと肩を跳ね上げるラキ。
ゆっくりと振り返ると、そこには不服そうにこちらを見つめるルキの姿があった。
「……ごめん……なさい」
(ルキ様……怒ってるかしら)
続く沈黙に肩をすぼめる彼女だったが、やがて彼は、覗き込むようにして顔を近づける。
「ナナぁ……今日のお前、まるで別人だぞ?」
ギクリとなる少女たち。
「——えっ⁉︎ い、いや……」
(バ、バレましたわ! もうダメ……)
どんどん小さくなり、額から滝のような冷や汗を流す。
しかし——次の瞬間。
「どれ、熱でもあるのか」
「えっ?」
震える少女に、ルキはそっと額を重ねた。
(はっ! はわわ——)
突然の出来事に困惑するナナ。
彼の顔をまともに見ることができず、震える瞳をゆっくりと伏せた。
さらに、自分では押さえられない熱が込みあがり、頭の方へと昇っていく。
「ちょっと、熱いな」
(はぁはぁ……んぐぐぐ!)
心と戦いながらも恐る恐る視線を持ち上げると、そこには真剣な面持ちの彼がいた。
まっすぐな瞳も。
静かな吐息も。
固く結ばれた唇も——。
全てが愛おしく見えてしまう。
溢れ出した想いが熱となって、すべて彼へと伝わってしまいそうだった。
——すると。
羞恥に耐え続けていた心とは裏腹に、その体が突然後ろへひっくり返った。
『ひゃぁぁぁ‼︎』
「キャア⁉︎」
椅子から転倒し、不意をついた腰の痛みに慌てふためくナナ。
耐えれないほどの熱に当てられた幸運の女神が、思わず彼女の体から飛び出したのだった。
なかなかまとまらない二人の心でした笑
そしてなんと、限界を迎え飛び出してしまうラキ。
一体どうなる!?
次回!お家デート最終回!
火曜日にお待ちしておりますm(_ _)m




